学生魔術検証
良く手入れされた年季の入った家屋の軒先、小陰に座り込んでいる。
辺りを見渡すと、里の中を談笑しながら大人達が仕事をしていたり、少し年上の子供達が元気良く戦い駆け回っていた。
(確かあれはこはるちゃんととおる君だったかな?)
他に何人か居るが関わりが少なく名前がピンと来ない。……おかしいな、遊んだ事のあるふたりが印象に深いのは分かるけど、他の子達も名前を忘れる程ではないはずなんだけど……?
「あれ? こんなとこ居たですか? みんなの所に行かなくて良いのです?」
不思議に思い頭を捻っていると、日除けに使ってた家屋の方から声が掛けられる。
「……母、さん?」
「そうですよ? お日様の光でバテちゃいましたか? う~ん、熱はないみたいですけど……。」
手を額に当てて首を傾げると、ついでとばかりに頭をくしゃくしゃと撫でられた。
…………ああ、そうか――――これは夢だ。
明晰夢と言うやつだろう。そう思い直し再度周りを見ると、仕事中の大人達――農家だったはずの人達の顔や輪郭はボヤけているか、どこか知らない誰かの顔をしている。子供達も同様ではっきりとしていない。
道理で名前すら出て来ない訳だ。一日二日ではなく七年以上前、更にほぼ交流が無いのなら脳裏に名前が上がらなくても不思議はないのだろう。
…………恐る恐る母の方に向き直る。
(――――ぁ)
母さんは優しく、それこそ陽の光なんか比べ物にならないくらい暖かく――笑っていた。
――そうか、そういえば母はこういう顔で笑う人だったっけ――。
***
ふあぁ……。
あくびをかみ殺し学路を歩く。朝練が無くいつもより早く出たせいか、はたまた生活リズムのズレが原因か妙に気だるい。
それを言い訳に、一月でゆっくりと様変わりした並木道を、初めて登校した時の様になんともなしに眺めて歩く。
少しそうして進むと、見知った顔がベンチに腰掛けて黄昏ていた。
……そういえばアルシェと初めて会ったのもこんな風だったな。だが、バルクはこんな所で何をしてるんだ?
「……なんだ? 声を掛けない方が良いか?」
「………どっちでも良いがそれを当人に聞くかよ?」
「他に聞く知人もないのでな、それでどうしたんだ?」
顔を上げ、じと目を向ける彼へそう言葉を投げ返すと、すっと目を逸らされた。
……なんだ? クズハさんに告白して振られでもしたか?
「……関係ねぇだろ。」
「だが、こうして座り込んでる訳にも行くまい。まだ時間はあるが悠々と黄昏る程の猶予は無いぞ?」
「…………まあ、そうだな……。」
不承不承ながら納得した様で、のそのそと立ち上がる。
さすがに待つ義理はないので歩みを再開した。
「――先に行くぞ、悩み事があるのなら気が向いた時にでも話すと良い。私以外でも聞くやつはいるし、うじうじしてるのはお前らしくないぞ?」
言い残して足早にその場を離れる。……少しくさい事を言ってしまった気がする……どうやらまだ寝惚けているらしい。
「………ぉぅ。」
手で顔を扇いでいると、小さく返事が聞こえて来た。その声はどこか肩の力が抜けているように感じ、俺の恥は無駄ではなかったと安堵する。
……まあ、話せない悩みを抱えてる俺が、抱え込むな、なんて言うのもおかしな話、なんだけどな……。
*
「では、作戦会議を開始します!」
恒例の座学を終え、運動場に集まる。
そしてアルバート先生が見守る中、ジン君が会議の開始を宣言した。
「作戦ってもよぉ、どうすんだ? 俺達の中に戦術だか兵法だかに詳しいやつなんざ殆どいねぇぞ? 意見あるやつなんか居るのか?」
「はい!」
いつもの調子で疑問を口にするバルクに対して、何故か元気良くアルシェが手を上げる。
「……おうどうした? お手洗いなら俺に言われても困るぞ?」
「ちがうよ! 作戦だよ!」
「……一応聞くだけ聞くから言ってみな?」
「うん! あのね! でっかい魔術で岩石地帯ごとふっとばしちゃえば良いよ……!!」
なんと、豪快な……。てか誰がやるんだそれ?
「出来るかあほ! 作戦って知ってるか?おい??」
「えー! みんなでやれば出切るよ!!」
「無理だボケ!!」
ぎゃーぎゃー、わやわやと、そのまま口論を始めた。……あのふたり、ずいぶんと仲良くなったよな……最初は初日で喧嘩する程だったと言うのに、それだけ反りが合うって事なのかも知れない。
なんとなく微笑ましく思い眺めてると、ジン君が慌てて間に入った。
「お、落ち着いて下さいふたりとも!?」
「――っと、悪い。かっとなってつい、な……。」
「やーいバルクの悪い子~!」
「はぁ!? うるせぇ! おまえも同罪なんだよこの天然女!」
「ほい!」
「避けんな!」
げんこつを喰らわせようとするが、スルッと避けられる。追って捕まえようと手を伸ばすが掻い潜られた。
ムキになって追い掛けるバルクを翻弄するようにアルシェも駆け出し――
「ちょっ、待って!? 落ち着いて下さいって!!」
――寸前、ジン君がふたりの間に割り入った。
ふむ? 第三者の立ち位置だったとはいえ、良く割り入れたものだ。所感だが、動体視力が優れてると言うより、動体予測が優れてるのだろう。
「うぉ!?」
「ぅん!?」
驚いて足を止めるふたりに、諭すように口を開く。
「……まず、バルク君の意見ですが、その通りです。なので、自分がまず提案をして意見を募る予定です。」
「……な、なるほどな。」
「次にアルシェさんの意見ですが……暴論ですが、魔術師の戦い方としては最適ではあります。ただ、自分達に出来るかは別ですが……。」
「! でしょ!」
……そうなのか、確かに広域の魔術を連打されれば相手に勝ち目無いけど、それは理想論では? ……いや、クリフ先生辺りだと出来そうだし、王宮の魔導師達なら余裕なのかもだけど……。
「……もしかしてですが、アルシェさんは広域の魔術を使えるのですか?」
「うん! 出来るよ!」
何でも無いことのように言う。
なるほど! アルシェは自分の出来る事だから提案したのか! …………まじで?
「それは凄い! 出来ればどの程度のものか確認したいのですけど! 良いですか……?」
「まかせて!!」
胸を張って了承すると、触媒の指輪を外し、自前の腕輪に付け替える。そしてひとつ深呼吸をして気を落ち着けると、滔々と詠唱を始めた。
「雷よあれ 雷は豊穣の印 女神の包容なり 私は神の巫 天と人の架け橋なれば 天にまします我等が母よ その名を疑うものに紫電の戒めをもたらし賜え」
――雷流が迸る。紐状の電気が彼女を取り巻き掲げる腕を中心に格子状の螺旋を形成した。――瞬間、糸電が弾け、頭上に球と収束する。
そして包容するかの様に腕を広げると、雷球は天へ捧げられるように昇り行き、雲間に消える。それをまるで祈るかのように見届けると、彼女は重苦しく口を開く。
「雷―――」
「――待て!! 『突風弾』!」
「!?」
突然アルバート先生が制止の声をあげると、魔術を上空に打ち出す。それは雲にまで届くと弾け、雲に円形の穴を穿った。
「アルバート先生……? 何を……?」
突如の暴挙に動揺する俺達を代表して、ジン君が困惑の声をあげる。
「……少々危険と感じたので止めました。確認したいのですが、アルシェさんは誰にも当てない自信がありましたか?」
「……気合いで、なんとか……!」
「!? 気合いで!?」
優しく聞く先生に視線を逸らして言う。
あれ? もしかして結構ヤバかった? ……てかそんな危険な魔術使うなんて、もしかしてアルシェさん反抗期ですか……?
「悪いとは思うけど、運動場でそれを使うのは禁止だ。交流戦では使っても良いけど仲間を巻き込まない様に、ジン君もそんな感じでね?」
「うん……。」
……え、むしろ交流戦で使う分には良いのか……?
「……分かりました。残念ですがあまり頼らない様に作戦を練ります。」
「あーうん、お願いね。その分ひとつくらい助言を、さっきの魔術で攻撃範囲は十分だよ?」
「なるほど……ありがとうございます。参考にします。」
どうやら何か思い付いたらしく、ジン君は癖なのか眼鏡のつるを撫で思案に耽った。
*
「お待たせしました。では会議を続けましょう。」
仕切り直して、再度ジン君が話始める。
今度はみんな行儀良く座り込んで黙って話に耳を傾けた。
「こほん、先日は魔法適性の提示をありがとうございます。想定より風が多かったのはお国柄でしょうか? ともあれ今回はその多数いた風魔術――中でも主に防御系統の性能検査をしようと思います。」
性能検査?
「ていうと?」
「平たく言えば、どのくらいなら耐えられるか、複数人で重ねれるか、重ねれるとして防御力の向上はするか否か、ですね。」
なるほど、なんか理科の実験みたいで楽しそうかも。概要を述べると、ジン君は俺達を見渡す。
「それに当たって攻撃役を募集したいのですが、誰かいませんか? さしあたって風魔術使い以外で、出来れば武術に心得がある人が良いのですが……。」
「じゃあ俺がやるよ、さっき騒いじまったかんな、好きに使ってくれ。」
即座にバルクが手を上げ立候補する。悪いという思いがありつつも何故か堂々としたものだ。
「それでしたらお任せします。次に風の防御魔術を使える方を何人かお願いします。」
「はい!」
「では私も立候補しよう。」
まずアルシェが元気良く手を上げ、それに俺も続く。アルシェが手を上げるのは何となく分かっていたし、俺も何かしたかったからだ。後にも何人かが続く。
「アイリスさ、ん……で、では皆さんお願いします。」
「風よ散らし 妨げよ『風塵壁』 良いぞ!」
魔術を唱え、風の壁を造り出す。その前に、珍しく学園から借りた手甲を身に付けたバルクが立つ。
「――行くぜ!」
魔装術を使ったのか、速度とともに威圧感を増した拳が風壁に突き刺さり、割り裂いた。
「よっし!」
「どうですか? 強度や拘束性能等は?」
「おう! 軽い攻撃なら二、三発いりそうだ。飛び越えれなくはねぇが、隙が出来るし、回り込むのが良さそうだ。足留めだが数秒はいけると思うぜ!」
……なんでそんなすぐに意見が出てくるんだろうこの男。
それに満足気に頷くとジンは次の指示を出す。
「『風壁』」
「『風塵壁』」
今度はアルシェとの二重防壁だ。明らかに壁が厚くなっており、抜け難くなっている。
「じゃあ行くぞ!」
先程のように構えると、また同じ様に腕を振るう。一枚目はさっきの焼き増しの様に貫くが二枚目で止まる。だがそれも、続けざまに放たれた左手の抜き手で破られた。
「むぅ……。」
「うっし!」
不満気に吐息を漏らすアルシェを尻目にバルクは握り拳を作り喜びを露にする。それをみて更に口を尖らせた。
「むぅ……!」
「あはは……、それでどうでした? バルク君?」
「そうだな、一枚目はさっきと同じだが、威力を抑えられっから二枚目は難くてつい足を止められちまう。飛び越すのも幅があって困難だ。回り込むのが無難だがそれでも結構足留め出来ると思うぜ。」
「なるほど、でしたら勢い良く攻め込んで来た相手には二枚の方が良さそうですね。追撃要員を二、三名用意しておけば一網打尽に出来そうです。」
「そうだな、あとは投げものの練習もしておけば手数が増えるぜ?」
「確かに、魔術が優先ですが簡単には練習が必要ですね、投げものの形状も踏まえ検討しますか……。」
トントン拍子に話が進む。……なんだろう、もしかしてバルクって賢かったりするんだろうか……?
「すごいね、ふたりとも。バルク君は正直意外だったかも。」
「ああ見えて研究所の手伝いとかよく行ってるですからね、慣れてるんじゃないですか?」
感心半分、驚愕半分で眺めてると、委員長とクズハさんが近くに来た。いつの間にかクズハさんの腕の中には拗ねたアルシェがおり、撫でり撫でり子されている。……だんだん拗ね顔が弛んできて、ほにゃっとした表情になった。なんか小動物みたいでかわいい。
「そうなのか? 研究所とはお堅い印象だが?」
バルクと研究所とか解釈違い感がすごいある。
「まあ、バルクこの街産まれですから。ここ研究所はいっぱいありますし、結構身近で子供の頃からも出入りしてたっぽいですよ?」
成る程な、それなら納得出来るのかも? でもならなんで普段あんなエセ不良っぽい感じなんだろう? もっと影響を受けるものでは? ……まあ、それは個性か。
それからも授業時間をぎりぎりまで使って性能検査は続く。二重の次は三重、続いて扇状に展開出来るかどうか、他の属性の強度差や発動速度に至るまで、思い付く限り様々な検査を、心行くまで行った。
授業間の休憩時間すら費やしてやったそれらは、もともと研究気質の者も多い為か、むしろ手の空いたもの同士でも別の魔術を調べ始めたりで、とても賑やかに時間は過ぎて行った。
遂にはジン君も満足したらしく、メモに纏めるとみんなに召集をかける。
「お付き合いいただき、誠にありがとうございました。ここまでで収集したデータを元に作戦の詳細を詰めていきます。
現時点では、防衛と遊撃の二組に分ける予定ですけど、何か質問や意見はございますか?」
「う~ん、とりあえずそうなった理由を知りたいかな? やっぱりみんな何となく言うこと聞くだけじゃ不満に思う人もいると思うし!」
「さすが委員長、最もな意見です。自分も作戦立案ばかりに目が言って、行動するのが個人だということを失念していました。まるで目の前が開けたかの思いです。」
「え……う、うん? そ、そんな畏まらなくても良いんだよ……?」
目を輝かせて称賛するジン君に、委員長は困惑を浮かべた。
……てか、めっちゃ恐縮するじゃん。なんか目がきらきらしてるから、言葉だけじゃなく本音っぽいし……前々から疑問に思うとこはあったけど、ジン君ってなんか委員長を神聖視してない?




