第3話 追放を知り作戦会議
ここ数年のリディアは、口を開くと冒険者ギルド『三毛猫会』の話ばかりだ。
ゆっくりと、彼女の少し前をいく母親も、これじゃどっちのための散歩だかと、呆れながらも生返事で付き合っている。
「月間ギルドランキングで二十位まできたんだよ。もちろん東地区でのことだから、全世界で見たらまだまだかもしれないけど、結成四年でここまで上り詰めるなんてすごいことなの」
「へー、そーかい」
母親も、リディアの歳の頃には一座の旅芸人に恋をして、年に二度の公演で最前列をむしり取っては親を呆れさせていた。だから年頃の少女が、いっとき何かに熱をあげるのは仕方ないことと思って見守っていた。
「もうすぐ年間ポイントの高いギルドだけが参加できるトップランカー戦でね、一週間の獲得資源量とモンスター討伐数で競うんだ。しかもその期間だけ高難易度のダンジョンが開放されるから、もしかしたら伝説を残せるかも」
「まーすごい」
「三毛猫会にはすごく強い魔術師がいるし、ギルドマスターは一次職の弓使いだけど補助魔法に長けてて、最近加わった斧戦士もかなりの手練れなの」
「そりゃそりゃ……」
「それになにより、みんなを守る盾戦士がね、すごいんだよ」
「あんた……」
母親は立ち止まり、我が子を振り返った。
その顔は、疲れていた。
「姉さんは嫁ぎ先でたいそう褒められて重宝されているよ。弟だって、父さんの畑を継ぐために必死だ。あんたは冒険者になるって出ていったから、結婚も他の働き口も考えてなかったけど、もう十八じゃないか。なんとかしないと……」
「お母さんの看病のために戻ってきたの忘れないで。良くなったら修行に戻るから」
「あんたにいったい何ができるんだい」
「私、精霊師よ」と、リディアは思わず声を荒らげてしまった。「攻撃も回復もできるし、補助だって」
「ああ、母さんにはわからないことだ。はいはい、悪かったよ」
母親は言い捨てて、またとぼとぼと歩き出した。
その背中を見ると、リディアも、温めすぎた幼い恋心など、忘れてしまわなければと思うのだ。
「バルザは、私のことなんか覚えてない……。私が勝手に好きだっただけだもん……」
ところが家事を終えてベッドに倒れ込み、月明かりに照らされたバルザの肖像画を見上げていると、母親の方を忘れてしまう。
(いい夢見れますように……)
翌朝、リディアは珍しくアイフォに起こされた。
彼女がフォローしているのは三毛猫会だけ。通知音が鳴ったということは、彼らに最新情報があるということだ。
リディアは飛び起きて、長くウェーブしている髪に寝癖をつけたままアイフォに指を滑らせ、そして……、
「え、バルザが、除名……?」
愕然となった。
「うそうそうそ、バルザが除名だなんて。なんで」
起き抜けの頭でアイフォにかじりつき、でたらめに情報をめくる。
「だめだめ、ちゃんと目を覚まして、よく考えて」
彼女は自分に強く言い聞かせると、アイフォをベッドに放り投げて起き上がり、ぎゅっと目を閉じて自分の頬を両手でぱんぱんと叩いた。
「グレンは逐一更新する真面目な人だから、除名されたのはついさっきのはず」
と、リディアは情報をイチから整理しようと試みた。
ギルドメンバーの増減登録は、そのギルドの代表者が自分のアイフォから手元で行えるのだ。
「昨日は大きな戦闘もなかったし、怪我ってわけじゃ……いや、怪我や病気ならステータスは休養中か。除名なんて……」
ぶつぶつと考えを呟きながら着替え、壁にかかった小さな鏡の前で長い薄桃色の髪を梳かす。頭も支度も大忙しだ。
「三毛猫会の戦略は盾あってこそじゃなかったの? それとも……バルザが独立を……」
髪を高く結い上げたら、身支度完了。アイフォを手に取り、椅子にどすんと腰を下ろすと、窓枠に肘をついて小さなカードにかじりついた。
「みんなは何か言ってないの?」
思わず問いかけながら、『冒険者日記』の一覧を表示した。
それは冒険者登録をすれば自分のステータス画面で記入することができるもので、全体公開されており、意見交換の場としても利用されている。
リディアは文字検索機能を使って日々、三毛猫会の情報を入手していた。
まずは素直に『三毛猫会』や『バルザ』と入力して検索してみる。
数人がメンバー変更について感想を述べているが、特に盛り上がりはない。ついさっきのことだし、メンバーの出入りはよくあることだ。
今度は『さんにゃ壊』と検索する。三毛猫会を揶揄する人が使う言葉だ。
こちらの方が多くヒットしたが、どれもバルザが抜けたことを喜ぶだけで特に有益な情報はない。
リディアはため息をついてキッチンへ行くと、両親と弟への朝の挨拶も忘れて検索ワードを考え続けた。リンゴをかじりながら再び自室へ戻ってしまう彼女に、残された三人は苦笑するしかない。
「リディアは何してるの?」と、弟がスープを飲みながら尋ねるのに、母親が呆れた様子で「さあね」と答え、父親がそれを擁護した。
「あいつは昔から冒険者になりたがってたんだ。お前の調子もよくなったし、そろそろ戻してやってもいいんじゃないか?」
「そうねえ……」
キッチンでそんな会話がされているとも知らず、リディアは思いつく限りの文字列を打ち込んでいた。
「しょうがない、アレを見るか……」
アレとは、なるべく見ないようにしている三毛猫会メンバーの裏日記だった。