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束の間の

結麻は、片付けを終えて食器を棚に戻し、裏庭へと出て来た。

境内の方では、何も知らない一般の人々が、参拝に来ているのが分かる。

とはいえ、後数時間もしたら神社は閉じるので、皆それまでに参拝しようと急いで入って来る人々が多かった。

こちらは必死に世を守ろうと頑張っているのに、皆何も知らないのだ。

結麻は息をついて、ふと森の方を見た。

…瀧?

結麻は、気配を読めるようになっている自分に驚いた。

瀧は部屋に帰ったはずだが、森に気配を感じるのだ。

結麻は、それに誘われるように、森へと足を向けた。


森の中へと瀧の気配を追って進んで行くと、瀧は草の上を横になって、そこで目を閉じていた。

…冬なのに。

結麻は、思った。

神社や屋敷の中は伊津岐のお陰で暖かいが、外はこの年の瀬の気候そのままなので、かなり寒いはずだ。

結麻は、自分はお肉を着てるからと、ソッと防寒のために作務衣の上から着ていた袿を脱ぐと、瀧に着せかけた。

すると、瀧は目を開いた。

「…結麻。オレは寒くねぇよ。要らねぇから、着とけ。」

結麻は、言った。

「こんな時に体調崩したら大変よ?私はお肉があるから、平気。」

瀧は、息をついて起き上がった。

「だから、オレは昔からなんでか分からなかったが、自分の回りは気温調整できるの。」と、結麻に袿を返した。「着とけって。」

結麻は、そういえばそうか、と仕方なく袿を羽織った。

「分かった。」

瀧は、またゴロンと横になる。

結麻は続けた。

「瀧、ほんとに行くの?一人で。」

瀧は、目を閉じたまま答えた。

「まあな。多分、それがオレの戻った意味なんだろ?まだ何にも思い出さねぇが、みんなの話を聞いてると、どう考えても自分が伊知加だと自覚せざるを得ねぇ。やれるだけやる。」

結麻は、下を向いた。

「ごめんなさい、思い出せなくて。」瀧は、チラと片方の目を開いた。結麻は続けた。「大聖も聖矢さんも、誰ももう一度術を掛けてくれると言わないの。でもね、私も最初は躊躇ったけど、今は思うのよ。結麻って意識が、重要なのかなって。」

瀧は、言った。

「…どういうことだ?」

結麻は、頷いた。

「だって、今の私ってね、巫女だけど大したことはできないわ。いろんなことを知ってるのも、みんな前世の結で、今生の結麻は、何もできない。なんなら巫女なんかしないで、世界を旅して回りたいとか思ってた、怠け者だったの。でも、前世の結は、いろんな知識で結麻を助けてる。そもそもが、その知識を役立てるためにこの世界へ生まれて来たのも知った。なのに…思い出せない。結麻の意識がまだ幅を利かせていて、前世の結に集中できないの。だったらいっそ、もう一度術で結を呼び起こしてもらって、それで結麻が居なくなるなら居なくなるで、仕方がないかと思う。どっちも私だし、忘れても皆で生まれ変わって今は結麻で、こんな人生だったって説明してくれたらいいわけよ。そうしたら、きっとあんな術には負けないわ。万全の備えで行けるもの。大聖にできるなら、瀧にもできるんじゃないかな、私の記憶を呼び覚ますやつ。」

瀧は、体を起こした。

「できてもやらねぇ。」結麻が、眉を寄せる。瀧は続けた。「やったことはねぇが、それがまずいってことはオレにも分かる。結麻、前にも言ったな。自分を簡単に差し出すんじゃねぇよ。だったら、オレ自身がオレの中の伊知加の記憶を引っ張り出しゃあ済むことだ。だが、オレはそれをしてねぇ。何故なら…オレは、オレでなくなるのが嫌だからだ。」

結麻は、瀧を目を丸くして見た。

「え…記憶を取り戻したぐらいで、他の存在にはならないわ。私がそう。もちろん、直後は混乱したけど、すぐに結麻の記憶が前に出て来たの。そのせいで…完全に記憶が表に出て来ないんだろうけど。」

瀧は、息をついた。

「お前は前世のたった24年、だがオレの前世が伊知加なら、何千年もの記憶がある。今生のたった24年の記憶なんざ、吹き飛ぶんじゃねぇかと思う。が…それも仕方ねぇかとは思って来てる。」

結麻は、瀧を見つめた。

「瀧が伊知加様になってしまって、瀧としての感情も何もかも忘れると思ってるのに、仕方ないって?」

瀧は、頷いた。

「オレはな、覚えてなくても伊津岐が心配だし、皆を助けるために自分の記憶が必要なら、それを思い出しても良い、とは思い始めてる。だが、思い出そうと思って思い出せるものでもねぇ。まだ迷いがあるのかも知れねぇな。」

結麻は、言った。

「瀧は濃い人生を歩いて来たんだもの、覚えておいて正解よ!でも、私は違うわ。結は頭に有益な知識を持ってるけど、結麻はない。私が思い出しさえしたら、あなたは思い出さなくても良いじゃない。ねえ、不動結界の中に行く前に、私の記憶を完全にして、その中身を聞いてから行った方が確実だわ。瀧にできるのなら、お願いだから私の記憶を聞いてから行って。あなたの命を守りたいのよ。」

瀧は、じっと結麻の顔を見ていたが、首を振った。

「…ダメだ。結麻、オレは大丈夫だ。何しろ神だし、体を失ってもまた転生して来れるだろ。同じ転生者のお前なら、大した事ないって分からねぇか?」

結麻は、どうして分かってくれないの、と涙を浮かべて言った。

「だから!私の結麻としての記憶が無くなるほうが、大した事ないでしょう!瀧という人は、ここまで死ぬために生きてたの?!違うでしょう、頑張ってたった一人だった5歳の時から、回りを助けて必死に生きてたわ!私は結麻として、巫女だった母親と、役人の父親の下で何不自由なく育ったあまちゃんよ?前世の結のように、知識を得る努力も、生きる努力もしてなかった!だから、良いの。あなたの命はそんなに軽いものじゃないわ!私の中に、助かるための情報があるのに!」

瀧は、息をついた。

「…もういい。分かってる。オレだって、瀧という自分が嫌いじゃねぇ。だから、きっと瀧の記憶にすがってるんだろうよ。」と、遠い目をした。「…あいつらと共に、生きようとあれこれ努力して、危ない橋も渡った。が、それでも何とか毎日の糧を稼いで来れて、毎日笑って過ごせた。皆を守ることに一生懸命だった…それでも、それが幸せなのかもなって思ってた。だがある日、お前が来た。オレの気まぐれだったが、お前はみんなが幸せになれる方法を、いとも簡単に提示して、オレ達に希望を与えてくれた。あの二週間ほど、良子も治ってみんな希望に満ち溢れて、先を見据えて明るい未来しかなかった。それまでの懸念が払拭されるような気がして…あの時、やっとこれが幸せなんだって知った。何に脅かされることもない、明るい未来。お前がいれば、幸せになれるんだと初めて思った。だが…聖矢と大聖が来てお前が帰る時、オレは現実に戻った。お前は巫女で、もうここには留まれない。その後…大聖に言われてオレがあの村を出て、全ては変わった。あれは、夢だったんだと思った。オレには大層な責任があり、初めからそんな幸せなんか、許されるはずもなかったんだってな。」

結麻は、ポロポロと涙を流しながらそれを聞いていた。

確かに、あの時はみんな希望に満ち溢れて、幸せそうだった。

結麻も、このままずっとそこで暮らしたい、と思えたほど。

しかし、今はもう無いのだ。

帰る場所は、瀧には無い。

「…瀧…。」

瀧は、苦笑して結麻の涙を拭った。

「…あの時は幸せだったよな。オレはな、あの場所に戻れると思ってたんだ。もしかしたら今も思ってるのかもしれねぇ。だからこそ、瀧の記憶を手放す覚悟ができねぇんだろうな。もう、自分の手で焼いて来た場所なのによ。オレは…未練がましい男なんでぇ。」

結麻は、涙を拭う瀧の手を、握った。

「瀧、またあの場所で一緒に暮らそう?」瀧が、驚いた顔をする。結麻は続けた。「全てが終わったら。二人で1から始めようよ。焼畑とか言うし、きっと土壌は前より良くなってるよ。耕して、作物を作って、子供を育てて。緑楠様の所に居る、良子さんと相良も連れて来て。」

瀧は、答えた。

「…お前…まだオレと結婚とか言ってるのか?あれは忘れろと言っただろ。」

結麻は、泣きながら首を振った。

「忘れられないもん!だったら今ここで、私の記憶を暴いて結麻を消せば良いじゃない!その方が効率的でしょ?!」 

瀧は、じっと結麻の頬に触れたまま、何かを迷ってるような顔をしたが、息をついて手を離した。

「…約束はできねぇ。オレが幸せになるってことは、オレがオレ自身に課した課題ってのを処理してからだ。だが、それには命を伴う可能性が高い。だから、約束はできねぇ。」

結麻は、言った。

「生きて帰ってくれなきゃ、私は生き残っても一生独身よ?!もう決めたの!」

瀧は、座り直して、言った。

「…分かった。じゃあオレが生きて帰ったら、必ずお前を嫁にする。が、それを約束する代わり、もしオレが死んだらお前は誰かと結婚して、生きるんだ。」

結麻は、首を振った。

「嫌よ!あなたが死ぬなんて、私は嫌!」

瀧は、それでも厳しく言った。

「だったらこの話は無しだ。生きて帰ってもオレはお前とはもう会わねぇよ。他の幸せを見つけろ。オレもどっかで好きに生きる。」

結麻は、唇をふるふると震わせた。

瀧は、引くつもりはないようだ。

結麻は、仕方なく項垂れて、頷いた。

「…分かった。約束する。だから、必ず生きて帰って。二人で幸せになろう?」

瀧は、頷いた。

「…分かった。」と、ゴロンとまた横になって目を閉じた。「少し休む。お前も戻れ。やることあるんだろ?」

身重の美智子に、家事を全部させるわけには行かない。

結麻は、後ろ髪を引かれながら、屋敷の方へと戻って行った。

瀧は、閉じた目を開いて、その背を見送った後に、言った。

「…伊津岐。紅天でもいい。オレをそっちへ引っ張ってくれ。なんかまずい気配がするんだよ。もう行かにゃ。」

その言葉と共に、瀧はその場から、スッと音もなく消えた。

一之宮の誰も、それには気づいていなかった。

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