戦いの成果
ぺらり、紙の滑る音に耳を擽られ意識を浮上させる。肌慣れない滑らかで柔らかいシーツの感触が全身を包む。明らかに屋敷のベットでは無い、ぼんやりとした頭に疑問を浮かべ瞼を開くと白い清潔な部屋が目に入って来た。
(ここは……?)
広い部屋だ。天井には目隠しのカーテンが付いている。ん~何処かで見た覚えがある気はするが……?
「あら、起きたのですね? 特に心配は無いですが定例として一応、お加減は如何ですか?」
! 声に顔を向けると、一人の女性がこちらを向いて椅子に座っていた。綺麗目な顔立ちにどこか機械味のある無機質な表情、養護教諭のシャディ先生だ。
と言うことはおそらくここは学園の養護室、記憶に薄いが思えば一度来た覚えがある。俺はどうしてここに……? 確か団体戦やってて……え~と?
「意識が曖昧な様ですね。無理もないですが。」
そう言うと先生ら手元の本を捲る作業に戻った。………え、話終わり……?
「――え、と! その、私は何故ここに居るのだろうか……というか状況がまるで分からないのだが……。」
怪我でもしたのか何なのか、うっすら残る記憶では、戦ってた気はするんだがそれ以上が不明瞭だ。
(実は数日経ってましたとか、無いよな……?)
流石に寝たままでは失礼かと上半身を起こし、先生に話し掛ける。気付けば白い病院着に着替えさせられている、がまあそれはまあ良い。こっち来てから屋敷で良くあること、もう慣れっこだ。
すがるようにじっと見つめると、シャディ先生は観念したのかため息を吐いて本を閉じた。
「……不調があるのなら睡眠を取るのが良いのですが、然りとて気になって眠れないでは効果的ではないですね。手間ですが答えましょう。」
特に表情や声色は簡素なものだが、その雰囲気と言葉尻からは面倒臭げな様子が分かりやすく透けて見える。こっちに来てからはそんな雑に扱われる事が無くて、思わず気圧された。
「お願いしよ……します。」
「そうですね。貴女は団体戦の最中意識を失いました。そこで軽い診断の結果、魔力性臓器萎縮症と判断されこちらに移動されました。」
………え、何それ怖、俺病気で倒れたん?
息を呑み、恐々とした目を向ける。シャディ先生はそのまま―――本を広げて目を落とす。
そのまま読み進めた。
………?
「……あ、あの……?」
「? 何ですか、疑問が解けたのなら二度寝を勧めますよ?」
――訳が分からないんだが!? 何か倒れたって事以外一切届いてないぞ!?
「え、と……せめて病気?の説明だけでもどうか……。」
「病気? いえ、単に魔力過多で臓器が麻痺しただけなので、ある程度休憩したら後遺症無く治りますよ。とはいえ何度もなるのは危険ですので、医師として数日は無理しない事を推奨します。」
「あ……はい、気を付けます……。」
先生はもう一切本から目を離すことなく告げた。つまるところいつもの魔力酔い。臓器麻痺と言われるとドキッとするが毎度のやつだ……今度からは気を付けよう、うん。
「……出来れば周囲の情報が欲しいのだ……ですが、結局団体戦はどうなったのですか?」
聞くと、意外にも本に目を落としながらだが答えてくれる。
「団体戦は魔術学園の勝利、総合的に武魔術生徒交流戦は双方引き分けに終わりました。おまけとして騎士との手合わせがあったのですがどっちも辞退、騎士バエルはとぼとぼと去って行きました。」
そう言えばそういうのも合ったっけ? にしてもうちは辞退するの分かるが武術生側、特にグリムが辞退するのは意外だな。何となく疲労し切ってても挑み掛かる様な印象だったが?
「あとは解散、どちらも打ち上げに行きました。あっちの方は知りませんがうちの学生はジン・グラシャの親がいたく感激したらしく、屋敷で盛大に行ったようですよ。」
「え。」
よ、呼ばれて無いんだが!? いや、寝込んでたんだから仕方ないにしてもちょっと無情じゃないか!?
「残念ですね、王族も来るということで気合いの入った催しになったでしょうに。」
相も変わらず本を無表情でぺらぺらと捲りながら、どうでもよさげに言った。淡々と言う様子からはただ単に事実を告げてる様で……気持ちがしょんぼりとしてしまう。
「―――シャディさん? 打ち上げは後日になった筈では? あまりお嬢様をからかわないで下さいね。」
「あら、ごめんなさい。随分わかりやすくわたわたとしてくれるものだから、ついつい楽しくなってしまって。仕事は良いのマリアンナ?」
いつの間に居たのか、いつものメイド服を着たマリアンナが部屋の入口に立っていた。え?ていうか後日? ……からかわれていたのかよ、分かりづれえ……!
「お生憎様、本日の分は片付けました。」
「優秀なこと。」
シャディ先生は本を閉じるとため息をつく。
「アイリスだったかしら、お迎えが来たのなら帰りなさい? あまり人を待たせては駄目ですよ?」
「あ、ああ……。」
何が何だか分からないが確かに待たせては悪い。急ぎ起き上がるといつの間にか用意されていた靴を履く。
用は済んだとばかりに先生は椅子を机の方に移動させると、こちらには目もくれず書類仕事を始めた。
「アイリス様、馬車の用意がありますのでご案内致します。」
「! ああ。」
退室際、ちらりと机の上に置かれた本の表紙が目に入る。………『話下手の為の恋愛雑学』?
……本当によく分からない人だ。もしかしてあれで気遣われていたとか……?
首をかしげ部屋を出る。気付けば空は暗く、どんよりとした闇を湛えていた。
***
王の執務室、事務を担当する文官をも滅多な事に立ち入ることが無い国の最高判断の行われるその場所は、現在、大量の書類に忙殺されている。
「アンサズの領主から治安維持に人が欲しいとの事だ。魔物が増え苦慮していると、緑風に空きはあるか?」
「――無いです。今は国境の争いの対処に当たっていますので、恵風も同様。代わりに暴風を向かわせましょう。」
「頼んだ。」
時折王が王妃に意見を求め即座に判断される。長年培ったのであろう見事な手並みで山の様な書類が処理されていく。一段落付いたのか息を吐くと、書類に手を向けながらも王は思い出したように水を向けた。
「ふむぅ、急ぎの物は済んだな。まったく、机に張り付いてばかりでは身体が鈍るばかり……――して、交流戦の顛末はどうだ?」
その問いに王妃は手を止めると、棚から書類束を取り出す。
「椅子を辞めると良いのでは?良い運動になりますよ? ………冗談です。
それで、交流戦ですがまず、今回勇者の能力発動は確認され無かったようですね。」
思い出しがてら書類にさっと目を通しながら王妃が言うと、王は鷹揚に頷く。
「僥倖な結果だ。それで?」
「はい、次に主軸の魔草の変異についてです。団体戦の会場中に植えた魔草は位置によって程度の差がありつつも、データ取りに十分な結果は得る事が出来ました。」
魔草。それは、魔界の魔力に反応するとされている数種類の植物の事だ。魔界接近を感知する手段として一考されている植物、それが今回は団体戦の会場中に散布されていた。誤魔化しと枯れない為に森や植生を簡易的に再現する必要があったが、それが報われる程の結果は出たのだ、誰も文句は無いのだろう。
「面白いのは属性魔力に依る反応ですね。変異に大きな差が出来て研究者を楽しませている様です。魔界との距離を正確に知るのにそう時間は掛からないでしょう。」
「うむ、素晴らしい。」
王は満足気に手を叩くと、書類仕事に戻る。
「……して、ジョセフの様子はどうだ? 元気にしているだろうか……?」
「心配要らないですよ。楽しそうですって。」
別の報告書に目を向け、目元を緩め王妃は言う。
「それは……良かった。」
静かに呟く。その安堵と苦しさが混じった声色からは、この先の未来を思い苦慮する親心が漏れでていた。
「お見舞いを進めているのですが、逃げてしまうのがこの頃難点ですね。歳の差からか学園の皆には興味の無い様子ですし、親心なのですが……。」
「……無理に進めては可哀想と感じるが? 皇太子として忙しくなる前に、というのは理解できるが急いても良い結果とはならんだろう?」
仕事ばかりで目を向けれていない手前、強くは言えないがそれでも王は、息子の気持ちを思って妻に意見する。
それからしばらく家族会議が行われた。その間も書類を処理する手が止まっていなかったのは流石王族と言えるのだろう。




