勇者様、お散歩中2
庭に実際下りてみると、遠くからでは分からなかった庭の異常さが見えてきた。
パッと見は海外映画に出てくるような庭だったが、近くで見ると地球とは違う植物だらけだった。ガラスのように透明な花があるかと思えば、見る角度で色が変わったり、手を近づける火の着いた蝋燭の蝋の様に溶けていってしまう花なんかもある。
勿論地球と同じ普通の花もあるのだが同じ花だと思って近づいて見ると地球では見たことが無い葉の着き方をしていたり、変なところで茎が分かれて双子の花が咲いていたりする。魔法で管理していると言っていたが一体どこまでが魔法による影響で、どこからがその植物本来の姿なのか分からない。
外に出て見ればこの世界のことがもう少し分かるかもと思ったが、謎は深まるばかりだ。
「ユージ様、あんまり花を枯らせないで下さい!」
溶けていく花が面白くて、何度も花を溶かしていたらクロに首根っこを掴まれて植物から引きはがされた。
「わりぃ、地球には無かった花だからつい夢中になっちゃて……」
「アウルムにはキャンデラ―は咲いてないんですか?」
「アウ……なんて?」
聞きなれない単語が一気に二つ出てきて勇司は首を傾げた。
「『アウルム』です。ユージ様が旅立たれた場所ですよ」
「ああ、元の世界のことか」
「こことは違うんですか?」
勇司の反応を見て、今度はクロが首を傾げた。どうやらクロは勇司が育った世界も似たところだと思っていたらしい。
「こことは違うよ。こんな風に枯れる花はないし、そもそも魔法なんて使えない」
「え?! 魔法がないと色々不便じゃないですか!」
「いや、魔法じゃなくて色々と技術が発達しているからそうでもない」
「技術? 例えばどんなのですか?」
クロは目をキラキラと輝かせ、興味津々な表情で言った。
こっちの世界のことをあまり知らないのに、違いを聞かれても困る。勇司はそう思ったが、パタパタと動くクロの尻尾を見てしまうと話さないという選択肢は頭から消えてしまった。
「んー……そうだな、例えば明かりは電気を使うな」
「ああ、だからトール様は電気の魔法でランタンをつけてらっしゃったんですね!」
驚かないかも、とは思ってはいたがまさか鳴神の話が出てくるとは思わなかった。
「ランタンはみんな火の魔法でつけるのに、あの人なんでか電気の魔法でつけるんですよ。それようにわざわざ魔道具自分で自作してるし」
「へー、そうなのか」
クロを紹介された時、二人はあまり親しい間柄には見えなかったが違うのかもしれない。思ったよりも親し気に鳴神のことを話すクロに、勇司は逆に驚かされていた。
「魔法の練習になるからと言って移動中の馬車の中ではずっとランタンを持たされてたんです! 魔力を調整しながらずーっと使ってるのって大変だから嫌ですって言っても『ジュウデン』しろって」
「あー……あいつ結構無理やり押し付けてくるとこあるからな」
「そうなんすよ! トール様がこちらに呼ばれた時は勇者召還は失敗したけど、凄い人が来たって噂になったのできっと素晴らしい方なんだろうなと思ってたんですけど……色々夢が壊れました」
その時のことを思い出したのか、クロの耳が少しだけ垂れた。
しょんぼりとするクロを見ていると、自分のことではないのに申し訳ない気持ちになってくる。おそらく、自分も勇者という人々の希望を背負わされる立場だからかもしれない。
「……そのうち勇者の夢も壊れるかもな」
「え? ユージ様もイジワルなんですか?」
聞こえないようにつぶやいたつもりだったが、クロには聞こえていたらしい。さすがイヌ科である。耳が良い。
「俺はそんなんじゃない……と思うけど、期待に応えられる程立派ではないと思うな」
「でも、ユージ様は無理やり言うこと聞かせようとはしなかったじゃないですか」
「いや、それは必要最低限のことだろ」
「そうなんですか? 結構いっぱいいますよ」
なんでもないことのように言うクロの言葉には砂の様にざらりとした違和感があった。鳴神に拾われたと言っていたが、拾われたというだけあって彼が今まで通ってきた道は決して平たんなものではなかったのかもしれない。
自分を護衛してくれているデカい男に対してこんなことを思うのはおかしな話だが、守ってやりたいと思った。少なくとも自分の傍に居る間だけは、そういう理不尽からクロを守ってやりたい。
勇司は昔犬を飼っていた影響で犬派なのだ。慕ってくる犬には非常に弱い。
「俺はずっと良い奴でいてやるからな!」
「十分いい人ですけど?」
クロは行間が読めない無邪気さで笑うのだった。