三一話 「陳情」
あれから二カ月が経った。
従者トリオは無事、金雀の魔王城についた。
そして今まさに、僕らは魔王城に踏み込もうとしている。
その二カ月の出来事を簡単に述べよう。
朱の大悪魔との戦いに勝った後、僕たちならもう魔王に負けなくね?
となったのだ。
始まりの神アシストによって、朱の大悪魔でも動けなくなるとなれば、魔王クラスであっても動けなくなるだろう。
問題はそこに致命的なダメージを与えることができるか、の一点になった。
よって一同は必殺技の特訓に励んだ。
そして完成した。
土系統で防御よりの玄の悪魔<<アンライト・デーモン>>相手に実験し、通用することを確かめた。
それも通用するどころか、あと一歩のところで息の根を止めてしまうほどだった。
魔王は相変わらず陳情をやっていた。
僕たち四人とヴェルレッドは現在、その列に並んでいる。
リナ、セナ、アルはうなだれていた。
というのも、とても暑いからだそうだ。
苦労して夏獣の加護を手に入れたが、その甲斐があったというものだ。
なかったらどうなっていたか。
因みに僕は朱獣の加護を受けているので全然平気である。
並んでいるものは魔物ばかりで、人間であり、子供の僕らは好奇な視線を浴びていた。
入口のところまで来ると、装甲でがっちり体を固めた強面で、体中に毛を生やした門番が、僕らをジロジロ見下ろした。
[おい、ここはガキが来る場所じゃねぇぞ。ガキは母親んとこで寝んねしてな]
[年齢制限があるとは聞いてないぞ]暑さにいらいらしてしまったのか、アルはつい、そう口走っていた。
[おお、おお。大した口を利くじゃねぇか。ガキ]
しまった。
魔王城に入る前に事になるのは避けたい。
僕はすぐに次のアクションを起こした。
[申し訳ありません。しかし、どうしても魔王様に陳情したいことがあるのです。どうかご勘弁を(そう言って、落ちている石をポッケに転移させ、幻影魔術をかけた。僕は宝石にしか見えないただ石を、ポッケから取り出して見せた。そして門番に握らせた)]
[へっ、仕方ねぇな]
ふう。危ないところだった。
アルは魔金語を喋れるんだったか。
そのことを失念していた。
アルには魔王城では、基本、何も話さないようにと言っておいた。
その後は順調だった。
僕らは門をくぐり、庭を歩き、金雀の魔王城の謁見の間の前で待っている。
しばらくすると、前の人が五メートルはある扉から出てきた。
次は僕らの番だ。
案内され中に入る。
中は冷えていた。
リナ、セナ、アルは密かに喜んだ。
謁見の間はロマネスク建築っぽいが、質素な感じもした。
フィフスセ○ターのアジトも彷彿させる。
左右に魔王の手下がズラリと構えている。
十人と十人で二十人はいる。
案外少ないな。
その先に玉座に座る金雀の魔王の姿が見えた。
肘掛けに手を置いている。
色ガラスで鮮やかになった日光が左から差し込み、その場だけを照らしていた。
一人だけ舞台の上の存在かに見えた。
身長は座っているのでわからない。
顔は金色のアヒルのようだった。
羽も金色で、後光が差すかのように羽が広がっていた。
[そこまでだ。それ以上近づくと切る]
騎士団長と思われる、一際分厚い装甲に身を包んだ魔族が、そう言って剣を抜いた。
僕はすぐに停止して、一同を制した。
扉から十メートルほど歩いたところだった。
さらに十メートル先に魔王はいた。
一同は練習通りに首を垂れた。
[これはこれは。人族の子供に朱獣とは、面白い組み合わせですな。面を上げてください。して、何用ですかな]
[一つ聞きたいことがあります]
[ほう。それは?]
[実はとある筋から、始まりの神に封印されていた、と聞いております。実は私もなのです]
[それはまた、奇遇ですな]
[それで聞きたいことというのは、いくつジグソーパズルを解いたのかということです]
[ふむ。先にあなたの解いたセット数を聞いても?]
[76万です]
[おおっそれは本当ですかな? 私は36万ですよ。私の二倍以上ではありませんか。一体、どんな事をされたのか聞いても?]
[いやそれはとてもバカバカしいことなので、魔王様の前ではとても言えません。ただ僕としては、ちっとも悪い事をした覚えはありません。その癖、講釈ばかり垂れてきたのです]
[うむうむ。私も似たような経験をしましたよ]
[因みに私は暴虐の限りを尽くしていたところを、封印されました。それ以来、少し考えを変えましてね。そういったうるさい者がいない世界を目指すようになりまして。どうです? あなたも金雀の魔王軍に入りませんかな。人族であろうと歓迎しますよ]
[勿体ないお言葉、ありがとうございます。よろしければ、どうしてそのような世界を目指すようになったのか、もう少し詳しくお聞かせくださいませんか]
[いいでしょう]
なんだか、のほほんとした会話をしているな。
そのためか、後ろからアルが、僕の背中をつついてきた。
それもそのはず、一同は戦うために来たのである。
とそこで、騎士団長が僕の前に立ち塞がって剣を構えた。
[魔王様、何だか危険な香りがいたします。魔王様に近づいて悪さをする怪しい輩にしか見えません。私がその前に切り捨ててくれましょうぞ]
[黙れ。私は何も言っておらんではないか。気持ちはありがたいが、控えるように]魔王はピシャリと言った。
[はっ。失礼致しました]騎士団長は下がった。
[折角のリクエストだが申し訳ない。そろそろ時間だ。わざわざ世間話をしに来たのではあるまい? 言いたいことはなんだ]
[魔王様は転移封じを発動なさっていますが、それを解除しては頂けないでしょうか]
場の空気がピリッとし出した。
[いや、それはできん。以上だ]
ダメだ、このままでは。
なんとかせねば。
また明日にするか?
いやそれはできない。
虚の悪魔との約束は今日限りだ。
何か言え。何か。
ここで引き下がることは敗北を意味する。
何のために今まで戦いに備えていたのか。
この時のためじゃないのか。
とは言いつつ、後ろを振り向き帰ろうとしてしまった。
不動の四人がいた。みな戦いを前にし、覚悟を決めた表情をしていた。
僕としたことが……、すまない。
やるしかない。
やるしかないんだ!
[おいどうした、さっさと帰らんか。たたっ切るぞ]騎士団長が言ってきた。
[私は魂界の使者である!]僕は振り返り、魔王を見てそう叫んだ。
その声で眠りかけの兵も立ちどころに目覚めた。
[何? 魂界の使者だと! どうして!? 転移は封じたはずだ! そうか! 転生か! 貴様らの年齢から言っても、それなら合点がいく。全く、そこまでしてこの世界に介入したいか!]
[ええい。はよ帰らんかい。これ以上は我慢ならん! たたっ切ってやる!]
騎士団長がそう言うと、兵たちが僕らに切りかかろうとした。
それをヴェルレッドが周囲に円状の炎を散らし、振り払った。
乱戦になるかに見えた。
[兵たちよ。切りかかるのは一旦待ってくれ]鶴の一声が場を制した。
[しかし!]
[待ってくれ]
[……わかりました]
騎士団長が引き下がるのを皮切りに、兵たちはみなそれに追随した。
[望みは何だ?]
[この世界で転移を可能にすることです]
[それはできん。外界の存在である死神やら調整主やらが、この世界に入ってくるからな]
[どうしてそう毛嫌いするのです? きっと仲良くやっていけると思います。悪魔や天使と似たようなものではありませんか]
[いや全然違う。悪魔や天使はいい。個人的にやっているだけだからな。しかし、死神や調整主は違う。彼らは組織ぐるみで行動し、ある種の使命を持っている。そして、使命を振りかざしてくる。それが我慢ならない]
[それは世界のバランスを保つという、大きな目的があるからです]
[大きな目的、小さな目的、そこに優劣があるのか!? 大きな目的だから何にも増して優先されるのか! 全くもって我慢ならん!]
[いいえ。大きな目的だからという理由だけではありません。これはもっと根本的な目的でもあるのです。放っておけば、埃が溜まってしまうような、防ぎようもないことなのです。ですからご理解下さい]
[根本的!? だから何だと言うんだ!]
[ですが、この数年間、あなたは十分、自由に好き勝手やって来たじゃありませんか。外界の存在は僕らの他にいなかった! それで十分では? 今頃、死神、調整主がいないために、世界に綻びが生じているかもしれません]
[それがどうした? この数年、大丈夫だったんだ。貴様ら外界の存在がいなくても、どうにかなると証明されたようなものではないか]
[これまでは、に過ぎません。これから先はわからないでしょう? あなたも後悔するような出来事が起こります。歴史に基づいた推察なので、百パーセントの精度で起こります]
[ハッ。仮にそんな出来事が起きたとして、その時に後悔すればいいだけの話だ。違うか?]
[ですが後悔しては遅いということもあります]
[遅い? そんなものはあるものか。もしあったならば理不尽と言えよう]
[振り出しに戻りましょうか。私の目的は、この世界で転移を可能にすることです]
[そしてそれを私は了承できない]
[どうやらこの話は]
[[平行線]]
[のようですね]
[のようだな]
視線が交差する。
まるで先に視線を外した方が、負けかのようだった。
立場の違いがもたらす意見の相違。
もし僕が魔王と同じ立場であれば、やはりこの魔王と同じようなことをしたかもしれない。
だが僕は魂界側の人間なんだ。
魔王、君もきっと僕と同じ立場であれば、僕と同じようなことをしたはずさ。
しかしそれは、いずれにせよ叶わぬことだ。
目がなんだか痒くなってきた。
僕は瞼を使い、目を掻こうとした。
魔王も似たようなことをしていた。
僕と魔王は同時に吹き出した。
大空間がもつ、特有の静けさは健在で、二人の笑い声は孤島を思わせた。
だが、これを機に仲良しこよし、とはいかなかった。
僕と魔王は寧ろ、これをチャンスと捉えた。
笑い声は同時に消えた。
〈来るぞ〉
[殺せ] 魔王の下知が飛んだ。