15歳の誕生日
結麻は、自分の家で目を覚ました。
だが、いつもの目覚めとは違っていた。
何しろ、今日は誕生日だ。
この村の子供は、15歳になると村の神社の土地神様にご挨拶をしに行くと決められていた。
なので、母親に夜明け前から起こされたのだ。
「結麻、何をぼうっとしているの!駄目よ、いつまでもそんなふうじゃ。もう大人なのよ?まあ、大人って言っても昔の基準だから、まだ子供だけど。」
結麻は、目を擦って母親を見た。
「お母さん、おはよう。でも、何かまだ眠いよ。神社に行くのは私だけでしょ?お参りに行くだけだって真樹ちゃんも言ってた。」
母の結花は、首を振った。
「分かってないわね、神社でも誰かの15歳の誕生日の度に準備をして待っていてくれるのよ。あなたはお参りに行くだけでも、お母さんもお父さんも、昨日からお供え物を持って行ったり大忙しだったのよ?あなただけよ、そんな意識なのは。」
だって、分からないんだもの。
結麻は、息をついた。
「でもさあ…」
まだ寝ていたい結麻が言い訳を言う前に、母はその腕を引っ張ってベッドから下ろした。
「ほら!着物に着替えるの!時間が掛かるんだから!早く!」
結麻は強制的に布団を剥がされて、仕方なく歩き出した。
そうして、母と待ち構えていた祖母に手伝われて、風呂へと放り込まれた後、着替えを始めたのだった。
この村は、神倭の国と言われる、大きな島国だ。
島国と言っても列島が連なり、結麻もまだこの国の端まで見たことはない。
北の方角には寒い土地があり、南には暖かい土地があるのだと言う。
結麻はその真ん中ぐらいにある中一之国と言われる場所に住んでいて、父はその場所の役所で働いていた。
ちなみに、列島は大きく南、西、中、東、北と分けられていて、その中で一之国から二之国、三之国と大きさ順に分けられて、呼称されていた。
ここは、中之国の中で一番大きな村なのだ。
とはいえ、大きいと言っても人口は五千人程度、列島にはつまり、そんなに多くの人は住んでは居ない。
だからといって外の国はどうかというと、まだ外の国のことまでよく分からなかった。
結麻が、やっと目が覚めて来た頃、気が付くと祖母と母は必死に帯を締めていた。
腹や脇には、これでもかと布を詰めてある。
「…相変わらず細いねぇ。」祖母が、顔をしかめる。「こんなじゃ絶対この子、神様が見えないよ。今年も見える子は居ないのかねぇ。」
結花が、息をついた。
「これでも、毎日食べさせてるんですけど。いくらも食べずに残すから、少しも増えないで。この子ならって、思ってたんですけどね。」
祖母は、ため息をついた。
「結花さんが嫁いで来てくれた時には、これで我が家からも巫女がって喜んだのに。やっぱり、血じゃないのかねぇ。」
母は、今はスラリとした体型だが、昔はまるまると太っていたらしい。
巫女をしていて、それから家は裕福で、どこの家からも縁談はひっきりなしにあったらしいが、母はどうしても父が良いと幼い頃から決めていたらしく、若くしてまだ学生だった父と結婚した。
そして、父はそれからぐんぐんと学校でも頭角を現し、卒業後努力が身を結んでかなりの難関である、役所に取り立てられることになった。
それまでパッとしなかった父の家系は、それで一気に裕福になったのだ。
どうやらそこに、神様の力があるらしいのだが、母は父の努力の賜物だと言う。
とはいえ、巫女を娶った家では軒並み、そんなふうにいろいろな幸運が舞い込む事で有名だった。
そんなわけで、巫女を家に迎える、または巫女を家から出すことは、どこの村でも栄達に向かう一番の近道とされて、皆それを望んだ。
が、ここ最近、若い女子が一之宮の巫女に選ばれることは、ついぞなかった。
巫女になる条件は、ただ一つだ。
神が見え、神と話ができ、神に認められる事だった。
どうやら子供の頃は、皆神が見えるようなのだが、何故か15歳の誕生日を迎えると、皆パタリと見えなくなった。
巫女との区別のため、女子は15歳になるまで神社の鳥居を潜ることは禁止されており、入ることはできない。
男子は許されていて、それは男子には特殊な能力を持つ者しか、子供であっても神が見えないからだった。
ちなみに、神社を管理する家系の者達は、男子であっても成人しようと、軒並み神が見えるらしい。
だが、誰も神がどんな姿をしていて、どんなふうに話すのか、一切口外しなかった。
それは、巫女であった母も同様だった。
ちなみに母は、出産と同時に神が見えなくなったらしい。
その後、まるまるしていた体はスーッと痩せて、今の状態になったとのことだった。
そう、巫女は皆、何故かまるまると太っていたのだ。
そして、出産したら憑き物が落ちたように痩せるのだ。
そんなわけで、どこの家でも娘を肥やそうと励むのだが、太っていても選ばれない時も多く、結麻はそれは眉唾だと思っていた。
何しろ、友達の真樹は結麻と同じ身長で、体重は三倍ほどあったのに選ばれなかったのだ。
父が、トントンと戸をノックした。
「結花?そろそろ時間だぞ、馬車を回して来た。」
母は、答えた。
「あら大樹?」と、戸を横に開いた。「終わったわ、行きましょうか。」
父の大樹が、結麻を見て目を細めた。
「ああ、綺麗になって。大きくなったなあ…あんなに小さかったのに。この子を立派に養わないとと、必死に頑張っていた頃を思い出すよ。」
目を潤ませる大樹に、結花は同じく目を潤ませて頷いた。
「結婚した時は、また学生だったものね。いつまでも私の実家の世話になれないって、あなたが一生懸命だったのを覚えているわ。」
だから母は父の努力の賜物だって言うのか。
結麻は、思って両親を見つめた。
が、祖母は言った。
「神様のお力あってこそよ。さあさあ、行くわよ。もしかしたらこんな鶏ガラみたいなこの子でも、神様がお気に入ってくださるかもしれないじゃない。あちらの神様でなくとも、隣りの神様なら万が一ってこともあるし。今日は村の神社を全て回るのよ。」
まじかよ。
結麻は、うんざりした。
そういえば、真樹も一日中神社を回って疲れたとか言っていた…。
母が、言った。
「他の神社を巡っても、結局最初に一之宮の神様が見えないと、巫女には選ばれないんですよ。だって、他の宮の巫女も、一之宮の神様が決めておられるから。みんな、そこのところを間違えてるんですけど…でも、一応ご挨拶ということで。」
その、一応に付き合わされるなんてつらい。
結麻は、重い着物を引きずりながら、父に手を取られて馬車へと乗り込んだのだった。