準備
授業終わり、帰り支度をしていると声を掛けられる。
「やあ、アイリスさん。ちょっと良いかい?」
「なんだ、ジョンか。悪いがナンパならお断りだぞ?」
ジョンは一人のようだ。イストと一緒に居ないなんて珍しいが、何の用だろう?
「そんな事しないって……そうじゃなくて購買部に行ってみない?」
……ナンパじゃないのかそれ? てかうちに購買部なんてあったんだな。
「あるよ、アイリスさんの知ってるのとは違うかも知れないけどね?」
……そう……もうこいつ相手に喋る必要無くないか? まーた心読んで来るんだけど……。
「それは寂しいね。それでほら、ここの購買部は武器防具から便利道具まで色々あってさ。まあ殆ど試作品だけどそれなりに便利だよ? 交流戦に備えてどうかなって。」
………なるほど、なんかゲテモノが多そうだが……見てみるのも良いかも知れないな。
「それなら―――」
「ねえねえ!アイリスどっか行くの?」
「―――アルシェさん……えっと、購買部に行こうって話してたんだよ。よかったら一緒に来るかい?」
おお!いいな、アルシェと一緒なら楽しそうだ。まあ、なんかおかしなことになる不安もあるけど……。
「うん! いっしょに行く!」
それはそれでいっか。
「決まりだな、では行くとしよう。」
*
それは別館の一階、その一角を広く陣取っていた。
購買部というのでこじんまりとしたお店を想像していたのだが、実際には広げた布の上に商品を置いて商売をしている人が何人もおり、さながらフリーマッケットの様相だ。公共の施設内の割にはお客さんも多く、案外と賑わっている。
「おーひろいね!」
「随分賑わっているのだな。」
「そうだね、売っているものは研究の試作品だったりで安いから。あとは後で感想をレポートで出す代わりに格安で販売とか、ものに依っては逆にお金貰えるのもあるらしいよ?」
試供品みたいなものか? 日用品とかも多いし、それこそ美容品みたいなものもありそうだ。
「それなら、こんな内々でやるより外で販売した方が良いのではないか? 学生ばかりでは片寄るだろう?」
「それはそれだよ、ここのはあくまで研究のついでだろうからね。外で売る訳にはいかないのも多いんでしょ……。ほら、着いたよ?」
「うん?」
ジョンが足を止める。
そこでは小さな少年が一人、周りに合わせ風呂敷を広げ商品を並べていた。
「あれジャン君? どうしたのこんなとこで?」
「勝手に来てこんなところはないだろ……オレ様の店だよここは。」
同じ学年のジャンク君だ。歳はアルシェより下の十二才、学園最年少の男の子で―――ついでに身長も学園最小だったりする。
「どうしてここに……?」
「何度も言わないとわからないのか?オレ様の店だよ、自作したものを売ってるんだ。まあ、売上は見ての通りだがな……どうやら皆見る眼が無いらしい……!」
「………。」
そんな泣きそうな顔で強がられても言葉に困るんだが……。
確かに言うとおり風呂敷に不自然な空きはないし、お金を入れるであろうカンカンは底がよく見えていた。
「あはは、それは仕方ないよ、ここを一年生で使う人はあんまり居ないから。上級生の人達はそれぞれお得意様がいるみたいだし多少はね?」
「それはそぅだけど……いや、客に話す事でもないな……。いらっしゃい、ジャンク・ディストの簡易商店へ、何かお探しかい?」
……なんか、いきなりおばちゃんみたいな話し方なったな……店番のイメージがそれなのだろうか……?
てかもしかしてジョンが購買部に誘って来たのって、もしかしてジャンクの為か? なんか意外だな。
「うん?冷やかしだよ。」
「………帰ってくれ!」
いや、いつも通りだったわ。
「冗談だって、ここに来たのは交流戦の準備の為だよ。君から見て何か良さそうなのあるかい?」
「……結局ここで買う気ないではないか! 帰れお前!」
怒り、カンを投げ付ける。すこん!と軽い音を立てジョンの頭を直撃した。……やっぱ空なのか。
ジョンはわざとらしく倒れこんだ。
「……まあ、こいつはほっといて、交流戦の準備というのは本当だが、それはそれとして商品を見ても良いか?」
「です!」
……クズハさんの真似かな?
「二人共………ぐすっ。勿論だ!存分に見て行くと良い!」
ジャンクはジョンの事を意識から追い出すと涙目ながらも明るい顔で手を広げ歓迎してくれる。
言葉に甘えて商品を見渡す……なんかよく分からない物がずらりと並んでいた。
「……それじゃあ―――おすすめを幾つか教えてくれるか?」
「――ああ!まずこれがおすすめだ!
『ころっとチュウ』すっげぇ爆弾だぜ! あとこれが『ピョンピョンボム』すっごい飛ぶぜ! それとそれと、『ニョロニョロポン』爆発するんだ! それでそれで――――!」
あれ、やべえ、選択肢間違えたかも……てか爆弾しか無いのか?
「! すごい、じゃあこれは?」
「爆発する!」
「!!!」
…………楽しそうだしいっか……うん。
***
目を瞑り大鎌を振る。抉るように踊るように、さながら空間を切り取ろうとするかのように舞い振るう。少し速度を落とすと、目を開き遠心力を乗せた残光の一撃を放つ。
一呼吸置き―――残心する。
“パチパチパチ”
音が切り落とされたかの様な静寂の中、割り裂くように乾いた拍手の音が響く。グリムが視線を向けると、そこには小柄な獣人の男が立っていた。
武術学園の指揮官、プルト・ガンドだ。
「さすが見事な演技ですね、感服しましたよ?」
「……見世物になったつもりはないぜ?ちびいぬ―――やるか?」
引いた鎌を―――プルトに向けて振り抜いた。
「おっと、と!?やりませんよ! ほら!武器持って無いでしょ? それにやるなら不意打ちしてますって。」
「ははは! そうだな、そりゃそうだ!悪かった斬り付けて!」
軽く謝罪すると、鎌をしまう。代わりに手のひらをプルトの頭に乗せてわしゃわしゃと動かす。彼はされるがままだが、どうやら不満顔ながら振り払う気は無いらしい。
「やりあわないんならどうしたんだ? まさか―――デートの誘いか? ………ませてんなぁ、ちびいぬ。」
「勝手に想像して変な感想を言わないで下さい! そもそも同い年でしょう!?」
あまりの言い様に、さすがに憤慨したのか手を頭の上から払いのけた。
「はぁ、そうではなくただの連絡係ですよ。」
「連絡?」
「はい、座学の方で説明があったのですが今回の交流戦を切欠にして武装研の出店に行く許可が出まして、その連絡ですよ。」
「武装研?」
「……そこからですか。」
武装研。正式名称、武器装備研究鍛錬所は名の通り武器防具に鞄や水筒等を含めた装備品の研究開発、技術の継承、進歩を目的とした機関だ。
武術校はそことの繋がりが強く、結構な頻度で試作品や駆け出しの作品等を安値で売る店が開かれる。
そう説明すると、グリムは瞳を輝かせた。
「ほー、面白そうじゃんか! 試作品とか興味あるぜ!どこでやってんだそれ?」
「近い、近いですって!?離れて下さい……! 場所教職員棟の一階です。行くのは良いですが学生証とお金は持ってますか?」
教職員棟で店が開かれるのは、そこに設備が揃ってるのが理由だが窃盗や転売を防ぐ目的もある。ようは武装研との揉め事にならないように用心をしている訳だ。
これはどこかの魔術校も同じで、違反したら教師に追われる破目になる。
「持ってるぜ、ほら!」
グリムは制服のポケットから学生手帳と財布を取り出す。
「意外でした。正直持ってないものかと……。」
「失礼だな、持ってるって。これあると色んな所で値引きされるんで便利だぜ? ……なんだよその顔は?」
「……いえ、あなたからまさか値引きなんて言葉が出るとは思えなくて。」
「使うぜ?値引き。使えるものを使わないなんて無駄だろ?」
にかっと笑い言い放つグリムに、どこか思うところがあったのかプルトは押し黙る。
「……確かに、勝手な印象を押し付けるのは失礼でした。使えるものを使うのは“上等手段”ですからね。」
そうおどける様に言うが、その目には燃えるような意志が宿っていた。
グリムは大鎌を背負うと一つ伸びをして出入り口の方へ体を向ける。
「何ぼーとしてんだ?行くぞ?」
想定外に話し掛けられたせいか、プルトは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「……えっ、僕も?」
「あん?いかないのか? どっちでも良いがそんならデカ牛、お前はどうだ?」
グリムは、隅であぐらをかいて無言で瞑想する大男、ヴラドに声を掛ける。
「……遠慮しよう、愛用の武器は既にあるのでな。」
「そりゃ結構なこったぜ、じゃ行くぜ?」
そう言うと早足で出ていった。
「え!?ちょっと!」
追ってプルトも出ていく。真面目な彼の事だ、付いてこいといわれて放っておく事が出来ないのだろう。
二人が出ていくと、とたん水を打ったように武道館は静かになる。
「……慌ただしい事だな。」
苦笑を溢すと、ヴラドは瞑想に戻った。




