第六話 「勇者・召喚魔術」
魔術トレーニングは日課になった。
一週間が経ち、使える魔力総量は着実に増えていった。
勇者を除いて。
勇者は初日こそ魔力総量は四つ子の内、圧倒的トップだったが、一週間が経っても魔力総量は変わらなかった。
今のところまだトップであるが、あと一カ月もすれば僕らエロ仙人トリオに抜かれてしまうだろう。
どうやら勇者の魔力総量は生まれたとき既に決まっていたようだ。
それでも勇者は、剣術ばかりで魔術なんてしたことなかったし、教えてくれる人もいなかったからそれだけでもうれしいよ、と言って微笑んだ。
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一カ月が経った。
勇者の魔力総量はドベになった。
詠唱をして一通り初級魔術の初動を扱えるようになった勇者は、魔術トレーニングをやめてしまった。
そして、以前のようにゴロゴロするようになった。
果報は寝て待て、そういうことだな。
転生してから三度目の円卓会議が開かれた。
招集命令を下したのはセナだった。
〈そこそこ魔術も上達してきたし、ベビーローブ、使ってみない⁉ 勇者さんはもう使ってみたりした?〉
〈いえ、まだですわ。あのベビーローブ、勇者の世界観を壊すような見た目だから、勇者が着ると、むしろ弱くなるんじゃないかと思って〉
〈そう? じゃあ貸してもらってもいいかしら? もちろん調整主様から授かったものだから、魔王討伐目的でしか使わないし、大切にするわ〉
〈ええ、いいわよ〉
真っ先に着たのはセナだった。
〈似合うかしら……?〉
〈おいおい。まだ寝小便をぶちまけてる年でそれをいう? おませが過ぎるぜ〉
エロ仙人はツッコんだ。
〈いいじゃないの!〉
〈で、魔術は使ってみないのかい?〉
僕はそう言った。
〈使ってみるわ! ええと、消費魔力が十分の一になるからと……えい!〉
普通サイズの、則ち直径三十センチほどの水球が生成された。
〈これが消費魔力十分の一の力……! 地味だね〉
〈そりゃあ使用魔力も十分の一にしてるからね。使用魔力がそのままだと危ないじゃない。あんた達も着る?〉
〈いや、僕は遠慮しとくよ。十倍魔術を最大火力でぶっ放してしまいそうだからね〉
〈僕も遠慮するよ〉
〈何よ! ベビーローブにワクワクしていたのは私だけみたいじゃない!〉
セナは少し気を悪くした。
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半年が経過した。
一歳を迎えたが、特にお誕生日プレゼントはもらわなかった。
お誕生日なんて所詮は初めて外気に触れた日、程度の認識しか持たない僕には丁度よかった。
そして僕らは歩けるようになった。
さらばハイハイ。
勇者は歩けるようになったその日から剣を振り回すようになった。
僕らに対する剣術や体力トレーニングは始まらなかった。
先ずは忘れていた感覚を取り戻す必要があるのかもしれない。
気になったので一応、勇者に聞いてみることにした。
すると、
〈私、実は勇者ってそのトリオの皆さんに言われるの、少し恥ずかしかったんです〉
そう勇者は話し出した。
続けて曰く、勇者は勇者になるものだからだそうだ。
女は女になるように。
男は男になるように。
勇者は勇者になるものだそうだ。
どうも話が読めない、そう僕が言うと、彼女は続けて、勇者は勇者の剣に認められて初めて勇者になる、と言った。
勇者の剣に認められるとついでに勇者の盾が与えられる。
彼女は三回前の前世で魔王を弱冠二十歳で単騎討伐したことが買われ、死後、勇者という職業に推薦されたという。
一度は断ったが、まだまだ先が長いことを知った彼女は、推薦を受け入れたという。
〈だからまずは正真正銘の勇者になります! 剣術や体力トレーニングはその後で〉
リナはそう言って鍛錬に励んだ。
にしてもリナ……確か弱冠二十歳で魔王を単騎討伐といったな。
その基準で今回の魔王討伐も考えている訳ではあるまい?
かつて僕は、
気長にやろーぜ!
と言った。
しかし、二十年と準備するつもりはない。
あのベビーローブを見よ!
調整主がそれを持たせた理由がわかるか!
きっと五歳、それがタイムリミットだ。
リナさんよ……悪いけど置いてくよ。
さらにギア、上げるつもりだから。
魔術トレーニングは続いている。
ただ各自で方向性を変えよう、となった。
それまでは攻撃魔術、初級の初動ばかりしていたが、攻撃魔術はそこから、大きさ調整、射出速度調整、射出方向設定とある。
それに魔術と言っても攻撃魔術ばかりではない。
そのほかに、治癒魔術、召喚魔術、補助魔術とあるのだ。
話し合いの結果、僕ことコルは召喚魔術、エロ仙人ことアルは攻撃魔術、ルツ・サトリことセナは治癒魔術の道を進んでいこうという話になった。
補助魔術には転移なども含まれて、僕の使える神通力の下位互換的存在だと話したら、自然とそうなった。
召喚魔術は大きく分けて二種類ある。
直接召喚、間接召喚の二種である。
直接召喚は自動販売機での買い物のようなものだ。
魔力を供物に天使を召喚する。
お金を対価に飲み物を買う。
似たようなものだ。
ただし、天使を買うためのボタンは知っていないと押せないし、値段が開示されている訳でもない。
一方で間接召喚は釣り要素のあるガチャのようなものだ。
魔力を対価に何が召喚されるのかはお楽しみ。
回してみないとわからない。
かつ、餌だけ食って逃げられてしまうことがあるように、魔力だけ取られる場合もある。
ガチャは四種類あって、天使ガチャ、悪魔ガチャ、精霊ガチャ、守護獣ガチャの四種だ。
因みにこの四者が全召喚対象である。
そして召喚魔術は二つの要素から構成される。
供物、契約の二要素である。
供物によって召喚し、契約をしてこそ召喚魔術である。
供物として例えば魔力、が挙げられる。
魔力を供物にすると、直接召喚と間接召喚のどちらかを選んで召喚できる。
供物は区分がある。
魔力か魔力以外かである。
魔力以外の場合は、魔法陣を描く必要があり、直接召喚しかできないからだ。
魔力以外の供物は四種あり、四者の召喚対象それぞれに対応したものがある。
天使は本、悪魔は死体、精霊は水、守護獣は食べ物
である。
魔法陣を描くものはそれぞれ、
本、血、水(下地は土に限る)、サトウキビ
である。
本、水に限っては供物自体が魔法陣でもある。
よって、痕跡が残らない。
供物を用意し、魔法陣を描き、それぞれの呼び名に様をつけたものを心の中で十回唱えると召喚される。
天使の場合、天使様、天使様、天使様、天使様、天使様、天使様、天使様、天使様、天使様、天使様、である。
すると仏が、天使につなげてくれ、呼び出されるのだ。
唯一棒状のものではない本、は置き方が縦と横の二種類ある。
置き方が変われば、魔法陣が変わり、召喚される天使も当然変わる。
縦だと縦の天使<<ヴァーティカル・エンジェル>>、横だと横の天使<<ホリゾンタル・エンジェル>>がそれぞれ召喚される。
横の天使<<ホリゾンタル・エンジェル>>は格が違い、縦の天使<<ヴァーティカル・エンジェル>>と比べ、圧倒的強者である。
供物である本の量も圧倒的に違う。
最も簡易な魔法陣である、星、を描くのに最低必要な冊数は縦の天使<<ヴァーティカル・エンジェル>>は十冊なのに対し、横の天使<<ホリゾンタル・エンジェル>>は千冊を超える。
縦と横は同レベルではないのか?
そう思った方がいるかもしれない。
当然の疑問である。
気になった方は実際に星の魔法陣を、縦と横で並べて数を比較してみてほしい。
横の方が段違いに本が必要になるはずだ。
一応言語による説明も試みよう。
縦だと上面が線状であるが、横だと線状ではない。
どちらかと言えば面状である。
魔法陣は線で描かれるので、もとより線状の縦の方が描きやすいのである。
一方で、面状の横だと、まず線状に近似する必要がある。
よって冊数はかさむし、場所も取るしでハードルが高いのである。
供物が多ければより強者を召喚できる。
同様に、ハードルが高いければ、より強者を召喚できるのだ。
契約は言うなれば交渉次第ではあるが、大きく、三種類ある。
主従契約、師弟契約、相棒契約の三種類である。
主従契約は、召喚術師が主で召喚対象が僕の契約のことを指す。
僕は主に逆らえない。
師弟契約は、召喚術師が師匠で召喚対象が徒弟の契約のことを指す。
と言っても昨今の時代では伝わらないので補足しよう。
師匠は徒弟に飯を食わせる。
徒弟は師匠の雑用などをこなしつつ、師匠の技を盗み、師匠に近づけるよう努力する。
大事なのは、師匠が徒弟に飯を食わせる、の部分だ。
悪魔がもちかけてくる師弟契約には、特に気をつけた方がいい。
なぜなら、食うだけ食って徒弟としての仕事をしない悪魔がいるからだ。
守護獣もこのパターンが多いが、彼らはそばにいるだけでも効果があるので問題はない。
本来、徒弟は師匠の雑用をこなす必要があるが、そこには何も拘束力はないのだ。
師匠は来るものは拒まずで徒弟を追い出すことはできない。
一方で徒弟はいつでも出ていくことができる。
召喚術師と召喚対象に実力差がそうない場合に、じゃあという形で師弟契約が引き合いに出されることが多い。
しかしその実は徒弟に有利なものである。
よって、万が一を防ぐ場合であれば、例え相手が天使であったとしても、ペナルティーを設けることをおすすめする。
五回以上、師匠の雑用をサボったら一食抜きなどのペナルティーだ。
因みに、師弟契約であまい蜜を吸っている天使を堕天使という。
一応いることにはいるのだ。
三人だが。
これは堕天使の友達に聞いた話だが、三千年と生きるエルフ族にノーペナルティーの師弟契約を提案された時の誘惑はえげつなく、人の寿命と同等の百年は天使らしくいられたが、百年を過ぎたころ、魂に変化が起こり気づいたら堕天使になっていたそうだ。
堕天使になる気持ちも、モグッ、ゴクリ、わかって欲しい、と彼女はいった。
予談だが、シュークリームをほおばっていたそうだ。
相棒契約は、召喚術師と召喚対象の関係が対等な契約のことを指す。
サ○シとピカ○ュウのような、なあなあな関係を想像するかもしれないが違う。
バディ契約すると、お互いの魂が回路で接続され、視覚と思考が共有されるのだ。
視覚が共有されると、目を閉じた時にもう一方の人の目に映る世界が見える。
思考が共有されると、口を使わずにお互い話すことができる。
ただ様々な漠然とした雑念も共有されるので、話すとき以外、思考は共有せず、回路をオフする。
回路のオンオフは双方向から行える。
相棒契約を応用すると、一人分の料金で映画を二人で見ることができるんじゃないかと思った方がいるかもしれない。
残念ながらそれはできない。
なぜなら聴覚は共有されないからだ。
また、召喚をせず、目の前に既にいる魔物とただ契約することもできる。
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さて、と、一通り召喚魔術を思い出したことだし、一体何から始めようか。
しかし……眠い。
蛍の光に誘われて、僕は眠りについた。