転生トラック
限界にまで踏み込まれたブレーキ。
とっさに右いっぱいに切られたハンドル。
しかし努力は虚しい。
荷台に砂利をコンマ3リューベほど満載したトラックのタイヤはヘッドライトに照らされてぬらぬら光るアスファルトの上を滑ってゆく。
そんなトラックの様子を歩きスマホは絶対にしないというポリシーの青年はちょうどコンビニを出てわたり始めた横断歩道という特等席で眺めてしまう。
「あ、しn……!」
その台詞を最後まで聞くものは誰もいなかった。
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「ハロー元気!?こんにちは新鮮な亡者!気分はハウマッチ?」
突然素っ頓狂な少女の声が響く。
「はぁ。ぼちぼちでんな、と答えるべきか、勉強しまっせ、と答えるべきか……。」
ズレた問いかけに更にズレた返答を重ねると、
「ハッハー!シャイボーイ!君堅いねー!モース硬度いくつ?」
と更にズルズルに会話が勢いよく横滑りし始める。
「えぇと、全体的に4くらいなんじゃないですかね?世の中自分以外もほとんどがそうだと思いますが……。」
デロンデロンに会話の方向性がズレてゆく中、彼が律儀に返すことである意味核心に近づいていたのかもしれない。
「そっかー。モース硬度4かー。どうする?もしかしたらお察しボーイかもしれないけど、これから君は転生ボーイなので、次のボディはある程度君の希望に寄せてあげるよ!ボンキュッバーンなグラマラスボディにするもよし!ステンレスでビカビカの不朽の体にするもよし!なんでもござれさー!」
「ええと、できれば生まれたときと同じカr……」
「よしよし謙虚なスピリッツかしこまりー!そんなボーイには新品ピカピカの生まれたままの姿をプレゼントフォーリンラブ!」
「あ、ちょっと!まっt……」
おそらく続く言葉は訂正のそれだったのがろうが、早とちりな少女はそれが彼女の耳に届く前に、仕事を遂行してしまう。
「そぉい!」
彼女の掛け声とともに、薄暮時の西日と深夜の高速の爆光の作業灯つけっぱなしマンと頑なにハイビーム原理主義者とヤンキーのキラキラネームと溶接面無しで見てしまったアーク溶接の光が奇跡のコラボレーションをしたよりも酷い眩しさの光が発生し視界が奪われる。
「うぉ!まぶしっ!」
などとちょっと余裕がありそうな断末魔を最後に彼は気を失った。
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「いやー、にしても随分かかっちゃいましたけど、結構いい仕上がりになったなと自分でも思うんですよ。」
「いやほんと、時間もそうですけど、金額の方もだいぶかかっちゃったんじゃないですか?」
「まぁでも、自分はこれが好きだから。金欠と代車生活は辛かったけど、ほかのは考えられないかなぁ。」
コンビニの駐車場。
コーヒーを片手に照れくさそうに語る中年と、興味深そうに根掘り葉掘り聞く青年がいた。
青年がしきりに写真を取るのは、随分古い型の、しかしその割にはやたら状態の良い、レストアから仕上がったばかりのノスタルジックな軽トラックだった。
おわり