第8話 ふたりのギルド
日も傾き出していたので、二人は夜に宿屋で合流することにして、街に戻るといったん別れた。ギルド登録には時間がかかる。
リディアは一人になるなり、あることに思い至った。
(私の腕を確かめるためとはいえ、さっきのバルザ、いっさい攻撃しなかった……。去年までの成績でいえば、バルザの撃破数ってかなりすごかったのに……)
歩いているうちに次々と考えが浮かんでくる。
(盾戦士にジョブチェンして、完全に徹しちゃってるのね。ナンバーワン冒険者になってもらうには撃破数も重要だし、もうちょっと攻撃型に戻ってもらえないかなぁ……)
両手で大楯を抑える姿勢や敵に対する動きを見て、この四年間、数字から想像するしかなかったバルザの戦い方を確認できた。
(っていうか、バルザがあんまり強いから、仲間に「手を出すな」とか言われてたのよ! きっと、絶対! あいつらめ……絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから)
そう息を巻いて、冒険者ギルド本部に向かう。
そこでやっと、自分の置かれた状況を思い出した。
「そうか、ギルド登録の前に、リドの冒険者登録しなくちゃだ」
そう思って登録カウンターを見ると、長蛇の列ができていた。ここ数年の冒険者になりたいという若者の急増に対して、窓口が少なすぎるのだ。
いくら血気盛んな冒険者たちでも、屈強な先輩冒険者である誘導係には逆らえず整列させられる。
「変わってないなぁ……。これだから野良冒険者が増えちゃうんだよ。バルザもきっとこういう、並んだり待ったりするの嫌いなんだな」
やれやれと思いながらもぼんやり並んでいると、なにやら感じる気配。
左斜め後ろ。
敵……? なんだ?
こっそりうかがうと、隣の列の女性三人組がこちらを見てはヒソヒソ話ししている。
(やだな……やぼったいブスとか言われてんのかな……どうせ田舎者ですよ)
卑屈なため息一つ。
そして重要なことを思い出す。
(私いま、男じゃん!)
改めて彼女たちを見ると、その視線には別の意味があるようだった。
微笑んで小さく手を振ると、「あっ」と声を漏らして、三人ともが赤くなって盛り上がっている。
(私もあんな感じかな……本当に、気持ち悪がられないように気をつけなきゃなぁ……)
冒険者登録用窓口の進みは遅く、たっぷり三十分は立ちっぱなしだった。モンスターを倒すより大変な作業だ。
「次の人ぉ」
かわいそうに窓口係の年配女性も疲れ切っている。
「ここに、記入して」
魔法具の記入用紙とペンを差し出され、リディアは微笑んだ。
「出戻りです。ありがとうございます」
説明はいりませんという合図を送ると係員は無言でうなづいた。やり直したくて戻ってくる冒険者もよくいる。
『リド、出身サランゼンス、精霊師』
「おや……」
窓口の女性が出身地を見て眉を上げた。別段咎められることはないが、訳あって素性を隠す人はこの街の生まれと書くのがお決まりなのだ。
記入した文字は冒険者ギルド本部の中央で光り輝くクリスタルに記録され、リディアに渡された『アドベンチュラ・インフォ・カード』に同期される。クリスタルは常にアイフォと連携して情報を更新している。
表面に『リド』と浮かぶ美しいクリスタルの板に指を滑らせる。
「間違いがなければ終了よ」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
女性は微笑んで送り出してくれた。次は隣のギルド登録窓口だ。
「何か食べてくればよかった……」
リディアはリュックから小さな干し芋を取り出して口に放り込んだ。飲食禁止ではないが、あまり喜ばれる行為ではないのでこっそりと。
新しいアイフォは二年前にリディアが受け取ったものと色が違っていた。大きさも、若干大きくなったようだ。
「見やすいかも……」
アイフォを持っていると勝手に戦歴を記録してくれる。リドの記録はまだ白紙だ。バルザも、さっきの戦い方では戦績がつかない。
「次の方!」
ギルド登録窓口にいる係員の中年男性は、苛立っているようだった。彼も食事に行くタイミングを逃したのだろう。
「ここにアイフォ置いて、ギルド名書いたら、登録金五百エム」
「値上がりしたんですね」
リディアは記入しながら言った。
「稼げるようになってから来てもらわないとね。あんたは大丈夫か」
「もちろん」
同じ名前のギルドがあると弾かれるが、リディアは抜かりなく、先に被りがないか調べている。
『紅炎鳳団、代表者リド』
「はい、お疲れさん。あとはアイフォで」
「ありがとうございました。あ、これどうぞ」
リディアは胸ポケットから取り出した葉っぱの包みを窓口に置いて、微笑んで手を振り立ち去った。順番待ちの人々の殺気を感じたのだ。
訝しんで係員が確認すると、中には愛らしいドライフルーツ。 差し入れのおかげで、彼がそこからの仕事を乗り切れたのは言うまでもないが、彼は「紅炎鳳団のリドを覚えておこう」とまで思ってくれた。
晴れ渡った青空の下へ出たリディアは、この長い待ち時間でやっと追いついた不安に襲われていた。
(どうしよう、本当にギルド作っちゃった……私、バルザとうまくやっていけるかな……)
しかも男として、だ。