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防人(さきもり)の戦後  作者: 佐久間五十六


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脱け殻②

 立ち止まっている暇は無かった。黒沢は、埼玉県草加市に100ヘクタールの広大な農地を何とか手に入れて、何とか手に入れた種や苗から少量の野菜や米を生産する事を始めた。

 自分一人の食い扶持はこれで何とかなった。だが、それで黒沢と言う男は満足しなかった。幸か不幸か黒沢には家族はいなかった。この頃の頑張りは、後の彼のモチベーションに繋がるのだが、そんな事はまだ先の事であった。

 最初の内は収入こそ微々たるものだったが、要領と御天道様おてんとさまとの勝負に勝てば、収入は右肩上がりであった。何分一人での作業だった為、稼げる額も多くはなかった。物理的な限界を黒沢は知っていたから、予想の範囲内ではあった。とは言え、当時の物価水準から考えれば、月に10万~15万の収入は大きなものがあった。

 黒沢は、兵隊を取り扱った事はあっても、農作物を取り扱った経験は殆ど無かった。大日本帝国陸軍で少佐にまでなった人間のする事ではないのかもしれないが、戦後の混乱期にあってそんな事は言って居られなかった。恐らく大日本帝国陸海軍の士官クラスで、戦後農家をしたものはそう多くはないだろう。

 皆、折角生き長らえた命だから、と思い農民として生きる事を選択した黒沢徹男であった。中には路頭に迷い、将来の見通しが立たず自ら命を断つ人間もいたかもしれないが、それは一部の人間だけである。彼等の人間力が弱かったと、自決した人間を攻めたりはしなかった。明日は我が身の世の中であったからだ。自決を選んだ仲間を戦場で山ほど見てきた黒沢にとっては、どうと言う程の事ではなかった。亡くなっていった戦友や部下先輩に対して生き残った人間が出来る事は、毎日を精一杯生きる事。ただそれだけである。

 余計な事を考えている様な暇があるなら、手や足を動かし働けと言う事である。黒沢は農機具の扱いには慣れていた。でも自分がまさかそれをやる事になるとは、思わなかった。だが、不思議と嫌な気持ちはなかった。寧ろ、農作業が大変だから、戦争の事を思い出す事なく一心不乱に集中した。世界人類の誰もが農作業をしていれば、戦争など無くなるのではないかとも思った。

だが、それは夢物語であり黒沢には痛いほどよく分かっていた。それでも戦争の事を考えなくて済むのは農作業をしている時だけであった。しかし闇雲に農作業をしていた訳では無かった。黒沢は亡くなった同胞の為にも生きてやる。その一心で慣れない農作業をこなしたのであった。

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