教皇の使者
爆発させる魔力電池が三本に一本から、五本に一本になった次の日。白いカソックを着た使者が部屋を訪ねてきた。
「私、神殿の司祭をしております。アウラと申します。この度は教皇様が勇者様に面会したいと仰っているのをお伝えしに参りました」
まるで初夏の風のような、爽やかな印象を与える青年は勇司の前に跪いて言った。さらさらと流れるような薄緑色の髪を一つに束ね、歳は勇司と同じか上に見えた。瞳は鳶色で、目尻が垂れているせいか真剣な表情をしていても柔らかな印象を感じる。
教皇、という言葉は正直馴染みがないので勇司には会いたがっているのがどういう立場の人間か想像が出来なかった。わざわざ使者を送るぐらいなのだから、それなりに上の御身分なのは分かる。
「教皇はこの国の王も務めていらっしゃいます」
どう対応するのが正解か分からず、返答に困っているとクロがそっと耳打ちをしてきた。
「え? 宗教の最高責任者が国の最高責任者を兼任しちゃって良いのか?」
「この国は特殊でして、勇者様がご不在の間は教皇が国を運営することになるんです」
「え? なんで?」
「アルビオンは勇者様と縁の深い聖なる土地ですので、自然と勇者様の人気が王族より上になってしまうんです。昔は王族と勇者様がご婚姻されることでバランスをとっていたんですけど、歴代の勇者様の中にはそれを望まない方もいらっしゃいまして……」
「あー、なるほど」
勇者と言えど人間だ。勇司がそうであったように、国の平和の為と言われて強制的に政略結婚を受け入れたとしても色々と問題があったようだ。
そう言えばたまたま見た海外ドラマでも女同士の寵愛バトル物とかあったな。結婚してからもやんごとなき身分は色々大変だなーと、勇司は今まさに同じような状況に近づいているというのに他人事のように思った。
「ん? 勇者が不在の間ってことは、もしかして次の王位継承者って……」
「ユージ様です」
「はぁ?!」
衝撃の事実に勇司が椅子から飛ぶように立ち上がると、座っていた椅子がガタガタと大きな音を立てた。その音に頭を垂れて返答を待っていたアウラも驚いて顔を上げ、視線が勇司と交わった。
教皇がどういう意図で会いたいと言っているのか分からない今、勇者がまだ何の情報も持っていないとバレるのはマズいんじゃないか?
そう思ったのでとりあえず勇司は誤魔化すように苦笑いを浮かべ、なんでもないと言いたげに手を振っておいた。
「なあ、そういう大事なこと早めに教えてもらわないと困るんだけど」
勇司は席に座りなおすと小声でクロに耳打ちをした。
「婚姻の話をした時にある程度察していらっしゃるのかと思いまして」
「いや、分かんないって! 功績の証に貴族の位を授かるとかそういうんだと思ってたわ!」
アウラには聞こえないよう、なるべく声を抑えながら勇司はクロに訴えた。
この調子だと他にも重要な情報を隠されているかもしれない。相変わらずクロは答えられないと首を横に振る時もあったが、後でそれとなく聞いてみようと勇司は思った。
「で、鳴神は教皇についてなんか言ってたりするわけ?」
「いえ、特に何も」
クロは首を横に振ってみせた。
「じゃあ、クロ的にはどうなの? 会っても平気だと思う?」
「私はユージ様の意思に従うようにと言われておりますので」
そう言ってクロはにこっと勇司に笑いかけた。
判断が難しいから意見を聞いているというのに、鳴神もクロも薄情だなと勇司は思った。こればかりは自分で考えろと言うことらしい。
勇司が出来る選択は三つ。受け入れるか、お断りするか、返答を保留にするかだ。
鳴神が特に何も言ってこないということは安全だからかもしれないし、好奇心に任せて勇司を教皇に会いに行かせる罠ともいえる。友達とはいえ鳴神は政略結婚賛成派っぽいので、政略結婚を何とか回避したい勇司にとって正直信用ならない存在になってきている。
ここは慎重に行きたいところなのでお断りするという手もあるのだが、後日テオフィルスと正式に面会する日を設けると鳴神は言っていた。テオフィルスとのお見合いが正式に始まれば、公務として色々やらなければいけなくなるという。つまり、部屋でダラダラする時間は終わりだ。もしかしたら、教皇とはしばらく会えなくなる可能性がある。
本格的に婚活を押し進められる前に、教皇がどういう意見を持っているかだけでも確かめておくべきなんじゃないだろうか?
「よし、決めた。アウラ、教皇に会うように伝えてくれないか?」
勇司がそう言うと、アウラはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、ユージ様。教皇様もお喜びになると思います」
胸の前で手を交差させて感謝の意を述べるアウラは神職者を体現しているように見えた。神聖な空気、というのをまとっているように見える。
こんな良い人そうな司祭の上司なんだから、教皇もきっと良い奴だな。というか、良い奴じゃないと困る。別れの挨拶をして部屋を出て行くアウラの後ろ姿を見ながら、勇司はぼんやりとこれからのことを考えた。
教皇との会合が吉と出るか、凶と出るかは賭けだ。賭けに出ないといけない程、勇司の味方は少ないだろう。そもそもアルビオンの外交の手札に、教育と勇者以外ない現状ではそうだ。勇司一人が嫌だと言ったところで、どうにかなるものではない。今のところは出来ることを増やしながら、仲間も増やすしかない。
「何事もコツコツやって行くしかないか……」
勇司はとりあえず目下の目標である魔法の為、ため息を吐きながらも魔力電池での修行を続けるのだった。




