余暇
喧騒が増え観客達が次々と席を立つ。合わせて売り子達が食品かごを持ち、客席を周り出した。大会は昼休憩、売り出し時だ。
「移動しましょうか。皆さん昼食の用意はありますか?」
ざわざわと動き出した観客達に倣い、王子は立ち上がると俺達に聞く。
「あるですよ。アルシェの分も用意してるです!」
「自分は一旦両親の元に戻ります。」
クズハさんは用意して来た様だ。まあ、毎度屋台で買ってたら高いからな。ジンは家族で約束があるのか?
「ジン君はようじ?」
「ジ、ジン君……? え、ええ、我が家はこの街に居を構えているので……その、最終日は少々ごたついていまして……。」
アルシェに聞かれると、どことなく王子を気にしながらジンは言う。……ああ、まあ貴族だもんな。王様が来たんじゃ何かとあるんだろう。
「それでは、致し方ないな。」
「は、はい。自分の分も応援お願いします。」
「分かりました、任せてください。」
*
貴賓用に用意された清涼感のある部屋、静かにご飯を食べれる様にと用意された部屋でサンドイッチを食べる。
こういう時王子が居ると便利だよな。
「大会を通して良い試合が多かいですね。騎士の訓練を見ているので正直あまり期待はなかったのですが、各々特色があり見応えがありました。」
メンバーはマイペースな二人に基本受け身の王子と俺だ。話を振るバルクも居ないとなると、当然話は大会の事になる。
気を遣ってか、王子が率先して口を開いた。
「ですね。あの中でバルクが決勝まで行くとは思わなかったです。……いつの間にかあんなに強くなって、それがしは嬉しいです。」
しみじみとクズハさんが言う。本人にはああ言ってたが、強者の集まる大会だ。心中には心配があったのだろう、その声色には子供の成長を喜ぶ親の雰囲気があった。
……完全に親目線じゃん。バルク、哀れな……。
「そうだな。皆、私が戦っても手も足も出ない強者揃いだった……バルクのやつは凄いもんだよ。」
「――いえいえ、謙遜なさらずとも。アイリスさんは確かな実力者ですよ。手も足もと云う事は無いと思います。」
「……むぅ。」
つい、ぼやく様に言うと王子が即座によいしょする。……王子は俺を買い被り過ぎじゃないだろうか。
「……こほん。と、そういやクズハさんはどうなんだ?」
「?」
「いや、バルクがかなりの実力だと謳ってたが。」
露骨な話題剃らしだが、まあ許せ。視線をふいと外すと王子は苦笑いをした。
水を向けられたクズハさんは、むぐむぐと口に含んだものを嚥下する。
「むぐ、それは勘違いですよ。バルクとは付き合い長くて弱点も多く知ってるので。」
「弱点?」
あいつ身体能力良くて頑丈、その上見た目や言動に反して結構冷静だからな。ぱっとは思い付かないけど?
「です。虎獣人の血が強いので大きな音があると反射的にそっち向くです。」
「……ああ。」
なるほどなぁ……魔術師なら不意に音を鳴らす位簡単そうだ。
「それに鼻が良いので毒や薬が効くですね。唐辛子やマタタビの粉とか良く効くです。」
「マタタビ……。」
……実際の話っぽいがもしかして試した事があるのだろうか? バルクよ……なんか可哀想になってきたぞ?
「毒や薬ですか? クズハさんは薬学に心得が?」
「はいです。秘境で便利ですし、たまに作ったりするですよ。ママがそういうの得意なので。」
ほう、確かに便利そうだ。もしかしなくても唐辛子の粉とかは逃走用なのだろう。バルクは巻き込まれたのかな? ……たぶん。
「……皆凄いのだな。」
はあ、皆いろいろ頑張ってるのになぁ。対して俺は微妙過ぎるだろ、これで勇者とかまじか? 戦うしか取り柄無いのに平均より増し程度ってほんと冗談だろう? 自己流ならともかく優秀な先生が付いててこれとか……。
……駄目だ。この頃どうも気分が沈む。燃え尽き症候群ってやつか? どうにもマイナス思考になってしまう。
「はむ? アイリス元気ない?」
「……いや大丈夫だ。ありがとなアルシェ。」
……いかんな。せめて心配させないように振る舞わないと。
***
ふっと意識が浮かび上がる。
――どこだ、ここは……?
羽毛布団特有の柔らかい感覚。どうやらベッドで寝ているらしいのだが、寝る前の記憶が無い。
どことない気だるさに抵抗し起き上がると――壁に立て掛けられた二本の剣が目に入る。
どうやら片方は折れてるらしく、鞘にも容れられず片割れと共に寂しげに佇んでいた。
(……一刀になってしまったな。)
思えば二刀流に成った時からの付き合いだ。そう―――屍から拾い上げた時からの。
苦い思い出が脳裏を過る。手数を求めたのは間違いではない。そうでなければとっくにくたばっていた。だが、切欠になったそれはとても良い思い出とは言えない後悔だ。
だが、買い換えることが無かったのは罪悪感なのかなんなのか……自分でもよく分からない。
「あら、目が覚めたのね。」
声がした。そちらを向くと白衣姿の女性がつまらなそうに頬杖をついている。
見覚えのある人物、確かシャディ女史。……ということは、そうか……。
「私は負けたのですね。」
「聞いたのはこちらなのだけど?」
「……」
相変わらず掴み所の無いお人だ……。
「……お陰様で、看護ありがとうございます。」
「あら律儀ね。冗談だったのだけど。」
「…………」
……もしや怒らせる様な事をしただろうか? 覚えは特に無いのだが……?
「――その様子なら好調そうねスレイ・ドット。まあ特に心配はしてなかったのだけど。」
「『死神還し』と称される貴方の手に掛かれば多少の打撲などなど無いに等しいかと。」
彼女はこの街どころかこの国でも最強の回復魔術師だ。腕を繋げる位なら容易く、眉唾な話では死人を甦らせたとか何とか。付いた字が『死人還し』死すら超越した回復魔術師の頂点だ。
称賛すると彼女は一層不機嫌そうに顔をしかめる。
「多少ね。ところであなた、誰か変な人に会ったりした?」
「? いえ特に。」
何だろう藪から棒に? 会ったといえば家族位だが……。
「あの、なにか?」
「聞いただけよ。それより、問題ないのなら私は必要無いわね。」
ぽかんとする私を他所に、鞄を掴むと彼女は扉へと歩いていった。……どうやら帰るらしい。
「あ、そうだ。武器の修繕を頼むなら受付に言うと良いわ。保険が効いて安めに頼めるそうよ。」
「そ、そうですか。ありがとうございます。」
大会参加の際に貰った冊子に確かそんなことが書いてあったな。だが折れた剣にそれが通用するのか? ……駄目もとで頼んでみるかな。
今度こそ扉を開け部屋を出て行く。と、振り向いた。
「あら、良かったじゃない。お見舞いよ?」
「え?」
彼女が立ち去ると、入れ替わる様に男が入って来る。……兄さんだ。
「や、体調は大丈夫かい?」
「な、なんで? 大会は終わったのか……?」
司会で動けない兄が来たということは大会が終わったのだろう。そんなに寝ていた積もりはないのだが?
「いや、まだだよ。今は決勝前の昼休憩さ、様子が気になってね。」
「気になってって……。」
見れば兄の姿は司会の格好のままだ。しっかりしてる兄なら、いつもなら着替えて来るというのに……。なんでと考えてすぐに思い至る。
………俺の為だと。
つい照れ臭くなって目線を外した。
「……王様が来てるんだろ? 副団長がこんなとこ来てて良いのかよ。」
「痛いとこ突くな! ま、護衛は別に居るし王族の団欒にお邪魔するのは野暮ってもんだからね♪」
王様と会えたからか兄はどうもご機嫌だ。いつもなら歌い出しても不思議はないが一応病室なので遠慮してるのだろう。
「それで、体調は問題ないのかい? 大会中も何となく動きに違和感があったけど。」
「体調は問題ないよ。……大会のはその………兄さんが勝てないっていうから………。」
思い出して口を尖らせる。すると兄は目を瞬かせた。
「そんなこと言ったっけ?」
「む、言っただろ!」
どうやら兄は忘れたようだ。少し拗ねた思いで居ると苦笑する。
「ごめんごめん。そういえば言ったかも?」
「相変わらず、そのへん適当だな兄さんは。」
「仕事じゃないからね。私生活では気を抜かないと!」
「はあ? その性格でこっちが振り回されるんだよ!」
「……すまん♪」
ぎゃいぎゃい言い合う。数年振りのふたり、そこに暗く横たわっていたわだかまりは、いつの間にか薄煙の様にあっさりと霧散していった。




