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記憶

光の柱は、不動結界を破って結界は消失し、剥き出しになった山の真ん中は、大きな穴が開いている状態だった。

そこから離れた位置で浮いている緑楠、紅天、清輪の所へ、退役神主達がわらわらと集まって来た。

「なんとしたこと!我が神よ、いったいこれは…?!」

巽が言うのに、清輪は無表情で答えた。

「…間に合わなんだ。術が発動し、その時たまたま近くに居た伊津岐と伊知加を巻き込んで、ああなっておる。我らは吸い込まれるゆえ、側に寄ることができない。」

すると、幾分近くまで寄って見て来たらしい、見波と克己が戻って来て、言った。

「あちらでは、光の柱の中に伊知加様が身を縮めるように折り、腕を抱き込むように浮いておられました。伊津岐様のお姿はありませぬ…。」

紅天は、頷いた。

「主らはどうよ?取り込まれそうになったか。」

克己が頷く。

「はい、側に寄ると吸い込まれそうな力が働いて。あまり近くに行けませんでした。」

どうしたら良いのだ。

皆が、それを見つめた。

恐らく伊津岐は神なので取り込まれ、伊知加は肉の身があるので踏みとどまっている状態なのだろう。

すると、神達の耳に声が響いた。

《清輪…清輪様!》ピクリと清輪が顔を上げる。声は続けた。《どうかお聞きください!》

結麻だ。

紅天が、言った。

「…結麻が、何故に主を呼ぶ。」

清輪は、手を振って紅天を黙らせた。

「…なんぞ。申せ。」

結麻の声は、続けた。

《私をそちらへお連れください!そして話を聞いてくださいませ!》

清輪は、頷いた。

「参れ。」

そうして、清輪が手を振ると、目の前に結麻が出現して、浮いた。

清輪は、言った。

「言いたいことはなんぞ。」

結麻は、頷いてふと、光の柱の方を見た。

そして、その中に身を縮めた瀧が浮いているのを遠く確認し、もう一度清輪を見た。

「…清輪様は、情に流されず堅実にご判断なさる神だとお聞きしています。どうか、私の記憶を今一度ハッキリ引き出してくださいませ。」

だから清輪か。

紅天も緑楠も思って聞いていた。

清輪は、人一人ぐらい、世の中全部を失うぐらいなら、死んでも構わないと思っている。

清輪は、躊躇いもなく頷いた。

「…良い判断ぞ。」

紅天が、さすがに止められずにオロオロしていると、緑楠が言った。

「待て清輪!伊津岐の巫女だぞ、それを壊して良いのか?!」

清輪は、言った。

「その伊津岐が居らぬようになるやも知れぬ今、巫女が命を懸ける選択をするのは間違いではない。記憶を引き出したぐらいでは死なぬ。人格がなくなるぐらいぞ。」

だからそれがまずいと言うのに!

緑楠は思ったが、結麻は言った。

「緑楠様、これが私の願いです。そのために生まれました。ただ一つ、結は何が起こっているのかわからないので、どうか説明して情報を上手く引き出してください。よろしくお願い致します。」

光の柱が、おおんっと獣の遠吠えのような音を出した。

清輪は、言った。

「時がない、結麻、決意は無駄にせぬからな。」

そうして、清輪は力を放った。

結麻の視界は、真っ白になったのだった。


その頃、魔法陣の所では、発動と共に跳ね飛ばされた亜津真が、起き上がった所だった。

光の向こうで、三奈が胸を掻きむしるような仕草をして、膝をついてもがいているのが見える。

亜津真は、同じように跳ね飛ばされて負傷している仲間には目もくれず、叫んだ。

「…まだ生きている!」と、上を見た。「男が巻き込まれているようだが、神は…?!取り込めてないようだぞ?!」

神を吸い込み、それと三奈の命を力にして、この魔法陣は完成するのだ。

それが、神を取り込めないので、三奈はいつまでも死と生の狭間に取り残され、魔法陣は完成しない。

ここに力が集約されて、その力を自分の物とし、神となるのが亜津真の目的なのだ。

「…何故だ!」亜津真は、叫んだ。「神を捕らえたのを確かに感じたのに!何故取り込めないんだ!オレが神になるのに!その力をオレのものにするまで、もう少しなのに!」

名津は、倒れた祥を抱き起こしながら、それを聞いた。

…神になるつもりだったのか。

「…あんな奴を神にしたら、ヤバいことになるぞ、名津。」祥が、痛む体を起こしながら、言った。「あいつが力を取り込もうとしたら、お前がとって代われ。オレは足が折れててすぐには動けねぇ。」

名津は、首を振った。

「楽に暮らしたいとは思ったが、神になりたいとは思ったことはねぇ。無理だ。」

祥は、その胸ぐらを掴んだ。

「あいつの奴隷になるよりマシだろ!頼む、あいつだけは阻止してくれ!」

名津は、光の柱の上を見た。

そこには、体格の良い男が宙吊りになり、硬く目を閉じて丸くなっていた。

…オレは神になんかなりたくねぇ。だが、亜津真の野郎には絶対にそんな力を持たせくねぇ。

名津は、仕方なく祥に頷いたのだった。


『…伊知加。』

伊知加は、ハッとして目を開いた。

声は続けた。

『伊知加、お前さあ、なんで人になろうと思ったんでぇ。正直なところを聞かせてくれや。』

伊知加は、目を瞬かせて前を見た。

そこには、伊津岐が浮いていた。

『…伊津岐。』と、回りを見回した。『なんでぇ、ここは。黄泉か?なんか黄泉に似てるな。オレは一度行って来たから分かるんだけどよ。』

伊津岐は、苦笑した。

『さあな、オレには分からねぇ。だが、お前は黄泉の記憶があるか?』

伊知加は、頷いた。

『覚えてるぞ。記憶を残して転生してみせるって言ったろうが。だが…なんだ、オレはまだ黄泉なのか?だったらお前はなんでここに居る。』

伊津岐は、答えた。

『なんかな、オレも黄泉に行きそうになっててな。それで、お前に聞いておきたいことは聞いとこうと思ったわけでぇ。』

伊知加は、眉を寄せた。

『…お前には守るもんがあるだろうが。やめときな、戻れ。オレだけで充分だ。オレには何もねぇからな。』

伊津岐は、言った。

『答えになってねぇぞ。お前はオレのために黄泉へ行ったのか。』

伊知加は、息をついた。

『…ああ、もう、そうだよ!お前はさ、みんな嫌がる不動結界の所に住みやがって、キリサは居なくなるし、なんか結界は弱まるし…なのに悠長にしてるからだ!人の身があれば面倒はねぇ。だからオレが脅威を取り除いてやるよ。お前は人の世話でもして待ってろ。まあ、すぐ戻らぁな。育つまでは、南の治安の悪い所でそれを正しながら適当に生きて、体がしっかりしたら本腰入れる。その間ぐらいはしっかり不動結界を見張っとけよ?』

伊津岐は、微笑んで頷いた。

『…そうだな。とはいえ、お前、覚えてねぇか?お前はもうとっくに生まれて育ってて、不動結界に挑もうとしてたぞ。で、まんまと捕まってるわけだ。オレと一緒にな。』

え、と伊知加は驚いた顔をした。

『え、待て、オレが?』と、頭を抱えた。『…なんだって?そんなこと…。』

伊津岐は、優しく言った。

『結麻を、覚えてないか。』

伊知加は、言われてハッとした。

結麻…。

『結麻…。』伊知加は、結麻の泣き顔や、結麻の笑った顔、拗ねた顔が、走馬灯のように頭の中に流れて行くのを見た。『結麻…あいつは一生懸命な奴で…皆が伊知加と呼ぶのに、あいつだけはオレを瀧、瀧と…。』

そうだ、オレは瀧。

もう、瀧として生きていたのだ。

『…やべぇ。』瀧は、言った。『やべぇぞ、こんなとこで油売ってる場合じゃねぇ!オレが生きて帰らないと、あいつ一生独身とか言って脅して来やがったんでぇ!だから、それは撤回させたが、あいつは頑固だから…。』

伊津岐は、苦笑した。

『だがな、オレ達は今、ここから出られねぇの。』え、と瀧が伊津岐を見ると、伊津岐は続けた。『お前がオレを抱え込んで取り込まれないように必死に踏ん張ってるもんだから、術は完成してねぇし、そんなわけでこんな中途半端なことになってるんだけどよ、命を取られそうで取られない、三奈はもっと苦しんでるわけ。どうやら、三奈の命とオレ達どっちかの命で完成する術みてぇだ。だが、お前は人だし中身は神でも、肉の身が命を守ってて、神専用の術じゃあ、無理っぽい感じ。お前の体が頑張ってる間に、何とか術から出られたらいいんだけどな。そうでなければ、仲良く黄泉か、それとも消滅か。オレには分からねぇ。』

まじかよ。

瀧は、伊知加の記憶とごっちゃになった頭で、必死に考えて言った。

『それ、外から見えてるか?』

伊津岐は、頷いた。

『見えてるだろうな。お前は光の柱に囚われたまま、オレの命を抱いて踏ん張ってる感じ。』

ってことは、まさか結麻…。

瀧は、焦った。

もしかしたら、結麻はまた記憶を掘り出せとかなんとか言って、ごねてるんじゃ…!

瀧は、もっと早く術が発動する前に戻れば良かった、と後悔した。

だが、ここから逃れる術は思い当たらなかった。

出来ることと言えば、恐らく己で選んで黄泉へと向かい、取り込まれるのを阻止することぐらい…。

しかし、そうしたら伊津岐も瀧も一度死ぬだろう。

…結麻…。

瀧は、どうしたら良いのか分からなかった。

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