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國取り勇者  作者: 朝方
地の矜持
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ネジ外し




 一人、齢が十に届くかといった少女がたった一人で草の絨毯に座り込む。もたれた壁はひんやりしていてそよ風が髪を撫で付けた。


 ぼーっとしながら少女は空を見上げると、そこには雲ひとつない柔らかな青空が広く横たわっている。

 

 彼女がここに居るのに特別な理由はない。たんに暇で、やりたいこともなくて、ただぼんやりと行き場のない感情を消化するためだけにこんな町外れの広場に座り込んでいるのだ。


「やあ、君暇なのかい?」


 そんな彼女に声を掛ける者がいた。

 見慣れない男だ。まるで夏の青葉を想わせる力強い緑を基調にした正装を身に纏っている。胸元には小さな花の記章が背伸びするかのように輝いていた。

 全体的に身なりが良い、どこかのお偉いさんだろうか?


「……ぼ~とするのに忙しいの。」

「もしかしてぼっちかい?」


 ……む、失礼な男だ。辛辣な返しに、少し苛立ちそっぽを向く。男は関係ないとばかりに言葉を続けた。


「あーでも忙しいというのも事実か。やりたいことをしてるという点では変わらないし。」

「――っ!? ……。」


 反射的に言い返そうとするが、言葉が見つからなくて口を閉ざす。せめてもの抵抗に、知らんぷりをする。


「何かをするのに理由がいるのも事実だけど、()()()()()にも理由がいるものさ。」

「……。」


 無視してるにも関わらず、言葉が耳に入ってくる。

 男の声が透き通ってるのもあるがなんとなく図星を指されたみたいな変な感じがして気になってしまう。


 そんな彼女の様子に気づいてか、男はにやりと笑みを浮かべた。



「察するに、対等な遊び相手が居ないんじゃないかい? そうでしょう“道場潰し”の()()()ちゃん?」

「――っ!?」


 ―――遊んでただけ。それなのに怖がられて、いつの間にか付いてた名前。そんな忌み嫌う二つ名を口に出され、身体が凍り付く。


「……。」


 最悪だ。この男は村のひとから私の話を聞いて、面白がってからかいに来たんだ。

 そんな確信と共に、悔しくて睨み付けようと顔を上げると―――予想に反して悪意のひとつもない澄んだ笑みが出迎えた。



「―――ぇ?」


「やっと顔を上げたね。どうだろう、一手お手合わせ願えるかい?」


 男は道場で使う修練用の棍を差し出しながら言う。戸惑いながら受け取ると、歓喜したように彼は訓練用の木剣を取り出した。


「やった!」


 何が嬉しいのかとび跳ねて喜ぶ男に、なんだか馬鹿らしく思えてくる。

 ……まあ、正直ちゃんばらは好きだ。挑まれたのならやぶさかではない。……少しだけ癪な感じはするが。


 ため息を付き立ち上がる。ズボンに付いた草を払い落とすと、腰だめに構えた。


「お、案外堂が入った構えだ。」

「……みんなこう構えてたから。なにか変?」


 振り回し易いし、特段悪いとは思わない。

 疑問に思い数回振るう。うん、良い感じだ。


「……我流でそれか……。うん、悪くはないよ。

 そうだ、自己紹介がまだだったか。」

「?」


 そう言えばそうだ。でもちゃんばらするのに自己紹介って必要だろうか? ……そいや大人たちはしていたかも?


「俺はアシュベル・レオンハルト。騎士をやってる。」

「グリム、村娘をやってる?」


 真似して返すと、アシュベルは噴き出して笑いながら木剣を片手に構える。


「いい自己紹介だ。じゃあやろうか!」

「うん。」


 集中した時に感じるぴりりとした感覚がした。アシュベルは多分初撃を私に譲ってるのだろう。

 攻撃をしたらそれを機に試合が始まるのだろうが、その前にひとつだけ聞きたい事があった。


「なんで私に声を掛けたの?」


「ん? つまんなそうにしてたからね。」

「……。」


 さらりと返されて、目をしばたかせる。なんとなく胸のつっかえが取れた気がした。―――これ以上の問答は必要ない。ついつい釣られて笑みを浮かべながら、アシュベルに向けて渾身の突きを解き放った。






 ***






 連続して突きを放つ。さしたる脅威でもないのか武王はそれを無防備に肉体で受けた。


「力の差は歴然――威勢だけか、仲間は既に倒れたぞ?」

「ぐっ……!?」


 防御に挟み込んだ柄の上から強かに殴り付ける。

 グリムは風に晒された紙の様に空へ浮かび上がり、一回転。滑りながらも棒を突き刺し、足で()()()()


「……なに?」

「―――……は、はははっ! ほら、やってみれば出来るじゃないかよ!!!」


 歓喜の声を上げながら血走った瞳で武器を構え直す。武王の攻撃に手加減はなかった。もしろ最初にグリムが受けた一撃より倍近い威力の拳撃、耐え得る筈がない。()()()()()()()()()()、だが。


「魔力と気功だかの同時使用―――これが“仙術”ってやつか!!!!」

「土壇場でそこに至るか……!」


 魔力、気功の両方を用いた身体強化。

 それは言葉程簡単ではない、一歩間違えれば自滅する危険な技。それを彼女は持ち前のセンスと、火事場の馬鹿力にも似た極限の集中力で手繰り寄せる―――。



「――()()()。あんたの使う技に比べてこれじゃ弱すぎる。

 ()()()()()()()? 気と魔力を縄の様にこより合わせて全身に循環させてんのか?」


 ―――更に進化する。持ち前の知覚力で僅かな情報から差異を見いだし、改善策を模索する。

 自分の身体で実験するかの様な無茶な力の扱いに、喘鳴を吐き出し、血の涙が溢れた。


「―――死ぬぞ貴様。例え免れたとてこの先戦士では居られまい。」


 彼女は獣人の血なんてないただの人間だ。治療薬も使ってない以上最初のダメージが身体を諌み、深く痛みを訴え続けている。

 そもそも彼女に戦う理由なんて殆どない筈だ。だというのに―――彼女は笑みを絶やさない。


「は、はははっ!! ―――知るか!!! 全力で楽しんで戦う!! それが、オレの――()()()だ!!!!」


 グリムから覇気が溢れ出る。構えるのが刃の折れた大鎌の柄だというのに、武王ですら警戒をする程の“圧”を手にし、構え立つ。自然と流れ落ちる血が止まった。



「だからよ―――オレの前で!! つまんなそうな!!! 顔してんじゃねぇ!!!!!」


 大地を破壊する様な怒り込め、蹴り付け走り出す。

 両者に跨がった距離が巻き戻る様に掻き消える。



「―――楽しもうぜ?」

「―――期待はさせて貰うぞ?」


 加速を十全に乗せ、突き放つ。遂に音速まで至った棒の先端と、武王の鋼鉄の拳が交わった。




 *




 武王の動きが変わる。いままでは鈍重とすら思える程の動きで一、二発拳を放つのが精々だったのが、今やラッシュと呼んで差し支えのない拳撃を繰り出していた。

 グリムをそれをするに値すると見なしたのだろう。一撃一撃に岩壁すら砂に還す程の力が乗った拳を、速度の乗り切った棒の先端が悉く弾き逸らす。


 一糸乱れぬ精緻極まった攻防だ。一瞬のミスで致命傷を受ける演武、それを笑みを絶やすことなくグリムは舞い踊る。



「……とんでもないな。」


 俺ではとても入っていけない神域の闘い。今のところ戦ったことのあるやつで一番強いやつはクリフ先生だが、どちらがそれを軽く上回ってるのを肌で感じ取れた。

 まったく嫌になる。何故かいまは大会の中で収まっているから良いものの、あの大男が一度枠を出て暴れだせば街ごと灰塵に還されても不思議はないだろう。


 ――そしてそれはこの戦いが決着した後に起こる現実なのだ。


 あんなのと戦うにはどうしたら良いんだ? とりあえず剣と魔術は効きそうにないぞ……?


「――アイリス様、どうなさいますか?」

「ん? あぁ。」


 王子に声を掛けられる。戦いに集中してて忘れてたが、そういや居たな。


「どうするとは?」

「それは勿論――()()()()()です。」


「……は?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは? 俺が行ってどうする、邪魔になるだけだ。……どうにか出来て土魔術で妨害とかか?


「――そんな事はありません、貴方は自分の実力を卑下している。」

「……む。」


 弱気が表情に出てたのか間髪入れずそう返され、王子の方を向く。……確信の籠った強い目が見詰めていた。


「……卑下と言うが。」


 実際俺そんな強くないぞ? 王子のは俺が勇者とかいうのな“せい”で被った買い被りだよ。


「いえ、考え違えなどございません。アイリス様は交流戦でもってその実力を出し切った。そう考え、燃え尽きた気持ちを抱えてるのでしょう。」

「……。」


 図星だった。訓練が休みだった事もあるだろうが……そうだ、俺は全力を尽くした。それで、()()()()()だと気付いてしまったんだ。

 でもそれはそれ、ハンデありで苦戦した武術校生の二人が軽く伸されている以上、俺が出ていっても―――


「―――それは思い違いです。貴方は()()()()()()()()()()()。」

「―――」


 そんな筈はない。簡単に否定出来るのに、その瞳と力のいったに言葉が押し殺される。

 ……仮に、仮にあるとして、そうだとしてその力とはなんだ? ………他人の強化か? 出来ると聞いた覚えはある。それが出来れば確かに勝てるのかも知れないが、生憎と俺にそんなものは使えない。


「いえ、確認したところ単に魔力を放ち、応援する意思を持てば発動します。調査の為にこちらの判断で黙っておりました。」


「―――!? ………何でもないように心読んで話すの辞めよう?」

「それは失礼を。」


 動揺を誤魔化す様に文句を言うがさらりと流された。


「……むぅ、それで? 使えば良いのか?」


 本当にそれだけなら簡単だ。戦いに参加してるかは微妙に感じるが、とりあえず邪魔にはならないだろう。……自分に使えれば良いのだが、その条件で使ってないという事は無さそうだし……。


「いえ、それは()()()()()。」

「?」


 おかしな事を言う。使わないでは何の意味も無いだろうに? それ以外でどうすんだ? というか、うっかりしてたが俺は今武器もなんも持って来てないぞ? 観戦に来ただけだし。素手? ……んな馬鹿な……。


「誤解なきよう。そちらではなく、貴方の持つもうひとつの“魔力特性”の話しです。」

「魔力特性?」


 そんなのがあるのか、多分習った覚えはないと思うが?


「ええ、アイリス様の魔力は他者と異なり『進化』と『拡散』の性質を持っています。前者は知っての通り他者や物品の向上、後者は名の通り魔力が広く拡散する性質です。」

「ふむ。」


 勇者として持ってる能力の説明か、大まかな概要くらいしか聞いた事はなかったな。前者は強化で、後者は前者を広く使うための補助か?


「この中で『拡散』がくせ者でして、アイリス様は現在、魔力が勝手に拡がってしまって()()()()()()()()()状態にあります。思い当たる節があるのでは?」

「………。」


 ……無い、と言えば嘘になる。この一月で引き出せる魔力は増えたが、魔装術で扱える魔力は体感で一、二割程度しか増えていない。

 所詮感覚的なものだし、時間をかけてゆっくりとやるものだとバエルは言っていたが……“纏う”必要のあるそれとは決定的に相性が悪いのだろう。


「それで、欠点を告げてどうするんだ?」


 全力では無いと王子は言った。だが今のところ使いこなせない力があるというだけ、それを全力に加えるならば、限界?まだ息してるじゃん。くらいの暴論になる。


「――扱える()()()()()()()()。」


 力強く言うと王子は鞘ごと剣を外し、差し出した。


「貴方は立ち向かう勇気を持っています。

 一月前、見捨てれば良い、逃げれば良いという時も貴方は立ち塞がった。


 もし今回もまたその選択取るならば―――その勇気に祝福を、背を押すだけの力添えをここに。」


 差し出された剣をおずおずと受け取る。砂色の刀剣だ。翼に似た鞘に納められ、蛇の意匠の柄と獅子を模したの鍔、引き抜くと空色の刀身が現れた。

 その美しさと、妖しい気配に目が惹き付けられる。


「……これは……?」

「―――風皇剣パズズ。祖国の始まりたる王剣にて、国の象徴たる宝剣。

 かの貪欲なる魔剣ならば、全てとはいかずとも『拡散』に抗い、力と変えるでしょう。」


 ……結構な肩書きだが、それが誇張ではないと剣の存在感が告げていた。正しく魔剣、魔に出づるもののみが放つ重圧が、羽根の様に軽い刀身を鉛の如く錯覚させる。

 それは息づくかの様な剣だった。


「無論いつかアイリス様も魔力をものに出来ましょう。今回はその先取りを一時するに過ぎません。」

「……ああ、理解した。確かにこれは強大だ。」


 試しに魔力を流すとスポンジに水を流すように吸い込まれる。これを知ったのなら今までは魔力の大半を外に溢してたのだと否応なしに理解させられてしまう。それ程に貪欲だ。比率にするなら冗談抜きで一対百くらいに吸収率に差がある。



「向かうと言うなら寄与いたしましょう。

 当然無理強いはいたしません。―――どうなさいますか?」

「………。」


 答えは決まっていた。正直この頃、朝練が休みだし、みんな楽しそうに試合してるし……何より―――この剣を試してみたくて仕方がない!!

 正義感なんて無い。勿論みんなを助けなきゃという気持ちはあるが、そんなもの些細だ。急に扱う力が増えた為か、力に溺れるような感覚がある。心地好い感覚だ。


 多少外れようが所詮試合、この衝動を発散させるのに向いた空間だろう。


「―――戦いたい。」

「―――お心のままに。」



 胸に沸いた意思を告げ、剣を片手に観客席を飛び出す。向かう先は人外達の激戦地。危険だと肌を粟立たせる空気感を心地好いと受け止め、未熟な勇者は戦場へ駆け出した。






「……これで、良かったのでしょうか?」


 風纏い走る少女を見送って、国のたった一人の王子はぼやく。

 護衛対象を戦地に向かわせるなど、護衛である筈の彼が取る行動としては以ての他だ。それでもこれが正しいと、()()()()()答えだと確信していた。


 ……彼は、なにも最初から彼女を戦わせようとしていた訳ではない。むしろ武王が乱入した時一目散に対処しようとしていた。それを行動に移さなかったのは、王の視線に止められたからだ……。


(……直後の王の続行宣言、騎士の動き、それらを加味するに――王は()()()()()()()()()()()()()()。)


 そう理解したのは長年付き合った親子としての直感だ。危険の多い選択、だが実戦前の経験としては格別だろう。それが理解出来た故に王子は行動した。

 ………それでもし()()()()()()()()


(……そうならない様に、出来る限りを尽くしましょう。それが選択したものの責任です……。)


 表情が崩れない様にこっそりと奥歯を噛み締め、愛剣に手を―――


(…………あ、)


 ――触れる事なく空を切る。当然だ、剣はさっき渡してしまったのだから……。

 思わず天を仰ぎ顔を覆う。



「ん? どうしたの?」

「うわ?! あ、ああ、アルシェさん。何でも無いですよ、少し日差しが眩しかったので。」


 防音魔術が切れてたのか、声を掛けられ動揺しながらも適当な事を返す。


「そう?」


 不思議そうにアルシェは空を見る。貴賓席であるせいかこの場所に直射日光は通っていなかった。


「……明暗差で少し……。」

「?」


 苦し紛れでそれらしい言い訳をするが、理解を得れなかった様でやはり不思議そうな顔をされる。


「ま、いっか! アイリスも戦いにいったの?」

「え? あ、はい、そうなります。」


 急な話題転換にびっくりしながらも、助かったと王子は答え返した。


「どうして? わたしもいったほうがいい?」

「いえ、あくまで自由参加ですから。優勝したい、戦いたいのでしたらでよいかと。

 勿論危険ですのでおすすめは出来ませんが。」

「ふーん?」


 その辺りの事がよく理解出来ないのか、不思議そうに首を捻る。

 ……ともあれ、彼女のお陰で落ち着いた。結構なミスをした気はするがそれはそれだ。出来る範囲でやれることをすれば良い。


 そう気を引き締め直して、王子は会場に視線を落とした。



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