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防人(さきもり)の戦後  作者: 佐久間五十六


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わかばを使う理由

 「わかば」が警備艦として、海上自衛隊に編入されたのは、1956年の事であったが、その特徴はなんと言っても、旧日本海軍の船体に米国海軍の装備を搭載したところにあった。

 大日本帝国海軍程の大所帯では無かった海上自衛隊ではあったが、この様な艦艇は後にも先にも「梨」改め「わかば」くらいのものである。普通、船のエンジンの様な機械類は、海水がかかった時点で駄目になってしまうものだが、「梨」(わかば)のエンジンは海水に10年近く漬かっていたのだから、エンジンの再起動は、奇跡的としか言いようが無かった。大文字三尉は改修工事が行われた「わかば」に乗った時に、何とも言えない感触に違和感を感じていた。

 それは、大日本帝国海軍時代に感じた「梨」であり「梨」ではない。全く別物に感じた。船乗りは、そういう感覚に対して非常に敏感である。何せ、一日の全ての時間をその艦艇と共に、過ごすのだから。大文字三尉の様な大日本帝国海軍時代の経験が少ない者でも、そう感じるのだ。やはり、艦艇は建物と同じである。

 名前こそ警備艦であるが、米国海軍から供与された、速射砲やレーダー等を持ち、主砲も備えている。立派な軍艦である事に、何ら変化はないのである。

 1956年→第二次世界大戦終結から約10年ちょっとたった頃の話である。日本においては、国防と言う物は、国民の頭には米国任せで当たり前という様な間違った価値観が世の中には蔓延はびこっていた。新しく出来た憲法も、金科玉条黄門様の印籠の様に持ち出しては、それさえあれば米国が何とかしてくれる。その様な考え方が今もあるのは周知の事実である。

 生きる事に精一杯だったという国内事情はよく分かる。だが、だからといって、国幹の部分まで、他国に牛耳られる訳にはいかない。同居人が勝手にルールを作って、自分を疎かにする様なものだ。日本国憲法が米国に似ているのは当たり前の事である。米国人が日本人を都合よく利用し、二度と反抗出来ない様にする為のものとは知らず。「わかば」(梨)を現場に戻したのは、その様な考え方の最も分かりやすい物的証拠ではないだろうか。何故にこの様な旧海軍の遺物を使う必要があったのか?日本人はもっとその事を知る必要がある。

わかばは野球で言えばトミー・ジョン手術を受けた中継ぎ投手の様なものだ。海上自衛隊で護衛艦と名乗れないのには訳がある。旧日本海軍の艦船だからである。潜水艦もろくに作れなかった時代、レーダーを搭載させたのは旧ソ連や中国の潜水艦の動向を調べる為のアピールに使う為であった。まだ、海上自衛隊に潜水艦隊が無かった頃の話で、平和ボケしている日本人の危機感、特に海上自衛官へのアピールの為の兵装だったと言われているし、どこまで米国側が本気だったかが分かる。

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