手合わせ
なんでこうなったんだ?
目の前には直近までバエルと人とは思えぬ大立周りをしていたジョセフ王子が、剣を見事な正眼で構えて俺の前に立っている。
対する俺も剣を携えてはいるが、構え方など知らないのでなんとなく振りやすい位置に刃を置く。
こうして対面してみると王子は思ったより大きく見えた。バエルよりは幾ばくか小さいが先程の鎧人形よりは確実に背が高いだろう。
剣は刃引きをされてるが長さもそれなりで、おそらく女性でも小柄であろう俺と対峙してるの姿を、端から見たら弱いものいじめか虐待にしか写るまい。
しかも相手は全身鎧だ。一応兜は外しているがそれがなんだというのか、頭の位置が高過ぎてよっぽど隙を作らなければ当たりはしないというのに。
「まるでお遊戯だな……。」
「アイリス殿?なにかありましたか?」
「いや、独り言だとも。」
ただのぼやきだ。せめて鎧を貰えればと思ったが今更に過ぎる。
一応降参は出来るのだが……俺のキャラ付け的に降参は出来ない、俺ことアイリスはプライドが高い設定なのだから……一撃当たりさえすれば勝ちなのがせめてもの救いか……。
「むつかしいな……。」
「?」
むう、また口から溢れたか。王子が不思議そうな顔をしている。いかんな、あまりの勝ち目の無さに諦め気分だ。気を引き締めなければ……!
……それにしてもこいつずっと微動だにせず構えているな、まるで彫像みたいだ。案外斬りかかっても動かなかったりして……んなわけないか。
「いやなに、貴様との戦いをシュミレートしてみたのだが……。参ったな、勝てる気がしない。もっと気楽に戦って貰っても構わないぞ?」
「なるほど、忠告感謝致します。ですが、万が一があってはいけませんので、ご容赦を。」
「ふん。振られてしまったか、では仕方ない、負けても文句は言えないが構わないな?」
すくみそうな身体を押し留め虚勢を張る。力負けしてるのに意気でも負けていたら更に勝ち目は無くなってしまう。虚勢でも無いよりは絶対に良い。
俺は絶対にこいつに一撃いれてやるんだ……!
「っ!? 怖い御方だ。初の、模擬とはいえ戦闘に僅かなれど不敵に笑みを浮かべるとは、私の知る限りそのような者など一人足りとも知りはしないよ。」
「ふふふ、なら私が初ということだ。よかったな?経験が増えたぞ、王子様?」
「ええ、でしたら私は先達として敗北という経験を教えてあげましょう!」
「ふっ! 楽しみだ、初の勝利、がな?」
「ふふふ。」
「あははは。」
対峙する二人は不敵な笑みを浮かべ、煽り合いながらも戦意を向上させていく、流石にアイリスの気迫の方が劣っていながらもジョセフ王子の気迫に押し負けてはいなかった。
「へへっ! こりゃすげぇ、思ったよりも拮抗してやがる。楽しみだねぇ!」
二人の気迫に当てられてバエルも自分の戦意が昂るのがわかる。――これ以上待たせたらおれも飛び出しかねねぇな……。
――何が不敵な笑みだこらぁ!! 頬が引きつってるだけだごらぁ!!――やってやる。こうなりゃやけくそだ!!
――流石はアイリス様、曾爺様の代から実に百年の間望まれ続けた者。まさに勇者の名に恥じぬ御方だ。――だが、私も魔族に対する為に幼少のみぎりから研鑽を重ねて来たのだ!模擬戦とはいえ、簡単には負けてやるものか!!
「では! 『山賊騎士』バエルの介添えとして、『風切り』ジョセフと『救世主』アイリスの模擬戦を開始する。二人とも準備はいいな?」
「はい!」「ああ!」
「では女神ティターニアの名の元に……初め!!」
「「おお!!」」
……ちょっと待って!? 今バエルさんなんて言ったの!?気になること言わないでぇ!!
*
初めに動いたのは王子だ。懐に入られるのを警戒してか地を蹴って距離を空けた。
させじとアイリスも追い縋るが、王子の剣から突如として風の刃が迫り足を止められる。
(厄介だな、打ち払えはしたが軽く放ってこの威力か、距離を離せば終るな。)
動きを止めたアイリスに王子は続けて二度剣を振るい二線の《風刃》が迫る。
なんとか打ち払うが、走る体制のまま無理に弾いたせいで足を滑らせ大きく体勢を崩した。――やばい、と急いで体勢を戻すが、その間に追撃は無かった。? 不思議に思うが顔を上げてすぐに合点がいった。王子は全力で後ろに走っていたのだ。
ものすごいスピードだ、体勢を立て直す一瞬に三十メートル程も離された。これでは距離を詰めるのは絶望的だ。
(やられた!)
何か手はないか考えるが、その隙をついて《風刃》が無数に飛び交い道をふさぐ。
なんとか避け打ち払い掻い潜るが。――終わりが見えない!?
(ふざけんなよ!? 転けたら死ぬぞ!? これ!!)
いくら威力が抑えられてるとはいえ、剣を押す程の力はある。俺の少女の身体ではいくら加護で耐久が上がってようとも、あの数の前では大差ないだろう。
必死に避け、打ち払いながら打開策を必死に考えるが、対処に追われて思考が纏まらない!?
――ならばその余裕を造り出す! 思考を一旦打ち切って、この《風刃》の嵐を観察する。乗り越える、または凌ぐ手はないか? この攻撃の特徴を少しでも掴めば対処が楽に成る筈だ!
意識の大半を《風刃》の対処に回し、頭の隅で直感的に考える。――《風刃》の飛んでくる位置はランダムだ、今の刃は腕を弾くように迫って来たし、その後のは足を払う様だった。そのつぎは頭の位置だ。全体的には俺の進行を防ぐ為に、足下周辺の刃が多い。
――いやまて、ランダムな訳がない。あまりの数で惑わされたがあの《風刃》は全て王子の剣から飛んで来ている。なら、その動きを逐一見ていたら先んじて対処出来るんじゃないか?
――そうと決まったら!!
「っ!?」
アイリスは側面の刃が少ないタイミングに合わせて道を切り開き、横っ飛び! 空中で身体を丸めて当たる面積を減らし、《風刃》の結界から飛び出た!
地面の上を前転一回転。直ぐに跳ね起き構えるが、王子は既にあはは、僅かな動揺を乗り越えており、新しい《風刃》の結界を造ろうと剣を振り下ろしていた。
だが、それを避け避け跳ね、弾き切り裂きながら前に進む。
一度《風刃》の結界を抜ければ対処は容易だった。なにせ、剣の動きで次来る場所がわかるのだ。それでも結界があった頃は一手遅れで防戦が精々だったが、いまは剣の動きだけ見ればいい。さながら音ゲーの如くだ。
あとは作業だ。確かに《風刃》は厄介だが、精々が剣を振った数しか飛んで来ない。王子の斬撃速度は脅威的だが、手数不足だ。なにせ、俺はどう来るか先に判る上に避けても良いし弾いても良いのだから。
勿論王子もただでは進ませてくれない、対処が難しい膝や胴、斜めの斬撃に、連撃を組み合わせて進行を遅らせる。
当然時には避けきれず掠めることもあるし、仕方なく下がることもある。更には近付く程に斬撃対処までの猶予が減るのだから気の一つも抜けない、完全な根比べだ。
(ダメだ、これじゃあ。王子は疲れた様子が全く無い。バエルと戦った時の疲労もある筈なのになんてやつだ。対して俺は小さいダメージが幾つもに、無茶な動きを繰り返したせいか身体の節々が痛みを訴えている。特に腕の痺れが洒落にならない!)
(狙うは短期決戦。一度攻撃すれば勝ちなんだ。――出来るだけ近付いて、ダメージ覚悟で一気に決める!!)
(幸いなことにこの《風刃》は斬撃より打撃よりだ、手加減の為か武器のせいか知らないが一二撃受けても大怪我はしないだろう!)
段々攻撃が激しくなり進むのが困難になる。
競歩が歩きに、歩きが摺り足に、一歩、二歩、速度は落ちながらもゆっくりと確実に距離が詰まる。
どれくらい時間が過ぎたか。遂にアイリスの足が止まる。
初め広がった三十メートルあまりの距離は残り十メートルを切っていた。
(ふう。これが限界か、少々遠いが、なに、策はある。運も絡むが、どっちにしろこれ以上は限界だ。後は天命に任せよう。)
思考しながらも手足は尋常でない速度で《風刃》の嵐を捌き続けている。まるで集中力が一歩上に登ったかの様な全能感。進めはしてないが攻撃を受けることは無くなっていた。
(次、足元の刃とが増えた時が機だ。全身全霊をそこに込めよう。)
耐えながら機が熟すのを待つ。――――きた!《風刃》が三線足元に向けて放たれる。
俺はそれを前傾に成りながら飛び避け、続けて上半身と胴に向け飛んでくる都合三線を、胴の一線だけを切り裂き、身体を地面と平行に倒し避ける。腹の下を隠れるように飛んで来た刃が通過した。
重力に従い地面に落ちる寸前に身体を曲げ全力で地を斜めに蹴り飛ばす! 勢いよく、全身を槍と成して王子の元にすっ飛んだ。
「っ!?」
突飛な動きに驚愕したのか二線の《風刃》が空を切る。
これで、九線。この戦いの中で王子が放つ連撃は十連が限度なのが判った。それ以上になると一秒程度の溜めがいる。
だが、それまでだ。王子は既に迎撃の準備を終えている。空中に居るアイリスでは避けられまい、試合を見ていたバエルですらそう思ったのだ。王子がそう思っても仕方がないだろう。
「取った!!」
王子の剣が当たる寸前。空中のアイリスが急降下した。
渾身の剣撃をくぐり抜けられ驚愕する王子。何が起きたのか理解し難い王子を尻目に、外から全貌を見ていたバエルはアイリスの行動に愕然とした。
(まさか、空を切った《風刃》を蹴るとはな。)
そう、蹴ったのだ、空振り、通り過ぎるだけだった風の刃に足の爪先を引っ掻け、体勢を無理やり変えたのだった。
(ほんの少しタイミングがずれたら成功しない策だ。《風刃》がもう少し速かろうが遅かろうが、あと少し離れてたらこんな事は出来まい。
あそこまでの攻防で感覚を成らしてたとしても、最後は運任せだっただろう、もってやがる。これが勇者か。)
――よし、取った!
十撃目を見事くぐり抜けた俺は左手を地面に叩き付け跳ね上がり右手の剣を胴に向けて突き込む!
だが王子もやられっぱなしでは無い! アイリスの攻撃に反応して身を反らしながらも膝蹴りを放ち打ち落とさんとする。が、一歩遅い、ダメージを抑える事は出来れどアイリスの突きが当たるのが速い。普段ならそれで充分だが、一撃喰らったら負けの今の条件下なら致命傷だ。
――一撃当てたら勝ちだ!! もしそれでも躱すようなら投げ付けてやる!!
必殺の確信。防ぎようの無い俺の渾身。全身全霊の一撃は――
――しかして蹴り足を追い越すように放たれた《風刃|》《・》に弾かれた。
「な、ん、だと!?」
絶対の一撃を、それでも凌がれた驚愕に意識が白くなる。
その大きく過ぎる隙を逃すこと無く、首筋に剣を押し当てられ、その冷たさに意識を戻すが手遅れだった。
「私の勝ちですね、アイリス殿?」
「………………そうだな……私の負けだ……。」
こうして俺の初の模擬戦は俺の敗北で終わった。
だが、一つだけ言わせて欲しい。負け惜しみに聞こえるかもだが――
――――足から《風刃》放つとか反則だぁーー!! んの馬鹿王子ぃーーーー!?!!! 確かに十線目の《風刃》は使ってなかったけど普通足で放つか??? おぉん!???? ……正直、かなり、くっそ!めっっちゃ悔しいんだが!?!!?!!!




