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國取り勇者  作者: 朝方
地の矜持
72/101

準備




 簡素な木製の板の上で野菜を切る。湯だった鍋に小さくなったそれらを流し入れると、火加減を調整する為にかまどから薪を取り出した。

 木ベラでひと混ぜすると棚から塩のビンを取り出しひと振るいする。うん、いい感じだ。



「お母さん喜ぶかな?」


 料理の出来に満足すると、鍋つかみを駆使して火から鍋を外す。

 別段、母親から頼まれた訳ではないが、『良い子してるんですよ?』と言われたのだ。良い子にご飯を用意しても怒られはしまい。そんな子供らしいイタズラ心で、わくわくと食器を用意する。


 母親が帰って来るまではまだ時間があるが、なんだか満足したせいか少し眠くなってきた。このまま少し眠ってもばちは当たらないだろう。襲う眠気に身を任せ、夢の世界に旅に出る。



 ………何でもない平穏な日常、この日()()()()()()()()()当時の自分は想像もしていなかったんだ。





 ふと、身体の上にかかる毛布の感触に違和感を覚え目が覚める。母が帰って来たのかと思い瞼を開けると――――そこには子供の時の家はなく、()()()()で、すっかり見慣れた部屋があるだけだった。


(ゆぅ? ………夢、ですか……。)


 疑問が紐解け、喪失感が全身を襲う。


 目元を擦り布団から起き上がる。手の甲の違和感に意識を向けると、少し湿っていた。


(………はぁ。)


 気分が落ち込んでるのを感じる。あっちこそが本当で、このまま目覚めやしないかと頬をつねるが当然意味はない。当たり前だ。現実にはあの日を境に村は消え、皆いなくなったのだから……。


 無限に落ち込みそうな頭を無視し、布団から起き上がる。慣れた風に布団を畳み込むと朝食を用意し始めた。

 いつもの日課だ。落ち込もうとも、こうしているうちに気分も戻って来る。大丈夫、大丈夫なんだ。


 自己暗示的に唱えながらパンを切り分けてると、ふと思う。


「………そういえば、鍋しか用意してなかったですね。」


 昔、幼かったこともあるが、我ながらなんとも抜けている事だ。懐かしくて哀しくて、何となく可笑しかった。





 ***





「では、本日の授業はここまでとする。まだ身体の怠い者も居るだろうが、お疲れ様。」


 先生の挨拶で授業が終わる。魔力消費を気遣ってか座学中心の授業だったが、疲れたような生徒も多くアルバート先生は労いの言葉を投げた。……まあ、個人的には、昨日ちょっと羽目を外して寝不足なんじゃなかろうかと思いはするがそれはそれだろう。


「知ってる者も多いと思うが明日から三日にかけてソドムで闘技大会が行われる。参加するしないは自由だが、戦いを旨にする大会だ。危ないと思ったらすぐに棄権する事を約束してくれ!」


「おう!」


 他に参加するものがないのか、バルクがひとり元気よく返事をする。


「うむ。また、賑わしとして色々なものが出回る。出店を始めとして、大道芸、音楽、魔道具や武具その他の品評会、展示など様々な催し物が行われる。いつか関わる事もあるだろう、見てみる事を勧めるが――いささか金食い虫だ。羽目を外し過ぎないように。」




 先生が解散を告げるとバルクが一目散に走り去って行った。


「む? どうしたんだ?」


 疑問に思いながらクズハさんの所に向かう。今日は少し街を歩く約束をしているのだ。


「では、行くですよ。」




 *




 クズハさんと、王子を加え三人で街を歩く。


「ありがとうございます。お二人とも。」

「大丈夫ですよ!」


 王子がどこか申し訳無さそうに言うと、クズハさんは気にしてないと笑顔で言う。今日は大会会場付近を見て回る予定になっている。本当は王子がひとりで大会会場付近を見て回る予定だったのだが、バエルが気を回して俺達に案内を頼んだのだ。


「気にするな、お前立場がなんだと控えていたらしいな? バエルから聞いたぞ?」

「……いえ、あはは。この頃街中でも王族が居ると認知されて来ておりまして……その、ご迷惑かと……。」


 気にしすぎじゃないか?


「気にしないですよ、どうせ他人のそら似と思うですし、本人かと聞いてくるやつなんてそう居ないです。」

「だな。本人だろうと少なくとも周りの私達は気にしないぞ? 本来ならここにバルクも居るのだが……あいつ、どうしたんだ?」


 バエルに話しをされたのが訓練の時、つまりバルクも居たのだが、どっかに出掛けてしまっている。


「バルクですか? なんか金欠なのでギルド行くって言ってたですよ。大会の参加費が結構したらしいです。」


 ギルドか、確か何でも屋みたいな所だったか? 雑に言えばゲームのクエストみたいなのが受けれる場所だ。


「大会費ですか? そう言えば医療費や冷やかし対策で少々割高だと聞いたことがありますが……。」

「ですです。ヤバいって一昨日顔青くしてたです。」


「難儀な事だな……。」


 本番事態明日に控えているというのに、ご苦労な事で……。



「ところでギルドで何をやるのだ? 小耳に挟んだ覚えはあるが森に行くのか?」

「多分そですね、よくふたりで潜ってるですし。興味あるですか?」


「ああ。一度その、秘境?とやらに行ってみたかったのだ。」


 そろそろこっち来て一月経つが、未だに魔物を見たことすらないからな。倒してレベルアップ、とかはないだろうが対魔物を体験するのは良い経験値となるだろう。

 ちらり王子に視線を向けると、苦笑して頷いた。


「じゃ、行くですか? 今日は難しいですけど後日案内するですよ。」

「――頼んだ!」


 気が変わってはいけないと即答すると、何故か微笑ましそうに撫でられる。


「その時は私も同行してもよろしいですか? 正直興味がありまして。」

「いいですよ。あまり多いとあれですが、折角なのでアイシャとかも誘うですかね? 教わる事もありそうですし。」


 確かに、委員長は猿系の獣人だし偏見ながら森に強そうだ。……にしても、いい撫で撫でだ。


「ん、それならアルシェも連れてくか、その面子でなら問題も起きないだろう。」


 ふと提案する。一抹の不安は残るがここまで集まるのにひとり置いてくのも忍びない。アルシェ自身気にはしないだろうが誘ってみるべきだろう。


「ですね、どちらにせよ深くは潜らないですし、そうするですか。」




 *




 街を北門から出て東へ進むと、街道を埋める様に店の設営が行われていた。


「意外だな、外壁の外では危険ではないのか?」

「ええ、街周辺は王都に近いのもあり専門の治安維持部隊によって広く管理されていますので、安全です。特に今日から数日は騎士団による警邏も行われますしね。」


 聞くと、意外にも王子が答える。これまた意外だったが、王族なだけあって案外勉強しているらしい。


「壁外なのは安全を考えてですね。変な魔術とか有るですし、昔それで火事になった事もあるそうですよ? あとうるさいですし、研究者がぶちギレたとか何とか聞いたことあるです。」

「……せちがらいと言うかなんというか、俗っぽい理由だな……。」


 感心していると、クズハさんが補足を入れる。大会会場が騒音問題で外に移転とか……なんとも夢の無い……。こう言うとあれだが闘技場とかそういうものって一定の需要があるもんじゃないのか? なんか聞いたとこ大会が決まってから会場を設営するらしいし……もしや毎回壊してる……?


「あはは……、その分会場を広くできたので利点はありましたから。」

「それでもいちいち造り直すのは無駄だと思うです。楽しんであれこれ造ってるそうですが、問題も多いって聞くですよ?」


 まあそりゃ問題も起きるよなぁ、聞いてるだけですらなんとなく大変そうだ。

 話しを聞いてうんうん頷いていると、何故か王子が悔しそうな表情をする。


「くっ、そうだ。北東になったのは何か街の重鎮による協議で決まったそうです。」


「あ~街の東が商業地区で北が魔術関係ですからね、今回はその二地区が力を入れてるって事ですか。」

「そ、そういう事です!」


「色々あるのだな……。」


 ただ住んでる街にも利権とかなんやが渦巻いてるんだなぁ。というかもしかして王子、知識自慢がしたいのか? 披露する機会無さそうだしなぁ……。




「あれ? 魔術学園の。」

「む? 先日ぶりだな。」


 生暖かい目を向け王子をからかってると、設営中の出店から声を掛けられる。視線を向けると身長差の大きなふたりの獣人の男性が荷運びをしていた。―――武術学園のやつらだ。



「あれ? 確か武術学園の生徒でしたか?」


「ええ王子殿下、プルト・ガンドと申します。」

「王子? ふむ、ヴラド・リントだ。」


 王子の姿に気付くと、プルトは手の物を置き軽く装いを整えて綺麗な礼をする。遅れてヴラドが拳を胸に当て会釈をした。


「これはご丁寧に。ですが私は今、公の立場で立ち寄った訳ではありません。どうぞお気楽に。」


「それは……畏まりました。お言葉に甘え作業に戻らせて頂きます。」

「意に添おう。」


 少し気になってはいるようだが、両名共に視線を外し仕事に戻る。



「ふたりは何をしているんだ?」

「手伝いだ。世話になっているからな。」


 ふむ? 聞くと手を止めないままぶっきらぼうに返す。


「あはは……アイリスさんだったかな? 近所付き合いでね、僕はその手伝いの手伝いかな?」

「助かっている。」


 苦笑してプルトが補足すると、軽く頭を下げ謝意を示した。


「なるほどな。ふたりは大会には出ないのか?」


「出ないね。うちで出るのは少ないんじゃないかな?」

「こちらもだ。今のまま出ても意味が無いのでな。」


 へぇ、なんか意外だ。イメージこういった戦いの場を逃すと思わなかったんだが。


「敗北の泥も拭ってはいない。それで上を目指すのは性に合わぬのでな。」

「そこまでは言わないけど、折角出るなら勝ちたいですからね。今のままじゃそれは難しい。」


 何の含みもなくそう言い切る。なんか格好いいな。



「そういう君達は?」


「出ないな、理由もない。」

「同じです。」

「私は流石に出る訳にはいかないので。」


 真似る訳ではないが優勝は難しいし、そも優勝できても賞金とか要らないからなぁ。


「て、ことはこっちのグリムとそっちのバルク君が優勝候補かな?」

「だと良いがな。約束して途中敗退では格好がつかない。」


 特にバルクはこの頃不憫だし何とか勝ってもらいたい所だ。てか何であいつ俺に恋愛相談した癖に他人の手伝いにかまけてるんだよ、まじで……! もう少し自分優先しろよ……。



「……ちなみにここ何の店なんだ?」


「武器屋だ。息子が店を出すから手伝えとばあさんにせっつかれてな。」

「駄賃は出るけど、あの人強引なんですよね……。」


 武器屋の出店とかあるんだな。てか―――



「……よく見たらこの看板、おばちゃんの所のですね……。」


 行き付けのとこじゃん。




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