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國取り勇者  作者: 朝方
地の矜持
96/101

弱音





「やれるか?」


 武王に向かい、横並びで走りながらバルクがグリムに声を掛ける。


「誰に聞いてんだ? ……って言いたいがあいつ硬ってぇ。ありゃ相当だぞ? おそらく宝石か何かが主食なんだろうぜ!」

「そいつは贅沢だ。」


 二度の相対で防御力がとんでもないのはよく理解していた。まさに怪物、俺達にあれを突破するのは無理だ。

 ――乾いた唇を舌で湿らせる。軽口を流し、一縷の希望を込めた作戦を提示する。


「――挟撃だ。それしかない。」

「はっ!だろうな! てめぇの攻撃、使ってやる。」


 一つで足りないのなら二つ。両側から攻撃を与えれば、衝撃の逃げどころを失い威力は三倍以上にまで跳ね上がる。

 だったら良いな程度の甘い策だが……可能性はある。俺の全霊を込めた、渾身の爪を喰らわせてやらぁ……!



「――話し合いは終わったか?」

「「ああ、終わった!!」」


 空を穿つ拳圧が宙を切り裂き迫る。とっさに二手に跳び別れると、地面が犠牲になり砕け飛んだ。それを一瞥する事もなくそのまま左右に別れ駆ける。


「オレこっちな!!」

「了解、俺はを左を受け持った……!!」


 武王の真横に位置取ると、反転。鏡合わせの如く同時に攻め込んだ――!




「《龍法:石抜》――!」

「“紅き虎王の双刃”《赫双虎爪(レッドダブルクロー)》――!」


 グリムが短刀の背に左手を当て構え、バルクが両手の獣爪を濃い緋色に染め上げる。

 温存、様子見なんて考えもしない全力の一手。迫るそれに武王は冷静に両掌をそれぞれ差し向ける。


 両の足をしっかり踏み込むと、鋭く叩くような張り手を打ち出した。


「――《金剛掌》」

「「ッ……!?」」


 張り手が宙を叩き、衝撃が波となって広がる。

 まるで空に海流が生まれたかの如し、バルクとグリムの二人は完全に呑まれ、進む足を止められた。

 

「飛ばぬか。」


「……ぐ、ぬぬ……こな、くそォ――!!」

「はは……ど、した……ぬる、いぜ!!」


 身体に掛かる負荷は絶大。――それでも飛ばされてなるものかと、地に足を縫い付け、力一杯踏ん張り押し進む。


 一歩、二歩と足を進め、そして……――ついには衝撃の波を突き抜けた!



「はっ! こんなんで止まるかよ……!! 喰らえ!!!」

「はは、どうした! さっきより断然弱いぞ。てめぇ、なめてんのか!!!」


「無礼ている、か。」


 気炎を吐いて二人はそれぞれ短剣と双爪を同時に叩き込む。二人ともどこか噛み合う部分があるのか完璧にタイミングを同じくした攻撃が放たれた。

 決まれば龍のウロコにすら傷を付けうるであろう全霊の籠った挟撃。


 ――それは容易く武王の両の手に阻まれ、掴み取られる。


「生憎と、そんな余裕は無い。」


「「……うおッ!!?」」


 二人を掴んだまま腰を捻ると、捻転の勢いで空高く――ぶん投げる。人がまるで枯れ葉の様に宙を舞った。


 普通、人は宙において為す術がない。風の魔術でも使えれば打つ手の一つくらいは有るのだろうが生憎と今それを必要とする二人には縁のない代物だ。

 当然の道理として二人の戦士は大地のその身を強かに打ち付ける。衝撃の強さを表す様に高い砂埃が柱を作りだす。


 自分が齎したその結果に一切の興味を示さずに武王はおもむろに手を握り締める。じっくりと手を開き、その感触を注意深く確かめる。


「痺れが抜けぬな。魔力に多少の違和感、これはまさか魔術属性の強制付与か?

 ふむ……最初からこれが狙いか。あの小僧、してやられた。」


「ぶはぁ゛……!? げほっ、ごほっ!ぺっ、ぺっ! ……じ、死ぬかと思った……!?」


「……地続きか。ならば今少し付き合うのも吝かではない。」


 武王は躊躇うように息を吐くと――鋭い敵意を放つ。

 まるで怪物に変わった様な鬼気。人とは思えない程の圧を放ちながら、その口元にはうっすらと鬼の笑みに歪んでいた。




 *




 ――地面にめり込んだ顔を引き抜くと、口に入った砂を吐き出す。生き還ったかのように激しく呼吸を繰り返す彼に――強烈な敵意が襲う。


「――う、ォ……?」


 身体が勝手に立ち上がり思いっきり後ろに飛び退く。

 こんなことは初めてだ。まるで獣の血が反応するかの様に全身の毛が逆立ち、全力での警戒を促してくる。


(獣っても俺のは魔獣だがな。……それが恐怖する程ってだけか。ぐ……。)


 唐突に重い傷みが走る。割れる様な不調に胸を強く抑え、思わず蹲ってしまう。


(ちっ、いてぇ……鉄の味がしやがる……。)


 どうやら内臓にダメージを負ったらしい。……まあそれも当然か、半分()()なのだから。

 完全獣化と比べればかなり違い扱いやすいが、それは防御力と引き換えにした結果だ。動けば動く程、戦闘を続ければ続ける程に、その負荷に身体が軋み、壊れていく。


 だけど、その痛みに比例して戦意が増すのを感じていた。


(……手負いの獣か。そんな生易しいもんだといいが……な!)


 痛む身体を無視して、あえて跳ねる様に起き上がる。と、どうやらグリムのやつも起きたようで、近くで立ち上がる影が見えた。


「あー、一歩踏み込みが足んなかったか。」

「作戦失敗だな! ははっ、頭使ったのが間違いだったぜ!」

「……身も蓋もねぇ。」


「仕方ないだろ? オレは感覚派なんだ!」


 だろうな……と口の動きだけで呟くと、武王を見る。相変わらず敵意は潤沢に感じるが、我関せずと自分の手を眺めていた。むかつく程こっちに興味を示さない武王に、ムカついたので指を指す。


「やいてめぇ! 一人でクール気取ってるんじゃねぇ!! 彫像のつもりかぁあ!!!?」

「お前どうした?」


 困惑した声が聞こえたが無視だ無視。大体グリムもこんなだろうに。

 俺の声に武王はゆったりと顔を上げる。


「そんな積もりはないが。」


「知るか! 動じな過ぎてイラつくんだよ!!!」

「お、そうだそうだー!」


 相槌やめて?

 ……獣化の影響か犬歯が疼く。痛むからか、赤い獣化の影響か、身体が熱くて堪らない。ヒートアップした気持ちをただ、やみくもに吐き出す。


「勝手に割り込んで、勝手に暴れて、台無しにして傷付けて、何様なんだよホントに。俺の心を荒ぶらせるんじゃねぇ、お前何なんだよ。いったい何が目的なんだよ……!!!」


 限界だ。身体以上に心が限界だった。

 頑張るのは苦手だ。いつだって足りない自分を誤魔化す為に――家族(クズハ)を喪いたくないが為にがむしゃらにやって来た。

 でもこれは無理だ。こいつを倒さないと()()と心が訴えてるにも関わらず――命を賭けてすら、壁が強大過ぎて越えられない。


 感情が煮え立つ。焦燥して無力で、何より悔しくて堪らない。



「目的か。幾つかあれど戦う理由とすれば一つだろう。――我は()()……()()()()のだ。」 


「―――は?」


 素っ頓狂な声をあげる。それが自分の声だとわかったのは馬鹿みたいに開かれた口に気が付いてからだ。あんまりにも意外な答えに、内心に渦巻いていた感情も忘れ思考が停止する。

 遅れて言葉を噛み締め、内容を理解した。


「……強く成りたい……だって? そんなに強いのに、か?」

「当たり前だろう。戦士として産まれたのだ。思惑はあれど戦う理由、目指す先はそうと定まっている。」


 ……これが武の王か。あんまりにも当たり前の様に紡がれた言葉に、彼がそう呼ばれるに至ったら意味の一端が感じ取れた。

 その純粋とも取れる態度に、何故だろう。もやもやが解決された訳ではないが、もう少し気軽に考えても良いと思わされる。


「……単純なやつだな。」

「ぬぅ、面白みの無いのは承知している。だが戦いには無用だろう?」


「……気にしてたのかよ、それ。」


 ああ、こいつは人間だ。気配は化物そのものだが理解の及ばない天災じゃない。何故だかそんな事も忘れていた。

 息を思っきり吸い込むと、ゆっくり吐きながら構えを作る。



「――それでもあいつを過去になんかやってはやれねぇ。」


 獣化を操れる限界まで進め、赤い衣で包み込む。


「なんの話だ?」

「さあ……な――!!」


 武王へ向かい前進する。迷い、心のもやもやは一旦捨てろ。獣の意思に身を任せ、戦いのみに注しせよ。大丈夫、今の俺はさっきより()()()()()

 グリムの言う通りなのが少し癪だが、ごちゃごちゃ頭で考えるのは止めだ。


 まだ立って動ける。四肢も万全。なのに気持ちで負けていた。俺はただ、がむしゃらに戦えばいい。


「強く成りたいんだったな―――俺もだよ。」


 思考を止め、本能で敵に向かい走る。


「ふ、そうか。」


 答えるように、鷹揚と構えを取った。

 正面からは相手の独壇場――関係ねぇ、有利不利なんざ思考の無駄だ。獣に堕ちろ、ただ立ち向かえ!


 魔獣の力を叩き付け一歩毎に速度を叩き上げる。

 風景が消し飛び、瞬く間に距離が詰まる。風を切る衝撃だけで身体がバラバラに成りそうだ。

 耐えろ、後一撃だけでいい。


「“赤き王虎よ 電光石火の如く槍となれ”《流虎――》」


「死力を尽くし掛かって来い。相応で応えよう。」


 一歩、これ以上ない程に踏み込む。それを最後に距離が掻き消える。勢いを水の様に両腕に流し、叩き付けた。



「《――双爪!!!》」

「《不動金剛》」


 武王はその一撃を左腕で受け止める。不動の名に違わずその場から微動だともしない。

 ―――それがどうした。大地を踏み締め、更なる力を―――!?


「強いな。お主、名は何と言う? ――ぬ?」

「な、んだ……ありゃ……?」


 ――ふと背中を伝う危機感に上を見上げる。そこに何か()()()が浮かんでいた。



『強敵に立ち向かう少年少女。ええなぁ、わても大好やわぁ。けれど――』


 蝋燭の様な小さな火だ。ゆらゆらと揺らめくと、ゆっくり落ちて来る。火は頭上付近で静止すると。


『――もう飽きたわぁ。

 “怨憎会苦 晴らすは日の輪 天照 滅死奉公 くるわの禿 果す怨みの”『水天爆火』』

「――妖仙、貴様……!?」



 ―――爆発した。




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