見栄っぱり
「では、指揮官を筆頭に作戦会議を行ってくれ。分からないことや疑問があればその都度聞くように。」
先生の言葉で解散し、俺達はジン君の元に集まる。
「こほん、えー僭越ながら指揮を担うことになったジン・グラシャです。若輩者ではございますが誠心誠意努めさせていただきます。」
パチパチと拍手が沸き起こる。バルクも含めて皆手を叩いているのだから、同級生達は案外ノリが良いと思う。
「それでどうするんだいジン? 相手側の総力は不明だけど、魔術だけだと難しいんじゃない?」
確かにジョンの言うとおりだ。俺達の魔術の実力は王子を頂点として、次席がアルシェかクズハさんで、その他はドングリの背比べといった所。詳細な実力は判別が難しいがアルシェの実力が半獣状態のバルクにぎりぎり勝つ程度だから、あのグリムとか言う少女に勝てるかは微妙な所だろう。
……バルクが鍛えてるのも知ってるし、実力差はそれ以上に大きいかも知れないな……。
「――いや、そうでもないですよ? 個人戦での不利はありますが、それでも勝ちを拾えはすると考えてます。」
「ふうん?」
勝ちは難しいとの考えを、否定する様にジン君はそう断言した。
「お~! じゃぼくでも勝てる~?」
「相手とやりようによっては可能です。」
「お~!」
まじか……?
俺達はこの一月でかなりの数魔術を覚えた。だが一部属性を除き低威力のものが殆どで、効力の高いやつは防御系統の魔術が大半を占めている。それすらなんとかウォール的なやつなので回り込まれたら無意味だ。
俺も団体戦ならともかく個人で勝目は薄いと思ったんだが……?
「確かに、いま自分達が覚えてる最大の魔術では、想定される平均的な武術生に対し、有効打は難しいでしょう。特に自分の魔術属性は風だけなので足止め程度が精々です。」
「うん、そうだね。僕も風使いだからそれは分かるよ、便利だけど威力が弱いんだよね。」
「ええ、ですがそれで十分です。」
うん? どういう事だ?
「と言うと?」
「単純に足止めはしたんですから、石でも投げれば良いんです。それで判定の魔道具は壊れます。」
「「おお~!」」
ああ、なるほど。そういやそんな物があるって言ってたっけ。つまりはそれ込みで工夫して――頭を使って戦うのが今回の交流戦の主目的という訳か。
「そんなかんたんに壊れるの? 魔道具ってかたいよ?」
「リブートさんの言う事も分かりますが、今回の魔道具は一回の防御力が高い代わりに使い捨てでして、一度発動してしまえばそれで終わりです。
もちろん軽い衝撃なら発動しないそうですが、投石で無理でも鋭端な物を投げ付ければ威力的には十分でしょう。」
それならかなりこっちに有利だな。特に何でもない攻撃でも相手に回避を強要させられるのは強みだ。……てか、どうでもいいけどアルシェの名字呼び初めて聞いたな……一瞬誰の事かと思ったぞ?
「なるほど~!」
イストは得心が行った様に頷く。
「イスト君は地属性でしたね? でしたら手段は豊富です。おそらく礫を飛ばす魔術が決め手になるでしょう。出来るだけ引き付けて使えばそれだけで勝ててしまいます。
それ以上の威力の魔術は時間の無駄ですし避けられますから、牽制に使うのが良いと思います。」
「うん、わかった~、がんばるよ~!」
「はい、お願いしますね。」
イストがほんわかとガッツポーズをして、ジン君はそれを微笑ましく見ると、優しく応援を返す。
思った以上にしっかりとした意見だ。これがするっと出て来るのなら指揮官を任せるのに不足無いだろう、てか王子より向いてたんじゃないか?
「? どうされましたアイリス様?」
「……いや。」
思わず生暖かい目で王子を見ると、彼は不思議そうに首を傾げた。
……うっかりの人だもんな、王子……なんか意味わからん所でポカやる気がするんだよね……。
「すごいねジン君! よく考えてる。私はこういうの苦手だから尊敬するよ!」
「えっ!? シっ……委員長……。自分は父が軍属でして、少々軍略に触れる機会があっただけです。イストに対する助言も素人考えで確実性に欠けるもの、ですが――!」
ジン君は眼鏡を強く押えると、委員長に気合いを示すかの様に強い眼差しで俺達を見渡す。
「皆さんには使える魔術の申告をお願いします。それさえ分かれば――あとは自分が勝利に向けて指揮を取りましょう。」
俺達のリーダーは、そう力強く宣言した。
***
「という事があってだな?」
「ほーう? 武術生との交流戦ねぇ?」
学園から帰還してからの昼訓練前に、バエルに今日の出来事を話す。昼に訓練するのは珍しいのだが、今朝の結果が悔しくて学園に行く前に続きをお願いした結果だ。
……正直、思いの外疲れてるので止めておけばよかった……。
「懐かしいねぇ~?」
「もしやバエルも学生の頃に?」
想像に容易くはないがバエルも十代の時はあるんだし、学生をやっててもおかしくはない、のか?
……学生のバエルってどんなのだろう? バルクみたいな見た目だけヤンキー? それとも案外ジン君みたいな優等生系とか?
「……ぷふっ……。」
「……な~に想像してんのか知らねえけどよ、学舎に通った事はねぇよ? 交流戦では騎士か王宮魔導師がサプライズで見学に来るのが伝統でな? 俺もそれで行った事があんのよ。」
ほう?
「……それは言って良いのか? ネタばらしをされた気分なんだが……。」
「構わねぇさ、どうせ今回行くのは俺だろうしな。交流戦で使われる魔道具の技術は王座にも使われててよ、その監査も兼ねてるって寸法よ。」
……それって聞いて大丈夫なやつ?
顔をしかめると、それを見てしまった!という表情をする。
「……あー、いま言った事は他の奴には内緒にしといてくれな? ……特にメイドの嬢ちゃんの耳に入るとうるせえからよ……まじで頼むぜ?」
……手遅れじゃないか? 絶対マリアンナどっかで聞いてる気がするんだが……特にいまは訓練の為に呼び出してるんだし。そう聞くと変な顔をする。
「……別のやつだ。王城に長い付き合いのやつがいてだな……。あ~、気にしないでくんな!」
「?」
ずいぶんと歯切れが悪いな? なんかあるのかそのメイドとやらと?
「……恋愛関係か?」
「ちげぇ!? 絶対ねぇかんな!? かーやだやだ!若いと何でも恋愛に結び付けたがるんだからよ!」
「違うのか?」
「……勘弁してくれ……。間違っても城でそんな事言うなよ? 殺されちまう……。」
「お、おう? 別に誰かに言うつもりは無いが……。」
「頼むぜ!?」
……何なんだ? すっごい気になる……。バエルがここまで取り乱すとか相当だぞ? ……照れ隠しって感じでも無いし、まじでなに??
問い詰めようか迷っていると、マリアンナが現れた。
「お待たせ致しましたアイリス様。」
「おうマリアンナ! まったく問題ねぇぜ! むしろ人心地付いたってもんだ! じゃあ早速始めっか!!」
「えっ! あっ、はい。アイリス様が宜しければ……。」
頭を切り替え魔力を引き出す。それを全身に纏わせて術を織り成した。
「《魔装術》私はいつでも良いぞ?」
依然として頭の回りが鈍く、好調とは言い難い――だが、実戦では不調等当たり前だ。例え体調が良好でも戦闘における緊張は神経を容易に磨り減らし、重ねて不意打ちでもあれば、それは精神に大きな揺らぎを与えるだろう、経験則だ。
そう考えればいまの状態こそ訓練するのにもっとも適してるとさえ言える。重ねて言えば反射が大切なこの訓練において思考は邪魔だ。つまり――いま現在が訓練における最良だ。
そう自分を納得させると意識を溶かす様に全身に拡げ、目を閉じた。
「……では、行きます。」
声が聞こえる。――それは必要無い、雑念だ。
瞬間、殊更鋭くした触覚に確かに何かが触れた。




