拝啓貴方へ
「えっ____」
何が起こったのか、分からなかった。
衣服が真っ赤に滲んでしまっていた。
ただ一つ分かったことは、俺はここで死んでしまうだろうということだけだ。
それは、知覚的な理解と言うよりもある種の本能によるものなのだろう。
兎に角、ここで死ぬ、その事実は覆しようがなかった。
だが、どうしても分からないことがあった。
なんで、こんな結果が待ちわびていたんた。
巫山戯るな、俺は一体何の為にここまで頑張ってきたって言うんだ。
悔しさのせいか、痛みのせいか、俺の瞳からは無様にも涙が溢れていた。
「……して」
上手く喋ろうにも、痛みで喋ることもままならない。
次第に体の力が抜け、俺はその場に倒れ込んだ。
そのせいで、腹部に刺さった刃物が更に奥へと食い込んだ。
「!?」
声にならない痛みとは正にこの事なのだろう、苦痛に顔を歪めた俺は、事の元凶を睨みつけるように、上を見上げた。
「なんで…………が…………」
名前を呼ぼうとしたが、痛みと苦しさのせいで上手く声が出せなかった。
最も、この状況下で名前を呼んだとしてもなんの意味もないのだろうが。
「ごめんね」
ここに来て始めて、相手は喋った。
その声のトーンは普段と変わらなかった。
それがより、俺に謎を与えた。
俺を殺す動機、それが理解できなかった。
俺が、何をした。
寧ろ、俺が今までしてきた事を忘れたのか。
「もう、終わりにしたいの」
その言葉と共に、刃物はさらに深く、俺の腹部へと侵入して行った。
「あっ_____」
意識が、薄れていく。
思考が、止まっていく。
走馬灯なんて、見る暇さえない。
ただ、無限の虚空が俺を引きずり込もうと捉えて話そうとしないことだけは分かった。
死ぬ、終わる、消える____
恐怖感も何も感じないのは、俺が既に受け入れてしまっているからだろう。
否、受け入れるしかない。
俺には、初めから何も出来ないのだから。
真っ暗な深淵の中、消え行く意識の中で俺が最後に聞いたのは、誰かの悲鳴と____
「さよなら、これで本当に全部終わり。じゃあね、もう二度と会いたくないけど」
憎悪に満ちた声だけが、頭の中に張り付いた。
それは、最期まで俺を離そうとしないのだろう。
「………なんでだっけ」
何で、俺の頭に響いてくるんだ。
いや、そもそも___
「俺って、誰だっけ____」
俺の、名前は___
その瞬間、闇は俺を喰らい尽くした。