城でのあれこれ
「そうむくれなさんなお嬢。」
地面にのの字を書きながらしゃがみ込むアイリスに、苦笑しながらバエルが言う。
「むくれてなどいない。お前の勘違いだ。」
その言葉にアイリスは顔も上げずに返事をした。
「……いや、むくれてるじゃねぇか……。まあ、あれじゃあ仕方ねぇだろうが、すこしは機嫌直しなさんな。」
むう……わかってはいるんだが……。
……はぁ。切り換えるか……。いつまでもうじうじとか、しててもつまらんからな。
ため息を一つ漏らすとしぶしぶとした感じにアイリスは顔を上げ――
「ええ、あれは純然たる勝負の結果ですので、むくれていても仕方がないかと。」
――王子ぃ!? 確かにそうだけど言葉がきついぞ! あとなんでそれをお前が言おうと思ったよ!?
…………ぷい。
「ああ!? おい馬鹿王子! わざわざ火に油注ぐんじゃねぇ!! 今気を取り直し掛けてたのによ!!」
「そ、それはすまない事をした。だが、どこが悪かったのだろうかわからない。……浅学で申し訳ないが教えてはくれないか?」
………このあほ。ばか……。
「王子ー!! そういうとこだっての!! ああもう!後で教えるから一旦だまってやがれ!!」
「うぐっ。す、すまない……。」
王子はその言葉に、思いの外へこんだのか部屋の隅で体育座りをして顔を伏せってしまった。
――め、めんどくせぇ!……てかなんで体育座りなんだ?
その様子に毒気を抜かれたのか、アイリスも地面に落書きをする手を止めて顔を上げた。
「……悪かったな、私としても先程のは悔しかったのだ。水に流してくれ、なにやら話たいことがあるんだろう? 」
「だよな、おれもあれは負けてやるとこだと思う。あそこまで善戦したのを蹴り落とすって……おれも流石に引いたわ……。」
「!? あれは――「あ?」う。」
王子がなにか言いかけるがバエルの一睨みで押し黙った。
「だ、だよな! 勝利を確信した途端に足蹴にされるとは思わなかったぞ俺! 足で《風刃》するとか知らないよ。バエルとの模擬戦の時も使ってなかったじゃないか!?」
アイリスが先程の事を思い出し、口調を崩れる程に憤慨する。
「……ああ、あれな。あいつの《風刃》ってのはな、実はどこからでも使えるんだが、剣なんかの鋭いやつからじゃないと威力が激減するんだとよ? だからおれとの戦いだと威力不足になんだよ。」
(だからってなんであそこで放つかねぇ? 救い主とはいえ荒事に素人の少女に……ならいっそ喰らってやれよ、大人気ない。)
そこで疑問を持ったのかアイリスは首を傾げた。
「先生なら喰らっても大丈夫なんですか?」
「あ? ああそうだな、おれは基本的に魔力で防御してっかんな。あの位の威力ならそよ風だぜ。」
「ふうん?」
魔力の鎧かなんかがあるのか? 《風刃》なんてあるしやっぱ魔法なんだろうなぁ……。
「まあそれは置いといて、お嬢のこれからの育成方針なんだが……。てかまず訓練する意志はあるかい?」
それは勿論。
「ある。」
正直楽しかったからな。それに才能があるなら武勲を挙げて民衆や貴族の覚えを良くするのは、俺の未来的には悪くないし。
それにもし護衛が敗けるかしても、逃げれる位は強く成りたいからな。
「あいよ。なら、明日から朝飯済んだらここに来な? 指導をしてやるからよ。」
ありがたい。バエルのような強者に教えてもらえるなら心強いってものだ。
「わかった。指導の内容を聞いてもいいか?」
「おうよ! 主に模擬戦だな。その後に魔力の使い方についてだ。お嬢は体格が小さいし、何より王国騎士の剣術と相性がよくないと見た。本来なら合った剣術を教えるとこなんだがな。お嬢は戦闘のセンスがあるし、遮二無二戦闘をしまくった方が強く成れるだろうよ。なんたってあれだけ戦ってまだ余裕そうだしな、加護のせいかポテンシャルは高いみたいだし。むしろ殆ど使えてないから使えるように成るための模擬戦だ。」
絶賛だな。余裕か? と少し疑問に思ったが、確かに軽く汗かいた位だし疲労やダメージも、もう引いてる。回復力が高いのもあるんだろうが、言われた通り上手く身体を使えて無いんだろう。
だからまだ余裕があっても疲れたと頭が勘違いするんだと思う。例えるなら久しぶりに走ったら直ぐ息が切れた。みたいな感じか?
「ふむ了解した。それで魔力の使い方とは? 《風刃》みたいなのを覚えるのか?」
「あーと、それは無理だ。魔力っても魔法は、おじさん専門外なんでよ。主に近接戦闘様の魔力を纏う訓練だな。所謂《魔技》ってやつだ。それが出来れば突破力と防御の術が増えるぞ。」
「ほう?」
よく分からんが気功みたいなものなのかな?
まあ、そんなのがなけりゃ魔族とかと戦えないわな。地球の野生動物だって剣で倒すのは至難だろうし、多分この世界には魔物とか居るんだろうからな。
それよりは強いだろう魔族とかに対抗するにはそんな感じの特殊な力がないと不可能なんだろう。
(なんか魔力を使うとかいよいよファンタジーだな……。まあ、《風刃》とか召喚の時点でファンタジーだが。俺が使うとなると、な。
……いや性転換の時点で大概だったわ。全く違和感ないから忘れてたよ……。)
「そんじゃ、お嬢。おれはこれから仕事があるんでおいとましやすんで、また明日。
この後はなにするか知らないが達者でな? あっそうだったそこのやつ、出来るだけ怒られないようにしてやんな? 後で叱っとくからよ。」
そういうとそそくさと訓練所を出ていった。飄々とした態度だったが汗が滲んでいたのを見るに、本業の事をすっかり忘れていたのだろう。
訓練所内の更衣室でさっと鎧に着替えると、風のように駆けていった。
(そこのやつ? 王子か? にしては変な感じだったが、ふむ?)
「……」
「彼は相変わらずですね、一つの事に集中すると周りの事がおろそかになる。一つの事にも全力で取り組む気質からでしょうが、それさえなければ騎士団長に成れる実力の持ち主だというのに……勿体ないことです。」
いつの間にか起き上がってた王子がそんな事を言うが、その声には親愛が込もっている。王子は先生のそんな所が案外気に入ってるのかも知れない。
「アイリス様。これからどう致しますか?」
「さて、な。」
どうするか、この国の事を聞こうとも思ったが昨日大まかに聞いたしな。
そういや城の皆は俺の事どう聞いてるんだろう?先生は救い主とか言ってたが……まあ、その辺はマリアンナにでも聞くか。王子にはなんとなく聞きづらいし。
ああそうだ、魔法については知りたいかもな。俺を呼び出したものでもあるが、正直《風刃》とかずるいからな……俺も魔法使えるように成ればまた違う結果に成るかもだし。
……まあ、そうなればハンデが減るだろうからそう上手くは行かないだろうが……。まあ、取り敢えず魔法覚えれたら楽しそうだしひとまずそれでいいや。
――あっ、そうだ戦いで思い出した。俺魔族の事をなんも知らないや。戦う事に成るんだしそれも知らないとだな。
「《風刃》のような魔法?でいいのか? ……そういったものを修得したい。……出来ずともそういった知識は欲しいところだ。
あとは、魔族についてだ。戦う敵については知っておきたいからな。例え確実性が低い資料しかなくても参考程度には成るだろうさ。」
一応資料はあるんだよな? どのくらい前かは知らないが、王様の俺への態度から想像するに、昔それで結構な事態が起きたのだろう。なら、最低限敵の情報もある筈だ。
「魔法ですか……。魔導省の宮廷魔導師から話を聞く事は可能なのですが……彼らも忙しい身です。今からとなると時間を取るのは、少々難しいかと存じます。掛け合ってはみますがその時はご容赦を。
魔族についても同様に魔導省が研究を行っていますのでその時に話が出来ると思います。機密もあるのでなんでもとはいきませんが、疑問の解消位は出来るかと。」
「ふむ。」
まあ、そうだよな。部外者がいきなり仕事中に魔法教えてって来ても無理だよな……仕方ないか。
「時間を貰えれば王を通して時間を取らせれるのですが……。」
「仕方ない。今日ところは諦めるとしよう。早急に、という訳では無いのだし。代わりにだが後は城中の案内を頼めるか?」
「! 畏まりました!」
*
それからは城中を歩き回った。医療室や資料庫、調理室や使用人の住居スペースに花咲乱れる中庭や庭園、大浴場や宮廷魔導師の棟に文官の働く事務所等、本当に様々な所に案内して貰った。
途中魔導省で、王子が手が空いてる者を探してたがやはり皆忙しいらしく、更にこの頃は仕事が増えててんてこ舞いだそうだ。皆忙しく動き回っている。
邪魔しては悪いので直ぐにその場をあとにした。
正直城内は広すぎて、場所は大まかにしか覚えれていないが中々に視るとこが多く楽しかった。
まだ他には宝物庫や王族専用スペース等行ってない所があるらしいが、そういうところは流石に王子の一存じゃ案内出来ないらしい。
ちょっと気になるし見てみたいが、それなら仕方ないと諦めた。
そんな感じで探索した後夕飯と風呂を頂いて、今は昨日と同じ客室でのんびりしている。
夕飯は朝飯と同じくいかにも洋食といった感じで、食べた事はあまりないがどっかで見たような食事が多かった。美味しかった。
問題は風呂だ。
風呂はメイドさんが何人かお世話しについて来て世話をされた。最初は不安だし緊張しっぱなしだったのだが。最終的な感想としては――めっちゃ楽だった。
身体洗うのも動かないで良いし、それどころか洗いながら軽い整体も受けたようで、身体の調子が良い。髪の毛の手入れもしてくれてつやさらだ。正直長い髪の手入れとかわかんないしかなり助かった。
流石は王城だと感心したものだ。
ただ風呂を出てから、裸をメイドさんたちに見られたというのに羞恥心が微動だにしなかったのに気付いて愕然としたのだが。まあ、それはいいだろう。正直今更だ。
肉体に精神が引っ張られ過ぎるのは問題だが、違和感を抱えて精神に異常を来すより万倍ましだからな。切り換えが大事だ。
「ふあぁ。眠い……。」
思えばこんなにゆっくりしたのはいつぶりだろう? こっちの世界に来る少し前までは、勉強三昧で睡眠時間削ってたからな……。こっちで少し位のんびりしても誰に咎められる事はないんだから……まだ早いが……寝るとしよう………。
微睡みに意識が落ちて行く。正直これから先、不安しか無いが……少なくとも今は平和だ。つかの間なのかも知れないが……今位はゆっくり休もう……おやすみ……Zzz。
* * *
こんこんこん。
扉を三度ノックする。
手が震え、自分が緊張してるのが分かる。返事が返ってくる数秒が、ここまで重苦しく感じるのは初めての事だが、この部屋の中の人物を思い浮かべると仕方のない事だろう。
――なにせ、部屋の主はこの国で一番偉い人なのだから。
「入れ。」
やがて、威厳のある声が響いて入室を許可する。
意識しなくとも背筋がぴんと成るのが分かった。私は失礼に成らないように緊張と震えを押し殺し、扉を開ける。
「失礼致します。」
中に入ると、老獪な雰囲気を纏った老年の男性が、部屋に入った私を一瞥する事も無く書類に目を通している。その男の座る机の隅には王冠が主張高く鎮座していた。
「マリアンナか。どうだ?勇者の様子は。」
男、王は書類を処理する手を止めること無くおもむろに私に問い掛けた。
私はその御言葉に応える為、声が緊張で震え無いよう気を付けて応じる。
「はい。報告させて頂きます。」
そして、アイリス様の事を事細かに報告した。昨夜のこと、今日の朝食を美味しく食べていたこと、訓練所のこと、そこでの模擬戦の内容や城内の探索、果ては入浴の様子まで事細かに報告した。
私の報告を聞き終えた王は書類を裁く手も止め、顎に手をあてがうと、数秒間熟考したのちにゆっくりと口を開く。
「ご苦労、大義であるな。して、お主から視て勇者、アイリス殿はどう映った?」
私の眼でどう視たか、か……。少し迷ったが率直な意見を言うことにした。
「そうですね…… 無礼ではありますが、率直に言って普通の少女かと。」
「ほう?」
「確かに戦闘のセンスはございますし、育ちも悪くは無いでしょう。ですが精神面は普通の少女のものだと感じました。
おそらくは王族でも第一王女という訳では無いのでしょう。戦闘経験も無い様ですし……。所々無理して強く振る舞ってる節があります。」
「ふむ……。彼女が王族というのに嘘は無いのだったな? 余からしても謁見の間では彼女から威厳を感じたものだが?」
その言葉と共に王は初めて顔を挙げ彼女を鋭く見据える。
!? う、疑ってる!? ち、ちょっと言葉が過ぎたのかも……。うえ~ん! 怖いよ~。
「……え、ええ。謁見の間での言葉、名字のブリタニアの名が国名というのは本当でした。この眼に賭けてもいいです……。
威厳については王族として見馴れていたのと、女神の加護の影響だと思われます。」
「……『真実の眼』を持つそなたがそこまで言うのだからそうなのだろう。それに、成る程、加護故か。戦闘のセンスが加護の力というのであれば王との対峙するのに使えぬ通りは無い、か。」
「ふむ、大体の把握は出来た。戦闘適性が高く向上心も高いとは僥倖だ。願わくばその思いが一過性ではないと願うばかりだが……。
ふむ、マリアンナよ、アイリス殿が望む事は何か無いか?」
私は王の視線が柔らかくなったことに最大限の安堵をすると、アイリス様の今日の様子を思い返す。
「今日見た限りあまり欲を感じなかったのですが……。そうですね、模擬戦用の装備なんかはどうでしょう? これから訓練を続けるのなら備え付けの備品では味気無いですし、合った装備を使えば効率も多少なりとも上がるでしょう。
それと彼女は魔法と魔族に興味がある様でした。」
頑張って捻り出したにしてはいい案だろう。まあ、もう少し早く魔法の事を思い出していたらそれでよかったのだが、それはそれだ。
マリアンナの言葉に、王は感心したように一つ頷いた。
「うむ、良い案だ。自分専用の装備が有るのならやる気も上がるというもの。そなたの申す通り効率を考えてもそれが良いな。早速王都一の鍛冶職人に声を掛けるとしよう。
ああそれと、魔法と魔族の知識については息子からも話が来ている。が……宮廷魔導師は今、手が埋まっているのだ。魔族はともかく、魔法の修得は重大故、無理に空けてくれと言えなくもないが……ふむ。」
王は少し考えていらっしゃったが、何か思い付かれた様で、保留と書かれた書類群から一枚の紙を引き出した。
「王よ。それは?」
「ふむ。まあよいか。そちも見るがよい。」
王が差し出した書類をおずおずと拝借しマリアンナは目を通した。
「魔導学園の研究機関からの研究許可の申請書、ですか?」
「そうだ。主に魔界と魔族の研究をさせてる所から研究の進歩の為に勇者を調べたいとの事だ。」
「それは……なんと……。」
恐れ多い事を……。改めて書類を覗けば確かにそんな事が書いてあった。
曰く、魔界の接近における魔物や動物に農作物等への影響と、それから逆算した魔界の距離、魔族の出現するまでの時間予想だそうだ。
今の成果がこんなもんで、ここがこうでこうだからこうなのだがここが不明の為に予想するしかない。だが、もし! 勇者がこういってこうなものなら、予想の精度がこう上昇するので、一度調べさせて欲しい!! といった風な内容だ。
図やグラフでデータが示されているが、私はこの手の学問は門外漢で正直よく分からない所が多いが、取り敢えず研究の為に勇者を調べたいという熱意は伝わって来た。
「もしかしてここにアイリス様を?」
必要なのかも知れないが、仕事でも彼女をこの研究所に連れて行くのはいい気はしないのだけど……。
「ああそうだ。正確には魔導学園の方だがな。出来れば研究にも協力して貰いたいがそれはアイリス殿の意志を尊重したい。
それを別としても、魔導学園ならば余の手の者も多い、魔法も学べ、魔界や魔族の知識も得れる。護衛もこちらからを何人か連れ行けば万全だ。
人選はそうだな、ジョセフとそなたに……バエルのやつを付ければよかろう。」
な、なるほど……少人数ですが国内でもかなりの実力者であるお二方が護衛にいらっしゃれば、例え他国の軍隊が来ようともアイリス様を護れるでしょう。私も多少は心得がありますから逃げる手伝いは出来ますし。
それに学園だけあって実力を伸ばすのには適していますし同年代の少年少女とのふれあいは護国の精神を育てるでしょう。
流石は王様です。デメリットはアイリス様が逃げる可能性ですが……それは無いと判断されたのでしょう。
「畏まりました準備致します。何日から向かいましょうか?」
「まずアイリス殿の意思を確認する必要があるが、最短でも三日後に成るだろう。書類等、色々な準備があるのでな。意思確認はそなたに任せる。それまでは今日と同じように勤め過ごすがいい。」
「畏まりました。」
「うむ、マリアンナよ任せたぞ。」
やり取りを終えマリアンナは退室した。
その背を見送った王は、どこか満足気に頷くと書類に視線を戻し、判を押した。




