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國取り勇者  作者: 朝方
地の矜持
81/101

人と獣




 先手は貰う……!


 獣化によって強靭と化した脚力を駆使し、剣の間合いに切り込まんと突撃する。攻撃される前に攻撃すれば良いとばかりに全力で打ち出した拳は―――されど振り下ろされた二刀により相殺され、停止した。


(――うそ……だろ!?)


 速度に体重、獣人の力を加えた拳だ。それを止めるなんて……想定が数段甘かった事を否応無しに理解させられる!

 激突の衝撃で両者ともに体が強張り固まる。先に硬直が解けたのはスレイだ。右の剣で威力の弱まった拳を滑る様に逸らすと、もう一方の剣を鋭く突き出す。


 ――首筋に剣先が迫る。


 やばい……!? 危険に本能が反応し、反射に任せ間一髪頭を反らしその突きを躱す。即座に飛び退き体勢を回復させた。


「……殺す気かてめぇ?」

「ふ、人聞きの悪い。なに、この場には回復魔術師も多くいる。聞いた話だが街には四肢の一つや二つ生やせる程の者もいるらしいからね? 例え首に穴が開こうともなんら問題は無いさ。」


「んな訳あるか……!!」


 俺も語り半分で腕を繋げた術師の話は聞いた事はある。だがその術師でも限界は有るだろうし、首と腕では大違いだ。というか……


 ………こいつ、()()()()のつもりかよ?


 どこか、知らぬ間に所詮試合だと緩んでた意識が冷え込んでいく。想定外、身体能力もその考えも想定の外を行っていた。


 ……解せない部分はある。ジンの調べではスレイに対人の記録は殆ど無く、その殆どが魔物との戦いに注がれていた筈だ。あっても小競り合い程度で、執拗に傷付ける様な癖も無い。家も騎士家庭で家族関係も良好、友人やギルド関係も同じくで、好き嫌いも少ない。少し傲慢に振る舞う悪癖以外は弱点の無い青年だった筈だ。

 ギルドメンバーや過去の知人からの聞き込みでは、兄貴にコンプレックスを感じてる節がみられるとの事だが、それが理由とは考えにくい。尊敬はしているようだし、ましてその兄貴の前で凶行に出るのは変な話だろう。……というか、


 (……ジンのやつ、こと細かく調べすぎじゃねえか?)


 ちょっと怖いくらいの調査力だ。調べるのに使える日数は少なかった筈なんだがな……? 他の選手の調査もしてたみたいだし……。

 ………ま、いいか。なんにせよ、食らっても毛皮で致命傷を凌げる、なんて甘い考えは浅はかに過ぎるだろう。右の拳がグッと痛む。チラリと目を向けると赤い跡が二筋走っていた。


「……ちょっと、厳しいか?」

「さあな? 試して見るといい!」


 思わずぼやくと鼻からふっと馬鹿にしたような笑いで返される。どうやらただ眺めてるのにも飽きたらしく、今度はスレイが先手を取らんと踏み込んだ。

 ―――濃密な殺意の圧力に思わず息を呑む。振り払う様に息を吐くと、迎え撃つ為に強く拳を握り込締めた。




 *




 瞬きも出来ぬ程の速度で拳と剣がぶつかり合う。主にスレイが息つく暇も許さない容赦ない連撃を放ち、それをバルクが防ぐといった流れが眼前の戦場で幾度となく繰り広げられている。


「……じり貧だな。」


 率直な感想だ。バルクも自信はあったみたいだが、始まってからここまで殆ど一方的な展開に陥っている。ここまで防衛出来てる時点で凄いが……正直勝ちを拾うのは難しいだろう。


 ――打開策なんてそれこそ“完全獣化”くらいしか思いあたらないが……。


(……それを悪手と言うのなら詰んでないか……?)


 体力にも魔力にも限界が有る。“部分獣化”の消耗が如何なものか知らないが―――この均衡は長くは続かない筈だ。


「アイリス、落ち着くですよ。」

「う、うむ。」


 どこかそわそわした気分で見ているとクズハさんがそっと頭に手を置いた。途端に気分が落ち着いて来る。どうやらそわそわした気持ちが態度に顕れていたらしい。

 クズハさんの方に振り向くと微笑ましい表情を向けられる。


「そんな心配しないです!」

「……済まない。だが、あれでは勝目などなさそうに見えるのだが……」


 窘められて少し恥ずかしく思いながらもそう言うと、額に指をぺしっとされた。


「むっ。」

「大丈夫です。頑固でしぶといのがバルクの強味ですので。」


 思わぬ衝撃に額を擦っていると、にっと笑みを浮かべてクズハさんは言う。


「……そんな、油汚れみたいに。」

「多分もっと頑固でしつこいです……!」


 随分酷い言い様だな? 間髪入れずにそう返されて思わずふっと笑ってしまう。ふと周りを見渡すと、アルシェは呑気に試合を眺めており、王子は何やら微笑ましげだ。ジンなんかは分厚いメモ帳?を広げながら真剣な表情で考え込んでいる。

 各々ともに一様だが、誰も心配した風は無い。今は居ないがジョンやイスト、委員長も心配せずに応援をする筈だ(ジャンク辺りは心配しそうだが)。


 ……そうだな、あいつは油汚れよりはしぶといやつだよ。なら、心配するだけ無駄なんだろう。


 本人が聞いたら文句を言われそうな事を考え笑みを浮かべる。どこか心が軽くなった気がした。勝てる様に応援するし、負けたら慰める。外野に出来るのはそれだけだ。なら、俺も暖かく迎える為に気を落ち着けて観戦を楽しむとしようか。




 *




 振り下ろされた剣と獣の獣爪が音を立て鍔迫り合う。


 幾度となく繰り返された光景の焼き増しではある。だが、前半までとはぶつかる力の桁が違った。普遍的な金属程度なら抵抗なく曲げる程の、まるで重機を思わせる程の強大な力がぶつかり合い、その代償を押し付けられるかの様に大地が足の形に沈み込む。


 激突の衝撃は互角、だが鍔迫る力だけは剣より獣腕の方が上を行っている。弾き追撃する獣爪に合わせスレイはもう片方の剣を叩き付けた。


「誇り高き虎王 その双牙をひらめかせろ《虎王双牙(タイガーファング)》」


 そんなもの知るかとばかりにバルクの獣爪が更に強靭さを増し、剣を押し退け双腕の連撃を叩き込む!


「力業か、悪くない。ではこちらも《圧し風(ウィンドブレイク)》」

「なっ!? くっ……!」


 予測していたのか、即座に発動された風魔術を剣に載せると、天災の力の籠った暴風の剣で双爪を押し退ける。

 力負け、状況が悪いと見てバルクは力を抜くと、剣風に乗って跳び退く。


 ―――逃がさないとばかりにスレイが追った。コートの裾を閃かせながら強く踏み込み、剃刀の刃の如き鋭い剣線をバルクに解き放つ。


「《風迅雨》」


「ちっ――!? はえぇ――……!!」

 

 連撃だ。視認すら困難な剣線の雨が迫る。それを下がりながらも腕で防ぎ耐え偲ぶ。フェイント含めぎりぎりのところで凌げているが、それはバルクが巧いと言うよりはスレイが前進しながら攻めてるせいで狙いが限られてる為だろう。


 ―――こりゃ、ちっとばかり不味いか……!?


 対処出来てるとはいえ限界は近い……腕に段々と傷が増え、毛皮が赤く染まった―――何より下がり続ける背に観客と選手を仕分ける壁が刻一刻と迫り来ている!


「もやは油断など塵程もない、覚悟するんだな。」


「ぐ、、はっ! もう、勝った気、かよ! それで、油断して、ねえとか……! てめぇは馬鹿か?」


 壁際に追い詰めながら放った言葉に舌を出して答えると、分かりやすい程に表情を歪めた。

 

「……どうやら手加減は不要らしい。死しても文句はないな?」

「ず~っと、上からの物言いじゃねえか……――いい加減、嘗めてんじゃねぇぞ……?」


 剣速が更に上がる。一気に押され、遂に背が壁に着く。


「……お前は何の為に勝利に拘るんだ? 無理をしても結果は変わるまい?」

「決めつけんな! 単に、守れれるだけ強く成りたいってだけだ―――!!」


「――――っ!」


 足を止め放つ体重の乗った連撃を、いっそ全身を壁に貼り付ける事で凌ぐ。壁に爪を突き立て引き、壁沿いを滑る様にして追撃を躱した。


「ちょこまかと!」


 更に追って放たれた突きを壁を軸に回転して避け、壁に突き立てる。

 突き、躱し、斬り、避ける。それを何度か繰り返すうちにスレイの動きに乱れが生じた。その一瞬の隙を見逃さず両爪を壁に刺し、木を登る猫の様に四足歩行で壁を横に駆け回る。


「ちっ、トカゲか貴様……!!」


 遂にバルクを追いきれなくなり、剣は何もない空を掻いた。スレイは苛立たしげに悪態を付く。


「はっ! さんざん見て分からねえのか? ―――俺は虎だ……!!」


 剣の雨から辛くも抜けたバルクは、壁に張り付いたまま会場の反対まで移動し、地面に降り立つ。深く呼吸を整え―――スレイに向け()()()()()()()力強く駆け出した!


「始祖たる虎王よ 力を《部分獣化―――」


 正に獣の如く有り様で地を駆る。利点は有るのだろう、剣士は間合いの関係で低い位置の対応が難しい。だがそんな事は慣れっこであるとばかりにスレイは剣を弓なりに構え―――風が剣に渦巻いた。


「獣に還ったか。ならば慈悲だ、狩り取ってやろう……!!《白砂風―――」


 瞬く間に両者の距離が消えていく。間合いに入ったかバルクが力を解放し、飛び込んだ!

 迎えるのはスレイの二刀だ。冷静にタイミングを捉えると風を纏った剣を叩き付ける!


「――《蘭風》」

「――《(あぎと)!》」


 触れるだけで身を蝕む程の暴風を纏う二刀が同時に振り下ろされる。如何に獣化が強靭であろうとも防ぐ事は敵わないと直感させる一撃だ。

 そんな必殺の一撃にバルクは―――()()()()()


「な、に――!?」


 突撃の威力に追われ地を滑る。


 肉食の動物で一番強力な攻撃は噛み付きだ。始祖の力を引き出した獣化のそれが弱い筈もなく。獣の、噛み付きに特化した凶悪な顎が、纏う風を噛み砕き、剣の腹を喰い留める。

 あろうことかもう一方の剣も防がれた剣に妨害されてしまい、スレイの必殺の一撃は多少の掠り傷を残すに終わった。


 攻撃はそれだけに終わらない、強大な咬合力に屈し………剣がへし折れる。


「―――しまっ……!?」


 急に圧力から解放され、さすがのスレイといえど前屈みに倒れ込む。―――当然そこはバルクの縄張りだ。


「―――」

「偉大なる虎王よ ありったけだ 力を寄越しやがれ!」


 左腕が一層膨れ上がる。力を籠めすぎたか疲労の為か、どこかゆっくりと手を伸ばす。掌がスレイの風の障壁の上から胴体を捉え―――


「《|虎王の掌底《タイガースタンプぅぅああ!!!》》」


 ―――吹き飛ばす!!


 スレイは会場の壁面に、轟音と共にぶち当たる。砂埃が巻き起こり姿を隠した。瓦礫の崩れる音が鳴り止み、静寂が舞台を包み込む。

 バルクも体力の限界かうつ伏せに倒れ、それでも警戒心を露に砂煙を睨み付ける。


 ………煙が晴れる。剣を持った男の姿が表れ……――糸の切れたかのように力無く倒れ込んだ。


 バルクがなんとか立ち上がるも起きて来る気配はない。どうやら完全に気絶しているらしい。



『………スレイ選手起きてこない!?!? ………―――決着だ~~!!! 激闘を制し、勝利をもぎ取ったのは~~………バルク選手~~~!!!! 見事な立ち回りで辛くも勝利を掴み取りました!』


 アンサムの宣言で、堰を切ったかのような万雷の拍手が鳴り響く。

 緊張が解けたのかバルクは頬を緩めると、喜びに拳を振り上げた!


 準決勝第一試合、勝者バルク!!




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