後処理
前話を修正致しました。内容に大きな変化はございません。
戦闘シーン好きだけど続くと疲れますね……。
衝撃波すら伴いそうな戦闘音が無くなり、とたんに静かになる。そういえば静かになる直前、変な雨が降ってきたと思ったら切り裂かれたがいったい何だったのだろうか?
確認に行こう、もしクリフ先生が勝っていたなら止めないといけないからな……勝つには少し、いやかなりきついが相手も疲労している筈だし少しくらい対抗できるだろう。
……無理でもとりあえず戦うだけ戦ってみる他ない、なに、案外勇者パワー的な何かが覚醒して何とかなるかもだし、気負わずに剣を降ればいいさ。
「イスト、私はクリフ先生とバルクの様子を見に行く、ここは任せたぞ。」
「わかった~、アイリスさんも気をつけてね~!」
返事代わりに頷くと、イストにアルシェ、クズハさんを含めた数名の面倒を任せ、戦地に赴いた。
記憶を頼りに走って行くと意外なやつの姿が見える。王子だ。他の生徒より幾許か年上のその男が、肩を落として落ち込ませ、うつむき立って居た。
近くには、何故か通常状態のバルクが糸でぐるぐる巻きになって気を失っているが……本当に何があったんだ?
「王子、戻って来てたのだな。……それで、今度は何に落ち込んでいるんだ? クリフ先生はどうした?」
俺の問い掛けに下がっていた頭を上げる。青みがかった瞳を情けなく彷徨わせると、こちらに悲痛そうな目を向けた。
「……アイリス様、ご無事で何よりです。ですが……申し訳御座いません、騒動の主犯を取り逃がしてしまいました……!」
「お、おう?そうか。」
突然の勢いのいい謝罪に思わずたじろぐ。
……て、そうかクリフは逃げたのか……正直不安点が残ったな。目的は分からなかったが、彼のアルシェに対する殺意は本物だ。今回は大丈夫だったが、それこそ不意打ちで魔銃や、威力の高い魔術を使われたらアウトだろう。
………うん? じゃあなんでこんな生徒だらけの所で決行したんだ? 全員気絶させて混乱したバルクに襲わせるなんて、確実性に欠けるし大掛かりな事を……。
「……クリフのもくろみは何か分かったか?」
「いえ、把握しておりません。ただ、今回程の騒動です収束の為王から人が寄越されるでしょう、そう時間も掛からずに確保されますのでご安心を。」
それは頼もしいな。……てかそうだ、王から人のくだりで頭を過ったが俺にバレない様、こっそり付いてるらしい護衛はどうしたんだ?
……まあ、王子も護衛なんだが、特別に手回しされたんだろうし置いておこう。
「……それでしたら、恥ずかしながらマリアンナ以外は全員気を失っておりました。おそらく魔術を受けたのでしょうが……まさか、隠密衆が不意打ちされるとは……。」
隠密衆? そんな怖そうなものが付いてたん? てかマリアンナはだけ逃れたんだ……凄いな。
「……そうだ! そのマリアンナは無事なのか!? 倒されてたように思えたが……!」
「ご安心下さい無事ですよ!私を呼びに来たのも彼女です。今は叩き起こした隠密衆の者達と、状況の確認や分析、各所への情報共有などを行ってる頃でしょう。
途中、養護教諭のシャディ先生にも声を掛けていましたしそちらもすぐに駆け付けてくれますよ。」
無事か……それならよかった……! てか頑張り過ぎじゃない? ……無理してないといいが。
でも養護教諭の人が来るなら安心だ。重軽傷含めると十名程の怪我人がいる現状、動ける少人数で対応するのも限度があるし、専門の人が来るのはまじで助かる。
応急処置は済んで安定してるとはいえ、アルシェもこのままでは危険だしな。
「助かった。それなら安心も出来る。……それで、状況把握が済んだ所で少し手伝ってくれないか?」
「はい、なんでしょう?」
「委員長の救出だよ。これはお前にしか出来ない事だ。」
「?」
王子を連れて少し歩くと、この荒れ果てた魔道場の中でも異常な光景が見えてくる。すり鉢状の窪地だ。漏斗の様に中心に行く程深く、表面がガラス状に為った土に覆われており中心には赤々とした溶岩が溜まっていた。
「これは……?」
「クリフの魔術、その影響だ。この中心に委員長が居る。」
「この中にですか!?」
そう、ここに居る。通常なら溶岩の中なんて即死だろうが、ジョン曰くむしろあそこに溶岩が有ることで生存の証明になるそうだ。
「ああ、あの中心で魔術とせめぎ合いを行ってる。ジョン曰く熱を循環させて抵抗しているらしい、何かしようとも素人考えお手上げでな、下手なことをすると悪化させるだけでどうにもならない状態だ。
だが、お前なら助けれるのではないか?」
私は水でも流せば良いのかと思ったのだが、ここまで高温だとほぼ意味がないと止められた。むしろ変に手を加えると熱が変質して委員長の負担が増えるそう、ままならない話だ。
「……なるほど、分かりました。それくらいなら何とか出来るでしょう。」
「助かる。」
流石はいまここにいる人達の中で一番魔術に精通してるだけある。
懸念点が解消され、ほっと胸を撫で下ろしていると、魔道場の入り口から声がしてきた。どうやら件の先生達が来たようだ。
***
ひとり積み木を組み立てては崩す。わたしくらいの年頃の子だとこれが楽しいらしいのだが……よく分からない。積んだら動き出す訳でもないのに遊ぶのは、壊すのが楽しいのだろうか? ……少なくともわたしは楽しくない。
じゃあ何でやってるかといえば、単に暇なのだ。
見渡す限り真っ白いこの部屋には、高いところにひとつ窓があるだけで、あとは椅子と机、ベッドくらいしかない。窓の外にちらりと見える青空を見るのは好きだが、いまはそんな気分でもないので、仕方なくこんな木片を弄ってるのだ。
(また動物とかこないかな?)
何日か前に、研究者の人が連れて来た動物は可愛らしく。確か犬とかいうその動物はその研究者の家族だそうで、目がくりくりとしていて甘え上手、人懐っこいとはこういう事なんだと感じる程の良い子だった。
(元気かな?)
いろんな芸も得意で、座って見せたり、ふたつ脚で歩いて見せたりした時は思わず拍手をした程だ。時間があまりなくすぐに去っていったのが本当に残念で仕方がない。
(もうちょっと観てたかったな……。)
特に最後、だんだん大きくなっていくのは見応えがあったし、今度こそはゆっくりと最後まで見たいものだ。
こんこんこん
ぼーっとおっきくなる動物を妄想していると、扉が三回ノックされる。誰だろう? ノックをするなんて珍しい、いつもの人ならそんな事なく入ってくるのに。
そもそもノックなんて部屋の中の人に入室を許可して貰う為にあるのだ。この部屋は外に鍵が付いてるから意味ないのに。
「……入っても良いかね?」
「いいよ?」
扉が開かれる。入って来たのは見知らぬ男性だ。研究者おそろいの白衣を着ていて、歳は若く二十代を過ぎた程度、ついでに眼鏡を掛けている。
彼はわたしの手の先に目を向けた。
「……邪魔したかね?」
「ううん、だいじょうぶだよ? おもしろくなかったし。」
「……そうか。」
無口な人だ。どこか警戒してるのか、隠す様なもどかしい喋り口、何なんだろう?
「あなただれ?」
「…………私は、」
口に出そうとして口ごもった。言わないといけないが決心がつかない、そんな焦れったい緊張した様子で口を閉口させている。
「?」
「わ! ……私は、君の、その……父親だ。」
「ちちおや? ……おとうさん?」
「……ああ、そうだ。正確には義父になる。君の前の義親が……その、な……。居なくなってしまってな、変わりに私が引き受けた形になる。」
「?」
「……おとうさんだ。」
「うん。」
どうやらお父さんらしい、初めて合ったけど他の人と何か違うのだろうか?
「む~? おとうさんってよべばいい?」
「……いや、殆ど名前だけに近いからな。先生とでも呼ぶと良い。」
「せんせい?」
「ああ……よろしくなアール。」
むず痒いものを感じてなんとなく見上げてみると、その人は優しげな、苦しそうな目をしていた。
*
ぼんやりとした微睡みの中目を開ける。なんだろう、何か古い夢を見ていた気がするが思い出せない、だけど昔の事だったような感覚がある。なんであんな夢をみたのだろう?
身体を起こすと、どうやらここはベッドの上らしい。白く清潔感のある部屋に、白いレースのカーテンがベッドの横でたなびいてる。
少し前まで暮らしてた部屋に似ているが違う、ここは確か学園の養護室だ。
(なんか懐かしいな……。)
たった数日しか立っていないのにどこか懐かしい。嫌いな部屋だったけどこんなに感慨深いのはそれだけ長いこと過ごしていたからか、それとも……。
右手の先に目を向けると、そこには初めて友達になった女の子がわたしの手を握りながら眠っている。
……この手が暖かいからかな……。
なんとなく眩しく思えて見ていると、ひとつ身動ぎをする。どうやら起こしてしまったらしい、彼女は眠たげにまぶたを持ち上げると……目があった。
「ぅん? ぅゅ……ぅ?あれ? ……っ、アルシェ! 目が覚めたんだな!?」
可愛い。
「うん、おはようアイリス。」
「心配したのだぞ……!? どこか痛むところはないか?」
「だいじょうぶ、元気だよ?」
「そうか……! よかった……。」
「うん。」
心底から安堵する彼女を見て、つられてわたしも笑みを浮かべる。ああ、最初は何の意味があるのかと思ってたけど学園に来て良かったな。
気遣ってくれる彼女を見て、ふと夢の一部を思い出す。
(そういえば、先生もそんな顔をしていたっけ……。)
家族との共通点を見つけて少し可笑しくなる。先生に彼女を友達だと紹介すればいったいどんな反応をするのだろう? 喜んでくれるだろうか?
うん、そうときまれば早いうちに実行しよう、先生は近く遠い所に行くって言ってたからその前に。
どこか似たふたりの事だ。絶対に仲良くなる気がした。
***
「はぁ、はぁ……! がふっ……。」
びちゃべちゃ
街の一角にひっそりと建てられた小さい小屋、その小綺麗な木張りの床を血反吐で汚すと男は倒れ付した。身なりの良い服は真新しい血で隙間なく濡れ付しており、誰かがこの場面を見たら死んでると錯覚する程の血臭を纏っている。
「大丈夫ですか? 生きてます?」
そんな男に、影から滲む様に表れた女が話し掛けた。この場所には似つかわしくない派手なメイド服を着た女だ。それが、とりあえず言うだけ言ったという感じに無感情に心配の声を投げ掛けた。
「はぁ、ぐぅ……さ、さっきのメイドだな? 何の様、だ? いや、何が目的だ!」
男、クリフは息も絶え絶えながら、それでも相手を気丈にも睨み付けて問い掛ける。
「何の様と申されますか、勿論捕まえに着たんですよ?」
「ぐ、ぅ……。と、惚けるな! なら、なんで助けた! あそこで剣に細工したのはお前だろう? おそらくその眼――っ!?」
――眼前に太い針が突き刺さり言葉を止めさせた。
「駄目ですよ? 女の子の秘密は気付いても黙るものです。ね?」
……いまのは、初動すら見えなかったぞ……?
「……なるほど護衛があまいと感じていたが、考えを変えるべきか。私と戦った時は手を抜いていたな?」
「いえいえそんな滅相もない、本気でしたとも。実際守りが硬くて私では少々威力不足でしたし。」
「……私の傑作だからな、ぐふっ……!?」
話したからか血が喉奥を混み上がって来て、思わず吐き出す。
「……大丈夫ですか? 流石に話す前に死なれると困るのですが……。」
「……問題、ない。魔人化で壊れた細胞が暴れてるだけだ。すぐ、おさまる……。」
「ですか、なら休憩もしたいでしょうし本題に入りましょう。平たく言えばスカウトです――私達の所で勇者のために働きませんか?」
「な、に?」
スカウトだと?
「はい、今回の件は勇者教の介入が原因なのはわかってます。勇者が召喚されたことで人工勇者計画が目の上のたんこぶになった訳ですね?
それで、勇者に知られる前に消し去ろうと貴方に実験体の排除命令が来たのでしょう。まったく、勇者の存在は秘匿されてるのに聞き付けて迷惑な事をするのですから宗教とは厄介なものです。」
「……どこでそれを?」
「最初から、正確には貴方に命令がされた時からですね。」
「なんだ、と……。」
仮にも教団幹部間の連絡だ。当然最高の機密性を持って連絡を行っている。それが筒抜けだったと?
「何事にも絶対はないものです。実際、魔人化は魔界の影響が未知数でしたので、どう転がろうと黙認する事になってました。
ですが――まさか勇者を巻き込むとは、不敬ですよ?」
「……」
からかう様に彼女が言う、お茶目で可愛らしい仕草は見る人に好感を持たせるだろう。血にまみれて倒れてる男を無視すれば、だが。
「貴方は命令を受けたあと、暗殺どころか、外で騒ぎになるほどの大事にした上で失敗しました。……理由はあえて聞きませんが、大胆な事をしましたね?」
「……」
「まあ、どんな理由があれ、貴方のやったことは犯罪行為です。しかもそれがこの街の象徴の学園、その教師が起こしたのですから。勇者教の連中と合わせて国の大半が敵になりますね!
捕まったら最後、横やりが入って極刑に処されるでしょう。」
「そう、だな。隠蔽主義の老人が黙ってはくれまい。」
世界的な教団が、学園の生徒を殺そうとするなんて大事件だ。無かった事にするために手抜きはするまいて。
「ええ、ですが――それは勿体ない。それで、スカウトと言う訳です♪」
「……」
「ああ、貴方にはこう言った方が良いですかね? 汝勇者を信じ、その一助になる気はありますか?」
努めて優しく、笑みを浮かべてそう告げる。だが、それは外側だけだ。目は少しも笑っておらず、断ったら殺すと赤く輝く瞳が告げていた。
「……もちろんだよ、この身を勇者の為に費やすのに躊躇いなどするまいて……!」
……血を流し過ぎた為か、貧血を起こし経たり込む身体に鞭を打ち、出来る限りの意思を込めて宣言する。これは本音だ。伊達に勇者教で幹部をやってた訳ではない。
「……良かったです。歓迎しますよ?」
心底嬉しそうなその笑顔を見たのを最後に、クリフは意識を手離した。




