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國取り勇者  作者: 朝方
地の矜持
78/101

閑話 バレンタイン

ホワイトデーなので閑話です。




「頼みがある?」


 とある日の朝、珍しくバルクがひとりで屋敷まで訪ねて来た。大会が終わってからはバエルの訓練も終わり、足を運ぶ事はそうなかったのだが……?


「ああ。……アイリスはバレンタインって知ってるか?」

「バレンタイン……? 名前位は知ってるが……。」


 女子が好きな人にチョコを渡す日……だよな? この世界にもあったのか……はっ!もしかして俺から欲しいとか? んな訳ないか。


「そう、平たく言えば仲良い相手に感謝の気持ちを込めてお菓子を贈る日の事だぜ。」

「そうなのか……それで、何の用なんだ?」


 どうやら知ってるのと少し違うらしい。だが、それはそれとしてどうしたんだ?


「いや、その……いざ言うとなるとなんか、恥ずかしいが……。」

「なんだ、どもるな! ちょっとキモいぞ!?」


 こいつ……本気で何の用だよ!? まさか本当に俺からのお菓子が欲しいとかじゃ無いだろうな!?? 罰ゲームか何かか???!


「キモって……うぅ、こほん。じゃあ……言うぞ!!」

「! お、おう??」


 何だよ、深呼吸すんな、顔を赤らめるな! が、ガチっぽいじゃんか!? ああもう!居心地が悪い。心なしか誰かから見られてる気すらしてきて座りが悪いぞ!? 止めてくれマジで……。


「頼みたいのは他でもない――――俺に女性にあげるお菓子選びのアドバイスをしてくれないか……!」

「――っ!?」


 言うが早いか土下座する勢いで頭を下げる。


 ………


「――その位スッと言え!! このアホ!!」

「痛ぇ!?」


 とりあえず手頃の高さあったので頭を蹴っ飛ばした。




 *




「……なんか、ここに来ると蹴られる事多くないか?」

「そう思うなら次から気を付けてくれないか?」


 痛みで涙目の顔にジト目を向ける。すると疑問符でも付いてそうな表情で返された。……もう一発蹴っとくか?


「お、おう!気を付ける! だからその引いた足は戻してくれ、な!!?」

「わかった。だから、もう少しだけ頭を下げてくれないか?」

「――わかってない!? 俺の頭は足おきじゃねぇんだよ! 止めてくれ!!」


 ……むぅ、仕方ない。しぶしぶと足を戻す。


「――ふむ、喜ばれるお菓子といってもな。私はここに来て日が浅い、良いアドバイスなんか出来ないぞ?」

「何事もなく話を続けるんだな……? まあ、良いんだけどよ……。それで良いぜ、なんでもいいからあいつと同じくらいの女性から意見が欲しいんだ。ジャンクのやつにも聞いたんだが便りにならなくてよ……。」


 おもむろに蹴飛ばしてみるか? いや、流石に止めとくか。ふむ、例によってクズハさん関係だろうが……俺元男だし、もっと言えば年上なんだよな~……。


「それでも良いなら……そうだな、手作りチョコとかか?」


 まあ、バレンタインだし。


「チョコ? ……しかも手作りか? 俺は菓子作りなんか出来ないぞ?」


 ……そりゃそうだろうな。


「なんでもいいって言っただろう? 脳裏に浮かんだのを言ったまでだ。」

「う~ん、それはそうなんだろうが……やるにしてもそんなの今日中には無理じゃねぇか?」

「ふむ。」


 レシピ調べて調理器具揃えて食える物を作り渡す……ちょっと難しそうだな……。溶かして形変えるだけなら行けそうだが、そもそも板チョコとかあるのか? というか、味変わらないなら手作りにする意味合い薄くない?


「――調理する場所位なら貸し出せると思いますよ?」


 ふたりして悩んでると、見かねたのかメイドのひとりが助け船を出してくれた。


「え! 良いんですか!?」

「ええ、アイリス様のご友人でしたら料理長も快く貸し出してくれる筈です。とても気さくな方ですし、私どもにも好くしてくれるんです。お菓子についても詳しいので頼るのもよろしいかと!」


「ほう? それは良いな。ちょうど手詰まって居たところだ。ありがとうメルさん、助かった。」

「おお!恩に着るぜ!」

「いえいえそんな! 一助になれたなら幸いです!」


 お礼を言うと、メルさんは手をぱたぱたさせて恐縮する。


「じゃ、早速向かおうぜ!」

「ああ、善は急げと言うからな。」


 浮き足立つバルクに急かされて早足で調理室に向かった。……うん?てか俺まで行く必要なくないか……? ……まあ、乗り掛かった船というしな。こうなりゃ最後まで付き合うか!




 *




「チョコ、ですか? はい、確かにここの調理器具で作れはしますが……ええと、チョコにも種類がございます。まずはどういった物をご所望でしょうか?」

「女性への贈り物に向くものとの事だ。難いか?」


 聞くと料理長は考えるように俯く。確か料理長は既婚者だった筈だ。俺より千倍はまともな考えをしてくれるだろう。


「でしたら……『ガナッシュ』とかどうでしょうか? 口当たりがよく女性に人気と聞きます。また、手作りするのにも手頃かと。」


 『ガナッシュ』……って、生チョコだっけ?


「おお! それで頼む!!」

「畏まりました。……ですが、あいにくと材料の持ち合わせが御座いません。」

「それは買ってこよう。悪いが材料のメモを頼めるか?」


「すぐにご用意いたします。」


 よし、これでひとまず目処が立ったな!




 *




 街の繁華街を歩く、向かう先はクック商店だ。バルク曰く食品を探すならあそこ一択だなんだそう。


「あれ、アイリスさん? バルクも。」


 店に入ると声をすぐに掛けられる。よく聞き知った声、目を向けるとふたりの同級生の姿があった。


「ん? ジョンか。イストも。……お前達いつも一緒に居ないか?」

「よ、奇遇だな!」

「うん~奇遇だね~。」


 いつものふたりだ。もはやセットな感があるな。


「あはは、そうでもないよ。そっちは珍しいふたりだね、もしや逢い引きかい?」

「違う。」「んな訳無いだろ……?」


 こいつ、どうせ分かってて言ってるだろ……? 人聞き悪いから止めてくれ。


「なんでも今日がバレンタインだと聞いてな、偶然会ったこいつを案内に街に出て来たところだ。」

「――!? あ、ああ。そうだぜ!」


「そうなんだね~。なら~店に今日だけのおすすめが出てるよ~!」

「ほう?」


 それはちょっと気になるな。後で顔出して見るか。

 ちなみに今回は俺もお金を持ってきている。毎度マリアンナに頼るのは流石に悪いと、財布として巾着袋を用意してもらったのだ。


「そうだ。お前達はバレンタイン何かするのか? 私は今まで縁がなかったからな、意見を聞きたいのだが。」


 イストはこの商店のお坊っちゃまだし、ついでだし参考程度に聞いてみるかな。


「バレンタイン~? ん~稼ぎ時って感じかな~。店の手伝いしてるよ~。」


 ……そ、そうか。


「僕は知り合いにとりあえず贈り物贈る日って印象かな? ほら、これでも一応貴族だしね。」


 年賀状感覚? てかジョンって貴族だったっけ?


「そうだよ! まあ、バレンタインなんてお菓子を庶民に浸透させようと流布したのが元なんだし、そこそこの適当でいいんだよ。」

「夢が無いな……。」


 俺達はがんばって用意しようとしてるんだが? 流石に分かって言って無いよな?


「ごめんごめん。ただ、昔は敵対貴族の“手の込んだ”贈り物が多かったらしくて。いい印象が無いんだよね。」


 “手の込んだ”?随分含み有るが………もしかして()()とかか? うわぁ、ほんとに有るんだな、そういうの……。


「……大変だな。」

「あはは、昔の話だよ。今は全く無いから! でも、先人の知恵と言うか、子供の頃に警戒はしないとってよく言い聞かされたんだよね……。」


 貴族の性だろうな、気を付けないでころりとか洒落になら無いし……。食欲減ったんだが?


「ごめん変なこと言った。じゃあねふたりとも! 僕たちはこの辺で。」

「いや、聞いたのは私だ。参考にはなった。」

「そう? それなら良かったよ。」


 正直こっち来て一度も毒とか気にしたことも無かったなぁ。




 *




 ふたりと別れ、気を取り直し材料を探す。便利な事にお菓子の材料のコーナーがあり、見たところ大体の物はここにありそうだ。


「アイリスちゃん? あれ、バルク君も。」

「……この展開さっきもあった気が……? まあいい、奇遇だな委員長。」

「よ、よう!」


 特徴的な丸い耳と尻尾を揺らして委員長が棚の陰から姿を表す。

 立て続け友人に会ったせいかバルクが動揺してるな ? そりゃそうか、一応こっそりやってるっぽいのにバンバン知り合いとあったらそうもなる。


 気持ちは分かると軽く頷く。因みにメインのクズハさんはアルシェの家に遊びに行っているらしく会う心配は無いそうな。


「? 偶然だね。お買い物?」

「そうだ。ちょっとお菓子の材料をな。」

「お、お、おう!そうだぜ!」


 どもるなどもるな。


「そうなんだ! 一緒だね、私も何か簡単な物を作りたくて来たんだよ! ほら、今日はバレンタイン?だっていうし!」


 お~さすが委員長、彼女料理出来そうだしなぁ。


「お菓子作りは初めてだけど、折角だから挑戦しようと思って! アイリスさんも?」


 違った。意外だな、菓子作り初めてなのか。


「まあ、そうだな。主にこいつの手伝いだが。」

「……!? お、おい!?」


 委員長なら良いだろ、流石に誤魔化すのが面倒だ。


「バルク君が?」

「あ、ああ。たまには菓子作りも良いかなと思ってよ、アイリスに頼んだんだ。」

「教えるのは家の料理人だがな。」


 家、っていうか王族の屋敷だが……まあ、説明が面倒だしそこはいいか。


「そうなんだ。なんか凄そうだね……。」

「そうでもない、どうせ作るのはこいつだしな。それで委員長は? 何を作るんだ?」


「……どうせとかひどくね……?」


 ぼそっと拗ねた声が聞こえたが、無視する。


「私は大福を作る予定! 好きなお菓子だからね!」


 まさかの和菓子。いや、この世界じゃ違うんだろうけどさ、なんか違和感。


「なら小豆か。売ってるのか? 見た覚えないが……?」


 こっち来てから街中でも出店でも小豆は見てないし。この街に有るのかな?


「あるんじゃねえか? 季節違いなら無いかもだが、この店はこの国で取れる食材は大抵取り扱ってるそうだしよ。」

「それは凄い。」


 確か国一の商家だったか? よくある誇大表現だと思ってたが案外本当そうだ。すげぇな、イストの実家。

 少し探すとメモの材料が集まる。委員長も首尾よく目的の物を見付けれた様だ。


「じゃあねふたりとも、探すの手伝ってくれてありがとう! 出来たらお裾分けするから楽しみにしててね!」

「楽しみだ。」

「おう、こっちも多く作るんで、良かったら交換しようぜ!」

「うん!」



 委員長と別れ店を出た。問題は次だが……。


「さてと、後はどうするか……。」

「ん? 材料は揃ったろ? 何か欲しいものあるなら手伝うけどよ。」


 こいつ……。


「……はぁ、贈り物だろ? まさかむき出しのチョコを渡す気か?」

「……あ。」


 ラッピングないし包装は重要な要素だろう。包み紙一つとっても、例えばコピー用紙と和紙で考えれば印象がガラリと変わるのが想像に容易い。場合によってはもはや中身より重要といっても過言ではないだろう。


「そ、そこまでか……いや、そこまでか?」

「あまい! 今回は古くからの知り合いだからいいが、人によっては包装が嫌で受け取らない場合もあるそうだ。いいのか?受け取る時に“なんか微妙だな”なんて思われても!」


「そ、それは嫌だぜ!?」


 そうだろう、そうだろう。まあ、これも友人の受け売りなんだが重要な事には違いあるまい。


「だが、俺は包装なんてわかんねぇ……どうすればいいんだ……!」

「……お生憎だが私も門外漢だ。そも他国の者だしな。私の美的センスが通用するとは限らない以上、下手なことは言う訳にはいかないさ。」


 他国どころか異世界だ。プラス俺のセンスじゃ頼りに出来る筈もない。


 万事休す。またも行き詰まり、ふたりして唸る。もし、まだイストや委員長がいれば話を聞けるのだが生憎と既に帰ってしまってここにはいない。家にまで行くのは流石に憚られるし、他の知り合いを探すにしても闇雲にでは時間を消費するだけだろう、そもそも詳しいのかも怪しいところだ。……どうするか――。


「おや、奇遇だね? 悩み事かい?」

「――爺!?」


 この胡散臭い性別不詳顔は……ナナシ! クズハさんの保護者じゃないか! なんでここに……?


「そんな化物を見るみたいに見られるとは、心外だね?」

「……それは、済まない。考え事に集中していたせいか驚いてしまってな。」


 正直予想もしない人物の登場で驚いたが今回は渡りに船だ。少し相談するとしよう。


「時にナナシさん。贈り物の包装をしたいのだが、何分土地勘が無くてな、適した店など知らないだろうか?」

「ふむ? ああ、なるほど。お菓子用なら貴族も愛用する店を知ってるよ。ほら、そっちの道を十分も歩けばあった筈さ。」

「本当か! 助かった。」


 おおー!やった!これで話が進むぞ!


「生憎と店の名前は忘れたが専門店だ。店前のショーケースを見れば分かると思うよ?」

「十分だ、恩に着る。早速行ってみるぜ!」


「ああ、お返しなら菓子が余ったら分けてくれればいい。ん?あ、そうだ。これをあげよう。」

「ん? ああ、ありがとう?」


 突然投げ渡された物を受け止める。なんだこれ?ボトルシップ? ガラスのビンの中になにやら船らしき物が入った細工だ。丁寧に名前まで描いてある。


「なになに、帆船丸?」

「処分に困っててね。ちょうどいいからあげるよ。」

「あ、ああ。」


 正直貰っても困るんだが……? 困惑してる間にナナシは背を向けて去ってしまった。相変わらずつかみどころの無い人だな……。




 *




 教えられた道を進む。繁華街を抜けて少し歩くと街の様子がガラリと変わる。貴族御用達なのかどこか小綺麗な店が増えて来たな。

 そろそろかと思いキョロキョロと目的の店を見渡した。するとまたもや見知った顔が目には行る。ジンだ。買い物終わりなのか、なにやら荷物の入った袋を抱えている。


「あれ?バルクにアイリスさん? 珍しいところで会いましたね?」

「そうだな。買い物帰りか? いきなりで悪いが贈り物を包む……包装紙を売ってる店を知ってるか?」


 何かの縁だ。目で探すより聞いたほうが早いだろう。


「矢継ぎ早ですね? それならちょうどさっき立ち寄った所です。あの緑の旗がある店がそうですよ。」

「さんきゅ、助かった!」

「はい、それでは。」


 急いでたのかジンは早足で去って行った。……それにしてもさっき寄ったか……。


「……ジンも誰かに贈り物か?」

「だろうな。……渡せると思うか?」

「二割……いや、一割位でいける……! と良いんだが……。」

「だよなぁ……。」


 微笑ましい顔で見送る。予想だが、おそらく委員長宛てなのだろう。渡せてる姿は正直想像もつかないが陰ながら応援してるぞ。




 *




 店内は色とりどりの紙とリボンが並び装飾用のなにがしが見目鮮やかに散りばめられていて美しい。でも、ここから選ぶのか……。


「よし、店員に聞こう!」

「――早くないか!? ほら!こう、自分で悩んで決めるのが思いの籠った贈り物ってやつだろ!?」


 甘い事を……。


「いいか、私達にそんなセンスは無い。よしんば頑張ってももうこれでいいや、となるのがオチだ。」

「う……いやだが探しもしないのは駄目だろう?」


「それも一利ある。――だが、そうしたら先に見たのが変に気になって、店員のおすすめが色褪せるのがオチだろう。」

「た、確かに……。いやでもよ、それなら手作り感が薄れねぇか?」


 確かにそれはある。だがな―――


「そうだな、選ぶ事で特別感は膨らむのは間違いない。だが――あえて言わせて貰う! お前はどうせ好きな色だからとか瞳や髪の色だとかで最終的に決めるのだろうが……――それで喜ぶのは気がある相手だけだ! お前とクズハさんはそんな関係ではない!!」

「――ぐはぁ……!?」


 火の玉ストレートの言葉でバルクはその場で倒れ伏す。店の迷惑ではあるが致し方ない。現実はそれ程重く非情なのだ。


「ぐ、くそ………店員に聞いて来る……。」

「ああ、がんばれ。応援しか出来ないが本心からの言葉だ。」


 ショックが強いのか、ふらつきながら店員の所に向かう。その姿に思わず涙が滲んで来た。がんばれバルク、お前ならいつかその恋を実らせれるぞ……!

 拳を握りしめその背姿を見送る。どことなく店員の人が関わりたく無さげな表情でバルクを見ている気がするが……まあ、気のせいだろう。


 程なくしてバルクと店員がどこかに向かったので、後を追った。


「こちらが女性相手の贈り物で一番人気の商品になります。……あら?」

「む?」

「え?」

「あれ、アルバート先生?」


 担当教諭のアルバート先生だ。先生も贈り物の包み紙を買いに来たのか手には包装紙らしきものを持っている。


「申し訳ございませんお客様、あちらのお客様が持たれてる物で最後になります。」


 ………なるほど。


「奇遇だな。君達も贈り物かい? 今日はバレンタインだからな、友人と共に行事を楽しむのは良い事だ。」

「あ、はい、そうです。先生も用に?」

「ああ。恋人に、と言えたなら良いのだが単に同僚に渡す用にだ。怠っても文句は言われないだろうが礼儀知らずと思われる訳にはいかないからね。」


 先生はそういって方をすくめる。……とはいえ手に持ってるのは女性に一番人気の物だ。教師の中にも女性は多いが……少し勘繰ってしまうのは仕方ないことだろうか?


「礼儀、ですか。もしよろしければそちらを譲って頂ますでしょう?」


 おっと、バルク攻める。妥協を許さず一番良いのを貪欲に、敬語で違和感あるが礼儀だけなら良いだろ? と言外に言わんばかりに言い放った! これに対し先生はどう出る?


「ふむ……なるほど。生徒の事を応援したいのは山々なんだが、私もこの商品に惚れ込んでしまってね? 早い者勝ちだよ、残念だが諦めてくれ。」


 拒絶! 大人げなさもあるが当然の主張。個人的には、やっぱ誰か気のある人が居るんじゃ?って可能性が増したがバルクの頼みを突っぱねた! ……正直、先生は俺が勇者だと知ってるし俺が頼めば受け入れてくれるだろうが――そもそもバルクがする贈り物だ。ここは任せて静観しよう。


「いや、そこを何とか! この通りだ!!」

「――!?」


 おおっと! なんとここでまさかの土下座だぁ!! ここが日本であるのなら最大級の頼みの姿勢! 流石の先生もこれには動揺を隠せていない……! それもその筈、生徒からの土下座のお願い。それをただ気に入ったという言い訳で突っぱねるのは難しいぞぉ!?


「バルク君!? た、立ち上がってはくれないか!?」

「――出来ねぇ。」

「うぐぅ。アイリス君、君からも彼に言ってくれないだろうか?」


 あ、遂に俺に助けを求められた。……仕方ない、名残惜しいが静観するのはここで終わりとしよう。


「――バルク、あまり先生を困らせるものではないぞ?」

「む、だけどよ……そうだな、これはズルいか……。」


 立ち上がる。その姿を見て先生はほっとした顔をした。


「それで先生、それを譲る気はあるのか?」

「ううむ……これが好きだと……。済まない、心苦しくはあるが断らせて貰おう……。」


 ……仕方ないか。先生からしたら目的の物を買いに来たら生徒に絡まれた感じだろうしな。てかやっぱ特定の人物宛てなんじゃ?


「仕方ないな。バルク、諦めて他の物にするか。」

「……そうだな。悪い先生、迷惑をかけました。」


 頭を下げると気にしてないと返される。心が広いな。仕方ない、バルクに不満点は残るかもだが別に一番人気でなくてもそんなに変わるまい。


「それでは私はここで……うん? 時にアイリス君、その手に持っている物は何だね?」

「これか? よくは知らない、貰い物でな。」


 ボトルシップを先生に見せる。すると先生はまじまじと見て、目を見開いた。


「こ、これは!? ヌル先生作の模型じゃないか!?」


 誰?


「知らないのかい? 作る模型はまさに精緻にして精密。小さい模型ながら理に適った構造で、例えそのまま大きくしようとも問題なく機能するであろうとされる程の完成度と技術を持った現代最高の造形師さ!」


 先生は珍しく興奮した様子で語りだす。よく分からんが凄い人なんだな?


「貴族、研究者を問わず人気なのだが如何せん手作りなのでな、作品が市場に出回ることはないとまで言われた幻の一品だよ。まさかその一つに御目にかかろうとはな!」


 ふむ? まあ好きな人は好きなものなのか。なら……。


「要りますか? 貰い物で対処に困ってたもので……。」

「―――良いのかい!? ……いや、待つんだ。然るべき所に持っていけば家一件程の価値を持つのだぞ? 不用意に人にあげるなど……!」


「いえ、こういうものは大切にしてくれるところにあった方が良いだろう。ちょうど扱いに困ってたところだったし―――」


「―――ありがとう……!!」


 手渡すと少し震えた手で受けとる。まさに歓喜といった様子で誰もいなければ踊り出しそうな程だ。


「家宝にすると誓おう! ああそうだ!包装紙だったね。もちろん譲ろう! むしろ他に必要ならなんでも言うと良い!!」

「お、おう。」


 善は急げと店員を呼びに向かった。どうやら購入までしてくれるらしい。テンション振り切れてるなぁ~、大切にしてくれそうだしあの模型も本望だろう。


「……あんがとなアイリス。あの模型、高いらしいのに……。」

「んや、さっきも言ったがどうせ貰い物だしな。」


 なんか疲れたが一件落着、これであとは作るだけだな!




 *




 料理長の手解きでチョコを溶かす。見てるだけでは暇なので俺も一緒になってお菓子作りだ。


 お菓子作りと言ってもやることは湯煎してミルクを混ぜ形成するだけ、お湯の用意や必要な器具等は屋敷のものが準備してくれているので、手こずるのは形作りくらいなものだが。


「良い感じですね。アイリス様のそれは……動物形でしょうか? あまり見ない形状ですが。」

「そうだな。」


 定番のパンダ形にしてみた。料理長の反応的にこの世界にパンダっていないのかな? ……もしくは俺が下手なだけか……。


「よし、出来た!」


 集中してたバルクが顔を上げる。


「お、お疲れ。見て良いか?」

「おう、いいぜ!」


 どれどれ? 見たところ先の尖った楕円形に模様の線が幾本か入っている。……多分葉っぱかな?


「ああ! よく薬草採りに行くからよ、いいかなと思って……だめそうか……?」

「いや、良いと思うぞ。」

「! なら良かったぜ!!」


 リーフパイとかあるしな。ちょっと原寸大過ぎる気はしないでもないが大きい分は良いだろう。


「後は冷え固まるのを待つだけです。お疲れ様でしたお二人とも。」


 料理長が手を叩き場を締めると、紅茶を用意してくれた。



 一休憩し、十分に固まったのを見て包装する。単純な作業ではあったがいつの間にやら数時間が過ぎ去り、日が西へ赤くなり初めていた。


「これでよしっと。」

「随分と作ったな?」


「ああ、世話になった人用に幾つかな。折角作るんだし量あっても仕方ねぇしよ。」

「ふ~ん?」


 ……同じやついろんな人に渡してたら意味合い薄れないか? いや、あっちと違って恋愛関係ないとしてもちょっとあれだぞ?


「て、事でだ。ほい、やるよ。」

「お……おう。」


 ……貰ってしまった。それも一番に……。


「………私も同じものを作ったのだが?」

「まあ、そうなんだけどよ……。感謝だよ感謝! 今日はさんきゅな!」

「………」


 むぅ、それならまあ貰っとくか。


「そいや、バエルさんって今居るのか? 渡しときたいんだけどよ。」

「……居るとは思うぞ? 私も渡す腹積もりだが……。」


 女性向けの包装で渡すのかこいつ?


「お、じゃあ一緒に渡しに行こうぜ? 別にバエルさんなら気にしないって。」

「まあそうだが……。」


 同じやつを二人から渡されるとか、からかわれそうだなぁ……。




 *




「あぁ?俺にか?」

「おう、先日はお世話になったからな。」

「私はおまけだ。」


 自己鍛練かゆったりと剣を振っていたバエルを呼び止めチョコを渡すと、眼をぱちくりさせながら受け取ってくれた。


「ありがとな? ……あ、バレンタインってやつか、すっかり忘れてたぜ。しまった返すものがねぇな、酒って訳にもいかねぇしよ……。」

「世話になったから感謝で渡すんだ。返しなんて要らねえって。」

「ああ、感謝される事をした覚えはないな。」


「そんならありがたく貰っとく。あんがとよ!」




 渡したついでに少しお喋りをしていると、マリアンナがやって来る。


「アイリス様、お客様です。」

「客?」


 こんな時間にか?


 バエルと別れ応接室に向かう。部谷に入っるとすぐに騒がしさに出迎えられた。


「アイリス~!!」

「わっと!? アルシェ!?!?」


 飛び掛かって来たアルシェを受け止める。どことなくいつもよりテンションが高い。


「お邪魔してるです。」

「クズハさんも、急にどうしたんだ?」

「え……?」


 クズハさんがソファーに座ってる。名前を聞いて驚いたのか部屋の外で待ってたバルクが空いた扉からこっそり中を覗き込む。


「あれ~!バルク~!!」

「あ、ああ。奇遇だな!」


 速攻で見付かった。そりゃそうだ、俺はまだ扉付近に居るからな、同じ所に居るアルシェに気付かれないなんて無理だろう。


「バルク? どうしてここに居るですか?」

「――うぇ!? そ、そりぇはだな……。」


 動揺し過ぎだ。


「バエルに用があったそうでな。それよりそっちはこんな時間にどうしたんだ?」


 助け船を出す。バエルに用があったのも一応本当の事だし嘘は言ってない。


「なる、バレンタインですか。それがし達も同じ理由なのです。」

「つくったの!!」


 アルシェが何かの包みを手渡してくれる。バルクにも渡したようだ。


「ありがとう。これは?」

「菓子です。アルシェがバレンタインで何か渡したいとの事ですので一緒に作ったですよ!」

「おお、まじか!」


 それは嬉しい! というか二人とも俺達と似たような事をしてたのだな……。

 袋を空けるとパウンドケーキの様な菓子パンが出てきた。


「がんばった!!」

「ほう、見事な出来映えだ。」

「さんきゅな! 早速いただくぜ!」


「あ、ちょっと待つです――」


 ぱく。クズハさんの制止するより早く、バルクがケーキを口にする。


「ん、うま―――んぐァ!???!? っあぁあっ!???」

「ば、バルク!?!?」


 最初は普通に見えたが―――突然身体を跳ね上がり、痙攣しながら床に倒れた。


「遅かったですか……。」

「いや、何事だ!?!?」


 バルクは床の上で白目を剥いてぴくぴくしている……何が入ってたらこうなるんだよ……。戦々恐々とした眼をクズハさんに向けると、どこか疲れたような顔をする。


「……その、なんですが、アルシェが作ると何故か電気属性になるのですよ。」

「え、えへへ~。」

「……全然理解に及ばないのだが……。」


 例えるならRPGにある武器のエンチャントみたいなものか? 料理にはしないでもろて……。


「それは食べものと言えるのか……??」

「一応時間を置いたらいけるです。」

「なるほど……。」


 アルシェといえば雷属性だしまあ、仕方ない、のか……??


「あ、あじはおいしいよ!!」

「……時間を置いてからいただくとしよう。」


「ぐ……ま、まあ、美味し、かったぜ……!」

「! ほんと!」


 バルク、もう蘇ったのか! 起きて最初が味の感想とか漢だよまじで……! これは俺も答えなくちゃな……。


「そうだバルク。お前も彼女らに用があるのではないか?」

「――お、おう……!」


 身体が痺れてかまだプルプルとしながらも袋を取り出す―――少し邪魔になるな、こっそり部屋を出よう。




 部屋を出る。二人きりとはいかないがアルシェなら問題ないだろう。そもそも良い雰囲気にはならなそうだしな。


「マリアンナ居るか?」

「はい、ここに。」


 声と共に現れる。毎度思うが忍者かこいつは?


「どうかなさいましたでしょうか?」

「いやな―――これをやる……!」

「――!?」


 チョコの入った袋を手渡す。マリアンナは珍しくきょとんととした顔をした。


「いえ、その……宜しいのですか? ご友人方には……。」

「同じ物を渡すのはな、そも数も用意していない。」


 俺はついでに過ぎないので数は作ってない。まあ、材料を使いすぎるのも難だからな。


「それに感謝を述べるのに渡すのだろう? 私にとって最も世話になってるのは間違いなくお前だ。……いいから受け取っとけ!」

「は、はい! ありがとうございますアイリス様♪」

「ん。」


 何となくくすぐったく思い視線を反らす。ちょうど部屋の中が騒がしくなった。どうやらあっちもうまく渡せたらしい。



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