ひめりの花
結局、無茶な賭けには周りが降りてくれた為勝てたが、最終的に手持ちのコインは八十枚程度。最初百二十程あった事を考えると―――完全に惨敗だ。
「……やはり、賭け事は如何ともし難いな……。」
途中の大勝がなければ今頃すかんピンに為っていた事だろう………これは何も無い時に一人でやるのは控えた方が無難だな……。
「いや、いや。結構やった方だと思うよ? 馬鹿みたいに賭けた時はそれこそ馬鹿かなと思ったが、運が付き添うならそれは妙手にもなる。頭を回す相手には案外奇手が刺さるもの、だからね?」
最後までゲームの相手をしていた“やつ”が話し掛けて来た。ずいぶんと勝ったようで、嵩を増したコインが主張するように山を作っている。
「…………嫌みでも言いたいのか?」
「まさか――。そんな狭量だと思われるのは悲しいね、ただ称賛をしているだけだよ? 小勇が大勇に転じた奇跡をね。」
手を広げ、薄笑いを浮かべ言う。
………………この野郎!? それって悪運が良くて助かったね?って言いたいんだろ!?
抑えようとしたが、その嫌みったらしい口調と仕草にに負けて、瞬く間に脳が沸騰する。別にその言葉事態はさほどでも無いが、それ以上にふざけた態度が頭に来る!! そもそも大勝したのそっちだろ!!
…………はあ、この程度の挑発で冷静さを欠くとは、とことん俺は賭け事に向いて無いらしい。
「からかいが過ぎたようだ。腹を立てないでおくれ、これでも娘の知り合いに嫌われてしまうのを、哀しく思う程度の人心は持ち合わせているんだ。」
「………むぅ、さんざん要らない口を回しておいてそれか………娘?」
しかも俺の知り合いだと? ……正直俺の交友関係は狭い、城関連を除けば学園関係、良くて 店の店員くらいしか無い。こいつの見た目から判断すると高く見積もっても三十代程度、いったい誰だ……?
「……そもそもお前、性別どっちなんだ?」
「よく言われるのだけど、好きな方で良いよ? それよりも、ほら、噂をすればだ。」
結局どっちなんだこの野郎。もう、男って事で良いか、野郎って方が呼び易いし。
面倒になり、雑な事を考えながらも男が指し示した場所に目を向ける。すると、クズハさんとバルクが歩いて来ていた。
少しして近くまでやって来る。
「よう、アイリス、きり付いたか? ……ああ?爺じゃねえか。」
「あれ、ままじゃないですか、こんな所でどしたです?」
俺に声を掛けたバルクは隣に座る男?に気付いて声を上げた。続いてクズハさんも疑問の声を上げる。
どうやらふたりはこの男?と知り合いらしい。てか、いきなり矛盾したんだが………結局性別どっちなんだよ、しかも爺とままって……年齢すら分からなくなったぞ? ………、、、、、まま!?!?
「どういうことだ……!?」
「やぁやぁふたりとも、相変わらずのようだね? ぼくは久々にカジノに興味を持ったから足を運んでみたんだよ。」
「相変わらず自由なやつだな……。」
混乱する俺をよそに和やかに会話が進む。どうやら双方普通に会話する程度の交流は確かにあるらしく、自然体で会話をしている。最低限、ふたりと交流があると言うのは本当らしい。
娘、と言うのならクズハさんのだよな???
この変人とクズハさん、ふたりのあまりのかみ合いのなさに目眩すら覚える俺を目に留めて、変人は口を開いた。
「そんなに驚かれるとは、見事に言った甲斐があると言うものだ。ぼくらが似てないのは血の繋がりが、無いからだよ。」
「………それは。」
………そう言えば彼女は確か―――
「――いわゆる里親と言うやつです。両親と知り合いだったそうで、その縁でですね。」
すこし込み入った事に触れてしまったと焦るが、幸いな事にクズハさんはあっけらかんとした様子。どうやら気にしてはいないらしい。
ほっ、と息を吐き。ついでとばかりに疑問を明らかにしようと口にする。
「それで親とは言うが……――性別はどっちなんだ?」
「? ままは、まま、ですよ?」「爺は爺だろ。」
だからどっちなんだよ……!? あれ?もしかして俺がおかしい? 言語翻訳がバクってるのか?
「好きに呼びゃ良いんだよ、どうせ聞いても答えねぇんだから。アレでもソレでも好きに呼ぶのが無難だぜ?」
「よく、分かっているね。流石長い付き合いなだけはある。それでも呼び難いのならば、“ナナシ”とでも呼ぶと良い。」
無性の上に無名ってか……クズハさんには悪いが変なやつだな、ほんとに。
「………前は全然違う名前名乗って無かったか?」
「同じだとつまらないだろう?」
………訂正、すごい変な奴だ。
*
それから一言二言話してナナシが去ると、入れ替わる様にバエルがやって来た。何処か疲労した様子で、億劫そうに肩を落としている。
「……よお、どうだったよ? まだ時間はすこしあるが終わりにするかい?」
そう言うバエルのコイン袋は、明らかに初期の状態より大きく膨らんでいる。残念ではあるが、百枚以上は固いだろう。………つまり、十中八九俺は負けた訳だ……。
「……ふたりと話し合って良いか? 一応仲間ではあるし、少し相談したい。」
「あいよ。時間はそんなないから早めにな?」
「ああ。」
ふたりを連れ、すこしばかりバエルから離れた。
「そんで、話って何を話すんだ?」
雰囲気に吊られたのか、こそこそと声を潜めてバルクは喋る。
「最後の賭けをするか、だ。見たところバエルは百数十程度のコインを集めている様子、あの袋が誤魔化しの可能性もあるが、負けるくらいなら最後に運任せをしようという提案だな。」
暴論だが、二倍以上の差があろうともルーレット等で全賭けすれば覆せる。三倍マスに三人で賭ければ確実に一人のコインが三倍に成るし、それでもし足りなくても足りない人が足りる倍数に賭ければ、大きな確率で勝利出来る筈だ。他がゼロに為るのだけはアレだが、ひとりでも勝てば良いので、気分以外に問題は無い。
どうやら納得したらしく、バルクは首を軽く縦に振った。
「続けるぞ? ……私のコインは多く見積もって八十って所だ。これでは勝ち目が無いからな、なにかしらの賭けに出る他無い。ふたりはどのくらいだ?」
クズハさんは既に把握しているようだが、バルクは完全には把握していないようで指折り軽く計算をする。
「……だいたい百三十ってとこか、こっちも厳しそうだ……。」
………多いな、ルーレットでよくもまあそこまで増やせたものだ。流石に勘が良いと自称するだけはある。
感心した顔で見ると、バルクは照れた様に視線を明後日の方向に向けた。
「……本当ならもっと増やしたんだけどよ、欲に負けて結構使っちまって……面目ねぇ……。」
「………」
嫌味かな? 嫌味だよな?コノヤロウ。
「う、……そ、それでクズハはどうだったよ!」
頬を掻き照れ臭そうに言うアホにジト目を向けると、慌てて話の矛先を変えようとする。………絶対に意図を曲解してるなこの男、だからずっとこれからも片想いなんだぞ?
めちゃくちゃ失礼且つ酷い事を思いつつも、視線を外しクズハさんの方へ向けた。
「ぅ、……えー、と、そのですね……?」
「「?」」
なんか物凄い言い淀んでる。というか目や手も泳がせていた。
いつもマイペースで言いたい事があればスパッと言う、たまに毒舌な彼女のこんな様子は初めて見る。思わず目をバルクの方へ向けるが、ちょうど彼もこちらに助けを求めようとした所のようで、目線がかち合った。
数秒そうしてると、バルクは頷き、クズハさんの方に向き直る。
「………いい天気、だよな……!」
話すの下手か! それで何を聞くってんだよ!?
「ですね? でも晴れ続きですし、たまには雨も良いものですよ……。」
「………雨ってテンション上がるよな!」
やり切ったと言わんばかりの満足気な清々しい表情でこっちに歩いて来る。
………なんで満足そうな顔してんだこいつ!! どうしたらそうなるんだよ、この前思いの他頭良いと見直したばかりではあるが……やっぱ勘違いだったわ。
「……それでクズハさんはどうだった? たしか、動物の競争?に行ったのだったか?」
仕方なく直球で聞く。……結果は何となく分かるが、とりあえず聞かない訳にいくまい。
「そうですね。それがしが参加したのは子鼠っぽい魔法生物の競争でした。みんな可愛かったですが、中でもしましまの子がふるふるしてて可愛くてですね………応援するつもりで賭けてたら、全部すっちゃたです……。」
「「………」」
すっちゃったかぁ~~、可愛かったなら仕方ないな、うん。
「それなら仕方ない。そもそもクズハさんは付き合わされただけなのだし、気を落とす事はない。」
「そ、そうだぜ! むしろ負ける確率が減ったって言うか! まあ、あんま変わんないが、それでも――へぶっ!」
………プラスマイナスしたら結局変わんないとか、余計な事言わない。
「……後頭部に肘は止めろって……あとそこまで言ってねぇよ……。」
「知るか、というか心を読むな。」
「……はあ、そんでどうすんだ?」
どこか心底疲れたといった様子のバルクが言う。
………正直困った。ふたりではルーレットでの勝率は、バルクが二倍で良い事を考慮に入れても六分の五。十分ではあるが………。
「そうだな、本題に入ろう。端的に言って――私と掛けをしないか?」
「掛け?ふたりでか? ……流石にそれはダメじゃないか?」
バルクは友達に非行に誘われた様な困った顔をする。……失礼だな、ふたりのコインを合わせれば二百越えて勝ち目が出てくると言うのに。
「禁止事項に俺達同士で賭け事をしてはならない、なんて無いからな、問題はあるまい。」
「まあ、そうだが……。」
そもそも駄目なら聞き耳を立ててるバエルが止める筈だ。そうしないのだから問題は無いんだろう。俺も止められたのなら大人しくルーレットに向かっていたし、何か言ってきても止めないのが悪い。
「じゃんけんは知ってるか? 拳、二本指、張り手を順繰りに相対にして勝敗を決める遊びなのだが。」
「………なんかすこし物騒だが似たのなら知ってるぜ? だけどよ………。」
煮え切らない様子、どうやらこいつ真面目過ぎてこういったグレーな事をするのに抵抗があるらしい。……純真過ぎないか?
「面倒だな。……お前は何の為に私に相談したんだ? ―――強くなりたい理由があるんだろ?」
「―――」
バルクは目を瞑り思案する。瞳を閉じる寸前、クズハさんの方を見たのを俺は見逃さなかった。
数秒程そうしを瞼を開ける。その目に迷いはもう無く、確かな意志を宿していた。
「じゃあ時間になったし、集計するぞ?」
コイン袋を回収し、バエルは数え始める。
慣れているのかすぐに数え終わると、袋をそれぞれの前に置いた。
「まず、クズハちゃんが―――零枚。まあ、最初ならそんなもんだ、だがひとりではカジノに来ない方が良いぞ?」
「……ですね。」
「次は、バルク君だな―――零枚。運任せも楽しいだろうが、たまに悪運の強いやつがいる。賭け事するなら失うつもりで楽しむくらいが良さそうだ。」
「……実感してるよ、賭け事は付き合い程度にしとくわ……。」
「んで、最後がお嬢―――百九十八枚。随分稼いだな、……お嬢の場合なんやかんやで勝ちそうだが、なんやかんやで大負けもしそうだし、ほどほどにな?」
「なんか私の時だけふわっとしてないか? ……まあ、ひとりでは来ないと約束しよう。」
知っている通りの結果だ。じゃんけんで勝ったのだけは意外だったがそれはそれだ、バエルの所持コイン次第で決着が付く。はたして……?
「そんで俺だが―――百七十五枚! 俺の負けだ、いい線は行ってたんだがな?」
「弟子が悪いんだろう、おそらく師匠の影響に違いない。」
にやけ面で見てきたので、肩をすくめて返す。
「ははは! 最初不安がってたお嬢が言う様になったもんだ! 良いぜ、簡単にだが修行を付けてやる!」
「っ、本当か!?」
「あたぼうよ、騎士に二言なんざねぇ。………ただ、限界はあるからな?」
「もちろんだ、教えてくれるだけで有難い限りだぜ!」
………こうして、俺に一時ばかりではあるが弟弟子が出来たのだった。
「それにしてもバエルは賭け事に強いのだな、正直そこまで増やしてくるとは思わなかったぞ?」
「………………だろう?」
? 何だったんだ今の間は? どこかバエルは悔しげな様子で階段の方を一瞬睨む、気になりそちらを向くが誰も居ない。
「腐れ縁ってやつだが……強く成ってたなぁ、あいつ……。」
小さく呟き、懐かしそうにもう一度視線を向けると、今度は振り返らずに出入口の方まで歩いて行った。
 




