研鑽の塔
遅くなりました。今話から新章に入ります。
サブタイトルをミスしたので修正しました。
人は脆い、産まれてから数年足らずでそれを理解した。
首を捻れば、打撃を受ければ、斬撃を喰らえば、水に沈めば、そんな簡単な事で人は消える。――何より理性無き魔物の前では餌になるだけの存在だ。
無論人にも抵抗する力はある。知力、軍力、文明力、知恵を元にした計略、経験の総てが人の歴史を造り、維持する元力だ。だが……。
―――燃える家屋、肢体を失い倒れる人々。そして何より足元で死に絶える魔物共。
勝てば生き、負ければ消える。そんな世界において最大の力とは、そんな御為ごかしでは無く、結局の所ただ純粋な暴力でしかないのだ。
***
街の中心、街を区切るかの様に創られた円形の広い公園の、その更に中心にある大きな池に、ひどく長い塔が建っていた。
街に暮らす人なら一度は目にしたことのあるだろうその巨塔は、何十年か前の研究者と職人がどれだけ高く建物を造れるかを議論して造られ、その偉業を称し『研鑽の塔』と親しみを込めて呼ばれ、街の観光名所にもなっている。
そんな街の象徴とも呼べる巨塔の頂点、筒状の屋根飾りに、ひとりの少女が立って居た。
地上百メートル近い所に、安全柵も無しに立つなんて高所が得意な人ですら足がすくむ程だが、その少女は灰色の長い髪を風にたなびかせ、足を震わせる事もなく堂々としている。
それだけでも大概だが、それ以上に異質なのが背に持った大鎌だ。彼女の身の丈を優に越えるその凶器、確実に農業用では無いそれが、もし見た目通りに金属の塊だとするのならば、重量は、軽く百を越えるだろう。もしそうなら彼女はいったいどれだけの怪力なのだろうか?
それ以前に、そもそもどうやってそこまで登ったのだろう? この塔には安全の為換気出来る程度の小窓しか付いておらず、中から外には出られないというのに。……まさか外壁をよじ登ったとでも言うのだろうか?
「よっし!見つけたぜ~! 流石は研鑽の塔っていうだけあんな!登れば応えてくれるなんてイケてるね~!!」
少女は何かを探す様に見渡すと一点に目を止め、からからと愉しそうに、いたずらっ子染みた笑みを浮かべる。
「こっちの方向だな? ――待ってろよ!魔術学園! オレが今行くぜー!!」
方角を指差し確認すると―――おもむろに身を投げだした。普通なら即死する高度だが、その行動には一切の迷や躊躇がなく、この程度の高さなど物ともしないと言う自信が垣間見え――
「おおっ!? 高っ!? まじで怖っ!?」
……地面に激突する寸前、背中の大鎌を思いっきり振り下ろす。石畳と鋼鉄の激しい衝突音を撒き散らし、小規模のクレーターが出来上がる。その衝撃の大きさに心なしか塔が傾いた気がした……。
***
クリフ先生の一件から一月が過ぎた。
マリアンナの話だと彼は早々に捕まったらしく、仲間なども無い為、もう心配いらないそうな。
お見舞いに行ってから数日で委員長も完全復活し、アルシェやクズハさんにバルクやイスト、ついでにジョンも連れて、復帰記念を理由にしたスイーツ店めぐりなんて事もした。
アルシェやイストがよく食べるのはイメージ通りだが、案外バルクもかなり食べていたのが印象的だったな。ああ見えて案外甘党なのかもしれない。
バエルとの訓練も上々だ。なんたってこんな物思いに耽っていても《魔装術》を維持出来る様になったのだから。
「よぅし! 制御出来てるみてぇだな! これなら好きな時に使って修行してもいいぜ?」
ぼーっと回想していると、バエルから声が掛けられる。
「それは良かった。訓練開始早々ぼーっとしろとは、何事かと思いはしたがな?」
「ははは! 悪かった。訓練段階を次に進める前に、まず実力を確認したかったんだよ。」
「ほう?」
次の段階? ただ模擬戦をする訳ではないのか? ……確か武術的なのは教えない方針だった気もするが。
「そいつは型の話だな。俺の教えれるやつだと、お嬢の身体能力と体格的に向いてねぇし。魔族がどんなのか分かんねぇ現状、無型のまま対応力を上げた方が良いって判断だ。」
ほーなるほど、型にはまるのが良いとは言い切れないって訳か。例えば関節技を極めても、相手がタコやイカみたいな軟体動物では無意味だしな。
魔族なんて言ったら多種多様が当たり前だろうし、それよりは戦闘勘を培った方がましって感じか。
「……つまり、型以外の応用力のある技、ないし技術を教わると?」
「おう、そうだ! 正確には防御法だがな。お嬢の立ち位置的にも必要なんでよ、攻撃技のが好きだろうが勘弁してくれや!」
「……確かに、ただ受けるよりは攻撃の方が好きだが、防御の重要性は分かってるつもりだぞ?」
私を含め、怪我するのを好きな奴はそう居ないと思うが、出来るなら倒そうとするのは普通の事だろ? ……何故そんな不服そうな顔をする?
「………いやぁ。俺ぁ、お嬢が戦闘関係だけ頭が回るのは知ってんだけどよ? 模擬戦中に武器投げたり、魔術使うのは構わねえんだけど、単純に砂投げ付けてきたり、武器屋で買った投げものや鈍器、どこで覚えたのか濡れた長布を使ったり、挙げ句の果てには防御捨てて飛び掛かって来やがる。そんな印象が強くてねぇ……?」
「………まあ、あれだ。私は良い師匠を持てて嬉しく思うぞ?」
ぐうの音も無い程の反論だ。俺のだじたじながらも捻り出した言葉に、バエルは苦笑を浮かべた。
「まあ、ちょいと意地悪も入ってるが、お嬢はそこら辺反省してくれっかい? 模擬戦なら構わねえが、護衛としては外でやらないかとヒヤヒヤするんでな?」
「……う、うむ。」
「頼むぜ?
んで、前置きが長くなったが教えるのは《魔装術》の応用だ。知っての通り《魔装術》は使う魔力量と比重で力に加えて防御力も上がる。今回はそれを利用してダメージを咄嗟に防いだり流したりするんだ。魔力を片寄らせるのは出来るかい?」
「ああ。」
普段は、主に剣に込めたり腕に集中させたりする程度だが、やってみればすぐに出来た。
「んなら重畳、攻撃に合わせて当たる位置に魔力を集中させるって寸法よ。マリアンナ!居るんだろ?」
バエルが唐突に呼ぶと、少しして不服そうな顔をしたメイドが側に現れる。マリアンナに何か用事でもあるのだろうか?
「……一応出ては来ましたが、何の様ですかバエルさん?」
「予想は出来てるんじゃねえか? お嬢と戦ってくれ。」
「「はぁ?」」
つまり、マリアンナの攻撃を防ぐ? むっず!? 攻撃どころか姿を視認するのすらきついんだが……。
「そんなふたりで口揃えるとこかよ? ただ戦うだけだぜ?」
「それが問題なんです! 私はメイドですよ?」
「それがどうしたよ? 俺はただ適役を割り振っただけだぜ? 不意打ちなら、おまえが適任だ。」
「バエルさんもそれは同じでしょう?」
「さてな? どっちにせよこの訓練をするに当たって重要なのは隠密力と観察眼だ。お前ならメイド貴族としてそれを両方備えてるかんな、俺より適してるって訳よ。」
「それは……そうですが……。はぁ、分かりました! やりましょう!」
「おう、頼んだ!」
マリアンナはしぶしぶながらも戦う事に決めたらしい。所在なさげに彷徨わせてた瞳が収まって、真剣な、冷徹さを感じさせる雰囲気を纏う―――ぞくりと冷たい物が背筋を通り過ぎた。
「……お、隠密力は分かるが観察眼だと?」
動揺と怖じ気を隠す様にぱっと思い付いた質問をする。
「おう? まあ多少の魔力の差なんざパッと見て判断とかキツいからよ。強めに攻撃すれば分かるんだが、それだと怪我させかねねぇ、この後学校もあんだしそいつは駄目だろ? そんで観察力がいんだ。
ついでに俺は指導もしなきゃいけねぇから丁度良いってな?」
「……ふむ。」
つまり彼女ならそれが出来ると……。メイド貴族ってマジ何なんだろう……。
「もういいか? ……よし、時間も押してるかんな、さっと初めてくんな!」
――バエルの音頭と共にマリアンナの姿が掻き消える。視界に居たのにも関わらず姿をくらませた彼女を、目を剥き探すがどこに居るのか見当もつかない!?
とりあえず武器を構えようと柄に手を触れたと同時、背中に硬い感触が触れた。
「アイリス様、後ろでございますよ?」
「…………そうだな、後学なのだが……どうやって後ろに回ったんだ?」
「歩いて、ですね♪」
「……そうか。」
こ、怖わぁ……まったく見えなかったぞ……。 えっ?こんなんどうしろと?
「まぁすぐには無理だわな。お嬢、武器構えるのは良いが反撃禁止、魔力操作を意識してくれ! マリアンナはその調子で攻撃な? いちいち止まらずに連続で攻撃して良いぜ!」
「分かりました。」
「お、おう……!」
背から硬い物が離れて行く感覚に、即座に振り返るが、すでにマリアンナの姿は無かった。
今度は背後を取られない様に回転し、目に意識を集中させるが、影すら捉えれない。
次第に気が急いて来る。まるで亡霊とでも戦ってるかの様な不安感が神経を磨り減らす。もう剣を適当に振り回すのが良いんじゃないだろうか? そんな思いに駆られ、衝動的に柄に触れる―――寸前、首筋に冷たい感触が襲い来た……!
「っ!?」
思わず硬直する俺を尻目に、首筋の気配が離れて行く。
―――こんなものいったいどうすれば良いんだ……? 何度目かわからないがそう思う。何も出来ない現状、どうすることも――
「――お嬢《魔装術》が解け掛けてんぞ?」
………そうだ。俺がやってるのはマリアンナを探す事じゃなく、あくまでも《魔装術》の訓練だ。なら、いったんそれに全力を尽くす……!
体内の魔力弁を八回捻る。とたんに身体の奥から溢れ出す魔力を、抑え付け、全身に循環させた。 これが今の俺が限界だ。これ以上魔力を引き出すと、急激に制御が効かなくなる。
急速に魔力量を増やした反動で、身体感覚がふわふわして落ち着かない。目を閉じて今の身体能力を理解しようと努め―――こめかみに武器が迫る。反射的に魔力量を集中させるが、間に合わない。刃引きされたナイフの感触がこめかみを撫でた。
「おお……! その調子だぜ!!」
失敗だ。だが、なんとなく分かった気がする《魔装術》状態だと感覚が少し鋭くなると言うか、魔力に触れられると違和感がある。
目を開けて見渡すが相変わらずマリアンナの姿は無い。……それなら現状頼れるのはその感覚だけだ。五感の殆どをシャットダウンして、その曖昧な触覚に身を預けた。




