お見舞い
久々の日常回です。あと何話かの後で二章に入る予定になります。
朝、バエルと訓練をしていると、珍しく歩いてマリアンナが現れた。
俺より一足早く気付いたバエルが顔をそちらに向ける。
「おっと、マリアンナじゃねぇか、何か用かい?」
マリアンナに目を向けた隙に一撃を放つが軽くいなされた。後ろに目でもあるのかこやつ?
「はい、外にお客様が来てまして、どうしますかアイリス様?」
「……ん? 私にか?」
自分に関係無いと割り切って虎視眈々とバエルの隙を伺ってると、名指しで話を振られる。仕方ないと剣を下ろしマリアンナに向き直った。
「ええ、バルク様がいらっしゃってます。なにやら大きな花束を抱えていらっしゃいましたが、どう致しますか?」
「ええ……?」
*
「ぁと……。」
「ぅむ……。」
流石に訓練着のままではあれだと着替えてから門の外に出ると、マリアンナの言うとおり想像より大きな花束を抱え、やんちゃそうな動きやすい格好をしたバルクが立っていた。
困惑し、なんて話しかけて良いものかと迷い言葉を詰まらせると、あっちも言葉に迷ったのか口をつぐんだ。
……何の用なんだ? てかその馬鹿でかい花束はなんなんだよ?………まさか告白とかか? ……無いな、そんな好感度稼いだ覚えないし、そもそもこいつは好きなやつがいる。
それじゃあ何かと言われると、さっぱり検討が付かないのだが……。
「よ、よお!編入生! げ、元気か?」
頭を捻っているとバルクが意を決して話し掛けて来た。てか、今更だが自己紹介とかしてなかったわ……。
「……まあ、元気だが……。あとアイリスで良い、その代わりこちらもバルクと呼ばせて貰おう。」
もう既に内心だとバルク呼びだから、駄目と言われてもそう呼ぶ気ではあるけど確認はしとかないとな。
「あ、ああ、分かった。」
「ふむ、それで何の用なんだ? 花束なんて抱えて家に来るなんてプロポーズだと思われても仕方ないぞ?」
「なぁ!? ちげぇ! これは!その……だな……。」
俺の言葉に驚き言い返そうとするが、途中で尻すぼみ、声が消えていった。結局なんなんだよ?
「?」
「ああくそっ! らしくねぇ、しゃんとしやがれ俺!?」
「!?」
突然自分の頬を叩くと、力の籠った目で見つめて来る。
「俺はな!!?」
「お、おう???」
「謝りに来たんだよ!!?」
「そ、そうか!?」
「すまなかった!!この通りだ!!!」
「ぅえ!? わ、わかったから! 門の前で土下座をするな!? ほら!道行く人が見てるぞ!?」
完全に道行くご婦人方の視線を集めていた。無理もない、大きな花束を持った青少年が年端も行かない少女に土下座してるのだ。誰だって目が行くし、なんなら俺だって見る。しかもそれが馬鹿でかい屋敷の門前となれば、物語染みた妄想のひとつやふたつ産まれると言うものだ。
ああ、ご近所さん(多分)からの熱視線がものすごい……。
「そうもいかねぇ!!」
行ってくれ。
「あれだけの事をやったんだ! 簡単に頭を上げる何ざ!俺の気が済まねぇ!!」
知るか! 軽率に上げて良いよ、てか上げてくれ! 大声でそんな事言うな!ご近所さんの妄想がヒートアップしてるから! あらあら顔から、ムンクの叫びになってきてるから!?
「俺の想い(謝意)には足りねぇが受け取って来れ! 俺の精一杯の(謝罪の)気持ちだ!!」
主語を抜くんじゃねぇーー!! もうそれは告白だよ!! てかメモ取ってる!!? ご近所さん!?それ個人用ですよね!? ばら蒔いて布教なんてしないよね!?!?
「(あっはっはっは!! 腹痛ぇ!!!)」
後ろから笑い声がする。バエルだな? 後で殴っとこう、今はこっちが最優先だ!
とりあえず花に罪はないので、差し出された花を受け取る。
「あ、アイリス!」
「……。」
なんかご近所さんが走ってったが、気にしない。
俺ははっとして顔を上げるバルクを……とりあえず蹴飛ばした。
*
「い、痛てて!? 染みる!?」
「自業自得と言う言葉を知ってるか? おい?」
「お、おう?知ってるが? ……まあ身から出た錆びだ文句はねぇよ。」
……駄目だこの男、何で蹴られたかまったく理解してない。こりゃあクズハへの恋も片思いで終わりそうだな……。
「な、何で憐れむような顔すんだ?」
「……なんでもないよ、それより治療は済んだぞ。」
血に濡れた綿糸をゴミ箱に放り投げ、頬の擦り傷にガーゼを適当に張り付けた。雑ではあるが、むしろ治療してやったのだし感謝して欲しい所だ。
「はぁ……。それでなんなんだこの馬鹿でかい花束は、昨今こんなもの冠婚葬祭くらいでしか見ないぞ?」
「あー、とそれはわかんねぇが、こいつは知り合いに、謝る時の品として薦められてだな?」
「……それ言う時に、頭文字に女と付けたのではないだろうな?」
「あー、まあ、そうだな……。」
それでこんな事に……。大方その知り合いとやらもクズハに謝りに行くとか考えてたんだろう、まさか自己紹介すらしたこと無い相手に持っていくなんて思いもし無かったに違いない……。
「……私は他国の出身故定かではないが、こんな花束を個人で贈るなんて告白するも同然だぞ? 最初見た時は心底困惑したものだ。」
「ま、まじか……。」
お見舞いなら良いのかも知れないが、それでもでか過ぎるし、そもそも怪我なんて治ってるからな、変な意味にしかならないと思う。
「……しまったな、もうひとつあるんだが止めた方が良いか?」
「もうひとつ?」
「ああ。謝罪ついでで悪いが、あの天然女……アルシェ、さんの家知らないか?」
ああ成る程、アルシェへのやつか。俺も家は知らないが……マリアンナに聞けば教えてくれそうだ。
「なるほどな、私はむしろついでか、私の家はよく知ってたものだな?」
「ついでじゃねぇって! 家についてはここまででかい屋敷だからな、途中親切な人が教えてくれてよ!すぐにわかったぜ!」
……もしかして、あのご近所さん最初から出待ちしてたんかな……。
「……まあ良い。家の場所についてだが、私は知らないが知ってそうなやつなら家に居る。聞いてこよう。」
「助かる。まじで手掛かり無くて困ってたんだ。この頃来た奴なら噂になるからな、案外分かるんだが……さっぱり情報が無くてよ……。」
まあこんな馬鹿でかい所に比べたらそうそう見付からなくても不思議は無い、よくつるんでる俺なら知ってると見て先に来たのか。
「ふむ、マリアンナ、アルシェの住所を知ってるか?」
「? どうしたよいきなり?」
「はい♪ 存じ上げております!」
「うお!?!? ど、どっから出て来やがったこいつ??」
それはわかんないんだよな……というかやっぱり居たな。居るとは思ってたが本当に出てくるとやっぱり驚くものがある。
「いまから向かう、案内頼めるか?」
「もちろんです♪ 先に都合を付けますので少しばかりお待ち下さい!」
「ああ、頼んだ。」
「はい♪」
そう嬉しそうに言うと、現れた時と同様にさっとマリアンナは姿を消した。
そうだな、怪我はすっかり治ったとはいえ病み上がりに突然訪れては悪いだろう、流石マリアンナだ。俺とは違って良く気が付く。
「……メイドってすげーんだな……。」
「違いないが、あまり彼女を基準にするものじゃ無いぞ?」
なんたってメイド貴族だからな。
*
マリアンナに案内されて、バルクと共にアルシェの家に向かう。もったいなく思ったのか一応花束は持ってきた様だ。
「そういえばクズハさんはどうしたのだ? 彼女はアルシェとも仲が良いし、一緒に行けば喜ぶと思うが?」
「あー、あいつは今日委員長の所に行ってんだ。なんでも無理が祟って筋肉痛になったとかでよ、世話焼きにな。」
なるほど、ちらっと見ただけではあるがなんか委員長神々しくなってたしその影響かな? 確かあのふたりも仲が良い、動き難いとなれば手を貸しにも行くか。
俺もどっかで顔出すかな、今回の最大の功労者だし見舞いの品でも持ってお礼しに行こう。
「それなら、お前は委員長の家を知ってるのか? 私も少し顔を出したいのだが。」
「おう、知ってるぜ? あとで案内するよ。」
「助かる。」
となれば、アルシェの含め見舞いの品を考えねばな……。花束とか良いか? ……いや、二番煎じだし、無いな。だからといって好む物なんか知らないし……消え物で果物が無難か?
「マリアンナ、私も見舞いの品を見繕いたい、良い果物を売ってる店を知らないか?」
「はい♪ それでしたらクック商店がよろしいかと、食べ物全般なら良いも安いも街一番です。ちょうど道沿いですし、宜しければ御用意致しますよ♪」
あーそうか、マリアンナに任せた方が無難だよな、俺この世界の食べ物に明るくないし。でもなぁ……。
「いや、自分で見て決めよう。果物に詳しくないゆえ適さない物だけ避けてくれるか?」
「わかりました♪」
「と、言うことだ。バルク、悪いがすこし付き合わせる事になる。」
「いや構わねぇよ、案内頼む身だし俺も花以外のやつが欲しかった所だ。」
ならいいか。見舞い品は欲しいし、それにバルクがアルシェに花束をあげるのはちょっとあれだから……。いっちゃ悪いが彼女天然だし反応が予想出来ないんだよな、変なことに為りかねないし止めといた方が良いと思う……。
*
「こちらになります♪」
「ここ、か……。」
「……。」
案内されたのは、古ぼけた屋敷だった。流石に俺の暮らしてるやつよかは小さいが、それでも一般的な民家に比べると馬鹿でかい立派な御屋敷だ。
大分驚いたのか、バルクは驚愕を隠しきれない様で口をあんぐりと開いている。
「……一応聞くが間違いでは無いよな?」
「はい♪ アルシェさんのお住まいはこちらになります♪ 使用人経由で約束をしておきましたので、間違いは御座いません!」
「……そうか。」
……使用人とかも居るのか、まあ居ないとこんな屋敷管理出来ないよな……。
「あー、ひとつ聞いても良いか?」
「はいバルク様、答えれる事でしたら!」
「様……いや、なんだ。アイツは貴族だったのか……?」
ふむ、アルシェってお嬢様って感じじゃないし俺もちょっと気になってた。……さすがに俺と同じ似非貴族って訳でも無いだろうし。
「それでしたらお答え出来ます。アルシェ様は、親御さんがこちらの御屋敷を所持されてる貴族様の遠縁に当たるそうでして、その縁で学園に通う間住まわせて貰ってるそうです。」
「……ちなみにその貴族ってのは?」
「フェードル家になります。」
「……そうか。」
誰だそいつ? てかそれだと、彼女は親元離れてひとりで来た事になるのか、小さいのに見知らぬ街で一人きりなんて大変だろうに……これからはもっと自主的に遊びに誘う事にしよう、自分から誘うなんて慣れてないが、俺のが歳上なんだからな……!
そんなふうに意志を固めてると、屋敷の扉が開きアルシェが走り寄ってきた。
「アイリス! えっとあともふもふさん!」
「アルシェ、会いに……ぷっ!もふもふさん……ふふふっ!!」
「わ、笑うんじゃねぇ天、アルシェ! もふもふさんって誰だよ……。俺はバルクってんだ。」
「バルク?」
「……ああ、そう呼びやがれ。」
? なんかあいつ歯切れが悪いな、やっぱり結構責任を感じてるのだろうか? ……正直アルシェが与えた怪我もどっこいどっこいだからかそんな悪く見えないんだよな……あれは全部クリフが悪い。
まあ第三者だし口には出さないが、仲直りするよう協力くらいはしよう。
「それでどうしたの?」
「見舞いだよ、昨日の今日だし顔を見に来た。手土産だ。受け取ってくれ。」
「おおー!りんごだ! アイリスありがとー!」
やっぱ見舞いの果物と言えばこれだよな。
「俺も、ほら。」
「おおー!チョコだ! もふもふ感謝!」
「もふもふ……いや良い、それより怪我させちまって悪かった! この通りだ!!」
アルシェの正面に立ち、深々と頭を下げる。
「うん? だいじょぶだよ?」
か、軽いな。どうやらアルシェの方はまったく気にしてないらしい。
「そんな簡単に許さないでくれ! 不意打って大怪我させるなんざ大事だ! 何かやって欲しい事なんか無いか? 殴る蹴るでも良い、なんでも言ってくれ!!」
バルクは真剣に言い募る。本心からの言葉なのだろう、声に覚悟が籠ってるのをひしひしと感じさせた。
おー、かっこいいな! これがけじめってやつだろうか! いや、それだとすこし意味合いが違うか?
「う、う~ん? それならまた今度、模擬戦しよ! 今度は勝つ!」
「……それでいいのか? てか今度も何も不意打ちは勝敗関係ねぇだろ……。」
「? 敗けは敗けだよ?」
「……そうかよ。」
……これで仲直り、なのかな? なんか変な感じではあるがとりあえず良かった……。友人同士がギスギスしてるのは嫌だからな。
「戦うのは良いが、誰か仲介人を付けるんだぞ? 委員長とか、お前達は加減を知らんからな。」
「……だな。」
「うん!」
「委員長と言えば、これから見舞いに行くのだが、アルシェもどうだ? もちろん体調が良いならだけど?」
「! いく!」
よし、せっかくだから皆で行こうか。




