鬼ごっこ
凪ぐように振るわれた拳を軽くしゃかんで避ける。
お返しとばかりにスカートをはためかせ、足を狙った低い回し蹴りが放たれるが、それも軽く飛んで避けられた。
一進一退、探る様な軽い攻撃ではあるがまるで息の合った殺陣のように、流れるように、予想していたように攻撃し避ける。それを幾回か繰り広げると両者共に距離を開けた。
「やるなクズハ! 立合うのは久々だが―――手加減は要らなそうだ。」
軽く息を吐き構えを取りながらバルクが言う。腰を下げ腕を広めに構えた前屈みの体勢だ。おそらく彼なりに半獣化した手足の力を想定した体勢なのだろう、全身より手足の力で無理矢理動き、相手の動きに対応する意思が感じられる。
「良かったです。でも、それがしはいつも後衛から動きをよく見てますし―――手加減と言わず本気で来ても良いですよ?」
対するクズハさんは、拳を身体近くに構え半身で左手側を相手に向けた体勢、ついでに踵を軽く浮かせていた。所謂ボクシングのスタイルに似てる気がするが、あれだとおそらく相手からは一回り小さく見えるに違いない。
それはバルクが背が高く身体を広げた構えなのも相まって、端から見ると大人と子供――熊と人間を思わせた。
………まあ、当の熊はクズハさんの“よく見てる”発現で構えがぶれているのだが……。
「それじゃ―――次はこっちから行くですよ!」
にらみ合い、なかなか攻めてこない相手に業を煮やし、クズハさんが構えのまま滑るように攻め込む。その速度は先程よりも格段に速く、激闘の始まりを思わせた。
どうしてこうなったかと言うと、喧嘩―――とかではなく、単に訓練の一貫だ。ふたりとも《魔装術》の練習をしていたのだが―――
「そんじゃふたりとも練習がてら少し戦ってみねぇか? 制服のままじゃあれだが、なんなら着替えくらい用意出来る。試しにどうだ?」
バエルのそんな一言でふたりは戦う事になったという訳だ。
何となく気が咎めたのか、それとも最初のバエルの姿のせいか、ふたりとも制服のままだが、この制服は国一の魔導学園の物だけあって丈夫だ。それにクズハさんはスカート下に短パンを履いてるので問題はないらしい。
……まあ、それでもひとりの少年は動揺していたりしたのだが……どうやらうら若き少年にとっては中身よりスカートが捲れる事自体が問題らしい……。
「良い感じだな。そんじゃ――バルク!そっからは攻撃禁止だ! 避けて躱し逃げる事だけ集中するんだ! 嬢ちゃんは逆に攻撃を当てんのに専心してくれ!」
「っ!? お、おう……!」
「了解、です……!」
突然の指令にバルクは足をもた付かせ、攻撃を受けか掛けるが無理やり身を捻りすれすれで躱す。
惜しいと歯噛みして追撃しようとするが先程の一撃に力を込め過ぎたのか、体勢が崩れ、追撃が遅れて避けられてしまう。
やはりふたりともまだ慣れて無いのだ。ある程度の速度で動くなら兎も角として、いつも通り動こうとすると想定と現実にズレが出来るのだろう。
「「っ……!」」
一瞬見合い、同時に走りだす!
追うクズハさんに逃げるバルク、どちらも跳ねるように駆ける。
速度としてはバルクの方が少し速いか、だが逃げ場所は限られている。今居る広場は広いとはいえ、所詮庭だ。専用に造られた物には劣るし、強化込みの人にとって、鬼ごっこするのにテニスコート二面張ってあまる程度の広さでは不十分に過ぎる。
「っと、忘れてた。そのままじゃ訓練にならねぇな!」
バエルが唐突に鞘ごと剣を取り出し、地に突き立てると、呪文を口ずさむ。
「地よ 踏み締められし足元よ 隆起し変じ 只人排す丘となれ『疑変丘陵』……こんなもんか?」
詠唱を終えると、途端に地面が波打ち平らだった広場がランダムに隆起した。
低いうねだとたけのこが埋まる竹林の地面程度だが、大きいものだと腰元を越える物から肩に届くほどのものまで様々、綺麗だった広場はそんなものに埋め尽くされた荒れた土地に成り果てる。
「うおっ……! 転ける!?」
「きゃ……!?」
当然、足場がそこまで変化すれば上に居るものは堪ったもんじゃない、案の定バルクは足を引っ掛けて転け掛ける。クズハさんも同様につまづくが―――
「グベッ!??」
即座に飛び上がり、勢いのままバルクを蹴り飛ばした。
体勢が崩れた状態でこれは堪ったもんではない。バルクはそのまま前に倒れ込むと、強かに顔を地面に触れさせた。
………。
「……なんか、ごめんです……。」
「……………気にすんな、蹴つまづいた俺がわりぃ……。」
クズハさんに手を引かれてバルクが起き上がる。なんとも言えない表情をしていたが、ぶつけた所をクズハさんに撫でられると真顔になった。
結構勢いよくいったと思ったが赤くなった程度で怪我はさほど無い。その赤みも撫でられるうちに消えていく。
「すまねぇ、ちょいと大袈裟にやり過ぎた。怪我は大丈夫か?」
「ああ、問題ない……! めまいも無いし、すぐにでも続き行けるぜ。」
立ち上がり、軽く跳び跳ねて身体の調子を確かめると、訓練の続きを促した。
「……なら続けるぜ?」
「おう!」
*
隆起して不揃いな地面を駆ける。そのまま走っていては駄目だ、直線移動ではすぐに追い付かれるだろう。時に斜めに飛び、時に大きなうねを壁にして、少しの時間を稼ぐ。
「三分経過。……今回は良い感じだな?」
「慣れたんだろう。あいつ戦闘感が良いからな、追い込まれて成長したんじゃないか?」
端から師弟が適当な事を言う、こちらは真剣だというのに呑気なもんだ。というか修行の一貫とはいえそんな真顔でガン見されると怖いんだが……。
……まあそれは兎も角、後二分か。
目的があった方がやりがいがあって良いんじゃないか?というアイリスの呟きから目標時間が決められた。―――五分、それだけ逃げれたら一応の俺の勝利だ。
「逃げんな、です!!」
「っ……!」
飛んで来た土の玉をぎりぎりで避ける。
最初、これは流石に反則じゃないか?と思ったが問題ないらしい。曰く「これが本番ならアウトだぜ?」との事、正論ではあるが難し過ぎないか?
「っと……!?」
横飛びで躱す。今までで十回近くこの投土で負けているせいか避け方は分かって来た。
投げる時に走る速度が下がる、要は全速で走りながら投擲は難しい為だ。その際の僅かな足音の変化を聞き取れば反応は可能。
後は運任せで跳べば良い、成功すれば大きく距離を開けれれる。つまり―――今が好機だ!
魔力をぶん回す。沸き上がり流動するそれを足先に叩き付け加速する。
そして、風を切る音を聞き流しながら地を抉り飛び上がった。
足先は過剰な魔力で震え、思う通り動かす事は敵わない。だが……一歩二歩程度なら根性でやれない事はない!
とてつもない速さで地面が迫り来る。着地の瞬間に合わせ地面を蹴り付けた―――!
決して綺麗とは言えない不恰好な蹴り足は砂埃を酷く撒き散らし、身体を更に先へと運ぶ!
「――後一分。目隠しとは考えたな、いや偶然か? そこんとこどうよお嬢?」
「さあ? 私に聞かれてもな。後で本人に聞いてくれ。……にしても煙くて見えんな……?」
足を止め振り替える。やらかした。土煙が舞い散りクズハの姿が見付からない!? これじゃあどう逃げていいか判断がつかないぞ……?
今居る場所は、広場を四角形で例えると辺の中程、端の方だ。さっきまでの場所とは距離はあるが、所詮数秒もあれば詰められる。
後ろは端ぎりぎり――勝負は一瞬、砂埃が立ち上がってるとはいえ近くに来れば影くらい見えるはずだ。それを捉えて――逃げろ!
「来るなら来い!」
精神を集中させる。どうとでも対応出来るように腰を落とし目を凝らす。耳を澄ませば軽い風の音以外聴こえない。
一秒、二秒、十秒待っても姿はおろか気配すら感じさせない。流石におかしいと思い、疑問に思考を巡らせた、その瞬間―――
「隙あり、です。」
「!?」
側面から拳が襲い来た。不意打ちに近くから放たれた声に動揺し身体が硬直する。
避けるのは不可能だ。そうするには距離が近すぎるし、それ以上に身体が疑問で麻痺して動いてくれない――!?
「や、べぇ!?」
一秒でも時間を稼ごうと倒れようとするが―――――拳は無慈悲に身体に叩き付けられた!
「そこまで! 時間は……四分三十二秒、惜しかったが嬢ちゃんの勝ちだ!」
「やった!です!」
「…………負けた。」
それでも惜しい所までは行った。後たった二十八秒、ミス無くやれば次やれば勝てるだろう――!
悔しい思いを振り払い、勝利を決意する。そんな俺に無慈悲な言葉が掛けられた。
「じゃあ次は……嬢ちゃん、“気功術”いけるか?」
「よゆー、ですよ?」
「そんじゃ頼む、次からはそれでいこう!」
「………」
クズハは了承すると、調子を確める様に軽く動く。その速度は明らかにさっきより大きい、それこそ割り増しで……。
「じゃあやるか! 制限時間は五分、その間攻撃に当たらないこと!
そんじゃ―――!」
「開始!」
走る! だが先程とは違い距離が全く開かない! というかむしろ縮まってる!?
「………無理だろ、これ……!?」
すぐに真後ろに、次に隣に、終には追い越されて攻撃を無防備に食らう。……………どうやらまだ勝利には長いらしい……。
「……お嬢、なんで開始の合図奪ったんだ……?」
「暇だったからな、つい。」
「……際ですかい。」
*
「総括に入るぜ。まずは皆お疲れさん、最初はバルクからだ。」
「…………おう。」
纏めに入るバエルの言葉に、土まみれ、肩で息をしながらもバルクは返事する。
結局バルクは一度として逃げ切れなかった。途中惜しい場面はあったのだが、クズハさんが気功術を使い始めるまでの話、それ以降は只の蹂躙劇だ。まあ、それでも最後の方は時間が伸びてきてたし、その成長性は流石と言う他無い。
「魔力制御はよく出来ている。慣れがあったとしてもここまで出来れば上等だ! 後は技を覚えるだけ――といきたいとこだが、付け焼き刃じゃ逆に隙になる。
このまま逃げるのと反撃の練習をすればそれで十分、ただ獣化のが強いのは変わんないからよ、切り替えは出来るように後で慣らしときな?」
「……わかった。」
返事を返し座り込んだ。どうやら見栄はって立ったままだったが、気を抜いたら足に限界が来たらしい。
その姿からあえて視線を逸らすと、バエルは話を進めた。
「次は嬢ちゃんだ。」
「ハイです。」
今回のMVPだ。一度の逃走すら許さず無慈悲に逃亡者に攻撃を加える姿が印象的だった。前半も大概だったが特に後半の“気功術”を使った戦いかたは良い意味で酷いの一言、そもそもの身体能力ですら上回ってるのに、途中土を蹴りで抉り飛ばしていたのは流石と言える。
………少しバルクが可哀想だったが、まあ訓練だし仕方ないな。
「嬢ちゃんは魔力の扱いに長けてるな?気功術の慣れもあって術の扱いは巧みだ。今回は様子見で慎重にやってたみたいだが全力でやればかなりのもんだろう、こなれておくと良い。」
「了解です!」
………もしかしてクズハさんのがバルクより強い? てか手加減されてた? いや慎重なだけか、“気功術”が危険なやつだそうだしそのくせなのだろう。
……バルクが疲労した身体を床の冷たさに癒され、ぐったりしてて良かった。話を聞いてたら流石のあいつもショックだったかも知れないからな。
「んで一応“気功術”についても言うが……扱いは俺より巧いかも知れねぇ程だ。後は精神的な問題だな。
今のままで間違っても“仙術”を使おうなんてするんじゃねぇぞ?」
「…………分かってる。ですよ……。」
「……余計な事かもだが仮にも教える立場なんでな、あんまり無茶すんなよ?」
目を逸らし何かを誤魔化すように言う。
……よく分からんが何かあるのか?悩みがあるらしいしこれがそうなのかな?
ちらりとバルクを見ると、全身大の字に寝転んで休息していた。少しすると冷たく無くなるのかたまに位置を変えている。こうして見ると大きな猫みたいだな……そういえば虎獣人の血を引いてるのだったか、いやお前、この話は聞いとけよ……。
「最後はお嬢だな。」
「ん、ああ。」
ジト目を向けていると、俺の番が来たらしい。
今回俺何もしてないが何かあるのだろうか?
「お嬢には今回の感想を聞いていいか? 気になる事があったら適当に言ってくんな!」
「ふむ?」
どうやら見学らしく感想を言うらしい。感想か……そうだな。
「その“仙術”とやらをバエルは使えるのか?」
「! それを聞くのか!?」
……いやだってな。
「私にそんな意見する程の見識はない、眺めてて楽しかったくらいか?」
「感想なんでそれくらいで良いぜ? ……俺としては魔力量変えまくってたのに理由があるのかと思ってたんだかな……。」
ただの訓練だよ。
「……《仙術》ねぇ、使えるぜ? 一応な、お嬢の訓練で使ったこともあるぜ?」
「ほう?」
そうなのか?気がつかなかったが……。
「どうせお嬢には教える予定は一切ないから気にすんな! それじゃ、これで解散にするが明日もやるか自主練するかは自分で決めてくれ!
あ、ベネが呼んでたからお嬢は後で顔出してやんな。」
そういうとバエルは一足速く去っていった。慌ただしい事だが、どうやらこの広場を直す為に道具を取りに行ったらしい。
……やっぱり誤魔化されてる気がするなぁ。




