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防人(さきもり)の戦後  作者: 佐久間五十六


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サンフランシスコ平和友好条約

 1951年9月8日に調印されたサンフランシスコ平和条約に基づき日本の占領時代が1952年に終わる事になった。と同時に日本は"独立"を果たす。ここに日本人の戦後直後の悲願が達成された。しかし、そう手放しで喜んでもいられなかった。以然として、東西両陣営の緊張状態が続いていた上に、日本の周辺には危険が沢山あったからである。

 本来なら、独立と共に日本国憲法や自衛隊(警察予備隊)について、きちんと日本国民は議論すべきであった。しかし、戦後の混乱の余波が続いていた影響もあり、それらが大きな議論の対象になる事はなかった。平和国家としてやっていくと言う決意は立派だ。しかし、それを実現させる為の方法については議論すべき事であった。

 日本の地理的、地政学的に見て軍隊(実力組織)を持たずに非武装で平和を実現するのは現実味が無い。合理性も無い。流石に戦後の安全保障環境がそれではまずい。そう日米両政府が判断した事は、これまでの一連の流れと動きを見ていれば明らかである。日本に軍隊が必要か必要でないかと聞かれれば、ほとんどの日本国民は必要だと答えるだろう。日本は災害の多い国である。昔から災害に対処するのは、軍隊の役目と言う定説がある。

 だとすれば、そういう面から見ても軍隊は必要であると言える。今現在もその様な議論になる事がある。しかし、口を開けば日本は軍国主義に走るだとか、侵略主義に走ると言う。日本が軍国主義に走ったのは、シビリアン・コントロールが不充分であり、今となっては完全なるシビリアン・コントロールの元で運用出来る"専守防衛"の体勢を身に付けた。だとすれば、日本の暴走は可能性としては低い。

 そもそも日本の対外戦争はそのほとんどが自衛戦争である。中国や韓国や台湾も欧米列強による自衛戦争と言いきれる。やっていない事をやったと認める道理が何処にあると言うのか。それを日本人は知っておくべきである。大東亜(太平洋)戦争も例外では無い。あの時はああするしか日本の生きる道は他に無かったのである。戦略さえ間違わなければ日本は米国から原子爆弾投下を許す事は無かったかも知れない。それどころか有利な条件での停戦すら可能だったかも知れない。歴史にIFは厳禁だが山本五十六元帥が生きていれば、米国との早期講和すら不可能では無かったかも知れない。歴史は結果論でしか無いのだが、明日の敵は今日の友。日米は深い友情で結ばれた同盟国となった。

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