賭け事
卓上ゲームと一口に言っても様々ある。トランプに似たカードや、サイコロを使うゲームが何種類もあり、机ごとにディーラー?だったかが座り、場所毎にそのゲームを説明する看板が置かれていた。中にはその両方が無い机もあったが、どうやらそれはフリースペースの様で、多くの人が思い思いのボードゲームで遊んでいる。
(さて、どれにするか……。)
ざっと見渡して良さそうなのは三つだ。サイコロの丁判みたいなやつにブラックジャックっぽいの、あとは花札的なやつ。前者は運要素が強く、後者は実力重視だろう。
本来ならもっと吟味したい所だが、今回は時間制限があるし、そもそもこの三つの選出理由だって似たものを知ってて理解しやすいからと言う単純なものだ。………間を取るのが無難か……?
(とりあえずやってみるか……。)
思考を打ち切り、俺は足先をブラックジャックもどきの机に向けた。
ルールを詳しく確認すると、ほとんど記憶しているブラックジャックと相違無い――とはいえ携帯ゲームのおまけ程度の拙い知識ではあるが――。
動物と数字が書かれた札が十三枚、四セット使って行うゲームだ。コインを賭けたり、カードを引いたりして指定の数字――21を目指すのも同じだし、10以上の札を10として扱うのも1を11としても扱うのも同じ。一つだけ違うのは、ボーナス役がある事だ。
ポーカーの様な役があり、同数勝利の場合それで優劣が決まる上、難しい役での勝利ならば店側から追加でコインが貰える。
ただ、内容が困難なものが多いので、狙うなら日替わりのチャンス役だろうか? 二枚で達成出来る分配当は少ないが、制限時間ありの勝負ではかなりのアドバンテージになり得るだろう。
ついでにゲーム名は『パピー』だそうだ。なんで子犬?
ルールを確認して席に座る。すると俺以外に様子を窺ってた人が居たのか他の席もすぐ埋まり、ゲームが開始した。
「21 あ、あー? どうやらぼくのひとり勝ちのようだ。ごめんごめん、コインは貰ってくよ?」
―――負けた。
そろそろ二桁に届く程やっているが、全く勝てる気がしない。運も絡む関係で安い勝利なら何度かあったが、周りの相手、特に今回も勝ちを拾ったあの中性的な性別不詳のやつが強くて困る。
そいつは、とにかく巧いのだ。勝てる時は周りをそれとなく誘導して賭け金を上げて、勝てないと見れば最速で降りる。俺達もやられっぱなしでは無いため、そいつの様子を見て降りたりするのだが、その時は安い手で上がられた。
誘導し、損切りを即座にして相手を騙す。単純な駆け引きではあるが巧みにそれを使いこなし、そいつはゲームマスター以上にこの卓を手中で転がし、支配していた。
(これは勝てないなぁ……。)
対人の“駆け引き”を訓練するなら良い相手なのかも知れないが、単純に賭け事勝負する中では強敵に過ぎる……。少し猶予のあったコインも百枚を割った。このまま続けてもじり貧だし、そろそろ他のものに触れるのも良いかもしれないな。
「あ、あー、辞めるのかい? なら、それも仕方ない。口を挟みはしたが君の選択に文句はないよ?」
「………」
席を立とうとすると、そいつが肩をすくめ話し掛けて来た。見た目と同じく声も男女判別し難いが、その口調にはからかう様な嘲りが少し含まれてるように感じられる。
……他の人が離れた時は引き留めなかったのになんなのだろうか? とりあえずこのまま離れるのが癪に思えたので、上げ掛けた腰を席に戻した。
次のゲームが始まる。一枚目、相手にも表示される俺の場カードはネズミの模様1のカードだ。1は11としても扱えこのゲームで最強と言っても良いカード、これは幸先が良い。おまけに今日のチャンス役のカードでもある。
二枚目、手元で相手から隠す自札は―――4だった……。
正直に微妙な引きだ。1の特性上、追加で引くのに問題は無いが引かないで勝てる数じゃない。
「おっと? 賭け金を増やすかな。いや、いや、少し危ういかな? じゃあ、倍賭けで。」
―――はあっ!? いきなり賭け金倍だと? 1が俺の場にあり、21の可能性があるというのに? ………いや、表情とかでそれはないとバレてるのか……。
「………こちらも倍だ。」
(!?)
それを見てか、もうひとりのプレイヤーも賭け金を吊り上げた。既に二週目にして掛け金は二十近い。勝ったら総取りのルール上これで勝てば四十枚増えるが……負けたら二十枚が消える事になる。
………降りるか? ……いや、確かに今降りたら損は少ないが、逆にそれを狙って吊り上げた可能性もある。まだ勝ち目は有るのだしここは乗ろう。
「私も倍乗せで。」
祭りは乗ってなんぼだからな?
*
お嬢達と別れ、階段を上がる。向かう先は上階の貴賓室、いわゆるVIPルームと言うやつだ。
階段を上りきると、黒を基調とした落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。騒がしい場所を通って来たからだろうか、静寂がまるで凍り付いたかの様にすら感じさせる。
下の階とは違い、カジノと言うよりは落ち着いた酒場の様だ。遊技テーブルは幾つかあるが、その数は比べるべくも無い。ひとつ大きく違うのは、その掛け金の最低価格だろうか?
それらのテーブルには目も向けず、一目散にバーカンウターに向かう。並べられた席には誰も居らず、ただひとつ残されたグラスだけが客の名残を残していた。
「店主、ここのやつは入れ違いかい?」
「バエルさんお久し振りです。そうですね、ほんの数分程前に席を立たれました。」
がたいのいい、黒い給仕服を着た店主がグラスを磨きつつ答える。知り合いの様で、丁寧ぶった口調ながらどこか気安さを感じさせる。
(……入れ違い。いや、逃げられたか……。)
軽く舌打ちすると席に腰を落とす。酒精の無いものを頼むと、予想していたかのように飲み物が出てきた。
「それで、本日はどのようなご用で? 記憶通りでしたら仕事中だと思いましたが。」
「……わかってて聞いてるだろ? 護衛中だ。ここでなら少しくらい離れても何とかなるんでな。」
ここの施設の主目的として情報の収集がある。それは研究の為も勿論あるが、それ以外も含まれる。下の階が無駄に騒がしいのはその為もあり、会話を集めるシステムが揃っていた。
「護衛対象と賭け勝負とは遊び心が過ぎるのでは?」
「それを店主が言うのかい?」
その情報を最速で把握、集積するのこそ、目の前の男―――このカジノのオーナーだ。ここに居て助けに遅れるなんて事はほぼあり得ないだろう。
「――目的の何割かには逃げられたんだが、店主にも少し用はある。平たく言えば、総合術技大会についてだな。」
「ふむ、それはバエルさんの方が詳しいのでは?」
顎髭に手を当てて店主は、何せ騎士なのだからと言外に返す。
「いきなりの開催だったかんな、何も聴かされてねぇんだよ。」
頬杖を付いてふて腐れたようにグラスを弄ぶ。
直接関わりの無い事とはいえ、この街でやるのなら少しくらい情報をくれても良い筈なのだが、バエルには何の連絡も無い。護衛に専念しろってことなのだろうが……。
バエルは眉を寄せグラスを傾けながら思案する。この頃どうも城からの情報が少ない。最初は城から離れてるせいかと思ったが、こうも情報がないと……心配になってくる。
「それはそれは、城は今忙しいそうですからね。少々お待ちを……こちら参加者一覧表になります。」
待たせると言った割には、十秒もせずに紙を持って戻って来た。
「お、さんきゅ。………見事に知らん名前ばっかりだな。」
「何せ急でしたから。例年なら行われてた候補の勧誘も無かったらしく、参加者は良くて秘境メインの腕自慢か、時点で研究で芽が出なかった研究者と言った所です。」
「しけてんなそりゃ。学園の交流戦のが盛り上がるんじゃねぇか?」
特にこの数年は学生の勧誘に力が入ってた。他国の重要人物まで生徒に居るくらいだ、比べるのが悪いのかも知れないが……。
「さあ? まだ募集はしてます。これから学生の参加者も出てくるでしょうし、乱入する酔狂な者も出てくる可能性もありますから。」
「学生が優勝ってのもなんだがな。―――で、危険なやつはいるかい?」
「それはなんとも。確認はしておりますが、如何せん他国の者が増えますから。間諜はどうせ居るでしょうし、頭の痛い問題です。」
開催までそう時間も無いと言うのに………それだけ急だと言うことか。
「何か分かればこちらから連絡を入れますね。参加者についても目ぼしい人物に声を掛けて置きましょう。」
「おう、まじで助かる。」
話が終わり、独特の静寂が場を包む。だが、バエルは立ち上がる様子がなく、店主は小首を傾げた。
「まだ何かありましたか?」
「いや、さっきも少し話しに出たが、賭け勝負をしていてな?――相手してくれねぇか?」
「それは、八百長をしろと?」
「まさか、本気でだ。」
「よろしいので……?」
瞬間―――空気が変わる。店主は、その落ち着いた雰囲気を一変させる。そのせいか人相が悪くなった様に感じられた。バエルは、その強者特有の威圧感に圧され息を飲む。
―――“駆け引き”の訓練など方便だ。無意味では無いだろうが、所詮素人同士、良くて熟練者と素人では、子供のちゃんばら。良くて剣術もどきの棒振りと変わりない。だが―――それが玄人同士、よしんば熟練者と玄人ならどうだ? その棒に例え刃が無くとも――切り合いには違いない。
少なくとも俺が知る限り、目の前の男はそういう手合だ。
「もちろんだ!騎士に二言はねぇ。全力でやり合おうぜ?」
「分かりました。教え子の前に無一文で送って差し上げましょう。」
不敵な笑みを浮かべるバエルに、店主が犬歯を剥いて笑い返した。
「……………やっぱ、手加減を――」
「騎士に二言は無いのでしょう?」
やばい、早まったかも知れねぇ………。




