反撃の一矢
雷撃の残滓を溢し、王の名を持つ武人が悠然と歩みを進める。
もはや立ち向かう者など無い。その眼光は真っ直ぐに王座だけを見据えていた。
「……時間を無下にした。そう称するのは無粋と言うものか……実際、得るものも幾許かはあった。
――待たせたな、ヨーゼフの王よ。首を洗うにはちと長過ぎたか?」
投げ掛けられる挑発と覇気に国王は頬杖を返す。
「観戦に注力を注いでいた故失念しておった。
で、あるが安心せい、余の首は常に綺麗である。なにせ――届く者が居らぬのでな?」
武王は思いっ切り振りかぶると、拳を突き出した。重機の如き拳撃は空間を穿ち、衝撃波の玉を作り出す。玉は波の如く王へ飛来するが届くことなく中空で弾け飛んだ。
強い風が頬を撫でる。その感触に、国王は口元を弧に歪めた。
「不憫だな。喜ぶと良い――その首我が晒してやろう。」
「ふむ、良い啖呵であるな!」
戦意をぶつける武王に対し、心底楽しそうにヨーゼフ王は笑みを浮かべる。
国王の側に控えるスーツの男は王を守る様に一歩前に立ち、会場のあちこちからは鎧の音が音楽の様に鳴り響く。そして横に座る王妃は王に呆れた様な目を向けた。
両者。いや、両軍を待ちわびるかの様な静寂が包む。
焦れる様な雰囲気が限界にまで達すると……二人は同時に口を開いた!
「では「始めよう……!」」
武王は強く足を踏み出し、ヨーゼフ王は王笏を地面へ叩き付ける。
*
バルクに運ばれて会場の壁際に腰を降ろす。
空の暗闇はすっかり掻き消え、眩しい位の陽光がうっすらと赤みを帯びて来ていた。
「アイリス、動けるか?」
「ああ。」
立ち上がろうとするが、途中で痺れたような感覚が襲う。倒れかけ、バルクに支えられる。
限界を越えた代償だろう。
――あの戦いの最中、俺の肉体は通常時を大きく超える身体能力を有していた。火事場力、窮地にリミッターが外れたとも考えれるがそうじゃない。あれはおそらく……。
(勇者の権能。他者の能力を大きく底上げする力。
あの時、確かに魔装術以外の何かが俺を後押ししていた……。)
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか、な!」
支えを振りほどき、気合いで立つ。すぐに座り込む程ではないが足が震え、腕がぷるぷるとする。どうやら疲労が全身に来たらしい。筋肉痛は若い内程早く来るというがこれはちと早すぎないか?
「……ほんとに大丈夫か? 小鹿みたいに震えてるぞ?」
「大丈夫だ……!
そんな事より! どうする?状況は次に移りそうだが……。」
気が付けばなんかもう全面戦争でも始まりそうな雰囲気だ。
戦い続けで状況の把握が出来てない。どうするか迷いバルクに判断を促す。
すると、バルクは迷う事なく即断した。
「――逃げるぞ……! あれで倒れない化物に付き合ってられるか!! ここまでやりゃ十分だろ、巻き込まれる前に皆でとんずらするぜ……!」
「……とんずらするのは良いがどうやるんだ? 悪いが人を抱えて逃げる程の体力は残ってないぞ?」
会場内の仲間、その半分以上は意識を失っている。武術学園の三人に、スレイとかいう男、ジンに、魔力を使い果たしたせいかアルシェとクズハさんも意識がなさそうだ。
対してこっちは四人。その内、ジョンは魔力の遣いすぎかふらふらしてるし、俺も歩くのがやっとな感じ。動けるのは二人しか居ないんだぞ?
「安心しろ、すでに何人かは避難させてるんだ。アイリスが時間を稼いでる内にな? だから、ぎりなんとかな………あん?」
バルクが顎を向けた方を見ると、既にジンにスレイ、武術学園の二人の合計四人が壁際に寝転がっていた。
「なるほどな、あと三人程度ならなんとかなるか? ……バルク? おい。」
アルシェとクズハさんは小柄だから一緒に運べる。これなら一往復で済みそうだ。そう思い同意を求めるが返事が返って来ない。
怪訝に思いバルクを見ると、何故だかあんぐりと口を開けている。
「どうした?」
「ぐ、ぐ。」
「ぐ?」
「ぐ、、、グリムのやつが居ねぇ!?!?
どこ行った!? ま、まさかあいつ!!?」
バッ!とバルクがふり向く。釣られてそっちを見ると――ちょうどグリムが武王に躍り掛かるところであった。
*
灰色がかった長髪を乱雑にかき乱し、紫の眼光を爛々と輝かせながら少女が飛び掛かる。
「ははははは!!! 嗤える!嗤えるぜ!!
――勝手に終わらせるなよ、まだ、ここに、オレがいるだろうが……!!!!!」
怒髪天を衝く様相。既に武器は壊れ、無手に疲労と満身創痍だと云うのに。それでも怒りを乗せた狂笑を浮かべ、ふざけるなと言わんばかりに拳を叩き込む。
「もう動けるとはな。お前の出番はとうに過ぎたぞ。」
「二度も言わせんな――!!!! まだ、負けた、覚えはねぇぞーーー!!!!
――ぐッ!?」
覇気は十分、だが悲し気かな勢いだけでは彼の者に届く道理もなし。
「――言いたい事は終わったか?」
「て、めえ……!」
武王は拳をもろに受けながらも動ずる事もなく。あっさりとグリムの首を掴み取り、持ち上げてしまう。
グリムもじたばたと振りほどこうとするが、万力の如き力を前には毛程の抵抗にすらならない。
「邪魔を――するな……!」
「ちっ、子猫かよオレは! うぉ!? やべぇっ……!?」
そのまま天高く持ち上げると、大地へ向かって振り落とす――刹那、飛来した矢が武王の手の甲を打った。力を込める瞬間を狙った絶技に、武王は思わずグリムから手を離す。
「ぐ、けほっ……。」
解放され咳き込むグリムを他所に、武王は遠く先を睨み付ける。そこには藍髪に隣国アルパインを思わせる風体をした女性が、残心の構えで弓を携えていた。
「そうか弓兵。お主もまだ残っていたな。」
「狩人は身を潜めるものだから。あと少しだけ、ね? “霊揺らす 御霊と成りて 破魔となす《鈍法:くるめ矢凪》”」
空から雨の如く矢が降り注ぐ。その矢雨は余す事なく武王に向かって降り注いだ。矢が中ってるとは思えない硬質な音を立て、武王は重なる衝撃に大地を滑る。
「重い矢だ。羊王のしたり顔を思い出す。」
「チェルシーじゃんか! 助かった!」
「……チェルシー“さん”、ね?」
「!? こだわるとこかそこ!? てか呼び捨てで良いってお前言ったよな!?!? けほっ、こほっ……!」
天然かボケか分からない発言に、グリムは思わずツッコミを入れて咳き込んだ。
そんなやり取りの間もチェルシーは絶え間なく矢を射放ち、武王を牽制してるのはさすがと言うべきかなんなのか。
「なにやってるの?」
「そっちが変な事言うからだろう!?」
「そうじゃない。」
「あん?」
連続する射弓に息を乱れた呼吸を整える為、一つ息を吸ってから口を開く。
「グリムはさ、素手でも強いの?」
「――っ!」
鷹揚のない静かな口調、だが的確に急所を射ぬく射手の言葉。グリムにはそれが怒ってる様に感じられた。
そう、マイペースな故分かり難いがチェルシーはグリムに対して怒っているのだ。
「それは、そう……あれだ! なんとか、なるだろって……。」
「なんとかなったの?」
「う……。」
思いもよらぬ相手に叱られて、グリムは子供みたいに言い訳をするがばっさりと切り捨てられる。
「うん、でしょ? グリムは武器を扱う人だから。無いと調子出ないんだよ? っ……。」
「う……まぁ……。」
鮮血が滲む。特殊な技量を用いた矢の高速射出、白い手指が傷付き痛み、限界を訴えていた。だがそれを面に出す事もなくチェルシーは言葉を続ける。
「ねぇ、それなのに、なにやってるの?」
「そ、それは! その……な、無いもんは仕方ないだろ!」
「そう。」
矢筒に向けた手が宙を掻く。打ち留めだ。矢の雨が止み、武王が自由を取り戻してしまう。
「見事な腕前。ここまでの弓取りは我が国にもそうは居らぬな。
誇るが良い。我が褒める事なぞそうはないぞ?」
解放された武王は、それまでの屈辱を晴らさんと仙力を滾らせ、拳に集める。そして意趣返しか、まるで矢を放つか如く右腕を弓なりに引き絞った。
そこに今まで垣間見えた容赦など露程も無い。諸ともにこの一撃を持って終らせる気だ。
そんな抗い様の無い暴意に晒されながらもチェルシーは落ち着き払ってグリムの顔をじっと見る。
「――グリム、あったら勝てる? 」
「――っ、ああ!当然だろ!!」
「ん。」
その返答に満足そうに頷くと、チェルシーは矢筒から手を離し、腰元から引き抜いた最後の一矢を弓に番え、射放った。
彼女の全霊を込めた一射。それは怪我しているとは思えない程に流麗で、速く美しい。藍色の軌跡を残しながら一直線に武王へ向かうと、防ぐ腕を掻い潜り――額を殴打する。武王は衝撃に思わず顔を仰け反らせた。
矢は弾かれ舞うと、グリムの前に突き刺さる。
いや、それは矢ではなかった――短剣だ。チェルシーの髪色を思わせる藍色模様の短剣が一振。それが今、座るグリムのすぐ目の前にあった。
「おい、これ……。」
「あげる。結構良いやつだよ? かなり高かった……。
……ん、何も言ってない。これで、勝てる?」
「ああ……サンキュー! ありがとよ。絶対、勝ってやる――!!!」
グリムは短剣を掴むと――一足に武王へ飛び掛かった!
「良い武器だ。まじでナイスだぜチェルシー。これで――戦える……!!」
「貴様……!」
気功と魔力を捻り合わせ仙力と成し、足先に叩き込む。矢のように加速すると、今度は足先に集中させた仙力を……――一点、短剣の刃先に流し込んだ!
武器こそ違うが全身を使ったまるでムチの如き一撃。武王は体勢をすぐに直し、拳を振い迎え撃とうとするが時既に遅し。
「食らえ、こいつは痛いぞ? 名付けて《龍法:石抜》――!!」
「ぐぬ、うッ……!?」
武王の胸元を短剣が抉り―――吹き飛ばす!?
体格差を考えればまるで冗談の様な光景。グリムは余韻を振り払う様に二度短剣を振るう。
「はっ、ざまぁみやがれ! 勝った気になってんな、オレは大分手強いぜ?」
 
 




