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防人(さきもり)の戦後  作者: 佐久間五十六


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庁と省の違い

 予算要求で、庁と省の違いは明確になる。「省」の大臣は財務省(大蔵省)に直接要求出来るのに対して、「庁」の長は総理大臣を通さなければならない。ここで手間取る。つまり、法律の制定や政令の発布も、総理大臣を通さなければならない。それだけではなく、外国からの武力攻撃の際の防衛出動や、海上警備行動の了承を得る為にも、閣議の開催が必要であった。

 単に長官の面子が立たないと言った程度の事ならまだしも、法的手続きに手間取れば、国民の生命と財産に関わる問題にもなりかねなかった。事態が変わりかけたのは、小泉純一郎首相の時代の事だ。

 小泉純一郎首相は、防衛庁の省昇格の議論に言及。その議論の重要性をにも、言及したのである。この直後、防衛庁庁舎や関連病院の空調工事入札で、防衛施設庁の幹部職員3人が談合に関わったとして、逮捕される事案が発生したのである。

 ところが事件は、結果的に防衛庁の省昇格への後押しとなったのであるから、皮肉な話だ。この事件が防衛施設庁を解体して防衛庁と合併し防衛省となったのは、2007年である。ただこの時点では、防衛庁の組織が膨らんだだけであった。2006年、当時の安倍晋三政権が同年12月15日「防衛庁発足以来の宿題」と言われた省昇格の為の「防衛庁設置法」の一部改正が成立し、半世紀近くに渡った宿題を解消した。当時の久間章生防衛庁長官は、記者会見で次のように発言している。

 「長い間、(防衛庁は政策官庁として、脱皮すべきである。)と、そう言われながら中々実現しなかった。本当に非常に良い事だと思っております。世界各国とも、単なるエージェンシー(庁)ではなく、ミニストリー(省)として、国家の安全問題を論ずる政策官庁として、これから先立ち向かって行かなければならないと思っております。」

 やっと日本も、諸外国並の国防省と比べて格付けが同等となった事を強調した。2007年1月9日防衛庁正門の看板が立て替えられた。新しい看板には、防衛庁長官から初めての防衛大臣に就任した、久間氏の筆で書かれた「防衛省」の文字が掲げられていた。これを持ってようやく防衛庁は防衛省に昇格した。

 日本の防衛に関する省庁で、これだけの時間がかかるのだから、憲法改正等何百年かかるか分からない。と言うより、日本の内政問題の根幹には日本国憲法第9条が関係しており、これを改正せねば防衛省になれたとしても、大した差はないだろう。防衛省への格上げは憲法改正のプロセスのその一歩に過ぎ無かった。

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