お見合い
話を終えて神殿の外に出るとすっかり日が傾いていた。すぐ帰るつもりだったのだがヨアニスが地球のことを知りたがり、思ったよりも食いつきが良かったのですっかり話し込んでしまったのだ。
ヨアニスがキラキラと目を輝かせて「アウルムは実に興味深い国なんですね!」と言い、それに「ユージ様のお話は吟遊詩人よりも面白いのです!」とクロが尻尾を振って乗っかって来るので、ついつい勇司は話す声に力がこもった。身振り手振りがいつもよりも増え、気がつけば喉がからからに乾いていた。
アウラが「そろそろお祈りの時間ですので」と話題を変えてくれなければ、今も話していたことだろう。勇司は可愛い子供と犬の期待は裏切れない性分なのだ。
「今日は本当にありがとうございました。久しぶりにヨアニス様が楽しそうなお顔をされていて安心致しました」
アウラは神殿の外でそう言って勇司に頭を下げた。ヨアニスは午後のお祈りの為に見送りに外まで来られなかった。
「あっ、いえ。こちらこそ色々と教えて頂けて助かりました」
「ヨアニス様には上に姉妹が居らっしゃるのですが、政略結婚で他国に嫁がれたんです。やはりそれでお一人になったのが寂しいのでしょう。もし勇者様が宜しければ、また会いに来て下さいませんか?」
「もちろん。俺でよければ会いに来ます」
「ありがとうございます」
アウラはもう一度深々と頭を下げた。たかが顔を出すだけでここまで感謝されるだなんて大げさだと思ったが、それだけの理由があるのかもしれない。
神殿は広さに対して人間があまりにも少なかった。来た時はあまり気にしていなかったが、帰りはそれが気になった。城の人間が信仰に興味が無いのか、それともヨアニス自身に興味が無いのかは分からないが、彼が微妙な立場にいるのは確かだ。でなければまだ幼いとはいえ、教皇という立場の人間につく人間が一人の訳が無い。
アウラは見た目だけでなく、本当に良い人なのだろう。職務としてではなく、人としてヨアニスのことを気にかけているように見えるのが何よりの証拠だ。
「良い人そうで良かったですね」
「うん、そうだな」
神殿からの帰り道、何気ないクロの言葉に勇司は頷いた。
神殿に行ってから数日後、勇司はいよいよテオフィルスと正式に面会することになった。
面会するまでに城に呼んだ商人から新しい服や装飾品を買い、簡単な礼儀作法を叩きこまれた。勇司が異世界の一般家庭で育ったことは他国も知っているらしいが、やっておいて損はないと言われ受けた。
なのでここ数日間は、勇司にとってこっちの世界に来てから一番忙しい時間となった。忙しい間を縫ってせっせと魔力のコントロール訓練も続け、滅多なことが無ければよそ見をしていても魔力電池をフルチャージできるようになっていた。
お見合いの第一回目となる顔合わせは応接室で行われた。勇司が初日に通された部屋よりもさらに広く、沢山の護衛とメイドが見守る中でお見合いは始まった。
「先日はユージ様にご迷惑をおかけしたようですので、まずはお詫びをさせて下さい。大変失礼いたしました」
「あはは、いえいえ……」
「あっ、ユージ様とお呼びして大丈夫ですか?」
「大丈夫ですー」
「良かった。ユージ様とは長いお付き合いになると思いますので」
「ははっ……」
勇司は見合い相手である筈のテオフィルスよりも、ぐいぐいと話を進める初老の男に圧倒されていた。
アイザックと名乗った男はメオガータの外交官であり、テオフィルスの叔父だった。外交官というと文系のイメージだがアイザックは身長がクロぐらい高く、体格も良かった。赤茶色の髪を後ろに撫でつけ、目尻に笑い皺のある気の良いおじさんという印象だった。
テオフィルスはというと、最初の挨拶以外しゃべろうとしない。しかも不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いている。
これだったら「お宅の息子さんも乗り気じゃないようですし、お断りいたします!」と言えると思ったのだが、勇司がそれとなくお断りを切り出そうとするとアイザックが話をそらしてくる。
まさかの押しの強い親戚が乗り気というパターン。国の影響力が変わるので当たり前かもしれないが、この場合どう動くのがベストなのか勇司には全く見当がつかない。
「ユージ様は乗馬などされるんですか?」
「いえ、向こうの世界では馬に会う機会すらなくて」
「そうなんですね。文明の発展の仕方が違うとは聞いておりましたが、馬が必要なくなる程とは驚きです。こっちの世界では乗馬は必要になると思いますので、よければ私が手ほどきを致しますよ?」
「あー……前向きに考えときます」
俺のお見合い相手って、アイザックさんのほうだったっけ?
勇司は段々と自分が置かれている状況が分からなくなっていた。とりあえず「いいですね」と肯定的な言葉を使ってしまうと、アイザックの押しの強さに負けそうな気がしたので曖昧な言葉で濁しまくった。まるで永遠と球拾いをさせられている気分だった。
当事者のテオフィルスはというと、お綺麗な顔を始終曇らせているだけで何もしなかった。アイザックの魔法や武術は出来るのかという質問に対して勇司が「出来ないので練習中です」と言った時にふっと笑うぐらいだった。
お前は一体どうしたいんだよ! と怒りたくなる気持ちを静めるのに勇司は必死だった。
「叔父上、あまり質問攻めにしてはユージ殿が可哀そうですよ。この間まで庶民だったのですから」
テオフィルスがついに口を開いたと思ったら、完全に勇司を馬鹿にしたような言葉が出てきた。
どうしよう、本当に嫌な奴だこいつ。何か言い返してやろうかと勇司が悩んでいると、アイザックが先に口を開いた。
「テオ、あまり意地悪なことを言うんじゃない。誰だって初めは初心者なんだ。君だってそうだっただろう?」
その言葉はまるで弟にでも言い聞かせるかのようだった。
叔父だと紹介されたので、勇司は二人が知り合いよりは知っている仲ぐらいを想像していた。しかし想像したよりも二人の仲は親密なのかもしれない。
まるで人形のように無機質で美しく、我が儘を全て正当化してしまうような見た目のテオフィルスに意見をする人間が居るとは思ってもいなかった。
「しかし叔父上……」
「口答えをするんじゃない。ユージ様は一度お前の無礼に目をつぶってくれたが、今度もそうとは限らない」
テオフィルスは何か言いたげに口を動かしたが、驚くべきことにアイザックに言い返さなかった。自分の意見を通す為に魅了の力を使うかもと思ったが、それもしない。
唇をムッと不機嫌そうに引き結び、話題から逃れるようにそっぽを向いただけだった。
「すみません、ユージ様。テオは昔からお喋りが上手じゃないんだ。この見た眼でしょう? みんな甘やかすもんで中々直らなくて」
「はぁ……そうなんですか」
「でも心根は優しい子なんです。ユージ様が受け入れて下されば、献身的に支えると思います」
「へー……」
それは猫を被っていらっしゃるんだと思いますよ。
勇司は表では笑顔を張り付けてアイザックの話に相槌を打ちつつ、心の中ではテオフィルスに何度目か分からない文句を言うのだった。
勇司は犬派、アイザックさんは猫派です。




