指揮官の実力
大きな音を立てて勢い良く扉を開けて、グリムが武道館に入ってくる。
それを見計らっててか、手を叩く音が高らかに鳴り響いた。
「よし、これで皆揃ったな。じゃ、時間も丁度良いので初めていきますか!」
さっき案内してくれた警備服の男だ。どうやら警備員ではなく教員なのだろう。いや、兼任って事もあり得るか?
その男はメモ帳を取り出すと目を通し話し始める。
「まず、知らない人はないだろうが今日は交流戦個人の部を行う、それで特に問題がないなら明日移動して団体戦を行う予定だな。」
これは個人戦が勝っても負けても一戦で交代のルールで、勝ち星の数で一応の勝敗はあるが重要ではなくどっちかと言ったら魔道具の試験や強度確認が目的らしい。ジン君がそう言ってた。
「敗北条件は魔道具の起動、これは自傷以外で一定以上のダメージを受けると勝手に起動する。具体的には強化なしで足の小指ぶつけた程度のダメージで起動するな、痛いぞあれは……。」
逆に強化有りなら起動しないのか? 自傷の基準が分からないが……まあ、後で試せば良いか。
「あと、戦う順番はそっちの先生と話し合って、最終的にクジで決めた。だが、強いやつは避けて組んでるから安心して勝ってくれ、以上。
じゃ、早速初めるぞ? まず、ジャックとジン。」
「はい。」「うす。」
いきなりだな。
ジン君と、鉄球付きの棍を持った赤髪の男が前に出る。気付けば教員の男が地面に二本の線を描いており、指示があり両者共に線の上に向かう。
間隔は見た感じ十メートルくらいだろうか、両者共に位置に着くと、それぞれ武器と触媒の指輪を構える。
「さて始めようか、戦闘範囲はこの建物内なら何処でもいいが故意的に他人を巻き込まないように。
いいか? では、女神の名のもとに―――初め!」
*
これで十戦が過ぎ、今のところ勝率は五分ってところだ。
初戦、ジンの『風壁』の押し出しを利用したトリッキーな投擲術での勝利を皮切りに、魔術校生の勝利が続いたが、途中あの武術側の指揮官、プルトが助言を入れたのを境に盛り返されてしまった。
「先手を取られない様に牽制した積もりでしたが思ったより反応が早かったですね……かなり練習したんですが……。」
とはジンの談だ。『風壁』を利用した投擲加速は調整が難しく、今のところジンを含め二、三人しか使えない。それがバレたのもあると思うが、単に魔術師相手の戦いに相手側が慣れて来たんだろう。
まあ、それはいい。それはいいんだが………。
「両者とも準備は良いか?」
今現在、たった十メートル先に先程会ったばかりの武術校指揮官が立って居た。細剣の柄に触れいつでも抜刀出来る体制だ。軽くため息を吐いて指に着けた触媒を撫でる。
(……頼りないな……。)
一応腰に剣を帯びているが魔術師として戦う縛り上主要に出来ないのが辛い。まあ、防御には存分に使うつもりだし、なんらな隙があったら斬り付けるけど……。
自他共に無言で構え、時を待つ。緊迫感に息が詰まるようだ。考えてみれば訓練以外で戦闘なんて二回目だ、思った以上に気負ってるのかもしれない。
というかどう戦う? 俺は特攻して勢い任せが主流だが、今回はそうもいかないし………。
よし、先人を参考にしようか。
「じゃ、女神の名のもとに―――初め!」
手が振り下ろされる。戦いの幕が切って落とされた。
*
―――開始と共に後ろに飛び退さる。先ずは距離を離さないと話しにならない、イメージは昔戦った王子だ。同じ事は出来ないが距離を開けての連撃は厄介なのは―――よく知っている!!
プルトも魔力を込めた足で低く駆ける――犬獣人特有の強靭な健脚から繰り出される疾駆は、矢の如く身体を押し出し、十メートルという合間を一息で押し潰した。
「風よ散らし 妨げよ『風塵壁』」
「っ――!?」
あわや速攻で勝負が決まり兼ねるが、ギリギリ呪文が間に合う。
土混じり濁った風の壁が二人の合間に現れ、アイリスを凶刃から守り相手の脚を止めさせた。
「風よ散らせ 三又に分かれ 望む先に諌みし疾風を 『砂風弾』」
「思いの外厄介ですね―――!」
壁を避けて来たプルトに向けて、三又に分かれた風弾が襲う。プルトはそれを抜刀した細剣で斬り払うが―――砂を被って二の足を踏む。
―――俺の風魔術は砂が混じる。複合属性とかそんなんではなく、単に地面から巻き上げているだけではあるが、それは強みだ。攻撃性能に影響はしないが視界を妨害し、時間を稼いだり隙を作るのに大いに役に立つ!
距離が開く、駆け続けたお陰もあり、現在は最初の倍近い二十メートル程の猶予を得た。
「……やりますね、でも何度もは通じませんよ?」
砂が目に入ったのか、目を赤くしながらも依然衰えぬ威圧を持ち――怒気を顕に睨み付けてくる。
その威勢の良さに、こちらも不敵な笑みを返す。
「わかっている、では―――後は根比べといこう。風よ散らせ 広く舞い散らせ『大砂風』」
出来る限り多量の魔力を叩き付けた呪文により、風が逆巻き、地面から砂が大いに巻き上がる。舞い上がった砂塵は、瞬く間に俺達を濃い砂の煙幕で覆い隠した。
「な……!? 目隠しにしてもここまでしますか!? そちらも見えないでしょう?」
「……さあ、どうかな。」
確かに見えやしない、目隠しは強いが遠距離攻撃を主体にする上で狙う先が分からないのは致命的だ。逆にこっそり接近されて詰むのが目に見えている。だが――――
(見る方法があるなら別だ《魔装術》)
魔力を扱える限界まで身体に纏う。更にはそれを目に集中させ砂塵の中を見通す。
単なる魔力と単純に良い視力の合わせ技だ。ゴリ押しではあるが……まあ、出来るんだから使ってもいいだろう。
――――見つけた!
大分ぼや〜っとだが、影を視界に捉えた。最初いた場所からかなり離れている。どうやら身を低くしてこっそり不意打ちを狙ってる様だな。
「風よ散らせ 三又に分かれ 望む先に諌みし疾風を 『砂風弾』」
《魔装術》を使いながら魔術を使うと制御に難が出るが足を止めている今ならそう大した影響はない。まあ、そもそも俺は体質的に影響が少ないらしいがそれはそれだ。
三つの魔弾が放たれ、プルトに向かい不意打ち気味に襲い掛かる。――――だが、まるで分かっていたかの様に軽く躱すと、こっちに向かって走り出した!?
(嘘だろ!?)
慌てて走りその場を離れると、見失ったのかプルトは俺のさっき居た辺りで足を止める。
―――そうか、音か!
距離が近付いて一瞬見えた。プルトは目を開けていない。その分の神経を耳に集中させ攻撃を察知して、同時に俺の居場所を探ったのだろう。流石は犬の獣人なだけはある、尋常ではない耳の良さだ。
困ったな……これでは避けミスする事なんてそう無いに違いない。王子の様な連撃は不可能だし……他によい魔術は知らないし、他の属性魔術だと余計目立ってしまう。
(他の攻撃手段は、投擲用の短剣が六、つい買った『ころっとチュウ』が一つ、ついでに腰の剣が一本)
『ころっとチュウ』はネズミのおもちゃみたいな姿をした爆弾だ。魔力を流すと起動して尻尾の導火線に火が着く、ついでに何故か下に付いた車輪が回り走り出し、少ししたらボンッ!となる……らしい。
正直に使い処が分からない道具だ。
それは置いといて本命は短剣だ。魔術使って近づいてきたところに投げれば上手く当たってくれるに違いない。外れたら……もう近接で戦おう。
「……風よ散れ 分かれ 諌め。」
少しでも気付かれるのが遅れる様に、声をひそめ短縮化した呪文を唱える。
「『砂風弾……!』」
風の弾が放たれた。砂混じりのそれは先程と同様にプルトに迫るが軽く躱される。予想通りだ、あとは近づいて来たところをねらうだけ! だが、その途端―――プルトの姿が消えた。
え――――?
驚き、とっさに一歩横にずれる。刹那―――細剣が首のすぐそばの空間を切り裂いた。
「―――《離間》やっと見付けましたよ?」
「ちっ―――!?」
―――グリムの使ってた移動技か!?
追撃の薙ぎ払いを、籠手から引き抜いた短剣で受け止める……!?
腕を引き、間髪入れず流れる様に放たれる薙ぎ払い、突き、切り上げ、切り落としを。受け、逸らし、飛び退き、弾くき飛ばす。
すぐに手数不足に陥るが、左手でも短剣を抜き防御に回した。
擬似的な二刀流、不安定だがなんとか防御するだけの器用さは備わってたらしい。
「しぶ、とい……! 腰の剣は飾りでしたか?」
「抜くまで、待ってくれても、良いのだが……!」
「待ちましょうか? 代わりに一撃いれますが。」
―――そうしたら負けるんだよ!!
息が荒れる。口の中が砂っぽい。というか攻撃が見えづらい―――!
砂塵に紛れて放たれる細剣は存外視認性に乏しい、自分でやったことではあるが今や砂の煙幕は完全に裏目となっていた。
「ああ、慣れて来ましたね?」
「……っ、くぅ!?」
―――更に剣撃が激しく、いや――――速くなる。
剣は確かに打ち合っているのに、腕に衝撃がこない! 剣同士が当たった瞬間に既に引き戻し始めてるんだ。
まるで蜃気楼を相手にしてる感覚、だというのに身体に当たったら斬られるのが分かる鋭利さ。溜まったもんじゃない、まるでかまいたちだ。
砂煙から幾重に迸る剣線に翻弄される。数が多い、とても処理仕切れない……! なら!!
――――離れる!!
剣線の少ないところを直感で判断し、足に魔力を回し飛び退く!
当たる線だけを受け、それ以外は無視だ! 剣域から出て主武器を引き抜けばまだチャンスが―――――!
――パキンッ。何かが割れる音がして突如視界が開けた。
――――え?
いつの間にか俺の回りに膜の様なものが張り、砂煙を押し出していた。これは、まさか……?
「―――ボクの勝ち、ですね。」
「………そのようだな……。」
魔道具が起動したんだ……。
………避けた筈だ。見落とした? それとも距離感を見誤ったのか?
どちらにせよ、俺は負けたらしい……。
ため息を付くと、風で砂を吹き飛ばし手を差し出す。
「流石に強いな、だが明日は勝つぞ?」
「握手ですか、これはご丁寧に。でも今回はボクの勝ちですよ?」
軽口を叩き合うと俺達は健闘を讃え合い仲良く握手をした。




