打ち上げ
今日の魔術学園は休みだ。休魔日と言うらしく魔力を作り蓄える臓器?を休ませる日だそうな。休肝日みたいなものだろうか?
ともあれ、今現在、俺はいつもの屋敷の庭で―――体育座りをしていた。
「……何故だ?」
おかしい、俺はいつも通り朝練をしようとしてただけなんだが……。
「何故って……お前なぁ、医者の言うことは聞いとけよ? 今日は休みだ。」
箒にあごを乗せ呆れたようにバエルは言う。本日は掃除の手伝いをしているらしい、そんなに汚れては見えないが、日課というか朝から動いてないと落ち着かないそうな。
……むぅ、休みなのは理解できるんだが―――
「《完全獣化》う、らァ――!!」
獣化により全身が獣と化した男が裂帛の勢いで拳を突き出す。力を制御し切れてないのか少し精細を欠いた拳だが、獣の力が籠ったその一撃は生半可な武器を容易に鉄屑へと還すだろう。
「駄目だ。そのままじゃ隙が大きいし威力も中途半端。そだな……見たとこ先に身体能力をものにした方が良い、ちょっと全身に意識を落としながら走ってみてくれ。」
「――おう!」
聞き分け良く返事すると、すぐに走り出す。かなり速いが前と違って庭も広がっている。走るだけなら十分な広さはあるだろう。
―――で、何でバルク居るの? 確か稽古って昨日までじゃなかったっけ? てか何でバルクは訓練してるのに俺は休みなんだよ……少し不満そうに口を尖らすと、横合いから声を掛けられる。
「むぐむぐ……アイリス迷惑かけるですよ。昨日ちょっとありまして、はむ。」
「ちょっととは? ……というか何を食べてるんだ……?」
声を掛けた人物――クズハさんは何故かバスケットを持参しており、中にサンドイッチが入っていた。硬いパンに色とりどりの野菜と肉が入っていて旨そうだ。いつの間にかメイド達が紅茶を用意しておりそれと共に芝生に座り込んで食べていた。……ピクニックかな? てか、もはや自分家かってくらい馴染んでるし……。
「サンドイッチだよ、とても美味しい。クズハさんは良い料理人に成れるね!」
「……たぶんアイリスちゃんはそういう事聞きたいんじゃないと思うんだけど……まあうん、それは同意かな。」
それで、ふたりはまだ分からんでもないが……なんで委員長とジョンまで居るんだ?
「うん? 僕は打ち上げの案内にだよ。どうやら無駄足みたいだったみたいだけど……。委員長も同じかな?」
「うん。私は先生に頼まれて。」
なるほど、俺はシャディ先生から聞いてたけど場所も知らないからな、それは助かる。
「むぐ、バルクはグリムと戦う約束してたので秘密特訓ですね。」
「ふむ……なるほどな。」
どちらが言ったかは分からないが、おそらく万全の状態で再戦しようとなったのだろう。それで丁度近くに居たバエルにお鉢が回ったに違いない。
「アイリスちゃんはソドム総合術技大会って知ってる? バルク君そこで戦う約束したみたいで……。」
「あはは、彼、売り言葉買い言葉ですぐ引き受けてたね。僕達は彼の分も出店とか廻ろうか?」
委員長が言葉を濁し気味に言うのに対してジョンは面白げに言う。と同時にバルクが蹴躓いた。
「?」
「ま~、仕方ないですね、バルクには悪いですけど廻るですか! 前の時はそれがしも小さかったですから、楽しみです!」
「うん!」
少し興奮したようにクズハさんが言うと、委員長が嬉しそうに同意する。……と、ついでに何故がバルクが転け掛けた。
……な~るほど。
(あいつ、絶好のデートチャンス逃したのか……南無三。)
つくづく運の無いやつだ。大方何も考えずに即答でもしたのだろう。ジョンは完全にわかってからかってるな? 責めるように見つめるとにこっと笑顔で返される。こいつ……。
「バルク、集中力が切れてるぞ? ちょっと全力で走ってみろ!」
「! お、おう!!」
不調気味だったがバエルの檄に息を落ち着けると、弾丸のように駆け出す。広い庭を一足で踏み潰すかの如く豪速で端にまで達した。
「―――そこで旋回!」
「お、ぅ――!?」
制止の足を地面に突き刺し、それを軸に九十度――直角に腰を捻らせ無理矢理に曲がる。だが、思いの外深く刺さってた為か足を取られ、たたらを踏んでしまう。
「お、転けなかったか、思ったよりは制御できてるみたいだな?」
「……お陰様でな、ここんとこ転けたら酷い目に遭わされてたもんでよ……。」
肩で息をしながらちらりと、一瞬こちらに目を向ける。……そだな、途中クズハさんと容赦なく二人がかりでタコ殴りにしたもんな……。なんかすまん。
……どうやらバルクは《完全獣化》に慣れる訓練をしている様だ。昔暴走したバルクと戦った時それで自滅してたのを考えると妥当なとこなんだろう。というかそれを十全に扱えないと、グリムと戦うのすら厳しそう。
(そいや結局やらなかったが、バエルとグリムが戦うとどうなるのかも気になるよな~……。)
延期になったようだが、いつかどっかで戦ってみて欲しいものだ。サンドイッチを貰い、眺めながらもそんな事を漠然と考える。かぶりつくとこの世界特有の味がした。
***
「皆様、本日は御越しいただき誠に有難う御座います。」
紳士然とした壮年の男性が恭しく礼をする。広く豪華な大広間に相応しく、また、見劣りすることの無い堂々たる様は、まるで貴族と言うものを体言するかの如く見事だ。
「幾たびの学業の後国の未来を担う皆様を労う為。また、明日からの英気を育む為、僭越ながらこのような催しを御用意致しました。
さて、前置きは短く。飲み物は行き渡ってますね? では、乾杯。」
男性がグラスを掲げる。それに合わせ皆飲み物に口を付けた。………その流れに合わせ俺もグラスに口を付ける。酒精の無い、果実の甘くとろみのある液体が喉を甘美に刺激する。
「……これって何の果物だ?」
旨い、旨いのだが、中の果物が何かまったく分からない。りんごっぽくもあれば桃っぽくもあり、ともすればベリーの様な酸味と渋さがあった。……ミックスジュースかな?
そんな、答えの無い疑問に頭を巡らせながらグラスを傾けていると一人の人が近付いて来る。―――先ほどまで壇上で挨拶をしていた男性だ。
「楽しんでおるかね?」
「ああ。慣れない場で失礼をしないかと気を揉みはするが、その分楽しんでいるよ。お誘い頂き感謝するグラシャ侯。」
出来る限りの言葉を絞り出し対応する。この男性はジン君の父、この宴の席を設けた人物で、聞いたところこの国の大臣をしているのだったか?
「ははは、確か貴女は他国の出身でしたな。そう気負わずとも本日は緩やかな場、失礼を咎める者などいはしないので、御安心を。」
……こういう時は自分の設定に感謝だな。拙い敬語よりも慇懃無礼を装えば済む辺り気楽で良い。
(まあそれも相手次第だが……。)
特にこの男性なら問題は無いのだろう。真っ先に俺に話し掛けるくらいなのだから。―――普通は王族が先、だよな?
「それは有難い、お言葉に甘え気楽に楽しませて貰おう。特に食事のいずれかは見覚えがなく気になっていたのだ。」
「この街発祥の物も多いですからね、本日は王都にも負けない美食を揃えておりますよ? 何せここは研究者の聖地、食の研究にも余念がない。」
「ほう、それは楽しみだ。」
こちらがお堅いのは苦手と見たのか、相好を崩すと言葉尻をも柔らげおどけて見せる。流石と言うべきか、そこに先程までの近寄りがたい高貴さは露もなく、一転して親しみやすい紳士の姿があった。
「ただ、食べるだけの宴ではありませんよ? 人同士の交流こそを主目的とする人も多い。このあとも社交ダンスを企画しておりますので、どうですかな?」
「さてな、踊りは門外漢、ゆえに壁の花に準じておくとするよ。」
社交ダンスってあれだろ?男女で引っ付いて踊るやつだろ? 知らん男と手え繋いで踊るとか、御免被る。
「それは残念。ですが美しい女性を男どもは放って置きますまい。どうです? 虫除けに私の息子なんかは? 贔屓目ですが器量良しでエスコートも十分ですよ。」
「……止めておこう。彼にも誘いたい相手がいるかも知れないのでな。」
誰、とまでは言わないが私に付き合わさせるのは可哀想だろう。少年の恋、かは分からないが無粋はするまいて。というか私はそれを端から眺めている方が性に合う。
「フラれましたか。いや気を遣われましたかな? ふふ、息子は学園で良い経験を積んでいるらしい。」
親として何か感じ入るものがあったのか、訳知り顔で頷き男性は喜びを表す。
「?」
「いや失礼、あまり貴女の時間を奪う訳にはいきますまい。私はここで失礼致します。宴をお楽しみ下さい、これからも良い関係を祈っておりますよ?」
一礼すると男性は去って行った。………なんだったんだ?
回り踊る。どこか神秘的な楽器の音色に背を押されくるりくるりと人が舞い踊る。技術の要らないただ手を繋いで回るだけの踊りではあったが、一体感があり―――妙な見応えがあった。
「いいな、こういうのも。」
グラスを傾ける。酒精はない筈だがどこか高揚してくるものがあった。場酔いというものか、何か自分が大きく特別になった様な感覚に陥ってしまう。
「そですか?」
「ああ。馴れない場ということもあるが……そうだな、初めて街に出た感覚というか、世界が広がった気がするよ。」
毎日となれば別だろうが、記念日にパーティーをする気持ちを理解できた気がする。
「う~ん? 確かにご飯は旨いですね。」
「ふふ、そうだな。そういえばクズハさんは踊らないのか?」
ほらバルクとか。一応応援してる立場だし、ふたりが踊ってるのとかちょっと見たい。
「面倒です。話したいのなら踊らないでも普通に話せばいいと思うので、ほらアルシェも大変そうですし。」
「あ~。」
アルシェは活躍した為か、ジンと委員長と共に周りを人に囲まれていた。子供可愛さもあり、今も代わる代わる踊りに誘われている。楽しそうではあるのだが、少し疲れが見えていた。
「そろそろ回収した方が良いですね。お腹も空いてると思うですし。」
「そうだな、折角の料理を食べないでは勿体ない。声を掛けて来るとしよう。」
*
色とりどり、和洋中様々な料理を皿に取る。ここの食事は所謂ビッフェ形式だ。統一性のない賑やかでどこか綺麗な料理が立ち並んでいる。
「アルシェはどれ食べるですか? 取ってあげるです!」
「ん~その青いの!」
「これですか?」
「それ!」
クズハさんが青いムースの様なものと、他数品を皿に取りアルシェに渡した。
「ありがと~!」
アルシェはお腹が空いてたのか、受け取るとすぐに食べ初める。
「いい食べっぷりだな、それ食べ終わったらこれも旨かったぞ?」
「! はぐ!」
クズハさんに負けじと一通り食べた中でひと推しの品を勧めてみた。それを微笑ましく見つつ、触発されてかお腹が空いてくる。食べ過ぎかと思わないでもないが料理を取り分けた。
和やかな空間、賑やかなところから少し離れこうしてるのも良いものだ。趣旨とは少しズレていそうだが楽しみ方は人それぞれだしな。
皆で喧騒から少し離れ、一時団欒する。和気あいあいと食事をし、クズハさんが世話を妬く。……もし俺に姉妹がいたらこんな感じだったのだろうか?
そう黄昏ていると、突如大柄の男性がひとり飛び込んで来た。
「やっ……と、脱け出せたぜ……!」
男性はタキシードの様なかっしりとした正装を疲れた様に着崩し、机に寄り掛かる。
「どしたですバルク? あとその服なんです?」
「ふぐ?」
バルクだ。来る時一緒だったしその時は普通に学園の制服だった。背が高いからか似合いはするがいつ着替えたんだろう?
「よっ、アルシェ!……いやちょっとな、ジンのやつの手伝いしててよ……。」
「ほーお疲れさん。」
お人好しなやつだな、ほんと。こいついつも誰かの手伝いしてないか? 思えば学園でも委員長の手伝いとか先生の頼まれごととかよくやってるし。
―――ここは俺もがんばりどこかもな。
「そういやお前はダンスややったのか? まだならクズハさんと―――」
「―――やっと飯にありつける……! クズハ!なんか取ってくれ!」
「はいはい、ちょっと待つですよ?」
元気よく言うと、クズハさんは、しょうがないなぁといった感じに料理を取りに行った。
「さんきゅ! ん、そいやアイリスなんか言ったか?」
「………いやぁ、なんでもない。」
間をミスったな……。
「?」
「こほん。手伝いとは何をしていたんだ?」
「あ? あぁ、人払いと対応だな。ジンのやつ引っ張りだこだし、貴族間の付き合いとかあるからよ、その緩衝材になってたんだ。疲れたぜほんと……!」
こいつ何でもできるな……貴族の対応とかなんでできるんだよ……?
「ま、その成果はあったけどな!」
「?」
バルクはあごで促す。つられて見ると―――そこではジンと委員長が踊っていた―――
照れくさげながら胸を張って踊るジン君に、顔をほころせて楽しそうな委員長。そんなふたりが音楽に合わせてくるくると舞い踊っている。
「おまたせです、適当に持ってきたですよ。
? どしたですそんなにやにやして?」
「「いや、なんでもねぇ」ない。」




