お茶会
何もない真っ暗闇の中をゆらゆら漂っている。
まるで水の中に沈んでるような感覚だ。心地好い優しい水に身体を包まれて安らかな気分にさせてくれる。
例えるなら胎児だろうか。もし産まれ来る前にこんなに心地好い所に居たとしたなら、産まれ出た時の泣きわめくのも頷ける。あれは嘆いていたのだ。産まれ来てしまった事を。
こんな酷い話があるだろうか、誕生は祝福するべきものだというのに当人へ最初に与えるのは嘆きだけなのだから。
意識が浮上するのが分かる。動くのが億劫な程の気だるさが身体を包んでいた。
?俺は何をしていたんだ……?思い出せ無い。けど一つだけ判るのは――
「すごく楽しかった……。」
「起きて最初の言葉がそれかよお嬢……。おはようさん。」
近くからの声に頭を上げると、見覚えのある訓練所で毛布に包まれて寝転がっていた。
「……そういわれてもな、状況が飲み込めていない。何があったんだ?」
なんで寝てたのか全く記憶に無い、不意打ちでもされたのか?
……なんか付近の地面がすり鉢状に抉れてつやつやしてるし……襲撃でもあったの……?
「覚えてねぇのかい?」
バエルは穴を埋める手を止めて驚いた声を出す。
所感だが心底驚いたというか疲れた風な感じがした。
「ああ、情けない事に記憶に無いらしい。……確か魔宝玉を触る所までは憶えてるのだがその先は曖昧だ……周りの様子から察するに爆発でもしたのか?」
「……嘘って訳じゃ無さそうだな。そうか……。
いや悪い悪い! お嬢は魔力酔いをしたんだよ!」
バエルは誤魔化すように声のトーンを上げた。
「ふむ。魔力酔い、とは?」
「魔力に慣れてないやつがたまに成る症状でよ。急な魔力に身体がついて行かなくて熱出して倒れたりするんだ。
そうそうなる症状じゃ無いんだがお嬢は魔力が多いみたいでな、おれも焦ったぜ……なんせ聞いたことはあっても見るのは始めてだったからよ!
そうそう障害が出たりはしない筈だがなにせ経験が無いんでな、どこか不調は無いか?」
なるほど? お酒では無いが急性アルコール中毒みたいな感じかな?
特に体調に悪い所は無いが……しいて言うなら少しだるいくらいか。
てかなんか先生ちょっと早口だな。もしかして酔っぱらってなんかやらかしたのか?俺……。てか魔力酔いと地面が溶ける事に関連性はあるの?
「不調は無いが……。なんか誤魔化して――」
「よおーし!身体に異常が無い様でよかったぜ!なんせ医者の真似なんざおれには出来なねぇかんな! 似合わないなんてもんじゃねぇぜ!お医者様やってる自分を想像しただけで背中が痒くなるってもんだ!!」
俺の話を遮って、先生はものすごい勢いで捲し立てる。
「お、おう??」
なんだなんだ?いったい全体どうしたってんだ??先生のテンションがバグッてんだけど……。
「まあバエルが医者をしてるのは確かに想像し難いが……それよりもだ、私が気を――」
「へへっ!お嬢もやっぱそう思うかい? まあ似合わないついでだ。これは曲りなりにも指導を任された者として言葉だがな。」
おちゃらけた雰囲気を一変してキリッと真剣な顔に成る。
……温度差はげしいよ!?
「魔力酔いしたあとってのはな、自己防衛の為に魔力が使いにくく成るんだが……。
その間無理に魔力を使おうとするんじゃねぇぞ? 下手したらまた倒れかねねぇかんな! 訓練したばっかで使いたく成る気持ちはちぃと分かるがこればっかりは諦めてぐっと堪えてくんな。
……そいや訓練でやった内容はどこまで覚えてるんだ?」
……なるほど危険なのか。確かに地面が熔ける位だからな……。言われなかったら後で試す所だったよ。てか訓練の内容? えーと魔力を使ったやつだよな……? あー少し思い出して来たぞ。
「ああ、いま思い出した。平たく言うと魔力の活性化と維持だよな? どのくらいの間気を付けて置けばいいのだ?」
「それだ。確か半日程度で良い筈だが念のため明日の訓練までは使おうとしないでくれよ?」
明日までか……倒れるらしいし仕方ないんだろうがせっかく魔力なんてものに触れれたのにお預けはな……。あれ?
「そういえばあの時先生に奇襲されたような……。」
「さあ!訓練の続きだ!今日やる予定だった事を詳しく説明するから聞いてくれ!明日の予習だ! あとは軽く模擬戦だな!本人が気付かない不調があってもそれで分かるだろ!!」
…………やっぱなんか誤魔化してないか?
* * *
「それで、どうなされたのですか?」
「ああ、それで訓練でやるはずだった事の説明を受けてから軽い模擬戦をしていた。それが済んだ頃にお前が来たといった具合だな。」
時は少し立ち、俺は今王子と共に城の中庭の庭園でお茶を嗜んで居た。所謂お茶会というものだ。
てっきり王子は今日一日中準備があると思っていたのだが、一段落付けたらしく訓練所でバエルと護衛を交代した。
それから王子の提案でのお茶会と相成り、俺は今日の出来事をお茶の肴に提供しているところだ。
……お茶会の作法が分からず話で誤魔化しているともいう。
「そうでしたか《魔装術》を。魔力酔いに陥ったのは残念でしたが、それはアイリス様の魔力量が膨大故のもの。使いこなせればそれはとても大きな力と成るでしょう。」
「ほう? ……それは貴様やバエルに勝てる程か?」
「ええ、確実に。」
む……少し意地悪な質問をしたつもりがそんなすんなり肯定されると、少々罪悪感があるな……。
にしても確実に、と来たか。
「それは随分評価されたものだが……そこまで言い切るのは何故だ?」
「単純に魔力量の差ですね。バエルから少し聞いたところ。アイリス様の魔力総量は私の十倍は下らないそうですので、駆使されたなら勝つのは相当困難でしょう。」
当たり前のように涼しい顔でジョセフはそう言った。
なるほど魔力量か、先生から聞いたのならそれは事実なのかも知れないな。……使いこなせればの話だが。
俺は最初の一歩ですらつまづいてるんだぞ?主に魔力酔いからの気絶で。習得するのは一体いつになるやら……。
「ほう? で、それにはどのくらい時間が掛かるんだ?」
「さあ? 一般的には三十年必要とされてますが、努力とセンス次第では二、三年で出来るので。そこはアイリス様次第でしょう。」
ふむ、魔族来るのって一年後じゃなかったか? つまりどうやっても間に合わなくね?それ。……いや俺は最前線には出ない予定だし良いんだけどさ……なんか負けた気がする……。
……まあいいさ、とりあえずそれは置いとこう。
ちょうど王子を参考にお茶会のマナーも分かってきたし、喋り疲れた。用意されたお茶でもゆっくり嗜んで休憩しようか。
……マナーか……。そういや俺もうすぐ学園に行くんだけど、マナーとかあるのかな? 流石にそれすら知らず私様キャラを続けるのはキツイよな……。
俺は現状魔法も勉強もダメダメだし、そんなやつが権力に胡座かいて偉そうにしてるとか、ただの踏み台の悪役じゃんか……。
「……ところでだ。私が学園に行く事は聞いてるか?」
「! ええ!私も護衛として身を入学する手筈に成ってます!」
……めちゃくちゃ嬉しそうだな、王子。この様子からしてマリアンナが言ってた事は事実みたいだ。
「……そうか、なら話が早い。私は現状魔法も、この国の知識も無い。……それで大丈夫なのか? というか学園や一般市民には私の事はなんと伝わってるのだ?」
おずおずと聞くと、王子は悩む素振りもなくすんなりと答えた。
「はい。まず魔法についてですが、学ぶ為に行くのですから使えなくても問題ありません。勉強についてはほぼ免除状態ですね。好きな授業に出るも出ないも自由にさせるよう、既に教員に連絡を入れたそうです。」
「ふむ。では生徒にはなんと?」
「特には何も伝わって無い筈です。中には親にアイリス様の事を聞かされた者も居るでしょうが大半は一生徒としか見ないでしょう。」
そうか、そうなると俺は市民には隠匿されてるのか?……なんでだ? 死んでもばれない様にとか……?
……まあ、聞いてみるか。
「では私の事。救世主?についてはどのくらいの人が知ってるのだ? 国全体でだ。」
「救世主ですか……? ああ、バエルのやつですか。そう呼ぶ人も居ますが、一般的には邪悪から世界を救う勇者として神話や童話等で広く知られています。
ですが、アイリス様がそれと知るのは一握りですね。理由としては保護しやすくするのと民の不安を煽らない為と聞いてます。」
最初迷った様子だったが、思い当たってからはすらすらと話した。……嘘付いてる様子は無いか。
「そうか、ふむ……。」
道理は通ってる。のかな? 邪悪とやら(多分魔族)が出てくる前に勇者誕生を告げたとしたら、邪悪への恐怖で犯罪をする者が増えたり。邪悪が来るのは勇者のせいと逆恨みを買い兼ねないのかも?
逆に邪悪が表れてから勇者の存在を公表すればそういう輩も少しは減るのだろう。
少しほっとした。殆ど知る人が居ないならここよりは気楽に過ごせそうだ。
まあ、馴染むのなら少しは勉強をしないといけないな。けどやりたいだけで良いなら苦は少ないし、わからないとこは王子に聞けば良いから気楽にやろう。
「そういえば王子は魔法をどのくらい使えるのだ? それに勉学は出来るのか? 全く出来ないでは王族として面目が立つまいに?」
一応聞いてはみたが、学園の平均年齢からして王子は年長なんだからどっちも出来ない訳がないだろう。学園には貴族の子息も多いだろうし面子もある。
でも勉学に達者な王子とか想像し難いんだよな……。
「ご心配有難う御座いますアイリス様。ですが杞憂かと、私は幼少のみぎりから王族として教育を受けていますから。魔法についても同様です。」
淀み無くそれが当然とばかりに王子は言う。
「それは良かった。いや心配したのではないが……護衛が頼りに成りそうで結構だよ。」
勉学出来るなら良かった。なんかたまに忘れ掛けるけどやっぱ王子は王族なんだよな~。
てか勉強を聞けるのは良いが、王族に護衛されるやつに学友とか無理じゃないか? 俺なら話掛けんぞそんなやばい奴に。
親友以外で初めて友達が出来ると思ったのだがな……ちょっと残念だ……。
……いや、諦めるのはまだ早いんじゃないか? ようは落ちこぼれ無い程度に勉強出来れば良い。
王子と一緒だとそれでも厳しかろうが、王子に護衛されてる勉強ダメダメな偉そうなやつよりは若干ましだろう、多分、恐らく……。なら――
「頼りなるついでだが……私に勉学を教えてみないか?」
どうせ後で教えて貰うんだし今から聞いても構わないだろう。
俺はそう言うと優雅を装ってお茶を口にした。
王子は思いもしない事を言われたからか、すっとんきょうな顔を浮かべ、苦笑しながらも了承する。
それからお茶会は勉強会に様変わりした。
それじゃあまず、気になってたんだがお茶会の茶がほうじ茶なのは何故とか聞いたら駄目だろうか……? 食事の時は紅茶だったのに……何気なく飲んで違和感しか無かったんだが……。
***
「流石勇者と言うべきか、異常な魔力よ。」
報告書を見終え王が呟くと、顔を上げ報告書を持ってきた男を面白げに見やる。
「して、お前から見て勇者はどうだった?」
声を掛けられた男。バエルは、王の問いに親しげな様子で返した。
「おうヨゼフ!あれはバケモンだぜ? 暴走した時はおれも遂に死ぬかと思った程だ!」
言葉と違いバエルは楽しげに見える。口は悪いが世話好きの男だ。どうやら自分の教え子の才能が嬉しいらしい。
「お前がそれほどまでに言うか。流石は勇者だ。我が国の将来は明るいな。」
「よくいうぜこの勇者信奉者!戦わせる気が無いくせしてよ!」
勇者の感想を聞いて喜ぶ王にバエルがからかい混じりに返す。
誰かがこの様子を見たら無礼だと怒るだろうが王は笑って流すのみであり、その姿からは二人の主従を越えた友誼が見て取れた。
「むう、信奉するのも無理あるまい? 爺様の代からの悲願なのだからな。それに強いといっても他国の少女に護国の為とはいえ戦わせるのは国主として気が引けるのだ。」
「わーってるよ、そんなの。ただの指導を押し付けられた男の愚痴だっての!」
「嫌なのか?」
声色に含むものは無いが、王は長年の付き合いからバエルが不満を隠してるのを察する。
――ふむ、余が知る限りこやつは後人の育成を面倒と思う男では無いのだが。何かあったのか?
「嫌じゃねぇよ。そうじゃなくて押し付けられた事についての愚痴だよ!」
「お主は自分から引き受けたと聞いたが?」
「それで済ませる気か? ヨゼフ、お前の差し金だろ?」
「なんのことやら。考えすぎでは無いかバエル?」
惚ける王にバエルが詰め寄った。
「惚けんなよ!おれが昨日鍛練してたのも、任されておれが引き受けるのも計算の内だろう? ここ数日のおれの業務が融通が効きやすいやつになってたのがその証拠だ!」
――バレていたか。まあバエルとは付き合いが長いので遅かれ早かれといった感じだが……。
「まあそうだな、お前の言うとおりだ。お前なら勇者を任せられると思い師匠役をあてがった。他の者では死にかねない故な。
先に話を通さなかったのは命令されて教えるよりも、成り行きの方が信頼を得れると思ったからだ。利用して済まなかったなバエルよ。」
友人を利用したのがバレて少々心が痛いが、勇者自身にも自衛の為の戦闘力は必要だ。現状、敵が魔族だけとは言い切れないのだから。
「やっぱな。……この程度で怒んねぇよ、確認しないとむず痒かっただけだ! むしろもっと頼ってくれていいんだぜ? これから一年近く離れるんだからよ? むしろお前を守れない事のが心配なくらいだ。」
バエル……。
「……余の代わりに国の未来を頼んだぞ、友よ。」
「! 当たり前だ親友! 一年間病気とかすんなよな?」
「努力しよう。」
ああ、改めて実感したぞ。お前程に頼れる存在は無いとな……。
「ところでよ、救い主様が戦闘訓練をしたがらなかったらどうするつもりだったんだ?」
「ふむ。剣や魔法を使った殺陣や大道芸、加護で身体能力向上等を利用して言いくるめる腹積りだったが? それが無理でも言いくるめる手は幾らでもある。ジョセフを側に付けたのもその一貫よ。」
「……流石だぜヨゼフ……。」
国主なのだからそのくらいしなければな。
 




