決意と国主
サブタイトルと本文を少し修正いたしました。旧題、憂慮と国主。
誰もいない魔道場の片隅で剣を振るう。まだ魔力が扱い難い為、素の力だけの剣撃だ。
決して洗練されてるとは言い難い、それでも振り始めから終わりまで確めるように意思を載せた斬撃が空を切り裂いた。
残心し、息と共に身体の熱を逃がす。……少し専念し過ぎたらしい、脳が酸欠を起こしたのか立ち眩みがした……休んだ方が良さそうだ。
はしたなくはあるが、どうせ誰も見てはいない事だし地面に寝っ転がり、ぐい~っと伸びをする。疲労した筋肉が心地好く伸ばされ、血流がマシになったのか頭が幾分かしゃっきりとしてきた。
「んあ゛ぁ~~、はふぅ……。貧弱だなぁ、俺……。」
息を完全に落ち着けると、諦観の籠ったため息を、自分に向けて吐き捨てる。
疲労が元々有るとはいえ、一時間程度剣を振り回しただけでこれだ。こんなざまでは魔王どころかクリフに対抗することすらとても出来まい。それこそ、ある程度の威力を持った魔術を継続されたのなら、たちまち体力切れを起こすだろう。
剣速、技量、体力、剣技体の総てが、今の俺には足りていなかった。
こんなのが勇者なんて自分の事ながら呆れ果ててしまう。結構戦える自信が付いていたが、現実はそんな妄想のはるか上にある。どうやら俺は少しこの世界を嘗めていたようだ……。
「はぁ……。」
嘆息する。本当ならこんなところで黄昏てないで養護室のアルシェの側に付いて居たい所だが、怪我人でてんやわんやの所に無理言って居座る訳にもいかない……居たいと口に出せば許されると思うが、迷惑だろうしな。
かと言ってじっとしてる気分では無く、気分転換でこうして誰もいない魔道場で身体を動かしてるのだが……。
こうして寝転がってると、嫌でも今回の出来事を思い返す―――何も出来なかった。傷付くアルシェに、不甲斐ない自分の姿が脳裏から離れてくれない。
寝転がったまま感情に任せて剣を振り上げる。いままでこんな感傷的になった事なんて多分ない。思い返せば、俺には知人が死ぬ経験なんて一度もしたこと無いんだ。
当然俺も死にたくは無いが、それ以上に誰かが死ぬ覚悟なんて少しも出来てなかった。
今更ながら勇者の肩書きが重くのし掛かる。いまだ実感は無いが一年後には人類が滅びに窮する程の事が起きて、実際王は勇者の力が無いとそうなると考えていた。
つまりそれは、逆説的にクリフや王子ですら役不足と言うこと。ふざけるなと言いたい、勇者の力で強化出来るらしいが、まずそれをどうやると言うのか? そもそも強化されようと俺というお荷物を背負って戦うなんて相当なハンデだ。高威力の魔術を遠距離から連打されれば簡単に詰む。
………荷が重い、重すぎるよ……。
どんなに特殊な力があろうが、祝福とやらをされようが、中身はただの一般人だ。高校卒業したら勇者に成りました! なんて妄想するも笑えやしない。
空へ掲げた剣を見やる。ああ、いまこれを心の臓に突き刺せば楽になるのだろうか?
……そんな訳はない、他の皆を道連れにするだけ、後悔が残るだけだ。
脳裏を過った衝動を払う様に、掲げた剣先で空を十字になぞり切った。
「ここにいらっしゃいましたかアイリス様♪ 探しましたよ?」
果ての無い諦観に浸っていると、急に耳慣れた声がする。顔を向けると、思った通りのメイド服を着た女性が、いつの間にやら側で立っていた。
「……マリアンナか、無事で何よりだ。心配したんだぞ?」
「ご心配ありがとうございます♪ 少々野暮用がありまして。顔見せが遅れてしまいましたこと、お詫び致します!」
「……問題ない。王子から話は聞いてるからな、大事ないようなら僥倖だ。それで、どうした?」
こういうと少し寂しいが、彼女が自主的に話し掛ける時は大体何かしらの用事がある時だけだ。それ以外だと控えてる場合が多い。今回の場合だと無事な姿を見せに来たとも思えるが……何となく違う気がする。
「はい、養護室の様子が落ち着いたようですのでお伝えしようかと思いまして♪ こちら疲労回復の効能があるお飲み物になります♪ 一息ついたらお見舞いに向かいましょう!」
……なんでそんな気が利くのだろうか? 促されるまま渡された飲み物を一口飲む、すると甘酸っぱい味が口に広がって、身体に染み渡って来る感覚がした。
飲み終わると――疲労が吹き飛んだ。全身がぽかぽかと暖かくなり、ずっと続いてた纏わりつく様な頭痛が引いていく、心なしか機能不全を起こしてた魔力弁も癒された感じすらあった。
「な、なんだこれ??」
「ジークフリト家オリジナルブレンドの、疲労撲滅ハーブティーになります……♪」
……ええ……? それって結局何かよく分からんやつやん……。ヤバイもの入って無いよな?
「大丈夫です! 常用しなければ問題ありません♪」
「あ、あぁ……。」
……常用するとどうなるんだ? ……怖いから聞くのは止めとこう……。
「はい♪ お手をどうぞアイリス様♪」
「――っ、……ああ。」
起きやすい様にマリアンナが手を差し出す。促されるまま手を取ろうとして―――――ふと、堰を切ったように安堵感が胸を満たす。そして、やっとこの事件が終わったのだと今更ながら実感が沸いて来る。
――――ああ、失いたく無いな。
安堵する心に反して、そんな思いが胸を打つ。
何を守れなかったらで迷ってるんだ。何が荷が重いだ。
そんな先の事考える位ならその分剣を振る方がましだ。
頭痛が和らいだからか、はたまたマリアンナの無事な姿を見たからかそんな体育会系な事を考える。
そもそも頭が良い訳でもないのにうじうじ悩む何てらしくない。クリフや王子でも勝てない敵が居るなら、単純に俺がそれ以上に強く成れば良い、それだけだ。
そんな風に子供染みた結論付けると、急に黄昏ていたのが恥ずかしく思えて来て、俺は顔を反らし誤魔化す様にマリアンナの手を強く握った。
***
ぺらぺらと書類を捲る音が一定の間を持って響く、途中その手を止めると静かな執務室に笑い声が響いた。
「王よ、何をお読みになっておられるのですか? 随分とご機嫌なようですが……?」
「なに、学園で起こった事件の報告書よ。そこで勇者の力が発現したようだ。」
まさか、この短期間で勇者の力を確認出来るとはな、学園の者にはよくやったと言葉を贈りたい程だ。手荒い手段ゆえ表立ってそれは出来ないが、代わりに少しばかり贔屓するとしよう。
「……それは、重畳かと。無闇矢鱈と集めた人材への対応にあたった甲斐が在ると言うものです。それで主犯の男はどうなりましたか?」
「まさに重畳というもの、主犯の男はマリアンナが引き込んだようだ。」
クリフは余も目を付ける程優秀な男だ。それを引き入れれたのだから、これ以上に無い成果と言えるだろう。特に彼は死亡すると考えていのだからまさに僥倖だ。
……ちょっとトゲのある物言いは気になるが、彼女に人事や事件後の対応を一任してた事を鑑みれば仕方なかろう。特に巻き込まれた生徒には貴族が多いからな。
読み終わった書類束をに差し出すと、彼女も流すように目を通した。
「……それはよろしいのですが、勇者教への対応はどういたしましょう?」
「ふむ、アイリス殿は例の少女と仲が良いそうだ。手を出しては怒りを買う。それに今回の件で仲が良い相手程勇者の力が強く働くというデータが取れた。中止させるよう促しておけ。」
「……畏まりました。それを勇者の実在をぼかした上でそれとなく伝えておきます。」
「うむ、任せたぞ我が妻よ。」
これで勇者教に釘を刺すことが出来た。勇者の実在を隠してる現状、これ以上の介入は防げよう。
……アイリス殿を荒事に巻き込んだのは心苦しくあるが、実戦で動けないでは訓練の意味がない。比較的安全な状態で脅威に遭遇したことは、大きな成長に繋がるに違いない。
後は、勇者の力の詳細を明確にする為魔導師達を動かそう。うまく行けば魔界の接近予想も精度が上がる筈だ。
「それと、その資料を精査して魔導師達に渡してくれぬか?」
「……またですか……。それはよいのですが。宮廷魔導師達から上申書が届いております。」
「ぬ?」
上申書とな? 報告書ではなく、態々妻を通してのだと?
「……申してみよ。」
「はい、平たく言いますと苦情ですね。」
苦情だと……?
「度重なる仕事の追加に即して、宮廷魔導師の仕事量が莫大な量になっております。そのことに対して魔導師全体が不満を感じている様ですね。」
あー……。
「……魔界接近に対処するため仕方がないのだ。大事に備えるためには労力も増えようと言うもの、この先一年給料を倍にする故頑張ってくれと伝えてくれぬか?」
「次にこちらが、空いた教員を埋めるため城内から希望者を募った際の嘆願書になります。」
……まだあるのか。
「………聞こう。」
「はい、城内の仕事に満足されてる方が多く、一部の職種以外はあまり人が集まらなかったのですが、代わりにその職種の方々からの嘆願書は山の様に送られて来ました。」
……
「その職種とは宮廷魔導師です。優秀な彼らは仕事の多さに寝る時間を削ってるのにも関わらず、大半の人が、時間を割いて丁寧で熱心な嘆願書を送ってくれました。」
………
「なかには無意味にも関わらず複数枚送る方も多く、必死な気持ちが伺えますね? そこに、これを持ってけと?」
……そこまで追い込んでいたか……。だが重要な役どころ故簡単には人は増やせぬ……。
「……仕方がない、重要度の低い仕事は手の空いた研究者に回すとしよう、確か研究費に困ってる団体が幾つか報告に上がっておる。それですこしはマシにもなろう。」
「……では次はこちらです。」
――まだあるのか!?
「受理はまだですが、辞表がざっと十枚程――」
「――ええい! 給料を三倍だ! 足りない分は余の個人資産から出すが良い!」
「畏まりました。御英断流石に御座います。」
……なんだか負けた気がする……。これだから余は妻に頭が上がらぬのだ……。
敗北感に打ちひしがれていると、退出する寸前で妻が振り向いた。
「それと、何か計画なさる場合は私にも話を通すように。後始末をいきなり任されても困りますので。………そんなんだからジョセフに兄弟が居ないのですよ?」
「…………」
それだけ言うと、今度こそ部屋を後にした。
…………
思わず机の上に突っ伏す。国主らしからぬ行いだが、どうせ誰も見はしないのだから構うまい……。
 




