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第5話 男にしてください!

 リディアは目立つ髪の毛をフードに隠し、人目を避けて急いでいた。


 冒険者になろうと決めたときに揃えたブーツとズボンを身につけ、リュックには水や食料も用意している。長旅の覚悟だった。


 まず最初に目指すのは、村の北にある暗く深い森の奥。


 途中川辺で休憩したが、予定通り、陽のあるうちにそこまで辿り着けた。長旅、というからには、ここが終着地点ではない。


 本当ならばモンスターが出てもいいような瘴気を放っているが、この森が静かで落ち着いているのは、最奥の洞窟にぬしが住んでいるからだ。


 その入り口には札が立っている。


『警告、貧乏人お断り』


 リディアは胸の前でぎゅっと手を握り、恐る恐る中を覗き込んだ。


「こ、こんにちは」

「へいらっしゃい」


 飛んできたのは気軽な返事。

 リディアは驚いて、中へと足を踏み入れた。


 左へ緩くカーブした先は、外からは見えなかったが、光と色の洪水だった。


 火の精霊のランプで煌々と照らされた棚や机に、色とりどりの小瓶や絵、魔法具が所狭しと並べられている。


「へいらっしゃい」

と、また、同じ声。


 いったいどうやって、同じ調子で繰り返しているのだろうと思ったら、曲がり角に立てられた『魔道具よろず屋・万華鏡』の看板の上に、ギョロ目のオウムが止まっていた。


「まあ、こんにちは」

「かねがないならかえんな」

「え?」


 かわいいと思って挨拶したらこれである。

 意味わかって喋ってるのだろうか。


 そのとき、後ろからしわがれた男の声がした。


「鳥となんか真面目に話すもんじゃないよ、お嬢さん」


 慌てて振り返ると、薄暗がりの奥に置かれた大きな机の向こう側に、その人物はいた。濃紺のローブをまとったその人は、レベルなんてものがなくてもわかるほど、魔力が溢れ出ている。


 リディアはフードを外して会釈した。

「あなたが森の主の、闇魔法使いさんですか?」

「お前、そりゃ悪口の域だぞ。俺はタイトス。腕のいい魔法使いだが、闇使いじゃない。なんでも望みを叶えてやるっていう、優しい男だよ」

「ごめんなさい。でも、違うんです闇って、違法って意味の方なんです」

「そんなことはわかってんだよ。ボケを潰すな」


 タイタスもズケズケした物言いを〝売り〟にしていたが、リディアも遠慮がない。


 彼は呆れて頬杖をついた。

「で、望みは? 何がほしいんだ?」

「はい、男にしてください」


 間髪入れない元気なお願いに、今度はその杖がズルッとけた。


「随分お気楽に言うじゃないか。はじめから全部話してみなさい。納得したら魔法をかけてやる」

「お金さえ払えばなんでもしてくれるんじゃないんですか?」

「俺は商売人じゃない。魔導士だ。大事なのは魂だよ」


 タイタスの説明はリディアに通じなかったが、とにかく彼女はイチから丁寧に話すことにした。


「子供の頃、村の祭りで初めてその人を見かけたとき、運命の人だと思ったんです。両手にまだちっちゃな弟と妹を抱えて、彼らが退屈しないようにあやしてて……」


 話しているうちに、リディアの頭の中には、その情景が昨日のことのように鮮やかに蘇る。


「彼は優しくて、力強くて、教えられなくても精霊と話せるような心やさしい人で……あ、あと森で迷子になったとき助けてくれたんです」


「それとお前の願いとどう繋がるんだ」

 タイトスはハエを払うように手を振って先を促した。


「彼はいま、幼馴染と意地悪な女たちに追いやられてどん底なんです。酔い潰れてストリートファイトしたり、酒場で他の客に当たったりしてて」


「どえらいやつに恋してるな、お前さん……」


 彼は完璧に呆れているが、夢見るリディアに指摘は届かない。


「彼、女性が苦手みたいで、だから男として、対等な友人として助けに行きたいんです。下心丸出しで近づいたら逃げられちゃうじゃないですか」


「いや下心隠せ」

と、ツッコミを入れてタイトスは立ち上がった。


 意外にも背は低い。だが、フードの奥から見上げてくる眼光は鋭かった。


「バルザというのか……。ああ、あの問題児だな」

「どうしてわかるの?」

「俺には何もかも見える。お前の内側も、過去のことも。あいつは村の嫌われ者だっただろ」

「ちょっと乱暴だったけど、誤解なんです。彼は家族思いで、仲間思いで」

「そうかそうか。お前にはそういうふうに見えていたんだな」


 タイトスの訳知り顔に、リディアはムッとした。自分が誰よりもバルザをわかっているのだという自負がある。


「お嬢さん、なにか成し遂げたいなら回り道はしないことだ。せっかく冒険者として隣に並ぼうとしてたのに、なんで投げ出した」

「それは、母の看病のために……」

「言い訳だな。逃げ出したのだろ」


 図星だ。

 リディアは俯いた。


 二年前、十六歳になってすぐに勇んで冒険者登録をした。

 しかし、バルザに追いつくようにと厳しい修行に耐え抜いたのに、いくら頑張っても自分を入れてくれるギルドはなかったのだ。精霊師は需要がない。


 ギルドでの経験値が稼げず、少数精鋭の三毛猫会の扉を叩くのはためらわれた。


(でも、私がためらっただけだ……断られたわけじゃない。それに、彼とは四年も会ってない。覚えられてもいない。きっと彼の中では〝村の少女D〟くらいの存在感……)


「そんなもんでよくここまで来たな。とりあえず会いに行ってこいよ」

「ちょっと、人の心を勝手に読まないで!」


 ため息を漏らすタイトスに、リディアは赤面して抗議した。


「心が読めるなら、私がどれだけ真剣かわかるでしょう? お願いです、お金ならここに」


 リュックから金貨の袋を取り出そうとしたが、タイトスは手の平で制してきた。その指には、指輪がいくつもはめられていた。


「長い時間、人の姿を変えるような強力な魔法は金では買えんよ」

「じゃあどうしたら」


 タイトスは指輪だらけの手をくゆらせた。リングにはめ込まれた魔法石たちから、怪しい煙が流れ出てきて陣を描く。


「これは魔法ではなく、呪いだ。お前が対価を払わない限り解くことはできない」


 煙の魔法陣が、リディアを囲んで回り始める。


「さあ、女に戻るために支払うものを決めなさい。それで呪いは完成する」


 突然の申し出だ。

 リディアは軽くパニックを起こした。

 いきなりそんなこと言われても、ちょうどいい温度感の対価なんて思い浮かばない。危なく「命」と言いかけた。


「そんな物騒なモンいらんよ。死んでどうする。なんか目標だよ。これができたらゴールみたいな」


 タイトスは、眼の前で狼狽える少女にヒントを与えた。本人が言うように優しい男なのだ。


「あ、あのじゃあ、バルザをナンバーワン冒険者にします!」

「もうちょっと低く!」

「月間、ナンバーワン……?」


 タイトスはまだ渋い顔だったが、すぐに諦めて呪いをかける体勢に入った。この無謀な少女が一生男のままなのはかわいそうではあるが、やれるもんならやってみろ、という気もしたのだ。


 もうもうと煙が噴きあがる。


 さあ、もう、リディアは男になってしまうのだ。


 名前はもう考えていた。


 リドだ。



 

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