砂かぶり
剣と拳の交わりが二度三度と繰り返され、一進一退の様相が織り成される。
段々とスレイの剣技に身体が慣れて来た。余分な力を最適化し対処に猶予が生まれ始める。
……反撃に移れるか? 機が熟したと見て隙を窺い剣を弾く――その寸前、剣撃が鉛の如く重さを増した……!?
「―――っ!?」
衝撃に圧され――足が浮く。そんな隙を逃す筈もなし、追撃の一撃が落とされた。
「く、そ……!!」
獣化の及ばない胴体に向けて正確な斬撃が向かう、魔力で多少強化されてるとはいえ生身では凶刃を受けるなんて不可能だ。
……そんな致命の一撃を―――間一髪、蹴り上げる……!!
幸運なことにその斬撃には十分な力が籠められていた様で、その蹴りを起点に跳び退り距離を開く。
追撃を恐れ、急ぎ体勢を直すがスレイはどういう訳かその場から動かない。
「残念。いや、身軽だね。君、軽業師の才能があるんじゃない?」
「……ちっ、余裕ぶりやがって、てめぇ……!!」
態々両腕を広げ肩を竦めて見せる相手のふざけた態度に頭に血が上る。
――ぶっっ飛ばしてやらあ……!
足先に力を込めると、敵の胴体目掛けて一直線に跳ね駆ける―――!!
「勇猛な虎王よ その諸相を伝えたたまへ “獲物狩り”―――」
左腕を広げ、鋭い鉤爪を閃かせると―――更に加速! 距離を消し飛ばすと一息で懐まで飛び込んだ!
相手に油断もあったのだろう、だがここまで入り込めば剣での防御は間に合わないぜ……? 口角を上げ、必殺の意思を込め虎爪を抉り込む様に凪払う!!
「“逃げるに能わず”《虎王の狩手――!?」
「《離間》」
攻撃が当たる―――その瞬間目の前から敵が消えた。全力の一撃は空を切り、前のめりな無防備な隙を晒してしまう。
体勢を崩し、驚愕に引き伸ばされた意識の中でスレイの姿が目に映る。
――スレイは俺の側面に陣取り、無防備な背中に向け今まさに剣を振り下ろさんとするところだった。
「―――」
「御し易い。ただ闇雲に向かってくる獣など幾度となく相手をしてきたぞ?」
剣が落ちる。熟達した剣士による唐竹割り、それはまるで断頭台のギロチンの様に無慈悲な凶刃、無闇な行動の責を思わせた。
必殺の二刀が揃い迫り………―――背に回された右腕に防がれる。
「な……!?」
「残念だったな………!!!」
避けられた左腕を勢いのまま振り抜く! そして剣を受けた右腕を支点に捻転、鉤爪を帯びた右足を|振り上げた!!
「“虎王の狩りを知れ!”《虎王の狩脚》」
「――ちぃ……!!」
無茶な攻め筋だ、重心なんて滅茶苦茶で後先を全く考えもしない背水の一撃。無論外したら終わりだが……――ここまでは想定内だ。お前の弱点は傲ること、ここからの反撃なんて想像してなかっただろ? 余力を残すなんてしてない、両手で剣を振り下ろし切った間際では避けようなんて無駄だぜ――?
引き裂くような虎足の一撃が胴体を捉える。スレイはもろに喰らい衝撃に足が浮くと、たたらを踏み地面に手を付いた。
「ぐ、くぅ……!?」
「ぐっ、げぶっ……!?」
スレイはダメージがでかいのか蹲る。追撃のまたとないチャンスなのだが俺自身も無理な体勢が祟り顔面から地に擦り付けられてしまう。追撃をしようと急ぎ転がり起き上がる。
だが―――少しばかり遅かったらしい。
―――弱るどころか爛々とした瞳を湛えている。怒り、いや真剣になったと言った方が良いか。正に戦記揚々といった様子、残念な事に元気一杯だ。……こいつはどうも痛み分けっぽいな。
「服の中に鎧でも着込んでんのかてめぇ……。どうだ、数秒はとっくに過ぎたぜ?」
「ぐ……そのようだ。だが、砂にまみれるのはそちらだったらしい。砂遊びが好きなら森より荒野の方が合うんじゃないか?」
「るせぇ。」
……痛いとこ付くなこいつ? 言われりゃ砂まみれ泥まみれは日常だわ。……俺としてはもっと、こう、かっこよくやりたいもんなんだが……はあ、考えてもしゃあねぇ。結局俺は根性で噛み付く方が性にあってんだよ。
「安く見ていた――ここからは本気でいこう……!『風障鎧』」
風が吹き荒れる。スレイの全身に渦巻き、半透明の鎧を形成した。
障壁系統の上位魔術、身体能力すら上昇させるスレイの十八番。つまり――ここからが本番だ。……あれを使う前に倒せたら理想だったんだが仕方ない。剣技には十分慣れたしダメージは軽微、前哨戦はまずまずか。
――はっ、好都合だぜ。てめぇは強い、ならそれを越える事で俺が強くなる為の踏み台にさせて貰う……!!
「……同感だ《部分獣化“半獣”》――こっちも本気で行くぞ?」
獣化の深度を上げる。より広く、より強く、その上でより動き易い比率に強化度を調整する。足は柔軟に、胴体は強固に、そして腕や爪は強靭に、過去にいたとされる獣神を目指し身体を昇華させる。
左手を前に右手を顔の横に添え、半身にな構える。合わせたようにスレイも剣を持ち直し、右前に構えた。
どちらも相手を警戒してか静寂が生まれる。ジリジリとした緊張が精神を削り……――計ったの如く同時に駆け出した―――!
*
―――無様だ。
侮りが過ぎる。追い詰められた獣を前に気を緩め一撃を貰う等、秘境では命に関わる失態だ。
私は何をしているんだ? 他ならぬ兄の見る前で。
胸に受けたダメージ以上に悔しさと不甲斐なさで蹲る。無意識に剣を強く握り締め手が白くなった。
俺の兄さんは天才だ。
齢二十八にも関わらず、栄えある第三騎士団で副団長。そんな齢で副団長を勤めるなんてそう出来るものではない。歌う騎士団、興行騎士の別名から他より弱く見られる事の多い騎士団ではあるが、その実力は確かだ。
魔物災害や天災現場に派遣され、救うだけではなく笑顔と安らぎを齎す騎士団、それが弱いなんて筈がない。
―――兄は俺の憧れで目標だ。………だけど、少し大き過ぎる。
俺が学園に行ってる間に兄は見習いから騎士に成った。俺が学年を上げる時兄は人を救っていた。そして俺が卒業する時には副団長だ。
追い付けないと、勝てないと思うのは無理もないだろう?
それなのに、凄いのは兄なのに俺への期待だけは膨れていく。
それが耐えきれなくなり逃げ出した。それでも憧れは抜けなくて、だからギルドに入って探索者になった。
ギルドに入って四年、がむしゃらに足掻き、我が事ながら強くなったと思う。
ある時、大会の話を聞いて、そこに兄が来ると聞いて出ることにした。……子供染みた事であるが認められて、頑張ったと言って貰いたかったんだ。
それなのに―――
「良いとこまでは行けると思う。でも優勝は無理だね。ららら~♪」
「え――?」
久々に会った兄は、何でもない様にそう言った。
聞き違いかと耳を疑った。調べた限り参加者の殆どは無名、良くて研究者崩れでは大したことはないだろう。それなのに事実は変わらない。兄と別れてからも悩み、考えて、侮られてるんだと理解した。
……悔しい、探索者が騎士と比べて劣って見られるのは知っている。だけどたった四年、その努力が劣ってるなんて考えたくはない……!
だから―――
「全力で行く。死なないでくれよ?」
―――雪辱は晴らさないといけない。今までの成果をより鮮明に叩き付ける必要がある……――故に手抜かりを捨てよう。
私の剣は魔物狩りの剣。殺すのが本領故、君には悪いが死んでも文句は言わないでくれよ?




