一日目 その二
「さあ! どんどん行きましょう!続いては第十三戦
踊る鉄爪 偽爪使いクロウ・ネイル~!! 対するはソドム生まれのクォーター 微獣人のバルクだ~!! いったいどっちが勝つのか! いざ尋常に闘え~ぃ!!!♪」
広い舞台の上、直刃が三枚付いた鉄の爪を上下に構え男が立つ。筋骨隆々克つ堂々たる様は肉食獣染みていて見るからに強靭。
その男に対峙するのは少年だ。背は高いが顔からは幼さが抜けきっておらず、成年前なのは明らかだろう。体つきも良く鍛えられているが、どこか柔らかさがあり、鉄爪の男と比べると見劣りしてしまう。しかも武器すら帯びていないという様、観客も勝敗を察した為か反応が薄い。
「私は獣人に憧れている。」
「あん?」
戦いの開始が告げられたと同時に、鉄爪の男が切り出した。
「純粋な腕力、強靭な毛皮、恵まれた体躯、ただの人族では決して持ち得ないものを少しの訓練で得る事が出来る。それが羨ましくて堪らなかった。」
「……それで?」
明らかな隙、それに手を出す事もなく少年――バルクは男に続きを促す。
「それらは以上に厄介なのが爪と牙。身体に宿った凶器はそれすなわち剣人一体、武器と人との一体だ。それは武人の目指す所、頂だと感じ目指した。―――故の双刃。お前、武器は既にあるのだろう? 今、私がどれ程か、試させて貰おう―――!」
「―――っ!?」
言い切るや否や直進する。鉄の爪をしなるように振り上げ、無防備な少年の身体に猛獣の如く叩き付ける。
惨劇を予想し、思わず観客が目を反らす。だが、数秒経っても予想する悲鳴は聴こえて来はしない。恐る恐る視線を戻すと、そこでは人に似つかわしくない獣爪が凶刃を受け止めていた。
「―――《部分獣化“虎爪”》御託はすんだか? じゃあ、こっちからもいくぜ……!!」
「! 上等。そうでなくては……!」
獣の鉤爪と鋼鉄の爪がぶつかる。似たスタイルのふたりのせめぎ合い、想定外の接戦に観客も熱の籠った声援を送った。大会は一日目の前半、まだ始まったばかりだ。
***
目についた屋台で適当に買って食べ歩く。途中、チョコバナナの様なものがあってついつい買ってしまった。こっち来てからチョコを見た覚えはなかったが屋台にあるくらいなのだから一般的なものなのだろう。カカオから作ってるかは、まあ謎だが……。
遠く聴こえる会場の喧騒を遠く聞きながら、屋台から漏れでるえもいわれぬ良い匂いに鼻をくすぐられる。開会式から少し経った為か道行く人が増えてきた。
流石大きな大会だけあって遠くからも人が集まるらしく、街で普段見ない焼けた肌の男や獣人らしき男女が目を輝かせ歩く姿が目に止まり、着物みたいな服装の艶やかな女性が目を丸くしてアイスを食べてたりなんかもして面白い。
「異国情緒というのかな? 故郷じゃ見られない風景だ。」
「楽しんでいらっしゃるようで何よりです。明日からは様々な催し物も執り行われる予定ですので、更に輪をかけて楽しめるかと。」
外国生まれの委員長は特にそういった感慨が強いらしく、ふと感想を漏らす。すると、王子が自慢そうに持ち上げた。
「……王族にそこまで期待されるのは荷が重い気がするんだけどなぁ……でも、うん、楽しみ。」
「まあ、最終日には国王陛下がいらっしゃるそうだからね、きっと王侯貴族も大満足な出来に違いないよっ!」
「う~ん? 流石に陛下に向けてやる予定はないんじゃないかな~? 大道芸みたいなものって聞いてるよ~。」
委員長が控えめに溢すとジョンがお茶らけて誇張し、イストが控えめに訂正する。ふむ、大道芸なんてテレビ以外で見たことないからな、特に異世界のものだし正直かなり楽しみだ。
雑談と主に食事をしながら歩いていると、どうやら食べ物屋の密集地帯を抜けたらしく雑貨店やレジャー関係の店がちらほらと見える様になって来た。
「くじ引きか、あれは?」
その中のひとつに目が止まる。その店は、何やら後ろの方に大量の景品が並んでおり、その前の机に穴の空いた箱がずらりと立ち並んでいた。他の客がやってるのを見るに箱の中から紙を引いて、その内容で景品が貰える形式らしい。
「その様ですね、やりますか?」
「ああ! せっかくだ運試しといこう。」
「へふね……ん、バルクが勝てるか賭けるです!」
興味がそそられたのかクズハさんは手に持った食べ物を一息で食べ切ると、ひと足早くに店に向かった。勝手に賭けられてるのはあれだがバルク、クズハさんは一応お前を気に掛けているっぽいぞ? ……なんだろう泣けてきたな……今度まじで力になろう、あんまり頼りにならないが恋愛相談程度ならほんといくらでも聞くからな……。
「34です?」
「外れだな、ほれ参加賞。」
クズハさんはあめ玉を一つ貰い帰ってくる。
「………残念です。」
「どんまい、じゃ私もやってみるか。」
こういうのは当たったのを聞いた試しすらない俺だが引くのは好きなんだよなぁ。お金を渡し箱に手を突っ込む、引いた数字は……
「13?」
「お? 4等だな、じゃあ、こん中から選んでくれ。」
店主が箱を持ってくる。中には髪留めがいくつも入っており、この中からひとつ選ぶらしい……装飾品かあ、俺に装飾品を選ぶセンスがあるとでも……? とりあえず適当にこの青いやつにでもしておくか……。
「かわいいデザインだね。付けてあげるよ!」
「え……ああ頼む。」
どうやら委員長が付けてくれるそうだ、正直お洒落に関心はないが折角だしお願いしよう……。
付け終わったのか委員長が離れる。
「……どうだ?」
「うん、すっごいかわいいよ!」
「はい、とてもお似合いですアイリスさん。」
「……それは良かったよ。」
委員長と王子が褒めてくれる。手鏡を見せてくれるが、なんというか正直よくわからない……かわいいとは思うがぶっちゃけ結局は俺なんだしなぁ、というか、こうお洒落してる自分に抵抗感があるというか……もしやこれが思春期?
「では、折角です。私もくじを試してみるとしましょう。」
「引く~!」
首を傾げてる俺を他所に、王子達もくじを引きに向かう。ジョンとイストの二名は運試しをしない主義だそうで遠慮したが、その他のみんなは次々とくじを引いた。
「22 おや、“大吉”ですか?」
「お、いいねイケメンのお客さん! 景品とは関係ないが運勢は良好だぜ! はいよ、参加賞。」
「あはは……はい、ありがとうございます。」
ふむ? 気になり引いた紙をよく見てみると確かに数字とは別に何か書いてある。“吉”? ……可もなく不可もなくというのかなんというか……それ以外の補足もないし、確か場所によって吉の順位は可変じゃなかったか? ……まあおそらく俺に掛かってるらしい自動翻訳のせいなんだろうが、なんだかなぁ……。
「おじちゃん! 11! “超大吉”!」
「おぉ!!? まじか、一等がこんな早く出るとはな……。あいよ、一等の高級ぬいぐるみだ。おめっとさん!」
「わーい!!」
俺が微妙な表情でそれを見ていると、突然甲高い鈴の音がかき鳴らされる。見るとどうやらアルシェが一等を当てたらしく、どこか高級感のある兎のぬいぐるみを貰っていた。……うそぉ!?
「あれって当たるものなのだな……。」
景品の数から見ても数百枚は入っているだろうに……はしゃぐアルシェの姿に頬を緩ませる。自分が当たった訳ではないが幸先がいいな。
あれ、そういや委員長の方はどうなったんだ?
「あ、“凶”……あの、135でした。」
「あいよ、参加賞!」
「あぅ……あ、甘い………。」
あ………ど、どんまい。
***
―――書類を片付ける。丁寧に纏め棚に仕舞い込むとベネは別の書類束を取り出した。これは珍しく仕事に使うものではない個人的な調べものに借りたものだ。
(……全く、書類仕事ばかりで殺す気か? まあいい、虜囚の身で文句は言うまいよ。)
教師をやっていた時の倍以上の作業量、しかも単なる雑用な割に胃の痛い雑務に辟易していたがそれも一段落付いた。ここからは私事の時間とさせて貰おう。
書類をぱらぱらと捲る。内容はつい先日行われた交流戦における特殊な多年草を用いた実験の記録書だ。“魔界の影響を受けている”とされる秘境から採取されたその植物を様々な場所に植え、前後の様子を比較して影響の差違を調査しデータに纏めた報告書。
このデータを解析し、より精度の高い魔界接近マップや魔界の魔力に対抗する兵器の考案に役立てれないかの調査が行われるのだろうが、まあ、そんなのはどうでもいい。
私が見るのはそこではなく、余分として収集された周りにある他の植物や“生徒の治療記録”だ。
じっくりと読み込み、その数値の一つ一つが不可解なものではないか、異常値を示していないか、それを脳内の正常データと重ね合わせ処理する。
「………良かった。何事も無かったようだな……。」
すべてを見終わるともう一度精査し、安堵の息を吐く。眼鏡を取り外し眉間を揉みほぐす。カップを持ち上げ、すっかり冷めたお茶を飲み干した。
―――気にしていたのはアルシェの事だ。
彼女は人工勇者計画の実験体。戦闘能力を重視した今までの実験体とは違い、勇者の他者を強化する特殊能力を再現する目的の研究成果だ。全属性の適性を持った希少な赤子に、同種の能力向上させる特異な魔物の核を用いた薬剤を投与し、融合させるといった非人道な実験は―――副作用も見られず、驚く程容易に成功した。ただひとつ………
(発現した能力が“強化”ではなく“変異”だというのが難点だったようだが。さて、それで処分しようとは勝手が過ぎる。)
数名の被害の後、赤子は隔離され育てられてきた。その間にも人や物に被害はあったが、現在は幾重にも対策を講じ安全そのもの。外出して学園に通う事すら出来ている程だ。
―――だが、それも薄氷の上。この交流戦にてある程度の戦闘を行っても問題ない事は証明したが一度暴走が起きたのなら―――判断に迷いはないだろう。それが勇者教というものだ……。
(万が一に備えよう。逃げ道くらい用意するのが親の努めだ。)
白紙の紙に線を引く。今までの日常、思考を取っ掛かりすらない不毛の地平で躍らせる。もしもから守る方法を、不要な能力を消す方策を……
どれくらい経っただろう。ふと時計を見上げると、既に日が天頂を過ぎようとしていた。
「……そういえば今日は闘技大会だったか……ふむ、気分転換も必要だな……。」




