赤衣
グリムの短剣を用いた猛攻が武王を攻め立てる。緩急をつけた攻撃に翻弄され、幾つもの直撃を見舞う。武王もされるがままではいられないと反撃をするが、うまい具合に避けられ、躱し、潜り抜けられて、逆にカウンターを受ける。
「どうしたどうしたぁ!? 太鼓にでもなりたくなったかぁ?! ならナイスな音でも鳴らしやがれ! ははは!!!!」
「チィッ……!!」
あの武王を相手にして。今、完全に戦闘の流れをグリムが制していた。
「ど、どうなってんだ!? グリムのやつあんなに強かったのか!??」
想像もしない状況にバルクは混乱する。彼は大雑把に見えて割とデータを重視するタイプ。幼い頃から研究者に囲まれて育った彼は、その気質を周りから強く受け継いでいた。
その培った経験が声高に告げている。今見ている光景は、あり得ないのだと。
「あり得ない。あり得ないのならなんだ? 見落としてる要素、理由があるはずだ。」
注視する。戦闘を、戦う二人の一挙手一投足を。研究者譲りの探求心のままに違和感の原因を探す。
そして――見つけた。そうだ、グリムが特別強くなった訳ではない。原因は武王にある。見たところ各動作に変化はないが、その初めと終わり、反応速度が僅かに落ちていた。
攻撃を受けようとして一歩遅れ、変わった軌道に対応しようとして宙を掻く。そんな積み重ねがこの一方的な展開を作り出した原因だ!
「……――まさか弱っている? あれだけの電流を受けたんだ多少はダメージを負ってても不思議はねぇ、か……――なら! 《部分獣化“半獣”》!」
「! おいバルク!?」
半身を獣に変貌させ、走る。向かうは戦いの最中。
グリムとの戦いに水を差され、ナナシの情報のせいでやきもきさせられ、何より愛するクズハを危険に晒された。
バルクの中に静かに蓄積した苛立ちは、発散するチャンスを得て足を突き動かす。彼は口元に獰猛な笑みを浮かべると――武王へ向かって勢いまま突貫する。
「――一矢報いてやりゃな気が済まねぇよなぁ……!」
*
「あんの馬鹿! グリムとやってること一緒だって自覚はあるのか!!」
「まあまあアイリスさん。彼にもあれで考えがあるのかもだし、お手柔らかに、ね? あ~重い……よいしょっと……。」
いつの間に来たのかジョンがバルクのフォローをする。魔力の遣いすぎでふらふらながら、両腕にクズハさんとアルシェを抱えていた。
「……むぅ……重いとは、失礼ですね……。」
「あら、早いお目覚めだねクズハさん。魔石を使って魔力を限界以上に酷使したのに。」
「クズハさん!アルシェ! それにジョン!」
「……明らかなついで感。ここは僕がメインじゃない?」
二人を地面に下ろし、あんまりな扱いにジョンは肩を竦める。
……いや俺としてもそんなつもりは無かったのだが、反射的にというかなんというか……素で?
そんな事を考えてると、ジョンは微妙そうな表情になった。……ごめんて。
「……んぐ、回復を助ける魔法薬を飲んでいたので……。むぐ、動けはしないので、もうちょっと丁寧に扱うです。」
「ごめんごめん。ほら、こっちもふらふらでさ。というか魔法薬の使用はルール上禁止の筈だよ? まあ乱入ばっかだし、今更っちゃそうだけど。」
「……魔石は良いんです?」
「……あはは~、どうだろうね? そうだ魔法薬って余ってるかい?」
笑って誤魔化すとジョンは魔法薬を要求する。それにクズハは「あるけどない」と簡素に返した。雑に扱われ過ぎて心に来たのか(絶対演技だが)ジョンはいじけて地面にのの字を書き出す。
あまりこの二人が話してるのを見た記憶はないがバルク繋がりか案外仲が良いらしい。てゆうかその二つがダメなら俺の強化も不正なのでは……? ……こほん。それにしても……。
「あいつ勝算あるのか? 正直難しく思えるが……。」
「無理ですね。打点が無いです。」
ぼそっと呟いた疑問をクズハさんがばっさりと切り捨てる。
「……そんな殺生な。」
「事実ですので。ほら、見るです。」
少しは回復したのかクズハさんは顔を上げ、武王とグリムを指を指す。
そこでは変わらずグリムが武王を一方的に攻め立てている? ……いや、でも何か違和感が……。少し首を捻ると、そんな疑問に答える様にクズハさんが口を開く。
「ぜんぜん傷付いてないです。」
「あ……。」
そうだ。あれだけナイフでの攻撃を食らってるにも関わらず、武王には傷の一つも見られない。それどころか羽織る着物すら無傷に見えた。それはつまり……。
「防御力は健在って事だね。いやむしろ攻撃はわざと受けてるのかな? 回復するために、とか。」
「嘘だろう?」
「ですね。たぶん痺れてるだけです。
多少は能力に影響あるですが、回復したらおしまいですね。……それまでに押し切れれば別ですが……。」
それは無理だろう。だって刃物を用いた強烈な突きが単なる弱めの打撃程度にしかならないのだ。その固さ正に金剛石。ダイヤモンドの名を名乗るに相応しい防御力だろう。クズハさんの言葉にも不可能だろうという雰囲気を多大に含んでいた。
バルクの身を案じて暗くなる俺達に、ジョンはしたり顔を浮かべる。
「はたして本当にそ――」
「――応援すればいいよ? 勝てるかもは戦って決めるものだから。ね?」
急に静な声が話に入って来た。和弓に似た大きな弓を背負った短髪の女性だ。弓射つ時に邪魔なのか手には包帯を巻いている。
足音もなく近付いて来たから気が付けなかったな、戦闘中ちょくちょく助けてくれた人で、たしか名前は……。
「……遮らないでくれないかな? チェルシーさん……。」
「ん? え~と……あ、王さま?」
「さては名前忘れたね!? ジョンだよ!ジョン君!!」
ジョンが声を荒げると、思い出したとばかりに手を叩く。すると思い出して満足したのか歩きだすと、何故か倒れてるスレイを担ぐ。
「そうだったジョンの助。」
「ジョンの助!?」
斜め上の呼び方をされジョンは驚愕する。それ尻目に彼女は俺達に背中を向けた。
「依頼はキャンセルで。」
「……いや良いんだけどね……でも………はい?」
「ん、良かった。そんじゃ、ばいばい。」
言うだけ言うと、人一人を抱えてるとは思えない身軽さで会場を覆う壁に跳び上がる。
「ちょ、ちょっと待って!? ……え、理由は……??」
「負けたからね。主役が来たらお役御免だよ?」
「は?」
それだけを言い残すと、呆然とするジョンを置いて颯爽と去って行った。なんというかマイペースな人だなぁ……。
「……アイリスさん。」
「え、私か? ……なんだ?」
「人って難しいよね……。」
「……お、おう。そうだな?」
今度こそガチっぽい様子で地面に手を突き項垂れる。疲れも有るのだろうがなんか本気で落ち込んでるっぽい。
すこし可哀想になってきたな。てか、もしやある程度俺のせいもあるのだろうか? ……なんか、すまん。
*
接敵する。剛の化身といえる武王に対し、柔軟さとトリッキーさを用いてグリムが攻め立て。反対に武王は、掠るだけで致命となる一撃で以て迎え撃つ。
「ふんっ!」
「ははっ!!」
放たれた正拳突きに飛び避けると、腕を掴み長い足で顔面を蹴り付ける。武王が腕を下ろすタイミングで手を離し、捕まえようとする左手を蹴りの反動で避け――そのまま空中で左手を斬り付ける!
「《柔法:鎌斬り》ぃ! はは! ほんとに斬れないな!」
「ちょこまかと……!」
ダメージはないが度重なる攻撃を受け、さすがの武王も苛立ち、青筋を浮かばせる。
グリムはその様子を嗤い飛ばし、着地した。
「いい顔になったな? 仏頂面よりそっちのがモテるぜ?」
「……性懲りもなく、ふざけた物言いだ……!」
「お? 案外嬉しかったり?」
「チッ!! 付き合ってられぬ……!!」
彼を相手にここまで、それこそふざけた調子で挑む者など無かったのだろう。武王は完全にグリムの調子に乗せられていた。
――挽回せねば、武王は深く息を吸う。
「ぬん……!」
「うぉっ、と、と、やべっ!?」
気迫と共に息を吐くと、拳、蹴り上げ、回し蹴り。それらを始めとした怒涛の連撃を仕掛けた。
グリムは何とか見て取り、避け続けるがその攻撃全てが致命に至る一撃。一つ、また一つ攻撃を避ける度に頬を冷や汗が伝う。
「一掌曰く一両。健脚で以て十両。流れ含めて諸々百両。締めて――千両《千両八卦》! セイ!!」
総ての攻撃の総締めとばかりに足を踏み出し、全体重を乗せた掌底を打ち放つ――!
攻撃毎に流れ、練り、回転を得た力が放たれた掌から流れ出る。それは波紋を描き広がり――会場の壁、のみならず観客席を巻き込んで巨大な年輪を刻み込んだ。
「――なんだそりゃ!?!!」
「ぬ、躱したか。調子が戻らぬな。」
勘で前に跳び躱したが、逃げ遅れた髪がハラハラと空を舞った。想定外の威力にグリムは紫色の瞳を瞬かせる。
「……力の動きを読まれた。やはり魔眼持ちか。」
「……くっそ、いい威力してんな!」
「この技は気に入っている。はぁ……!」
「ぐっ?! ははっ! おいおい手加減しろよ、まったく落ち着きがないな!」
深く震脚を行い、グリムを大地から打ち上げる。
当たらぬのなら動けなくすれば良い。そんな無茶を、武王はただ筋力を用いて実現させた。
選ぶ決め手は正拳突き。基礎の極意を以て、空中で身を崩すグリムを打ち据えんと引き構える。
「読まれるならば避けれぬ状況を作れば良い。よくぞ足掻いた。しかしてここまでだ。」
「……――しまった!ははっ、躱せねぇ――!?」
見本の如き見事な正拳突きが、無防備なグリムに迫る――――!
――半獣の獣が駆ける。
半身を毛皮に覆われた鍛えられた肉体――これじゃあ届かない。
一歩一歩、四足を使い加速しながら走り寄る――ダメージを負わせるなら最低でも魔獣化が必須だ……だが。
眼前に拳を構える武王を捉えた――それじゃあ鈍過ぎる! 自分でも制御できない腕力と脚力。そんなものが通用する相手じゃない。必要なのは力とそれを操る柔軟さ。
なら、その両方をむしり取れば良い!
疲労してるにも関わらず、何故か体調は馬鹿みたいに好調だ。火事場の馬鹿力か、不可能な事すら可能に思える万能感。無理だと断ずる理性をねじ伏せ、四肢に魔力を叩き付けた。
「“染まれ獣装”《人獣魔化“赤衣”》」
バルクの四肢、毛皮に覆われた部分が――赤く染まる。
燃える血の様な耀く真紅、踏み締めた足が大地を踏み割り、先程までとは比較にならない程の爆発染みた加速力を生み出す。
その加速はバルクは一瞬にして前方に運び――武王の懐にまで肉薄した……!
「貴様――!?」
「なんだ、案外出来るじゃねぇか……! “喰らえ紅の王爪”《赫虎爪》……!!!」
不意を打って放たれた、鞭を打ち放つかの如き音速の爪撃。弓形に絞り振るわれた爪は赤い軌跡を残し、武王の胸元へ叩き付けられる。
衝撃が弾け、武王の巨体が宙に浮かぶ。
「ぐ、が……!?」
「ふっ、飛びやがれーー!!!!」
更に踏み込み――腕を振り切る! 武王は土を削り、撥ね飛ばされるように吹き飛んだ。
「し――! 絶好調! 大丈夫かグリム?」
「ててて。あ!?助けた気かてめぇ!!」
「そんな訳ねぇだろ。」
土煙の中から巨大な人影が浮かぶ。やはりというか、あの程度ではどうともしないらしい。違いのない敵の脅威にバルクは犬歯を覗かせ、グリムは短剣をくるりと弄ぶ。
「貸し借りなしだ。まだ決着も着いてねぇんだしよ。まずは先に――」
「ははっ!いいね、当然だ!! てめえを倒す前に――」
「「まずはあいつをぶっ飛ばす!!」」




