閑話 マリアンナの日常
早朝、日が昇る前に目を開ける。
メイド貴族としての日課だ。早起きは子供の頃は大変に思っていた気がするがいつの間にか慣れていた。
部屋に備え付けられた浴室でシャワーを浴び、意識をシャッキリさせると、体臭を完全に消し去る特別性の薬品を振り撒く。
………女性として少し位良い匂いを纏わせたくもなるが、仕事上必要なのだから仕方ない……。
クローゼットに幾つも並ぶお揃いのメイド服から一つ選ぶとそれに着替え、小物入れからネックレスを取り出し首に掛ける。
少し姿見で確認したあと、襟の下にし舞い込んだ。
(本当はダメなんですが、少し位お洒落したいですからね♪)
もちろん私個人にオーダーメイドされた特注のメイド服も可愛いし、不満は無いのだが、毎日それというのも味気ない。誰に見られる訳でもないし魔法的な効果も無いが、私の気持ち的に嬉しいのだからそれで良いのだ。
(また多いですねぇ~)
身支度を終え執務室に向かうと、机の上には書類が山を造っていた。これらすべて隠密衆や夜警に使用人からの報告書だ。ここから精査して王に報告したり、追加の命令を下したりしなければいけない。
……まずこれは、夜警からの報告ですか。出入りする者や防壁に目立った異常無し、と。ただ王子様とバエルが遅くに帰って来た。ですか?
……さすがに色街に行ってたと言う訳ではないと思いますが……後で確認しておきましょう。
量が少ない報告書をさっと片付け、次に量が一番多い書類に目を通す。
人物調査の報告書だ。主に学園の教員と生徒を中心に、危険思想や他者からの横槍が無いかを軸に調査を進めている。だが、他国の者や貴族が多い為調べる幅が広く。更には研究者が多い関係上、訳分からない物や行動が多く調査が難航していた。
(……政治はともかくこちらは門外漢ですからね、この辺りは彼に期待しましょう。)
すべて目を通し、分かる限り異常は無しと結論付ける。……勇者の事を知ってる筈の大臣が何も行動を起こしてないとは考え難い他、王子に対して行動を起こす者が居ない為、結果は芳しいとは言えないがそれでも調査は必要だ。隠密衆に向けて調査継続の命令書を専用の魔道具で送信する。
調査報告書を捌き終え、一休みに紅茶を淹れると次の書類束に目を向けた。
今度のものも調査報告書に近いが、これらはアイリス様の御友人方の護衛として、ひっそりと側付けた隠密衆からの報告書だ。主に今回の事件に関わった数名に一人づつ付けている。
昨日はお見舞いを含め私も付いて居ましたので、そんなに大した報告はないでしょうが、とりあえず目を通しましょうか。
委員長ことアイシャ・シーミア様とクズハ様は朝からずっと行動を共にしていた様だ。主に看病の為らしいが甲斐甲斐しい世話の様子と、それに照れながらも 甘えるアイシャ様の様子が事細かく書かれていた。
(……これは少し悪い気がしますね。)
まあ仕事なので遠慮なく見ますが。……それよりここまで詳細に書かなくても良いのではないでしょうか? 護衛に支障を及ぼさないと良いのですが……。
とりあえず、報告書はもう少し簡素にして下さいとと、ついでに何派か書き送っておきましょう。
こちらは今回の被害者ことアルシェ・リブート様に関する報告書だ。
彼女は怪我の後遺症もなく、朝から槍や魔術の鍛練を行っていた模様。
それから様子を見に来たアイリス様やバルク様と行動を共にし、アイシャ様のお見舞いの後はイスト様とジョンを加えた五人でお買い物をした。
そこでアイリス様とお揃いの髪飾りを購入し、バルク様からお詫びとしてサファイアのネックレスを渡されたらしく、共に大事にしている様子。
……個人的な追記として、宝石付きの装飾品を上げるという事は遠回しに想いを告げているのではないか?
(……普通に御守り、魔除けかと思いますが……。)
無いとは思いますが変に片寄った認識で報告しないように気を付ける様にと、ついでに好きな宝飾品はなんですか? と書いて送る。
……なんでしょう?みんな疲れてるのでしょうか?
次はバルク様の報告書だ。……何かこの書類だけ無駄に分厚い……。
まず、朝早くから家を出て見舞い品探しに奔走する。最終的に花屋の店主により花束に落ち着いたが、それまでの真摯かつ真剣な様子と行動から想い人へのプレゼントに違いなく、思わずアイリス様の家を探す彼に案内をしてしまった。
(……なにしてるんですか?)
それからバルク様はアイリス様へ熱い想いを吐露し、その想いに困惑していらっしゃったアイリス様も根負けして花束をお受け取りに成りました。最後に蹴り入れられたのも恐らくは照れ隠しでしょう!
(……文字が荒れて来ましたね……。)
興奮の為か、はたまた立って書いたのか途中から殴り書きに近くなり大変に読みづらい……。
――その証拠に! 初々しいながらも甲斐甲斐しい治療を手ずから!行ってましたし、他の方へのお見舞いも付いて行くと言いました! これはまだ幼い嫉妬心が垣間見えた瞬間で、つまりはアイリス様可愛いと―――以下略。
……勘違いですよ、それ……。アイリス様は割りと衝動的に行動しますからね……。
(……休暇、休暇が必要でしょうか? 彼女達は優秀でしたし、人員不足だといっても酷使し過ぎたのでしょうか?)
少なくともこんな怪文書を送り付ける人でも無い筈なのですが……あいにく交代の人員は居ませんし頑張って貰いましょう。
出来る限り主観を排除した報告をお願いします。ついでに好きな食べ物は何ですかと書いて送る。後で差し入れしに行きますかね……。
隠密からの報告書はこれで終わり、あとは使用人から備品発注の領収書を確認して経費で落とすかいなかを判断するだけだ。一応バエルと新人からの報告があるが、重要度はほど低い。
「あとちょっとです♪」
庭師の道具や植物の費用、街道の清掃に駆り出した人件費、掃除などに使う薬品などの費用、食糧の補充費、期限の近い医療品の交換等々。数々の費用が適当かどうかを資料を手に吟味する。
ある程度なら多くても良いが、費用は国王から任された勇者支援金から支払われる。手抜きは許されない。
多すぎる物は注意をして、少な過ぎる物は確認を入れる。王様が選りすぐんだだけあって使用人も優秀な者が多く作業事態楽ではあるのだが、その分少し足りとも気の抜けない作業だ。
「終わった~!」
すべて帳簿にまとめ終え、背もたれに身を預け伸びをする。毎日の事とはいえ流石に量が量だ……任されるのは光栄なのだが、早急に事務の人員を寄越して欲しい……。
「まあ、極秘事項が多いので難しいのですけどね……」
その分スカウトした新人には期待大だ。こちらの事情を大体把握している上、この街に詳しく研究関連に明るく、更には表舞台から退いてる為最悪使い潰しても問題ないなんて、都合が良すぎではないだろうか?
ふと最後に残った件の新人が出した報告書を捲る。
体調管理報告 まず、適切な治療感謝する。現在細胞崩壊の後遺症で動く事も困難な状況ではあるが、容態は快調に向かいつつあり、このまま休息を続けた場合、一月後には回復する模様。また、激しい動きをしないのなら二週間の後に活動可能との事。
私にどのような働きを期待しているかは判断し難いが、受けた献身に見合った働きをすると約束しよう。
追記 名前はどうしたら良いだろうか? 前のままでは支障があると考えるが?
「……めちゃくちゃお堅いですね。」
というか動くのも困難な状態でこれ書いたんでしょうか? めちゃくちゃ字が綺麗なのですけど……。
……とりあえず事務をお願いしたいので、お早い回復を祈っています。名前はおまかせします。と、ついでにダンスが趣味なんですか? と書いて送っておきましょう。
*
朝日が昇り出し、起きて来た一般メイドや使用人達に指示をする。大した事柄は無いのだが、一応メイド長として挨拶と業務の開始を伝えないといけない。
あまりピンとは来ていないが、実家の教えとして仕事と休みの切り替えになるそうな。
「おはよう御座いますマリアンナ様。」
「おはよう御座いますメルさん♪ 昨日はゆっくり出来ましたか?」
「はい! ソドム観光をしました! 王都とは違った面白いものがたくさんでとても充実した休日でした!」
「それは良かったです♪ 人に依っては見知らぬ街で体調を崩す方もいらっしゃいますから……。」
特に隠密衆の方々は日に日におかしく為ってる気がしますしね……。個性が見えて来ただけなら良いのですが……それはそれで嫌ですね……。
「! そうですね、同僚にもいつもより少し元気の無い人もいますし気に掛けておきます……! あっ、あとお土産がありますので後程渡しますね♪」
「ありがとう、お友達にも体調が悪い様なら言うように言って下さいね? 休みを取らせますしお医者様も紹介しますので。」
「ありがとうございます!」
去って行く彼女に、手を振り送り出すと、ひとつ息を吐く。
(慣れないな……これ。)
同僚としてならともかく上司として部下に友好的に振る舞うなんて経験が無い。実家では教え子で王城ではもっとベテランのメイド長が居たし、一般メイドより立場は上だったが、貴族位を持った上司に気楽に接して来る人なんて居なかった。
これが文化の違いというものなのだろうか?
……まあ、確かに王城よりは気楽ですかね。
私は、気配を隠すと次の仕事に移った。
*
マリアンナの部屋、執務室の魔道具から一枚の紙が吐き出される。
損害報告書、ソドムから北に数キロ先の岩石地帯が消失、至急対処求む。追記 わりぃ、やり過ぎた。 バエル




