第五話 「巻き込まれた四人」
次の日、また僕ら四人は押し入れに集まった。
円卓会議をするためである。
口火を切ったのは勇者リナだった。
〈さて、昨日は私が勇者であること、この世界では転移が使えないこと、魔王のこと、を話しましたが、まだまだ赤子の私たちに一体何ができるんでしょうか?〉
〈そうですね。現状、何もできないでしょうね。ですが、あなたは僕たちと違い、勇者の仕事で来たのでしょう? 全くの無策という訳ではありますまい〉
〈オープン〉
リナはそう言い、アイテムボックスを開いて、二つのアイテムを取り出した。
アイテムボックスは、勇者の剣、勇者の盾、に続く勇者の基本装備の一つで、ドラ○もんで言うところの四次元ポケットみたいなものだが、物質としては存在せず、オープン、ということで顕在化する。
〈調整主様から今回は特別にこの二つのアイテムを授かりました。祓魔の仮面一つとベビーローブ一式です〉
と、アイテムについての説明が始まった。
祓魔の仮面は装着すると、魔族に対して攻撃力が二倍になる。
ベビーローブは着ると魔力の消費量が十分の一になり、障壁が展開される。
物理障壁と魔術障壁の二つだ。
但し、当然ベビーローブは赤ちゃんしか着ることができず、五歳ごろになると着ることができなくなる。
〈魔力の消費量が十分の一ということは、使える魔力が十倍になるってことよね。そこに二倍が加わると二十倍ね。強すぎないかしら?〉
セナは言った。
〈でも赤ちゃんが使う魔術に限られるわ。
だから同じ状況の大人、つまり祓魔の仮面を装着した平均的な大人が使う魔術の二倍程度ね。
よって、二十倍じゃなくて四倍程度ね。
まぁあくまで平均的な赤ちゃんと大人を想定した場合で、魔術師を想定した場合ではないけれど。
それから実は……〉
と、リナは調整主に言われたことを話し始めた。
曰く、転生したら始まりの神に出会うから、彼の協力を仰げとのこと。
また、転移が使えるようになれば金雀の魔王は討伐しなくてもいいそうだ。
もちろん悪い魔王だった場合は討伐する。
現状、悪い魔王には見えないが、復活を待ち望んでいた三人の魔王が軍門に下り、一大勢力を築いているという。
〈なるほど。始まりの神である僕の協力を仰げ、とな? どうやら僕は巻き込まれてしまったらしい〉
〈とっくに私たち三人は巻き込まれてるわ!〉
セナは言った。
〈え? 一体いつから〉
〈僕も⁉〉
エロ仙人コンビは口を挟んだ。
〈あんたらと来たら……。コルなんて昨日、自分は三種のゴッドアシストの一つを保有していて、魔王抑止の二つ名を持っているとかなんとか言っていたくせに、隣で勇者さんが魔王討伐に向けて準備を進めるのを、ただじっと見ている気だったの?〉
〈そのつもりだったけど〉
〈二十年後その耳に噛り付いてもいいなら話は別だけどね〉
〈やはり外道ね……勇者さん、こんな始まりの神とエロ仙人の言うことは聞いちゃだめよ〉
〈えっ、でも調整主様の指示に背くのは……〉
〈そうだ。調整主の指示には背けない。僕もちゃんと協力するよ〉
〈僕も協力しようかな、一人だけ蚊帳の外ってのも嫌だからね〉
こうして僕らエロ仙人トリオは勇者に協力する運びとなった。
僕は一応確認のため、魂界にいるこの星ローオを管轄している調整長に連絡をした。
魂番号を三回、心の中で唱えると、仏がその魂番号の主に声をつなげてくれるのだ。
話し方は魂界の制限がある。
考えること則ち喋ることを意味するという、例の制限だ。
調整長からは直々に、協力してやってくれ、と言われた。
僕が、まだ赤子だから何もできない、というと笑って、魔王抑止とも呼ばれる君はいるだけでいい、転移が使えるようになれば魔王は討伐しなくてもいいし、まぁ気長にやってくれ、と言われた。
〈って訳だから、気長にやろーぜ!〉
僕はそう言って右手を突き上げた。
〈おー〉
と、リナとアルも右手を突き上げた。
〈ってなるかーい!〉
とセナ。
〈何々、どうしたのセナさん。声なんか上げて〉
〈あんた、気長にやろーぜ! なんて言って、何もしないつもりでしょ〉
〈鋭いね。でも僕ら赤ちゃんだしなー〉
〈赤ちゃんにだってできることはあるわ! それにあんたのことだからどうせ大人になれる魔術でも使えるんでしょ〉
〈それはできないよ。魂界のアイテムである二十歳ベルトがあれば話は別だけどね〉
〈へぇ案外普通なのね。あんたも。まぁいいわ。とにかく、明日から魔術のトレーニングを始めるわ。今日はこの辺で解散にしましょ〉
〈あの、勇者さん〉
僕は、勇者リナに声をかけた。
気になることがあったためだ。
一人で確かめてもよかったが、折角だからな。
〈この世界では外部から転移をして入ってくることはできませんが、内部にいる者も転移が使えないのでしょうか?〉
〈そういえば、まだ確かめていませんでしたね。オープン〉
そう言って勇者の剣を取り出した。
勇者の剣は勇者から三メートル離れると自動的にアイテムボックスに転移される仕組みになっている。
それを利用して実験しようという訳だ。
三メートル離れると、勇者の剣はアイテムボックスに転移した。
実験成功だ。
〈次は人で確かめてみましょうか?〉
〈いやいやそれは早計かと思います。なんだか嫌な予感がします〉
〈確かに嫌な予感がしますね〉
そこで飛んでいた蚊を捕まえ、三十センチほど転移させてみようとした。
すると、蚊は消えた。
縁側に出て、庭の木に止まっている鳥を転移させてみようとしたが、これまた消えた。
つまり、僕を転移させようとしても、転移されるのは僕の装備だけで、丸腰になった僕はどこかへ消えることが予想される。
明日の会議でこのことを話そう、そう言って彼女とは別れた。
それにしても蚊や鳥はどこに消えたのだろうか?
自分を実験にして確かめたい気持ちを、ぐっとこらえた。
翌日、セナの魔術トレーニングが始まった。
彼女は前世では、魔術師をしていたらしい。
それに触発されたのか勇者リナは、二足歩行ができるようになったら、剣術や体力トレーニングを教えよう、と言い出した。
一方で親からも、寝る前の絵本の読み聞かせが始まった。
絵本はいい。
残念なのは大人になってから、電車などでは読みづらいという点だ。
いい年した大人が、公然と絵本を読むのは、ハードルが高い。
攻撃魔術は四つの要素から構成される。
火の玉を射出する魔術の場合、点火、火の玉の大きさ調整、射出速度調整、射出方向調整、の四要素から構成される。
セナの魔術トレーニングはこれで言うところの点火、に重点が置かれていた。
最も魔力を使う部分だ。
場合によっては、他の三要素の方が魔力を使うが、家で安全に魔術トレーニングをする限度を超えている。
僕は熱い泥球を一球だけ生成し、部屋を汚さないよう庭に転移させた。
それだけで魔力限界が来た。
熱い泥球は水、火、土の併用魔術である。
水球を熱くして土を混ぜている訳ではない。
その場合は混合魔術と呼ばれ、併用魔術よりも魔力消費量が少なくて済む。
〈あんたさっさと魔力を使い切って、私の魔術トレーニングから離脱する気ね。でも残念ね。あんたには別にやってもらいたいことがあるの〉
僕は転移のことを話した。
〈物質のみ転移可能で、生物はどこかへ消えるのね……これもきっと金雀の魔王のせいね〉
〈物質のみ? 十分じゃないか。間違えて敵陣の真っただ中に転移するのが防げて寧ろいいくらいだね〉
奴は水球を生成しながらそう言った。
魔術トレーニング中の僕の役割は、彼らが生成した水球を庭に転移させることだった。
転移は魔力がない状況でも、神通力を使えばできる。
一方で、水球などは魔力を消費しないと生成できない。
〈それにしてもよく僕が魔力を使えなくても転移ができるってわかったね〉
〈あんたは外道だけど神なんでしょう。だからきっとできると思ったわ〉
〈ふーん。まぁいいさ。でも今日はよくもこき使ってくれたな〉
〈ごっごめんなさい〉
セナは少し涙声でそういった。
あれ?
と、僕はそう思った。
神、直々の触らぬ神に祟りなし発言を、もろともしなかった女性が、シンプルな婉曲怒り表現に朦朧としている?
語気が怒りに寄り過ぎたか。
それとも訳し方が悪かったか。
それより、まさか泣きそうになるなんて、一体なんて言えばいいんだ……。
〈でもしょうがないから、明日もこき使われてやる〉
僕は早急にハイハイしてその場を立ち去った。
思えば彼女との付き合いは勇者とそう変わらない。
ちょっと馴れ馴れし過ぎたか。
僕は少し反省することにした。