教皇との面会
「ここでは立ち話になってしまいますので、応接室にご案内致します」
ヨアニスと名乗った幼い教皇は舞台から降りると、祭壇の裏に隠すように作られた小さな応接室に勇司を招待した。
ヨアニスはそこを応接室だと言っていたが、勇司にはそうは思えなかった。扉は壁とほとんど同化しており、知っていなければ中には入れない仕様になっていた。外が見える窓は一切なく、外の状況が一切分からない。唯一ついている窓のような物は隣室に通じているようで、アウラが魔法でそこからティーセットとケーキを取り寄せていた。
応接室というより、そこは密会室だった。
「本日勇者様をお呼び致しましたのは、教皇として勇者様にいくつかのことをお詫び申し上げなければならないからです」
テーブルの上にティーセットが並び、面会の準備が整うとヨアニスは幼い見た目に似つかわしくない丁寧な口調で話し始めた。
「まずはこちらの都合で勇者様をあちらの世界にお送りしたことをお詫びいたします。身寄りもない世界で、勇者様は色々と不自由な思いをされたと思います」
「あっ、いやそんなかしこまらないでも……事情は鳴神から聞いたんで」
「いえ、我が教団にもっと力があれば回避できたはずです。誠に申し訳ございませんでした」
ヨアニスが小さな頭を下げると、彼の後ろに控えていたアウラも頭を垂れた。まさか謝罪の為に呼ばれたとは思っておらず、勇司はおろおろと視線をさ迷わせた。
そもそも、明らかに自分よりも小さな子供がそれを言う必要なんてあるんだろうか。
小さいとはいえ、彼は現在教団の最高権力者だ。責任者として謝罪するのは分かる。しかし彼は勇司が生まれた時、この世に存在すらしなかった筈だ。そして今だって、責任という言葉の意味を正確に知っているのかさえ危ぶまれるほど、彼は幼い。
未来のある小さな存在に、過去の責任を背負わせるのは奇妙。いや、グロテスクだ。そこには悪意すら感じる。どうやら国だけではなく、教団も面倒な状況らしい。
「えっと……とりあえず、君からの謝罪は受け入れるよ。教団としてとかは、保留ってことでいいかな?」
「ですが……」
「ほらっ、許せって言われても何が起こったか詳しいことは分からないから……判断できないっていうか……」
一先ず勇司は謝罪を受け入れるかどうかは保留することを選んだ。
幼いヨアニスがわざわざ勇司を呼び出してまでした謝罪だ。つまりこの謝罪は重要な意味を持っている可能性が高い。勇司が受け入れることで教団、もしくは一部の人間が得をするかもしれない。未だにこの国が運営されている全体像すら知らないのだ、迂闊に受け入れられない。
ヨアニスもアウラも善良そうに見えるが、だからと言って勇司の味方とは限らない。
「でも、勇者様の御家族にも関係あることですし……」
「家族?」
勇司は思わず首を傾げた。勇司が唯一家族と呼べる存在だった育ての親は数年前に死んだ。もう勇司には家族と呼べる存在は居ない。
「勇者様のご両親は、勇者様と一緒にあちらの世界にお送りする予定だったのですが騒動に巻き込まれて現在も所在不明なんです」
「ご両親て、つまり……俺の生みの親?」
勇司の問いかけにヨアニスはこくりと小さく頷いた。
自分の生みの親が生きている、勇司にとってそれは全くの盲点だった。勇司の育ての親は良い人で、勇司が中学に上がる頃に興信所に頼んで両親を捜索してくれていた。
なんで金をかけてわざわざ探すんだ。捨てられたかもしれないんだぞ、と勇司が言うと「それでもお前の親だから」と彼は言っていた。快活に笑う、陽だまりのような人だった。彼が居たからこそ、勇司は同級生にからかわれても変にぐれずに育ったと言える。
結局両親は見つからなかったので勇司は生みの親は死んだんだと思い、そういう存在が居る可能性すら忘れ去っていた。なので、まさかこっちで生存している可能性など考えてもいなかったのだ。
「そっか、卵から生まれたとかじゃないから親は居るのか……」
「ユージ様、卵から生まれたとしても卵を産んだ親が居ますよ」
考えても居なかった事実に狼狽えてよく分からないことを言う勇司に、クロは思わずツッコミを入れた。
「僕は勇者様の話を聞いた時、寂しい思いを寂しい思いをされたんじゃないかとずっと心配だったんです。肉親が居ない寂しさは、僕もよく分かりますので……」
そう言って笑うヨアニスの表情はどこか寂しげだった。普段どういう風に生活しているか分からないが、家族が恋しいと思う瞬間があるのだろう。
「寂しい、か。うーん……あんま思ったことないかな。今はクロがずっと傍についててくれるし」
「はい。ユージ様は私が必ずお守り致します」
クロは胸に手を当てると、どこか誇らしげに言った。若干ではあるが尻尾も揺れている。
最初の頃はお喋りもまともにできない相手だったが、今では勇司にとってクロは傍に居て当たり前の存在だ。尻尾や耳を見なくとも、表情でなんとなく思っていることが分かるようになってきていた。それに数日一緒に過ごすうちにクロからもなつかれているなと思っている。
「そうだ。どうしても謝罪したいって言うなら、今後俺が困った時に味方してくれないか?」
「勇者様、それは……」
「アウラ」
勇司の提案にアウラが何かを言おうとしたが、ヨアニスはそれを止めて勇司に真っ直ぐと見つめた。
「元よりユーピテル教は勇者様の伝説を語り継ぐ為の機関です。教皇として有事の際は勇者様にお味方するのをお約束いたします」
「ありがとう、助かるよ」
ハッキリと言う姿を見て、ヨアニスが教皇としてちゃんと人の上に立つ為の教育を受けているのが分かって勇司は少しだけ安心した。こんな幼い少年に任せるだなんてどうかしていると思っていたが、それに合わせて対策は取っているようだ。
だからと言って「子供を働かせる教団はクソ」という認識が変わるわけではないのだが。




