勇者様、お散歩中
「ユージ様、少し散歩したらすぐ帰りますからね! 絶対、私から離れちゃいけませんよ!」
「分かってるって~」
次の日勇司は城の外に出るのは失敗したものの、部屋の外に出るのには成功した。あまりにもあっさりと作戦が成功し、鼻歌でも歌い出したい気分だった。
勇司が行った作戦は実にシンプルなもので、外に出たいと誠実にお願いしただけだ。
実はクロは勇司が召喚された時から、鳴神と話している間もずっと一緒に居た。勇司がこれからどうなるのかを一緒に聞いていた。そう、これから無理やり世界と国の為に婚活しなければいけないのを知っていたのだ。
なので勇司は自分の気持ちに心から正直になって、クロにお願いしたのだ。自由なのはきっと今の内だから少しで良いから外に出して欲しいと。
「クロ、俺は世界の為にこれから沢山の人々に会わなくちゃいけない。中には俺が望まない人との逢瀬もあるかもしれない。でも、世界の為だから仕方ないよな……みんなの為だから俺の自由とか、気持ちとか、そういうのって殺さなきゃいけない。でも世界の為だから、ワガママなんてきっと言っちゃ駄目だよな……俺の自由は、もしかしたら今日までかもしれない……」
世界の為、を強調するように勇司は言った。勇者として、自分よりも世界を、みんなを思っているんだということをまずはアピールしたのだ。
勇司の予想通りクロは実に真面目で真っ直ぐな青年だった。勇司の言葉を疑わず、うんうんと素直に頷いて聞いていた。
「俺は……俺は勇者として召喚されたからには、勿論みんなの為にこの身を捧げて世界を救う覚悟がある。だけど……だけどさ、世界を背負う重圧ってのがやっぱりあるんだよ。それに耐える為には、多少の息抜きは必要だと思うんだよねー……」
「息抜き、ですか?」
チラッと横目でクロを見ると、今一話の展開が分からないのか小首を傾げていた。真面目過ぎると遠回しな言葉が届かないのがネックである。
「俺……外に行きたいなー……」
「そっ、それはダメですよ! トール様が危ないから城外には出ない様にと言っておられました」
「それって、城の外に出るなってことだよな。部屋の外だったら、いいんじゃないか?」
「えっ?」
クロは勇司が何を言っているのか分からず、目をパチパチと瞬かせた。
「良いんじゃないかなー……例えば、城の庭くらいだったらさ。お城なんだからさ、あるよね庭ぐらい? 世界を背負う勇者にもさ、息抜きは必要だと思うんだよね」
「で、ですが……」
ふむ、もう一押しか。どう言えばいいのか分からず、おろおろし始めるクロの姿を見て勇司は思った。
「はぁー……」
勇司が盛大にため息を吐いて見せると、クロの肩がびくっと跳ね上がった。ついでに耳と尻尾まで立ち上がる。その犬らしい可愛い動作に思わず頬が緩みそうになるのを耐え、勇司は出来るだけ悲しそうに言った。
「クロはさ、いいの? 俺がこのまま重圧に押しつぶされても?」
「そっ、それはダメです……けど……」
「けど?」
勇司は圧をかける為にクロとの距離を詰めた。クロの方がデカいので効果があるか分からなかったが、近づくとクロが視線をそらしたので効果はあったらしい。
「ユッ、ユージ様の安全も大事ですし……」
「俺のことはクロが守ってくれるんだろ」
「もっ、勿論です! けど……」
「俺はクロのことを信じてるから、きっと大丈夫だよ!」
勇司は渾身の笑顔で言った。
自分の笑顔に説得力があるのかどうか分からなかったが、勇者という物はそこそこ嘘臭いことを言っても信じられるのがセオリーである。
俺は勇者。そう、勇者なのだからこの根拠のない信頼宣言と笑顔は効くはずだ。自分に言い聞かせて勇司は笑っていた。
勇司の笑顔を見てクロは一瞬固まったが、すぐにパーッと顔が輝き始めた。
「そっ、そうですね! ユージ様のことはオレがお守りします!」
クロは輝く笑顔で言った。どうやら渾身の勇者スマイルは効果抜群だったらしい。憧れの勇者に信頼されて尻尾をぶんぶん振って喜ぶ様は、昔飼っていた犬を思い出すほどだった。
次の日冷静になったクロが困った顔をしているのを見た時は、勇司はこらえ切れずに噴き出してしまった。
「わっ、笑うなんて酷いですユージ様!」
そう言って顔を赤らめるクロを見て、勇司はこいつとなら仲良くやっていけそうだなと思った。
部屋を出て下に降り、五分程歩いた場所にあった庭は巨大だった。その壮大さに本当に今寝泊りしている建物は城なんだなと、改めて感動すらした。
庭の真ん中には巨大な噴水があり、その噴水からいくつも道が伸びている。道の脇には策の様に背の低い木が並んでいて、どれも剪定されてまるで絵本の挿絵の様に丸いフォルムをしていた。庭はいくつかのゾーンに分かれているようで植物で幾何学模様を描いているところや、薔薇似た花が色とりどりに咲いているところもある。
勇司は花や植物に興味はなかったが、庭を見ていい暇つぶしになりそうだと思った。
「わぁ……凄いな」
「凄いですよね。この庭の植物は魔法で管理しているそうなんです」
「へー……だからあんな風に色違いの花が密集して咲いてるのか。普通じゃありえないだろ」
「はい。世界でもかなり珍しい庭で、これもトール様のお力なんだとか」
「え? あいつ植物なんて興味あったか……?」
勇司にはどうにも鳴神と植物が結びつかなかった。小学校で育てていた朝顔をからせて、嘘の朝顔絵日記を提出していた覚えがある。
自分の興味のあることしか頑張らない鳴神が、仕事とはいえ庭に面倒な魔法をかけることはしないような気がした。
「この時間は皆さま予定があるようなので、庭で誰かに遭遇することは無いと思います。さっ、ユージ様行きましょう」
「あ、うん」
自然と手を差し出してくるクロの手を握り、勇司は庭へと続く階段を下りて行った。別に手を借りなくても下りられたのだが、すっかり自分に懐いたクロの好意を断るのがなんとなく可哀そうな気がしたのだ