その本
聖矢は、中津一之宮の裏の森へと密かに着地した。
そして、そこから瀧と共に歩いて神社へと向かうと、屋敷の方からそれを気取った大聖と聖が、走って寄って来た。
「父上!伊知加様!」
聖が言う。
聖矢は、言った。
「あちらの様子を見て参った。また破壊に行かねばならないが、今はとりあえず、伊知加様に食事をしていただかねばなるまい。しっかりと休んで、備えねばな。」
聖は、頷いた。
「はい。」と、瀧を見た。「こちらへ。すぐに食事の準備をさせます。」
瀧は、手を振った。
「大層なものはいいぞ。残りもんで。そもそも、そんなに腹は減ってねぇしな。」
すると、巫女殿から結麻がものすごい勢いで走って来た。
「瀧!瀧、無事だったのね!」
不思議と二重あごではないが、そこそこ重量のありそうなドスドスと音のしそうな走りだ。
瀧は、それを見て顔をしかめた。
「おい、走るな、地面が揺れる。」
結麻は、傍まで来て、瀧を睨んだ。
「うるさいわね。確かにまた体重を増やしてるけど、これは神様とお話するためだからね?」
瀧は、手を振った。
「はいはい、そういうことにしといてやるよ。」と、歩き出した。「飯を食ってちょっと休んだらまた行って来る。アレを破壊してこなきゃならねぇからな。」
結麻は、顔を曇らせた。
「え…まだ解決してないの?」
瀧は、頷いた。
「そんなにあっさり終われば世話ぁないわ。ま、問題ない。」と、真面目な顔になった。「結麻、だが三奈はこっちへ帰らないと言った。オレは一応あいつに聞いたからな。あいつが、あそこへ残ることを選んだんでぇ。何があっても、悲しむんじゃねぇぞ。それが三奈の選択だ。」
結麻は、口を押えた。
「…三奈ちゃんに会ったの?」
瀧は、また頷いた。
「会った。偶然だがな。魂は穢れを孕んでた。まあ、まだ消せるレベルだがな。」と足を速めた。「とにかく飯だ。お前は気にすんじゃねぇ。」
…そう言われても、気になる。
結麻は思ったが、美智子の手伝いをしなければと、台所へと急いで自分も向かったのだった。
瀧が、食事をしながら皆に事の次第を話してくれた。
所々聖矢が補足しながら、あの後あの瓦礫の山の奥には何があったのか、そして巽が話してくれたという昔のことまで、こちらの三人は食い入るように聞いた。
美智子は、聞いてはいるが、よく分かっていない様子だ。
神主の妻は、夫を補佐する役割だけで、それは神に仕えることまでは入っていないので、詳しいことを教わってはいない。
つまりは、こちらで起こっていることは、一般人並みにあまり分からないらしかった。
…その方が、今の美智子さんにはいいかも。
結麻は、思っていた。
聖が不動結界へ向かうと聞いた時も、なのでそこまで心配はしていなかったのだ。
聖も、命懸けなのだとは、いちいち美智子には言わずで行った。
聖は言った。
「…ならば、その魔法陣を消しに参るということに。」
瀧は、頷いた。
「その通りだ。ま、もう場所は分かってるし、あいつらの大半は術は使えねぇ。使えたらオレ達が逃げてるのに、術を放って来てただろう。それもなく、見失ってるようだった。だから、問題ない。」
本当に問題ないのかしら…。
結麻は、考え込みながら、言った。
「…その、本ってどんなのだった?背表紙とか見えた?」
瀧は、うーんと唸った。
「取り出してすぐに焼いたからなあ。」
聖矢が、答えた。
「私は上から見ていたので、少し読めた。綺麗な金文字で、『呪詛・呪術大全完全版 一』と書いてあった。」
結麻は、口を押さえた。
…やっぱり私が読んだ本と同じ…!
「…私が、前世見つけて読んだ物と同じだわ…!」
ということは、他はどうあれ、あの中の呪術は、この世界では有効なのだ。
大聖が、言った。
「一ってことは、二も三もあるということか?」
結麻は、首を振った。
「いいえ、私が前世図書館で見たのは、それ一冊だけだったわ。私も同じことを思って、続巻がないかって探し回ったもの。でも、いくら探してもなかったの。ボロボロでね、今にも朽ちそうな感じだったから、きっと他は失われたんだろうなって諦めたのを覚えてる。そういえば、貸し出し禁止だったから私以外にも閲覧しようと思えばできたんだけど、時々前には見なかったシミができてる時があったから、多分誰か他にも読んでたのかも知れない。こんなコアなジャンルを、私以外にも読んでる人が居るんだって、驚いたものよ。」
瀧は、ふーんと考える顔をした。
「…まあ、二や三が出て来ても燃やすつもりだが、そうなって来ると心配だな。やっぱりあの中は一回焼いてから、全部粉々が順当か。」
聖矢が、言った。
「焼くとなると長い年月上から土と木々で完全に山になってますし、蒸し焼きになりますね。どこかに穴を空けて風を通さないと、綺麗に焼けないでしょう。」
そんな問題だろうか。
結麻は、顔をしかめる。
聖が言う。
「では、父上達は、外から穴を空けて回ればどうでしょうか。伊知加様に機を見て着火して頂いて。」
聖矢は、頷いた。
「それがいいかも知れないな。」と、瀧を見た。「いかがでしょうか。」
瀧は、頷いた。
「それでも良いが、気取られると面倒だ。今頃、煤けた魔法陣をなんとかしようとしてるだろうが、それが完成しねぇ間に動かなきゃならねぇ。」
どう使うのか分からないが、あの魔法陣は今にも機能しそうな気を放っていた。
つまりは、もう後は呪文と材料を待つだけの状態だったはずだ。
その材料が、三奈と神だと言うのなら、緑楠の言う通り、自分があの場所へ行くのは、敵の思うツボだ。
だが、力の問題で、神主達には恐らく瀧ほど大規模に力を放つことができない。
キリサの末だと言うが、今の神主一人一人の力は、五分割とか言っていたが、それ以下だ。
退役神主10人が揃っていたのに、瀧から見たら、どう考えても自分の方が力が上に感じていたのだ。
…生存している全ての神主家系の者達で、キリサの力を分けているとしたらそうな気がする。
瀧は、思った。
つまり、退役神主、現役神主、そして次代神主でまとめてキリサ一人分ということだ。
瀧が黙って考え込んでいるので、聖が言った。
「…お疲れでしょう。そろそろお休みになっては。次はまた、長い戦いになりそうです。お部屋へ移られては。」
瀧は、箸を置いて頷いた。
「…そうだな。」と、立ち上がった。「旨かったよ。ありがとな、美智子。」
美智子は、頭を下げた。
「お粗末様でございました。」
瀧は苦笑して、そうしてそこを出て行った。
結麻は、瀧の身が危ないのに、と、尚更焦る気持ちでそれを見送っていた。
名津達が奥へと戻って来ると、そこには亜津真も三奈も居なかった。
なので、皆でぞろぞろと魔法陣の所へ行くと、三奈と亜津真はまだあちこち燻る中で、魔法陣の上をせっせと拭き掃除していた。
「戻りました。」
名津が言うと、亜津真はそちらを見もせずに言った。
「どうせ逃げられたんだろ?」
名津は、答えた。
「見張りの猛と仁志が倒されてました。オレ達が外へ飛び出した時には、もう何の気配もなく。」
亜津真は、フンと鼻を鳴らした。
「恐らく神主の手のものだろ。能力者かもしれない。お前らみたいに能力を失ってはいない奴。」
その吐き捨てるような言いように、祥がムッとした顔をしたが、名津がそれを止めた。
「…申し訳ありません。それで、魔法陣は?」
亜津真は、言った。
「見てわからないか?無事だ。この塗料は焼いたぐらいじゃ問題ない。だが煤けてるから掃除だ。お前らも早く水を汲んで来い。三奈は呪文を覚えたぞ?やる気なのは三奈だけか。さっさと動け、あいつらに準備の暇を与えるな!早くしないと、これを見られたのになんかして来るかもしれないぞ!そうしたら、これまでの努力が水の泡だ!急げ!」
言われて、皆は弾かれたように動く。
通路をまた後戻りしながら、祥が言った。
「…偉そうに。」
名津は苦笑し返して、そうして急いで魔法陣の掃除に駆けずり回ったのだった。




