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第6話 憧れのバルザに有頂天

 あっという間だった。


 薄桃色の髪は短く、背はグッと高くなり、それでもどこか彼女の印象を残した細身の青年に姿を変えた。


「わあ、すごい! え、声低!」


 リディアはピョンピョン跳ねたり、ガラスを覗き込んで容姿を確認したり、手足を眺めて不思議がったりと忙しない。


「ほんとに男の子になっちゃった! すごい! タイトスさん! すごいです!」

「いーから早く行け!」


 タイトスに追い出され、リディアはついに出発した。

 長い旅の始まりである。


 洞窟を抜け、森を出ると、まずは街道へ。すぐに行商の馬車に乗せてもらうことができたので、翌日の昼には目的地、冒険者の街サランゼンスに到着した。


 ここまでは順調だ。


 サランゼンスは、昔は小さな町だったが、何十年か前に冒険者ギルド本部ができてからは膨張の一途をたどっていた。

 集まる冒険者たちのために店や宿、酒場が増え、囲壁から建物が溢れると今度は壁を外側へと作り直す。そんな無計画な増改築のせいで、街は正門から離れるほど迷路のようになっていた。


(あーどうしよう、緊張してきた! ちゃんと上手くできるかな……)


 リディアはバルザが呑んだくれているという『ウワバミ亭』へ急いだ。というより、走っていた。アイフォでマップを確認しても迷うほど入り組んだ路地も、恋の力の前には直線ルートである。


 店先で息と髪を整えて、ドキドキしながらそっと中を覗くと、奥の席で机に突っ伏している大きな背中が見えた。


(バルザだ……!)


 動転して首を引っ込めたが、ここまできて帰るわけにはいかない。

 深呼吸ひとつ。

 いざ、店内へ。


 カウンターの向こうの店主に目配せすると、飲んだくれたバルザをなんとかしてほしい彼は「厄介者に用があるなら好きにしてくれ」という様子だった。


 バルザは酔っ払ってうわ言をこぼしていた。それもひどく悲観的で、悲しいことを。


「どうせ俺は……怖がられて、嫌われて死ぬのが落ちだ……」


 一方のリディアは有頂天だった。


(久々に聞くけど声変わってない! かっこいい! やばい! 落ち着け私!)


 そっと近づいて、声をかける。


「そんなこと、ないんじゃないかな」


 リディアは内心は不安でいっぱいだったが、〝落ち込んでる主人公の元に現れるミステリアスな青年〟という設定を意識して、一生懸命涼しい表情を作った。


 ところで、なぜそんな設定なのか。

 それは本人にもわからない。


(男の子って敬語とか使わないよね。こんな感じで大丈夫かな)

とか、そんなトンチンカンなことを心配していた。


 しかし、ついに対面したバルザは四年間の冒険者生活ですっかり大人の男の顔になっていて、革の甲冑から覗く腕や顔も傷だらけでまるで知らない人のようだった。


「何だてめえ」

と、どすの利いた声を出されて緊張が走る。


「やだなぁ、そんな怖い顔しないで。俺はあんたの味方だよ」


 リディアはとりあえず笑顔を絶やさないことにした。

 仕方ない。いま彼は酔っ払っている上に気が立っているのだから。うん、きっと、そのはず。


「嫌われて死ぬだけなんてこと、ないと思いますよ。バルザさん」

「俺の名前なんで知ってんだ」


(しまった……いいや、知ってて来たってことにしよう)


 リディアは誤魔化すように慌てて椅子に座り、前のめりで話し出した。


「俺の名前はリド。あんたの名前を知ってるのはもちろん、上位ランカーギルド〝三毛猫会〟のバルザは有名だからだよ」


 褒めてみてもバルザの表情は硬い。身を起こして距離を取られ、腕組みまでされた。拒絶。全身で物語っている。


(バルザって、こんなに怖かったけ……どうやったら仲良くなれるんだろ……)


 リディアの頭がぐるぐる回る。目も回っていたかもしれない。


「体力しか取り柄のない能無し盾役が有名なわけねーよ。他の連中と、そいつらをまとめるギルドマスターのグレンが優秀だったんだよ」

「能無しだなんて」

「ちょうど、クビになったとこだ……」


 ぎゅっと胸が締め付けられた。

 慰めようとした言葉が遮られたからではない。境遇を口にしたバルザが、とても苦しそうだったからだ。


(自分のことそんなふうに思ってたの? ダメダメ、もっと自信持たなくちゃ! 私が絶対助けてあげるんだから……!)


 リディアは思い切って話を進めた。


「それも知ってるよ」

「……は?」

「クビになったって聞いたから。誘いに来たんだ」


 回り道をやめて、バルザの右手を両手でがっちりと掴む。


「俺と、ギルド作りましょう」

「は?」

と、バルザは渋い顔。


(あ! なんか、結婚してくださいって言ったみたいじゃない!? やだ恥しい!)


 一人赤面していると、バルザは手を振り解いて、さらに嫌そうに顔を歪めた。


「よわ……」

「力は弱いかもしれないけど、魔法はピカイチだよ」

「だせえ言い方……」

「俺は精霊師だから」

「だからなんだよ」

「回復も攻撃もできるってこと」


 こうなったら根比べだ。


(「うん」って言うまで引き下がらないんだから……! 女の子に戻りたいし!)


 リディアは微笑んでいたが、一歩も引かないと意志を固くした。

 ところが次の瞬間、ふっと、バルザの表情が和らいだのだ。ほんの一瞬。


(え? え? なにがよかったんだろ。精霊師だから? っていうかその表情好きなんですけど)


「そんなに自信があるなら、その辺のモンスターで腕前見せてみろよ」

「もちろん。それで納得したら俺と組んでくれるよね」

「はいはい」


(やった!)


 店を出るバルザを追いかけながら、リディアは飛び上がりそうになっていた。


 隣の防具屋の店先に置かれた鏡に、自分の姿が映る。

 リディアは息を呑んだ。


(そうだ、いま私、男の子なんだ)


 男子たるもの、ぴょんぴょん跳ねてウキウキ喜ぶものじゃない。


(気をつけないと……)


 腕前を見せる前に、キモチワルイところを見せて追い払われたらおしまいだ。


(そしたら私、バルザのお嫁さんになるどころか、男のままで一生を過ごすことになる……!)


 いまさらながら、リディアは事の重大さに気づいたのだった。


 

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