第八話 「神ノ手・VS朱獣1」
その日の残りの時間は、魔術トレーニングをして過ごした。
魔術コントロールをトレーニングとして追加した。
魔術操力はノ級あるとはいえ、感覚は練習しないと戻って来ないのだ。
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次の日、僕はベビーローブをリナから借りて、魔力を供物に用いた召喚をすることにした。
ベビーローブを着ると、上級魔術師の僕はソ級魔術師になった。
ノ級魔術師の一段階下のランクである。
そう考えると結構強いな。
ベビーローブにワクワクしているセナを傍から冷めた目で見ていたが、僕もその気持ちがようやくわかった。
とそこで、ベビーローブ使えば、初級魔術師未満であっても上級魔術師になることに気づいた。
上級までは、実力がなくても魔力総量が多ければなれるのだ。
つまり、何を意味するか?
それは、今のリナでも土ノ中精霊が召喚される可能性が出てきたことを意味する。
ベビーローブの詳しい仕様によってはこの仮説は成り立たないかもしれないが、実験する価値はある。
鍛錬中のリナの肩を神ノ手で軽くたたいた。
〈リナさん。悪いんだけど、もう一度、水球を作ってくれない? ベビーローブを着てさ〉
〈さてはまた何かの実験ですね。いいですよ〉
神ノ手とは、見えないが触れる手のことを言う。
補助魔術の基本術なので神通力でも使える。
僕は両肘を机につき、手のひらに顔を乗せて本を読むときにこの術を使うことが多い。
今日は久々に練習がてら使ってみた感じである。
神ノ手は二本、心臓から出すことができる。
体の前面から一本、背面から一本である。
言わば、心臓のゴールキーパーである。
心臓をゴールに見立てるのは少々、不謹慎かもしれないが。
また、神ノ手のサイズは実際に持っている手と同じであるが、伸び縮みが可能である。
最大で十メートルほど伸びる。
湯呑にリナからもらった水をいれ、土のキャンバスに星の魔法陣を描いた。
そして、精霊様、と十回唱えた。
すると、土ノ中精霊が召喚された!
よし!
全中精霊、コンプリートだ!
リナを再度呼び止めた。
〈実験成功だったよ。気分転換に精霊召喚でもどう?〉
〈それはよかったです。折角のお誘いですが今は……、いえ気分転換にします!〉
リナからもらった水の余りを使って、星の魔法陣を描いてもらった。
〈こんなんでいいですか?〉
〈いえそれではシンメトリー加減が足りませんね〉
〈シンメトって何ですか?〉
〈シンメトリーです。左右対称という意味です〉
〈なるほど……〉
ちゃんとした星の魔法陣ができた。
〈では精霊様、と十回唱えてください〉
〈精霊様、精霊様、精霊さ〉
〈言い間違えました。すいません。心の中で十回唱えてください〉
〈心の中で、ですね。わかりました〉
十秒ほど待った。
すると、土ノ中精霊が召喚された。
〈これであなたには土ノ中精霊の加護が与えられました。おめでとうございます。因みに心の中で唱える際は、目を開けてもいいんですよ〉
そう言って説明を締めくくった。
あれ?
と僕はふと思った。
エロ仙人とも、はじめての精霊召喚をやったが一切手こずらなかったぞ。
案外奴はできる男なのかもしれない。
ひそかに僕の中でエロ仙人の評価が上がった。
リナからもらった水はまだ余っていた。この際だから、残りの二人にも土ノ中精霊を召喚してもらった。
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みんなちゃんとトレーニングやら鍛錬やらをしていた。
僕もこうして道草ばかり食っている訳にはいかない、とそう思わせてくれた。
さて今日は何をするんだっけ?
そうだ。
魔力を供物に用いた召喚だ。
僕はベビーローブを着た。
魔力だから直接召喚と間接召喚の両方ができるが、どちらにしようか。
直接召喚にしよう。
ガチャの楽しみは後だ。
まずは直接召喚で守護獣を召喚することにした。
精霊同様、加護を与えてくれるからだ。
言いそびれていたが、魔力を供物に用いた直接召喚をする場合は、召喚対象の名前に召喚、をつけた呼び名を口に出すと召喚される。
火ノ小精霊の場合、〈火ノ小精霊召喚〉である。
僕は、
〈守護獣召喚〉
と言った。
このように名前を省略して言うと、全魔力が吸い取られ、その魔力量に応じた守護獣が召喚される。
すると、朱獣が召喚された。
火の適正を僕は持っているから、火系の守護獣が召喚されることはわかっていたが、まさか朱獣とは。
サイズはゾウをよりも大きく、翼が生えている獣である。
精霊で言うところの、火ノ大精霊に当たる。
自分は現在、魔術師としてノ級よりのソ級だとかった。
〔小僧。貴様か? 我を召喚したのは〕
〔はい。左様でございます〕
〔おっ小僧。お主、喋れるのか獣語を。ふふん。これは気分がいい。エルフと話すのは久しぶりじゃ〕
〔では永続の相棒契約を……〕
〔調子に乗るな〕
〔では私と勝負をしてもし私が勝ったら……〕
〔お主が勝ったら? その時は永続の主従契約でもいいぞ。朱獣だけにな。ふはは。もし勝ったらの話だがな。見たところ魔力がすっからかんではないか。その上赤子ときた。お主には、万に一つの勝利もないぞ〕
〔私は魔力がなくても神通力が使えます。それでもこの勝負、受けて立たれますか?〕
〔神通力とな? 面白い。いいだろう。この勝負、受けて立とうではないか〕
〔勝負は朱獣様の絶対守護空間内で行いたいと思いますが、よろしいでしょうか。外だとなにぶん危ないですので〕
〔本来、守護のための空間だが……まぁいいだろう。では早速……〕
〔いえ少々お待ちください。実験したいことがありますので〕
僕は地面を歩く蟻を一匹捕まえた。
〔準備はできました。私とこの蟻を絶対守護空間にご招待頂ければと存じます〕
〔お主はけったいなことをするんだな。まぁいい。では招待しよう〕
こうして僕と蟻と朱獣は絶対守護空間に入った。
絶対守護空間は守護獣なら誰でも使えるが、ランクによって広さが異なる。
〔朱獣様の絶対守護空間はどれくらいの広さ何ですか?〕
〔百メートル×百メートルってとこじゃ〕
大きい体育館でも六個は入る広さ……守護獣としてはかなり強いようだな。
最も、端数を丸めているかもしれないが。
〔では少し実験させてください〕
僕は蟻を三十センチほど転移させてみた。
すると、ちゃんと三十センチ転移できた。
〔お主、今、無詠唱で転移させたのか? 魔力もなしに? これが神通力の力という訳か〕
〔はい。左様でございます。実験は終わりました。では勝負といきましょうか。じっくり、いーち、にーい、さーんと唱えてと五まで唱え終わったら開始にしましょう〕
〔いいのか? それで。唱えるスピードの差で開始に差ができるではないか〕
〔ですが、第三者がいない今、これが最善であると考えます。私は早めに五まで唱えて朱獣様の攻撃を待つとします〕
〔なるほど。お主の考えはわかった。つまり、我のペースで開始していいということじゃな〕
〔左様でございます〕
三十メートルほど間合いを取った。
〔では唱えてください〕
〔準備万端という訳じゃな。わかった〕
僕は早めに五まで唱えて朱獣の攻撃を待った。
そろそろか……。
爆炎吐息が飛んできた。
小手調べときたか。
しかしこちらにはベビーローブの魔術障壁がある。
全くの無傷であった。
〔さすがにこの程度でやられる輩ではないか〕
内心は何が起きているのか理解できていないだろう。
何せこちらは赤子で的としては小さい。
僕は微動だにしなかった。
次は何が起きているか目で見て判断しやすい、物理攻撃を仕掛けてくるだろう。
魔術は視界を妨げるからな。
朱獣は僕に肉薄しようとした。
が、僕から十メートル離れたところで、ベビーローブの物理障壁に阻まれた。
〔なんじゃこれは?〕
〔物理障壁です〕
一旦、朱獣は下がり、戦況は振り出しに戻った。
〔まぁなんてことはない。壊せばいいだけのことじゃ〕
――シッ。朱獣は再び僕に肉薄した。
〔ふんっ〕
そして、前足のかぎ爪を振り落とした。
助走ありのかぎ爪攻撃で物理障壁は砕けた。
とはいえ勢いは落ちた。
そこで朱獣は強く地面を踏み込んだ。
作用反作用により、勢いは再びつき、次の瞬間には、僕から三メートルの位置にいた。
僕は落ち着いて、魂をニアリーイコールシンメトリーにした。
朱獣の攻撃は僕をすり抜けた。
そして、階段を踏み外したようになって止まった。
〔なんだか急にめまいとともに強い倦怠感に襲われたな。それよりお主、我の攻撃を避けていないじゃろ? それなのにどうして立っていられる。気のせいか空間が歪んだように見えたが〕
〔気のせいではありません。空間魔術を使いましたので。急にめまいや強い倦怠感に襲われたのは重力魔術を使っているからです〕
正確には、始まりの神アシストが発動していたからだ。
だから今のは軽いブラフを含んでいる。
守護獣は魂を感じ取れない。
よって、魂をシンメトリーにしていても効果はない。
だから、魂をニアリーイコールシンメトリーにした。
個人的には、ニアリーイコールシンメトリーの方がかっこいいと思っており、好みだが、常用すると生活に支障が出るためシンメトリーで我慢している。
具体的にニアリーイコールシンメトリーとはどのような形かと言われると困るが、まぁこの作品のタイトルの主題みたいな形である。
副題は含まない。
四者の召喚対象のうち魂を感じ取れるのは悪魔だけだ。
なにせ悪魔に魂を売る、という言葉があるくらいだ。
魂を感じ取れなくては買い取れないではないか。
空間が歪んだと言うのは、始まりの神アシストの絶対先取が発動していたからだ。
効果は、絶対に先制攻撃ができるというものだが、その真価は、こちら側が攻撃しない限り相手は攻撃できないという点にある。
相手は攻撃しても空間が歪み、絶対にこちら側には届かない。
だからこの勝負、僕が攻撃をしない限り、平行戦だ。
勝つこともなければ負けることもない。
だが、僕は勝つつもりだ。でなきゃ勝負を挑んだりしない。